虹色仮面 通信

神出鬼没なオッサンが毎日感じたことを取り留めなく書き連ねます

世界一の夜景

2013-11-30 09:09:56 | 旅行
待つこと数分。
450mの展望回廊へ行くエレベーターに乗車。
天井がSF映画のような(上までワープするような)演出が施されていて、飽きさせない演出も。

さすがに450mの展望回廊は、人が少ない。
とはいっても、500人くらいはいるのだろうか?

言うまでもなく、この高さからの夜景は素晴らしい。
比較的近い場所の浅草や錦糸町は、目の前という感じ。

東京タワーや林立する高層ビルも見下ろす感じ。
これは3000円払っても、見る価値はありますね。

回廊だけあって、周囲を徐々に上がり&回りながら夜景を楽しむ。
やはりカップルや観光できている家族連れが多い。

こちらは、にんにく臭を撒き散らした中年オヤジである。
僻んでも仕方が無いけどね。

世界中の航空パイロットに「世界で最も綺麗な夜景は?」とアンケートを取ったら、ダントツで東京が1番だという。
光の数、光線の強さ、色のバリエーションなど。
いずれも他の都市を圧倒しているという。
そして、広大な関東平野を突っ切る、絶え間のない光の帯。

パイロットよりは低い高さではあるものの、この高さからの夜景は紛れも無く絶景である。
これから空気が澄む冬期間はいいのではなかろうか?

やはり東京スカイツリーからの夜景は、世界一だと再認識した次第である!

画像:スカイツリー450m展望回廊から地上を見下ろした写真(右側に東京スカイツリー駅が見えます)

東京屈指の観光スポット

2013-11-27 09:12:13 | 旅行
東京スカイツリーにやってきました。

地元の知り合いに聞いたところ「日中は団体の観光客がワンサカ来るから、夜の方がいいと思うよ!晴れていれば、眼下に夜景も見えるし」との情報。

その情報を信じて、東京スカイツリーへ。
真下から見ると、とんでもなくデカイ。

みんな、身体を反らせて、上を見ています。
このままブリッジができるくらい反らせている猛者も。

整理券が配られていて、それをもらう。
約30分待つことを強いられる。
でも日中は2~3時間待ちらしいから…。
まるで東京ディズニーランドのアトラクションみたい。

日本人はもちろんのこと、海外からの観光客も数多くいて、お行儀良く順番を待っている。
何重にもうねりができ、やがてチケットを購入(350mの展望台まで2000円)

徐々に展望台へ向かうエレベーターに乗り、350mの展望台へ。

一体、展望台に何人いるんだぁ?
450mの展望回廊を含めると、少なくても2~3千人は居そうだなぁ。

エレベーターを待つところでは、日本文化や江戸文化を紹介するスライドが流れる。
かなり「和」を意識している(演出の)ようだ。
日本人だって、日本や江戸の文化について、知らないことがたくさんあるから、勉強になっていいかも。

エレベーターは4機。
それぞれ「春夏秋冬」のテーマ設定になっており、「夏」のエレベーターに乗車(させられた)

