あられの日記

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その32)旧満鉄本社

2010年08月15日 04時50分58秒 | 旅順・大連旅行記
ロシア風情街のつきあたりにあるのがトップ画像の建物。大連がダーリニーと呼ばれた時代の市役所です。
日本が清朝がら租借した遼東半島の行政を司る関東州民政署として、その後は関東都督府民生部として使われました。
さらに東京で発足した南満州鉄道(通称:満鉄)が大連に移転した際には、ここに最初の本社が置かれている。

満鉄本社の移転後は、初期の大連ヤマトホテル、満蒙資源館などとして使われ、革命後は大連自然博物館にもなった。博物館が移転した1998年以降は使用されていない。

画像は東清鉄道の技師長で大連(ダーリニー)市長も兼務したサハロフが暮らした赤煉瓦の市長官邸が残っている。現在は船舶
技術学校。

下の地図の右端のクリーム色にあるのが東清鉄道汽船の事務所があった建物。
左端のピンク色の建物が旧大連市役所&旧満鉄本社
左の黄緑色の建物がダーリニー市長公邸

上の地図の左端の黄緑色で枠をつけた場所が下のホテル

ちなみに、地図の左の空色の丸いのは噴水です。現在は使われてないようです。

通りのビルの1階。英国で見かけた1階が半地下。地下の部分に光が届くような作りの建物です。
15時20分、ロシア風情街を後に、宿泊ホテルへ移動。

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