ベッラのブログ   soprano lirico spinto Bella Cantabile  ♪ ♫

時事問題を中心にブログを書く日々です。
イタリアオペラのソプラノで趣味は読書(歴女のハシクレ)です。日本が大好き。

デル・モナコが自宅でテレビ収録『あなたのような美人は見たことがない』と歌います。

2010年02月20日 | オペラ
Mario del Monaco "Donna non vidi mai" Manon Lescaut


マリオ・デル・モナコの晩年、トレヴィーゾの自宅でテレビ番組の収録が行われました。
女性キャスターのインタビュー後、プッチーニ「マノン・レスコー」から<あなたのような美人は見たことがない>の曲を女性ファンに向かって歌っています。

彼のピアノ、スタインウエイ、そして中央に中国・清の時代のお気に入り家具が置かれています。その上には彼が描いた絵があると思うのですが映っていません。(彼は音楽以外に美術学校でも絵画と彫刻を学んで個展も開いていたそうです。)

フーレンさま、息子さんの芸大大学院合格を祝って・・・私が軽い気持ちで平山さんの個展に誘われたその日から、私も美術の魅力にはまりましたよ。

虐げられた中年たち様、国際的な絵画交流のお仕事をなさっていらしただけに、平山郁夫さんの絵に魅せられ、ご自身で絵筆を持たれたと伺います。歌の絵はいかがでしょうか。

そして、このブログをご覧の女性の皆様に、<あなたのような美人は見たことがない>の歌をデル・モナコの歌でどうぞ!
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1961年、慈善コンサートライヴ、シミオナート「ドン・カルロ」~<呪わしのわが美貌よ>

2010年02月20日 | オペラ
DON CARLO GIULIETTA SIMIONATO 1961,TOKYOGALA


ジュリエッタ・シミオナート、気品あるエボリ公女を感じました。
私はまだ小学生、ソプラノとは違ったメッゾの魅力にはまってしまいました。
この時のシミオナートはもう50を超えてたなんて!
美しく、宮殿ぐらしの貴婦人に見えました。
その声も姿も・・・テバルディがかすみました。

何もかも恵まれたファラオの娘、王女アムネリスの失意の「アイーダ」、シチリアの若い娘の失恋、など美しいシミオナートが「失恋」「失意」を歌う時、生身の人間の悲劇を高みにもっていき、気品のなかで凛として歌う誇り高さ、オペラの女王でした。

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外国人参政権が国民生活を壊す(杉並区長 山田宏)

2010年02月19日 | 政治
外国人参政権が国民生活を壊す:山田 宏(Voice) - goo ニュース

外国人参政権について杉並区長の山田宏氏が警告です。
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マリオ・デル・モナコ、最後のインタビュー映像

2010年02月18日 | オペラ
Mario Del Monaco in last Film interview


ちょうどこの後、イタリアのトレヴィーゾ(ヴェネツイアの北)にあるマリオ・デル・モナコの家に行きました。1970年代です。
大きな邸宅で庭にはプールもあり、門は自動式でした。
部屋には彼が描いた自画像(オテッロやラダメスなどの)、中国から輸入した家具、レコードの棚にはカラスとの「ノルマ」の海賊盤、1955年スカラライヴを見つけました。
そしてグランドピアノ、スタインウエイ、彼はこのピアノを愛用、弾きながら歌います。

この動画はなつかしい・・・彼は気難しいといわれていましたが、礼儀を心得て接すると大変暖かい人です。
但し、イベント以外は勝手に写真をとってはダメ、肖像権というのがあるそうで。

日本公演について、岩城さんがサントリーの冊子に書いていました。
「デル・モナコが泣いている、声が出ない、もう帰る、と。すると怖い奥さんがマーリオッ!ってすごい形相で張りとばし蹴飛ばす、デル・モナコはよろめくように舞台にでて一声、オテッロの登場だった」と。
これが日本人が聴いたデル・モナコでの第一声だったのです。
その時の偉大な声は、実演を聴いた人は「人生が変わった」と言っていました。
岩城さんは「究極の人だ、これじゃ入場料が安すぎる!」って

ところでこのインタビューで、ナポリ方言のことを言っていますが、イタリア人にとってナポリ方言は外国語のように困難なようです。
でもナポリ民謡はナポリ方言、カルーソやディ・ステファノはナポリ出身ですから、得意だったのですが、デル・モナコは標準語であるフィレンツェの出身、やはりオペラの人でしょうね。

わがブログのコメンテーター、ぐらっぱ亭さまはステッラ、バスティアニーニらが来日した時、大学3回生でイタリア語通訳としてご活躍、でもデル・モナコが交通事故で1963年のイタリアオペラに参加できなくなったので残念、とコメントにお書きになっていらっしゃいましたが、舞台からシミオナートの手をとって案内なさった、そして次の年、イタリアに留学したぐらっぱ亭さまを覚えていて暖かく迎えた世紀の名歌手シミオナート!

☆この前の「カヴァレリア・ルスティカーナ」のシミオナートとコレッリのリハーサルの動画は、ぐらっぱ亭さまに敬意とともに捧げます。もちろん、この動画もです。

シミオナートが慈善公演で歌ったヴェルディ「ドン・カルロ」のエボリ公女のアリアは本当に美しかった!!
ところでこのブログで連載した「レニャーノの戦い」は消えていました。
動画でなく静止画だったのですが、見事な演奏だけに惜しいです。





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グノー作曲「ファウスト」フィナーレ、スカラライヴ、フレーニ、クラウス、ギャウロフ

2010年02月17日 | オペラ
Gounod faust final


1970年代のミラノスカラ座ライヴ、グノー作曲「ファウスト」のフィナーレ、当時の名歌手、ソプラノのフレーニ、テノールのクラウス、バスのギャウロフ、という顔ぶれ、大変な名演であったということです。

・・・しかし、この上を行くのが東京公演でのソプラノのスコット、そしてクラウス、ギャウロフというトリオで、この時、天井を突くかのようなスコットの白熱の歌に、聴衆は狂喜しました。
私はオペラ終演後も席から立ち上がれないほど感動し、それから20年後、スコットがリサイタルを開いたとき、楽屋に行って「ぜひ、これだけは!」と当時の感動を話しました。
スコットは喜んで私の手を握り、「ありがとう」とほほえまれました。

フレーニも素晴らしいけれど、フレージングがあっさりしている・・・。
このオペラでのヒロインはファウストに捨てられ、自分の親や子を死なせてしまい、獄につながれている場面で、狂気の中で神に許しをこい、悪魔のメフィストと悪魔に魂を売ったファウストを退けます。
スコットは精神的な強さを舞台にぶつけてきて、息をのむようなフレージングと劇的な力で、聴き手を完全に圧倒したのでした。
私の友人のフーレンさまは「市原悦子に似ている」と一瞬思われたあと、歌をお聴きになって、その迫力に思わずスコットといっしょに両手をあげられた、とか。

ハンサムで気品あるテノールのクラウスのファウスト、そして雷鳴のようなギャウロフの声、今から思うとなんて贅沢な、と思います。
入場料も安かったし・・・。

フレーニは安定した美声ですが、ドラマとしての表現はスコットにはかなわない、ふたりのソプラノのオペラでの個性も違いますが。(次にスコットの東京公演の動画を貼りつけました。クラウスとギャウロフと共演、ソプラノだけがかわっています。)
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