「夏」のエレベーター内は、隅田川花火大会を模した江戸切子の細工がとても美しい。

約60秒で、350mの展望台へ。
揺れが無く、スムーズなエレベーター。

今まで乗ったエレベーターの中で、最もスムーズだった横浜ランドマークタワーのそれより明らかに揺れが少ない。
時代と共に進化する技術の進みを感じます。

ついにスカイツリーの展望台へ。
350mの展望台は相当数の人が居たので、追加で1000円払って、450mの展望回廊へ。

ps、2日ほど更新をお休みします。30日から再開の予定です。

東武亀戸線

2013-11-26 09:13:33 | 乗り物
ミスターデンジャーでの夕飯に大満足し、最寄り駅である東武亀戸線の東あずま駅へ。

こちらへ来る時は都バスに乗ってきましたから、東武亀戸線に初乗車となります。
駅の横にある踏切からライトアップされた東京スカイツリーが見えます。

この東武亀戸線、亀戸から曳船までの路線総延長3.4kmの短い路線。
2両編成の電車が、約10分おきに走っています。

時間は7時過ぎ。
帰宅ラッシュというほどではありませんが、それなりに混雑しています。

曳船行きが来ました。
乗車します。

デンジャーなにんにく臭を撒き散らしながら、電車に乗車。
周囲の迷惑にならないように、口呼吸をしないように心がけます。

「(臭いは)大丈夫だろうか?」

周囲の乗客はそんなに気にする素振りは無い。
恐らく大丈夫そうで、ひと安心。

数分で曳船駅に。
かつて、この沿線(当時は東武伊勢崎線)に住んでいました。

スカイツリーが完成し、路線名も東武スカイツリーラインと改称。
また業平橋駅も、スカイツリー駅に改称され、昔も面影はだいぶなくなりました。

曳船で、スカイツリーラインに乗り換え。

駅のホームからライトアップされたスカイツリーが見える。
やっぱり自立塔世界一のタワーはデカイ!634mはデカすぎる!

待つこと数分。
電車がやってきました。

この電車で、その巨大タワーへ出向くのです。

ミスターデンジャー

2013-11-25 08:38:38 | グルメ
東京スタジアム跡地を見て、再度都心へ戻ります。

夕方の打ち合わせがあるからです。

約1時間半、有益な情報交換が終了し、満足して夕食を食べにある場所へ行きます。
ここは以前から来たかったお店で、やっと念願が叶いました。

そのお店は、プロレスラーの松永光弘さんがやっているステーキ屋さんの「ミスターデンジャー」立花本店です。

文字通り、デンジャーなオーナーが経営するお店で、パワフルなステーキが食べられるお店です。
そして、本店では試合が無い限り、オーナー自らステーキを焼くのです。

聞いたところによると、今から18年ほど前に将来のことを案じて、ステーキ屋に弟子入り。
約2年の修行を経て、自らの店舗をオープン。
オープンしてから、すでに16年になるそうです。
今では錦糸町などにも系列店があるそうですが、オーナーが居るのは本店だけとか。

メニューは「デンジャーセット」という、このお店の名物メニュー。
ほとんどのお客さんがこのメニューを頼んでいます。
そして、ガタイのいい人ばかり。
類は友を呼ぶのでしょうか?

400g赤身肉+大盛ライス+スープ+サラダで、なんと2000円!
何ともすごいボリュームで、パワフル&デンジャーな香りがぷんぷんします。

スープも好みに合わせて、何種類かの中から選べます。
やはり、オススメの激辛「デンジャースープ」をチョイス。

お店の中に「当店では、1頭の牛から2kgしか取れない上質な赤身を使用しています」と書かれた札がかかっていました。肉質にこだわっているんですね。

待つこと10分。
ついに念願の「デンジャーセット」(写真)が。
にんにくたっぷりで、真冬なんかは最高でしょうね。

早速、食べます。
今まで食べていたステーキの概念が壊れます。

赤身の柔らかさは素晴らしく、箸でキレるほど。
またナイフがサクサク入っていくほどの肉質に衝撃を覚えます。
もちろん、口の中でふわふわと赤身がトロけていきます。
今まで赤身のステーキは、筋っぽくて固いイメージがあったのですが…。
厳選された肉質と仕込みのよさが、すぐにわかります。

「どこがデンジャーなんだ?」
「デリシャスじゃないか!」と自問自答しながら黙々と食います。

15分後、完食。
全てを合わせると、ざっと1kgはあると思われる量ですが、ぺろりと平らげました。
美味い、美味すぎる!

食事後、カウンター越しにオーナーの松永さんともお話しができ、帰り際には写真を撮らせてくれた。
お勘定を済ませると、野太い声で「また、来てくださいね!」と。
言われなくても絶対に来ますよ!来なきゃ(食わなきゃ)損でしょ!

