カン・マエがオーケストラや合唱団に拒絶されてしまい、なぜか、今度は投げ出さないのです。
そろそろ、彼も生き方に限界を感じていたのでしょうか。
それにしても、私たちのやる気を引き出せ!とか、指揮者に言うこと自体ありえない感じがします。
まるで日本人みたいなこと言うなーと感心してしまいました。
ルミちゃんもかわいくなってきました。
カン・マエがオーケストラや合唱団に拒絶されてしまい、なぜか、今度は投げ出さないのです。
そろそろ、彼も生き方に限界を感じていたのでしょうか。
それにしても、私たちのやる気を引き出せ!とか、指揮者に言うこと自体ありえない感じがします。
まるで日本人みたいなこと言うなーと感心してしまいました。
ルミちゃんもかわいくなってきました。
録りだめた「花よりも美しく」6話を見て、ブログを書こうと思ったら、5話を見たことが記録に残ってなくて、確認で5話を見たら、見ていないことがわかりました。
でも、6話を見始めても違和感がなかったのは、そんなに熱が入っていないのと、5話のエピソードはあってもなくてもいいものだったからでした。
キム・ミョンミンがかっこいいですねー。
感心します。
子役の坊ちゃんもうまいです。
この韓国色の濃いドラマを最後まで見て、おもしろく感じるのかどうか、楽しみです。
チュモンは何度も捕まり、どうなるかと思うとすぐ助かってしまいます。
塩の問題もかたづき、プヨの戦争もしなくて済み、18話で一区切りついた感じです。
これから、チュモンの出生の秘密とかがわかってくるのでしょう。
ソソノの行動は、生き方を教えてくれます。
逃げてばかりじゃ何も解決しない。
ぶつかって、交渉しなけりゃ始まらないのです。
今回もいいシーンがありました。
病院の廊下で転んだジョンウを見つけたヨンシム。
ジョンウが、足が麻痺して立てないと言うとヨンシムはそっとジョンウのとなりに直に座るのです。
「こうすればはずかしくないでしょ」
うーん。うまい。これです。
前に「ストック」のときに書いた、転んだ時に手を差し出して助け起こすより、一緒に転んでくれる人の方が、心に沁みるということを、見事に表現したシーンでした。
ジヘがジョンウに「人見知りのあなたが、なぜ、逢って間もない人に、心を開けたの?」と聞きますが、その答えがここにあります。
今回はホジュンはわきで、先生のユ・ウィテと息子のドジのエピソードがメインでした。
にわとりに9本の針を刺す秘術が出てきました。
チャングムの悪役のオ・ギョモの人がまた悪役っぽく出ていました。
この人ヤン・イェスにウィテは科挙を不合格にされ、針で腕を競い合います。
結局、ウィテが勝つのですが、考えてみるとあたりまえでしょう。
ウィテは何度もにわとり相手に練習したはずですが、イェスはにわとりなんて触ったこともなかったんじゃないでしょうか。
ウィテが10本目の針を刺してにわとりが死んでしまったシーンが目に浮かんでしまいました。
ウィテの息子ドジは科挙の面接で父の名前を言ってしまったため、不合格となります。
ここでドジがふてくされるのが、主役になれないところですね。
ダヒお嬢さんがホジュンを探しに来たところが、うれしいところでした。
お約束のなかなか逢えないのがドラマしています。
旅から戻り、たまったソフトを見るのに忙しいです。
たまった新聞も読まなきゃいけないし、順風産婦人科も見なきゃいけません。
シークレットルームは最終回。
どうまとめるのかと見てみたら、あっさり、まとめてしまいました。
最終回の時点で、主役はヨンでなくメチャンになっていたのでしょう。
メチャンの方がドラマしていました。
ウンはあっさり、死んでしまいました。
こんなたいへんな最終回でも、エランとタンビのおもしろエピソードが入っているのがすごいところです。
タンビが自分のことを「タンビは…」と言うところ、韓国でもこういう言い方するのかと新鮮に感じました。
最後に太子が栄華館に来て、ご褒美をくれるというところで、死んだはずのウンが出てきたら、笑えるのになーと思ったら、さすがにそんなことはありませんでした。
朱蒙、塩のことを重要なテーマだと感じてはいたけれど、お母さんとお話しするまで解決策を見つけていなかったのですね。
お母さんとの何気ない会話から解決策を見つけ出す過程がおもしろく感じました。
鋼鉄剣の方はついに1本完成して、これから何となく解決しそうです。
巫女の子がチュモンを見て、倒れるところ、ぞくぞくするほど、うまいなーと思いました。
ヨンシムの行動はおばかっぽくて、笑い声も下品なんですけど、つまらん常識とか道徳を突き抜けるパワーを感じて、すがすがしくなります。
夜の海に飛び込むところなんか、絶対、ありえないのに、ヨンシムならやってくれそうな感じがします。
ジョンウの義弟とか、回りに甘ったれまくっている人間がよく韓国ドラマに出てきます。
単にドラマを盛り上げるため、主人公にカセをはめるために設定されているような気がしてしまいますが、これだけ、同じようなキャラが韓国ドラマに出てくるのは現実にもこんな人がいて、面倒をみてあげる人がいるってことなんでしょうね。