泰広王とのお話がひと段落いたしましたところで、
お釈迦さまは池のふちにおたたずみになって、
水の面をおおっている蓮の葉の間から、
ふと下のようすをごらんになりました。
この極楽の蓮池の下は、
ちょうど地獄の底に当たっておりますから、
水晶のような水を透きとおして、
三途の河や針の山の景色が、
ちょうどのぞき眼鏡を見るように、
はっきりと見えるのでございます。
地獄の底におります罪人たちのようすも
以前とは異なってみえます。
一目で悪党だとわかるような人相の者は少なく、
彼らの多くが手になにやら四角く薄い奇妙なものを持っており、
何をするでもなく腰を下ろしているのでございます。
そばを見ますと、翡翠のような色をした蓮の葉の上に、
極楽の蜘蛛が一匹、美しい銀色の糸をかけております。
お釈迦さまはふと思い立ち、
その蜘蛛の糸をそっとお手にお取りになって、
玉のような白蓮の間から、
はるか下にある地獄の底へ、
まっすぐにそれをお下ろしなさいました。
罪人たちは目の前に蜘蛛の糸がおりてまいりましても、
その糸を手にとろうとする者はおりません。
そのようすをごらんになった泰広王が、
「みなネットなるものから情報を得て
地獄と極楽との間が何万里となくございますこと、
昔、犍陀多(カンダタ)という大泥棒が蜘蛛の糸をたどりのぼっても
極楽へたどりつけなかったことなど知っているのでございましょう。
元来、本名で在る時の彼らは大変おとなしく、
目立たぬようにしておりますから
誰かが蜘蛛の糸を手にとるまで、
その糸に手を伸ばす者などいないでしょう。
彼らはいつか自分たちの言い分が認められ、
『そなたは罪人にあらず。極楽浄土へ』
と電子の通知が届きますのを、電波の届かない地獄で
未来永劫待ち続けるのでございましょう。」
と言い残され、お帰りになりました。