感動と感激、そして満腹感に満ちたパワフルな夕飯でした。

※店舗情報
「ミスターデンジャー」
住所 東京都墨田区立花3-2-12 田中ビル1F
アクセス 東武亀戸線・東あずま駅から徒歩5分
営業時間 PM5:00~AM0:30(ラストオーダー AM0:00)
定休日 水曜日

「光の球場」跡地

2013-11-24 09:20:18 | スポーツ
三ノ輪橋に到着後、お目当ての場所へ向かいます。

途中、地元の「ジョイフル三の輪」というアーケード付きの商店街を歩きます。
肉屋や八百屋、魚屋はもちろん、美容室(パーマ屋)や100円ショップもあります。
関東には、各所にこのような商店街があるので、ブラブラ歩くのにはいいですね。

歩くこと、約10分。
目的地の荒川総合スポーツセンターに到着です。

ここはかつて東京スタジアムという野球場の跡地で、1984年に現在の建物が完成しました。
水泳の金メダリスト・北島康介選手が幼少期に利用したことで、この施設も知られるようになりました。
北島選手の金メダル獲得を記念して、館内の温水プールを「北島康介・記念プール」と命名する案も浮上したようですが、諸般の事情により頓挫したそうです。

さて話題は、かつて存在していた東京スタジアム(球場)です。

プロ野球・千葉ロッテマリーンズの前身にあたる大毎(後の東京、ロッテ)オリオンズが本拠地として使用していた球場です。
球場の運営・管理は、かつてオーナー企業だった映画会社の大映の関連子会社である株式会社東京スタジアムが行っていました。
しかし、1972(昭和47)年で閉鎖され、1977(昭和52)年に解体されてしまいました。

解体されるまでの数年間、当時の主力打者だった榎本喜八選手が、自宅からランニングしながら、この地を何度も訪れていたそうです。
何か想うところがあったのでしょうね。

今では、荒川総合スポーツセンターと、隣接した場所に軟式野球専用の南千住野球場(写真)があり、当時の面影はほとんどありません。
あるとすれば、隣接地にある蕎麦屋さんくらいか。
このお店は、かつて球場にいる選手たちから、たびたび出前の依頼があったそうです。

東京スタジアムの設計のモデルとなったのは、かつてサンフランシスコ・ジャイアンツの本拠地だったキャンドルスティック・パークであるのは有名。
場内に設けられた6基の照明塔は、当時の日本ではかなりモダンな構造でした。

当時の南千住には、マンションなどの高層建築物はなく、低い平屋や二階建ての住宅が建ち並ぶ下町の街並みだったそうです。
その地に忽然と現れた巨大なスタジアムから、夜になるとナイター照明が放つ光が瞬く光景から「光の球場」と称されました。
ナイター終了後に照明が消えると、照明に群がった夜蛾が一斉に周辺の民家になだれ込んだため、一種の公害にもなっていたそうです。

また地域性(下町であったこと)もあり、お客さんは下駄履きできたり、当時走っていた都電に乗ってきたりしていたそうです。
この球場のピークは、パ・リーグを制覇した1970(昭和45)年だったのでしょう(当時はロッテ球団)
その2年後に閉鎖され、ロッテ球団はジプシー球団として、固定した本拠地を持たずに過ごす不遇の時代を過ごすのです。

2013年に、この地に東京スタジアム(球場)があれば、どうなっていたのでしょうか?
あらぬ妄想・空想が膨らみます。

写真:かつての東京スタジアムの3塁側スタンドから、レフトスタンド方向を見た位置になります。


唯一の都電

2013-11-23 09:25:07 | 乗り物
午前中の渋谷での打ち合わせが終わり、早めに(軽く)ランチ。

この後、夕方の打ち合わせまで5時間ほどが空くから、日暮里・舎人ライナーと都電荒川線を満喫することにした。
この日は天気もよかったし、程よい暖かさだったから最高だな!

