世界には指揮法の代表的な流れが三つあるという。ウィーン国立音楽アカデミーのスワロフスキー教授に端を発する「ヨーロッパ」のもの、日本の斎藤秀雄による「サイトウ・メソード」、そしてイリヤ・ムーシンを象徴とする「ロシア」の指揮法である。
おおざっぱに分類すると、ヨーロッパの指揮法は「振り方」はどうでもよく、何を表現するかに力点をおく。「サイトウ・メソード」は文章における「字の書き方」に相当する「振り方(技術)」を科学的に解明する。ロシアは、その中間。(本当におおざっぱでごめんなさい。)
サイトウ指揮法の優れているのは、アメリカ的な合理性に日本的な見た目の美しさが融合しているところにあると思う。それからすると、ロシア流の振り方は、中国の太極拳のようでもあり、面白いけれど「美しい」とは感じない(のは筆者だけかもしれぬが)。
しかし、ロシアの曲を振る時、俄然ロシア流が力を発揮する(ようだ)。
ようだ、というのは、実は筆者はロシア流をちゃんと知っている訳ではないからである。
なのだが、最近二つのオーケストラで、どういう訳だかラフマニノフの作品をトレーニングすることがあり、ちょっとしたことに気づかされたからだ。
一方は交響曲第2番、他方はピアノ協奏曲第3番である。
1拍目がカラになっている伴奏音型がどちらにもある。これはチャイコフスキーゆずり。ここで1拍目をはっきり振ってはいけない。たちまち流れなくなってしまう。ふわふわ浮遊している感じがちょうど良いのである。
この方法は、15年くらい前、指揮者の飯森さんが教えてくれた。ちょうどストラヴィンスキーのバレエ曲をロシアのオーケストラで録音した直後だ。
「ロシアのオケでは叩き(拍を明示する方法)は使えないんですよ。叩くとどうしても音が濁る。それでふわふわやってみると、きれいな音になるんですねぇ。」
その後何年もしてからロシア人相手に実践の機会も得た。いわゆるアウトリーチに来たロシア人弦楽器奏者に、半ば無理やりチャイコフスキーの弦楽セレナーデを弾いてもらった時のこと。当方の学生との共演で、指揮なしのつもりだったのだが、ロシア人のリクエストで筆者が振るはめになった次第。飯森さんの言葉が残っていたので、ふわふわやっていたら、ぶっつけ本番で全楽章通ってしまった。しかも美しく。
そんなこともあって、多分、これがロシアの流儀に近いのではないか、と推察するに及んだのである。
どれもこれもなかなか喜ばしい体験だったが、同時に、なぜそうなるのかわからないことも多いのがロシア流。いやはや、これが魅力なのである。
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