福田屋/O邸
所在地:千代田区 神田神保町3-13
構造・階数:木・2
建設年:戦前?
解体年:2002(平成14)
Photo 2002.7.27
靖国通りの南側、すずらん通りとさくら通りを西へ行った先の通りに面していた銅板張り看板建築。銅板張り看板建築は大概、関東大震災の後から第二次大戦の敗戦時頃までに建てられたものだそうなので、この連続した2棟もその頃に建てられたものだろう。奥側の庇の付いたものは福田屋酒店、手前側がO邸。
1935(昭和10)年発行の火災保険特殊地図では外形が似た建物が描かれている。ただ、屋号や居住者名の記載はない。戦後の同地図(1951年作成、1954年修正)では、福田酒店、O邸と記されており、この時点で既に最終盤の状況とほぼ同じになっている。撮影時点では酒店は既に廃業していたらしく、翌年発行の住宅地図では更地になっている。跡地には集英社神保町3丁目ビルが2005年2月に竣工した。
下記「ぼくの近代建築コレクション」内の記事には1987年時点の様子が掲載されている。当時は東側にも看板建築が並んでいたようだ。
尚輪社、他/神保町3丁目 - ぼくの近代建築コレクション
Tokyo Lost Architecture
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