まずは都電荒川線から。
荒川線に乗るのも20年ぶり。
JR大塚駅で降り、荒川線に乗り換え。
早稲田へ向かう。

大都市・東京で唯一残された都電。
現代の慌しさや喧騒を別世界に追いやったスローな時間が過ぎ去る。
沿線や停留所の付近に、昔ながらの蕎麦屋が見える。
恐らく、昭和レトロの世界なのだろう。
しばしスローな時間を満喫。

早稲田で「撮り鉄」に変身し、次々に来る電車を携帯写真で撮影。
そして、逆向き(三ノ輪橋行きの電車)に乗る。
昔から桜の名所である飛鳥山公園のあたりは併用軌道の上を走る。
この荒川線、大部分は専用軌道なので、この飛鳥山付近の併用軌道区間は特徴的。

王子駅前で降り、JR京浜東北線で日暮里へ。
引き続いて、日暮里・舎人ライナーにも乗車。
こちらは初めての乗車。

始発の日暮里から終着の見沼代親水公園まで完全乗車。
見沼代親水公園で下車。
ここは足立区で、近くに舎人遺跡があるらしい。
少し行くと、埼玉県草加市になる。
東京の北東の外れ(県境付近)に位置するが、当たり前のように住宅が立ち並んでいます。
札幌とは違うよなぁ。

この日暮里・舎人ライナー、高いところを走るので景色がいい。
印象としては、沖縄のモノレールみたいな感じ。
乗り心地も快適で、新しい都市鉄道という感じがする。

また日暮里方面へ戻る。
途中、熊野前駅(荒川区東尾久)で、再び都電荒川線に乗り換え。
終点の三ノ輪橋へ向かう。
自分で言うのもなんだが、目まぐるしい乗り継ぎである。

再びスローな空間に。
時間も午後2時半を過ぎ、ランチも腹に落ち着き、少し眠くなってきた。
この日は朝5時起きだから、仕方がないけど。

少しウトウトしながら、三ノ輪橋へ。
やがて三ノ輪橋に到着。
この駅は「関東の駅百選」の認定駅で、大きくプレートが掲示されていた。
確かに良い雰囲気を持った駅である。

打ち合わせの合間、約4時間「乗り鉄」気分を満喫したのである。

ps、JR北海道は皆さんもご承知の通り、モラルのかけらも無い、極めて危ない鉄道(会社)だから、その不足分を関東エリアで補給してみたのです。

画像:早稲田駅

解体中

2013-11-22 09:13:24 | 文化
駒沢オリンピック公園を後にし、打ち合わせ場所の渋谷へ。

渋谷まで都バスに乗って移動します。
現代は携帯で「ピピッ」と検索すれば、どこにバス停があり、どこへ行くバスがあるのかすぐにわかります。
ホントに便利な世の中になりました(高齢者みたいな発言…)

待つこと5分。
渋谷行きの都バスが来ました。

前払いの200円を払い、バスに揺られること約20分。
玉川通りの混雑は9時過ぎだったので、結構凄かったですね。
かつて、ここに「玉電」が走っていたんだなぁって。

渋谷に到着。
近年、大きな再開発が行われ、今なお工事が行われ、辺りは迷路状態。
約8年ぶりに渋谷へ来た者には、あちこちをキョロキョロ。

そして、東急東横線旧渋谷駅が解体工事中であるのが、視線に入ってきました。
今春、地下駅に移行し、夏休みまではイベントスペースとして使われていたようですが、11月にもなれば当たり前のように解体されます。
その様子を写真に収めました。

面影がありながら、壊されていく風景。
まるで雪まつりが終わり、翌朝に解体される風景に近いものがありますね。

この駅は、終点ならでは(独特)の風情と、たたずまい(作り)で、首都圏の駅ではダントツの雰囲気を持っていたように思います。
似たような構造を持った駅には、阪急梅田駅がありますね。
あの駅も大好きですねぇ。

