ドラム・セットというものが形作られてから,そろそろ百年経っているだろうか。
オーケストラの基本編成にはドラム・セットが含まれない。使っている作品もポップスの編曲を除けば,ごくわずかである。使っている作品ですぐ思い起こすのはバーンスタインの諸作品。これらも元はミュージカルだから,純粋なクラシック音楽ではないという見方もできる。
純粋なクラシック音楽に入れて良いと思われる作品にはリーバーマン作曲「ジャズ・バンドとオーケストラのための協奏曲」がある。十二音主義でマンボをやるのだから,奇妙かもしれないが,個人的にはおもしろがっている。
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さて,先日下関で行われたアニメ音楽の演奏会にて,アニソン界の神,田中公平氏が「すごい,すごい」を連発しながら紹介されたドラマーがいる。
まだ17歳の川口千里(かわぐち・せんり)さん。
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この動画では少し笑顔を見せているが、これは営業用スマイル。
本番前日のリハーサルに現れた彼女は、不機嫌な訳でも機嫌が良さそうな訳でもなく、淡々とドラムを叩いていたのだが・・・
・・・うるさい!!!・・・
実にうるさい。
透明なアクリル板で囲ってあるのだが、弦楽器の音など聞こえやしない。一挙に弦楽器メンバーのやる気が失せかけた。
指揮者が注意し、田中公平先生も「この曲にはちょっと大きいな」と言い、一応段々静かにはなったものの、今度はオーケストラの打楽器セクションと噛み合ない。
やれやれ、アンサンブルができないとなると、使い道が・・・。
もともと、ドラム・セットが叩けるクラシック系打楽器奏者は少ない。通常は外部に委託するのだが、その人がクラシック音楽的バランスを持った人でないと、オーケストラ全体が途端に不機嫌になる。結構大変なことなのだ。
と思っていたら、川口さんのイヤフォンの問題だったことが徐々にわかってきた。彼女はそれでモニターしながら叩いていた訳だが、ピアノの音が大きすぎるなど、かなりバランスが悪く、オーケストラの音など聞こえてなかったようだった。
そして、モニターのバランスが改善された途端、うるさくもなくなった!ズレもなくなった。
リハーサル中は、ずっと調整をはかっていたようで、にこりともせず、ひたすら楽譜を注視していた。千手観音と言われる彼女の手は、視線と関係ない方向へ突然動いては、鍋のふたのようなシンバルを叩く。絶対に喧嘩をしたくない相手だ。どこから殴られるかわからない。
翌日の本番では、オーケストラに溶け込むところでは溶け込み、主張すべきところは主張する、素晴らしいドラマーになっていた。
ついでに聴衆に向けた笑顔もあった。もう、れっきとした一流音楽家の技とふるまい。本当にすごい人だと、納得した我々であった。