(昨日の流れから)
記憶は、「徒然草(つれづれぐさ)」冒頭のみの記憶であったが、
その後が気になる。
第二三五段
主(あるじ)ある家にはすずろなる人、心のままに入り来る事なし・・・
心に主あるましかば、胸の中に、若干(そこばく)の事は入り来らざまし。
主人がいる家には、無関係なものが押し入ったりしない。
けれども、主人がいなければ、通りすがりのものが勝手に入り込んだり、
動物が住みついたり、木霊(こだま)などというあやしい精霊もやってくる。
自分の気持ちに反し、心の中にあれこれ様々な思いが入り乱れるのも、
心に主がいないからであろう。
家と同じように心に主がいるならば、おかしな思いも入ってきたりしないものだ。
自分というものをちゃんともってないと、だれかの意見にながされたり、
へんな影響を受けて、わけがわからなくなってしまう。
なにか迷うことがあっても、わたしが、わたしであれば、自分の道はやがては
ちゃんとみつけることができるだろう。(「徒然草」那須田淳著・岩崎書店抜粋)
心をからっぽにしてはいけない。
心の中に主、自分をしっかり持てば
第三者の存在におかされることなく、進んでいけるというメッセージ。