この一帯も、これから10~15年スパンで大規模な再開発が行われるらしく、近い将来、渋谷のランドマークともいえる東急東横店も閉店し、やがて解体される運命です。

再開発が終わる2030年頃の渋谷は、今とは全く異なる街になっているのでしょうね。

時代と共に変わりゆくのも、渋谷の魅力なのかもしれません。

駒沢オリンピック公園

2013-11-21 08:35:35 | スポーツ
築地で朝食を取り、厚焼き玉子も食べ、場外もフラフラ。
時計を見ると、7時半になろうとしていました。

このまま築地に居ても仕方が無い。
かといって、10時からの打ち合わせ場所に向かってもまだ早い。

ということで、10時からの打ち合わせ場所である渋谷から比較的近い駒沢オリンピック公園へ行くことにしました。
ここは、1964年東京五輪のメイン会場の1つとして有名です。
国立競技場、日本武道館と並び、1964年の東京オリンピック遺産の1つでもある場所です。

この地はかつて東京ゴルフ倶楽部というゴルフコースであり、昭和天皇がイギリス皇太子・エドワードと共にプレイした記録が残されています。
また今から60年前に、(現在のプロ野球・北海道日本ハムファイターズの前身である)東急(東映)フライヤーズの本拠地として、東京急行電鉄などが建設した駒沢野球場として開設された場所でもある。
その後、東京オリンピック(1964年)の開催に伴うスポーツ公園の整備(サブ会場としてサッカー、バレーボールなどを開いた)を行うため、東京都に用地を返還し、1962年から工事に取り掛かり、駒沢野球場は8年少々でなくなってしまった。
そして、1964年に現在の公園が完成し、現在に至っている。

駒沢オリンピック公園へ来るのは、東京で暮らしていた時以来。
約20年ぶりです。

地下鉄と東急田園都市線を乗り継ぎ、駒沢大学駅へ。
20年前の記憶は極めて曖昧ですが、なんとなく(その頃の)面影があるような気もします。

駅から歩くこと15分。
駒沢オリンピック公園に到着です。

公園内にランニングとサイクリングの周回路があり、そのルールに従って汗を流していました。
平日の朝8:15頃でしたが、結構多くのスポーツ愛好家の皆さんが思い思いにスポーツを楽しんでいました。

そして、朝からランニングしてる人が結構いました。
ランニングとサイクリングの周回路があるのですが、しっかり区分けされており、皆さんルールを守っていたのは印象的でした。

約30~40分、公園内を歩きました。

先日開催された東京国体のバナーや、9月に決まった2020年東京五輪開催決定の御礼バナーがあちこちに見られました。

日本スポーツ史に足跡を残した場所を噛み締めながら、駒沢オリンピック公園を後にしたのでした。

築地場外で朝食

2013-11-20 09:31:50 | グルメ
築地場外へ向かいます。
腹も空いていたので、何かを食べましょうか。

どのお店も、まずますの混み具合。

築地らしく寿司店が、数多く立ち並んでいます。
外国人観光客が、朝から海鮮丼を食しています。
また24時間営業の回転寿司店にも、外国人の姿が見えます。
他にも定食屋、丼屋、ラーメン店、そば屋など目移りするくらい。

時間は、朝6時半。
さすがに、寿司は朝からキツイなぁ。
同じく天丼やラーメンも…。
昔はどうってことなく、早朝から天丼やラーメンなどを食べたのですが、今や40代も半ばに差し掛かってきましたし、10時から大事な打ち合わせもあるので(胃がもたれるのを懸念して)無難な線で決めました。

ということで、もんぜき通りにある「深大寺そば」のお店(※)へ。
かき揚げそば(写真)を食すことにしました。
通常650円なのだが、早朝割引とかで50円引きの600円。

一気に、かき揚げそばをすする。
だしが利いたつゆと、揚げたてのかき揚げのバランスがいい。
またワカメがいい!
美味い。

バックに流れるのは、NHKのラジオ体操。
日本の朝、そのものである。

あっという間に朝食が終わり、場外市場をフラフラします。

テリー伊藤のお兄さんが経営している玉子焼き専門店「丸武」で、厚焼き玉子1切を食す。100円也。
数多くの寿司屋などの卸しているだけあって、普通に美味い!

20代半ばの頃に数年間、流通関係の仕事をしたことがあり、朝早くから市場通いをしていた経験がありました。
その時の経験から、市場特有の雰囲気が好きになってしまい、出張などで出かけた土地でも時間があれば市場に出向くようになりました。

人間(生活)の基本は、なんといっても「食」です。
その「食」を支えるのは、地域ごとに存在する市場なのです。
地域性や風土も感じられる場所なのも、市場の魅力です。

ここ築地市場は、東京の都心から程近いこともあり、国際色豊かな市場といえます。
店のオバチャンが、ブロークンな英語で、外国人観光客と会話(交渉)してる光景が見られます。
築地市場は、極めて国際的なのです。

※店舗情報
深大寺そば「まるよ」
住所 東京都中央区築地4-9-11
営業時間 5:00~13:30
朝食・ランチ時間の営業
カウンター8席、全席禁煙。

あと何年?

2013-11-19 09:08:00 | 文化
2日目の朝。
天気は晴れ。
気温は13度くらい。
そんなに寒くは無い。

朝5時過ぎに起きて、5時半頃に築地市場へ出かけた。
朝早く、築地市場へ来るのは何時以来だろうか?
かれこれ15年くらい前になるのかなぁ。記憶が定かではない。

朝5時半過ぎに地下鉄に乗り、築地へ向かう。
夜明け間もない時間なのだが、地下鉄にはそれなりの乗客が居ます。
出張へ行くと思われるビジネスマンも見られますが、スーツ姿の勤め人(と思われる人)もたくさん乗車している。
「何時から仕事なの?」
札幌では考えられない朝早い時間から多くの人たちが仕事モードなのだ。
人口が多い東京ならではの光景である。

6時少し前、築地に到着。
駅から暫く歩き、築地場外市場を通って、築地市場入口へ。
たくさんの人々が入り乱れ、市場ならではの活気があふれている。
また外国人観光客も数多く居ます。

この築地市場は、数年前から(豊洲への)移転の話題が出て、最近はあまり話題になっていないようだが、どうなったのだろうか?

築地市場の移転問題は、今から30年位前から議論されてきた。
施設の老朽化と手狭になったスペースの問題等に伴い、東京都は1988年に現在地での再整備計画を決めた。
1991年に着工し約400億円を投じたが、工事費用が膨大になることなどから頓挫した経緯がある。
その後、2001年に豊洲地区への移転計画を決めたが、2008年に土壌から環境基準を大幅に上回る有害物質が検出された。
東京都は2011年度から586億円をかけ土壌汚染対策をし、2014年度の開場を目指していましたが、いろんな理由により移転計画はストップした状態です。
しかし、2020年東京五輪の開催が決定し、東京の都市計画の見直しの一環として再考されそうな公算で、東京五輪開催までには何らかの施策(豊洲移転が有力)がされる方向です。

移転に関しては、現状では流動的な要素が多いのですが、2020年をメドにこの地での営業はなくなりそうな公算です。
そこで、あと数年でなくなるだろう築地市場を見に、早起きして来たのです。
もちろん、朝食を食べに来たのもありますが…。

この築地市場は、都内に11ある東京都中央卸売市場のうち最も古い歴史を持つ、水産物・青果物を取り扱う総合市場で、世界最大級の総合市場です。
かつて日本橋にあった魚市場と京橋にあった青物市場が移転し、昭和10年(1935年)に開場し、まもなく開場80年を迎えます。

明日は場外市場の話です。

画像:築地市場入口(ここにも外国人観光客が写っています)