「決して後ろを振り返ってはならない」
という神の指示に従い、信心深いロトとその家族は、滅びゆく町の轟音を聴きながら逃げるのだが、
途中、ロトの妻が神の言葉に背き、町を振り返ってしまう。途端、妻は塩の柱と化す。(旧約聖書「ソドムとゴモラ」より)
結婚式・・・
幸せなその瞬間を「残す為に」とあげるという女性は少なくないような気がする。
本音を言えば、私がそうだ。
これからお世話になる方々へのご挨拶、育ててくれた両親へのけじめ・・・などなど
表向きの正答な理由も多々あるが、気持ちの奥底には、
人生で一番綺麗な私を(写真に)残したいという裏心があった。
花嫁は皆、綺麗でキラキラ輝いていた。
己の限界も、欲張った願いだとも重々承知している。だが、しかし、
私もやっぱり可愛い花嫁になりたい!(その幸せの瞬間を写真に残すんだ!)
かくして結婚式に向け、女は思い出作りに勤しんだ。
・・・こんなはずじゃなかった。
式当日、衣装室の鏡に映る私の目は睡眠不足で充血、
肌は荒れ、鼻の中央にはなぜこんな時にこんな大きな吹き出物が!
直前に慌てて行った美容院、前髪が明らかに短い。
もう取り返しがつかない・・・
半狂乱の私を美容スタッフは宥めながら、技術を駆使し、
余計なものを隠し、ないものを足し、花嫁に仕上げていってくれるものの、
さすがに眼球までコンシーラー(あら隠し)は使えない。
当日朝方までかかった式の準備に新郎への恨みを募らせ、血走った目の花嫁が出来上がった。
残す為、残す為、残る為、
と唱え、直前まで喧嘩をしていた新郎に向けて、冷静に語りかける。
いい? 私たちが今日に至るまでの波乱万丈を見せず、とにかく即席でも仲良く見える為、
①二人で礼をする時は、立ったまま1数えて、2、3で礼、4で体を起こす!
1、2、3、4、OK? 動作があっていれば、仲良く見えるから。
②ケーキカットの時なんだけど、私たち結婚しましたハガキでよく使う写真ね、
ここで二人の視線があっていないと使えないから、ナイフに視線をあわせてね。
③乾杯の時。この時はみんな手にグラスを持っているから、ご臨席者の中でこのシーンの写真をとれる方がいないの。
だから、乾杯してグラスをあわせたらしばらく静止してね。その間に式場カメラマンに撮ってもらえるから。
グラスは前に出して乾杯より、顔が隠れないよう少し横で、乾杯ね。
我ながら、過去に幾多と出席した友人の結婚式の経験と残す為にシーン別シュミレーション研究による賜物と自負して、いざ本番。
ケーキカット、新郎を肘でつつくも、動きまくり、余所見しまくり。おい!
乾杯、新郎前に掲げてグッと飲み干し、早々とグラスを置いて拍手してる。
それは忘年会の時の乾杯だよ。おい!
私のアドバイスを全て忘れ、笑ってるよこの人は・・・
お色直しの為、先に新婦退場。
ここは仲の良さアピール、新郎に目配せでもしていこう・・・
視線があわない。新郎はここぞとばかり慌てて料理を食べている。おい!
あっ、気づいて顔あげた。モグモグしながら手を振っている。あの人は何て平和なんだ。。。
新郎め~ 再び衣装室で見た私の目はまだ血走っている。
後半に読む花嫁の手紙をチェックしながら、大急ぎで、カクテルドレスチェンジ。
美容師が尋ねる。
「花嫁の手紙読むんですね。泣いても落ちないマスカラ、つけましょうか?」
「いえ、このままでいいです。
今日は最後まで笑っていたいから(→笑顔を残したいから)
手紙の内容は、泣かずにすむよう抽象的な内容にしました。
具体的な内容にしちゃうと、思い出して泣いてしまって・・・
両親への手紙を考えながら、毎晩パソコンに向かって号泣の日々でした(笑)」
「家で散々泣いた方は、式の当日、意外に泣かないみたいですよ」
しまった!!
④花嫁の手紙。この時、新郎は花嫁の隣でマイクを持ち、そっと花嫁を支える。
これまで私が出席した披露宴ではみんな新婦は新郎に支えられて手紙を読んでいた。
これまた美しくも感動のシーンである。
事前に④、新郎に言うのをうっかり忘れていた!
新郎、私の斜め後ろにさがりスポット(照明)圏外、
マイクも持たず目を閉じ、ご臨席の方々と共にききいっている。おい!
花嫁、片手に手紙、片手にマイク、何て勇ましい新婦の図・・・
新郎め~
結局、私は泣かなかった。家で散々泣いたからなのか、抽象的な内容にしたからなのか・・・
いや、やはり注意力散漫で手紙を読んでいた為と思われる。
マイクを持っているため、声には出せない。
お願い新郎、私のマイクを持って、気づけ、新郎!
そんな心の叫びの中読んだ花嫁の手紙は、涙ひとつぶこぼれなかった。
写真ができあがった。
案の定、花嫁の手紙で、なぜかピンスポット浴びて写る私がいた。
ケーキカットでは脇見をする新郎の横顔ばかり。乾杯のシーンはアルバムに収録されず。
写真は正直、式の準備に追われ痩せて疲労困憊顔の私を写しだす・・・
私のような後ろを振り向いてしまうタイプの女は、
幾度となくアルバムを開くだろう思っていたが、現在、開かずのアルバムとなっている。
私の花嫁写真は見ることがないが、
時折、見るのはご臨席の方々の様子が写っている写真やビデオ。
フラワーシャワーの中、私たちにかけられるご臨席の方からのおめでとうの声と笑顔・・・
披露宴会場で私たちを見守って下さるみなさんの視線と拍手・・・
みなさんのやさしさを反芻している。
そして、両親と弟、私の家族写真。
私は白いウエディングドレス姿、父は少しはにかみ、母は堂々とすまし、弟がいつになく緊張した面持ちで写っている家族四人の写真・・・
こんなにきちんとした家族写真は初めてで・・・旧姓最後の宝物。
花嫁の手紙で具体的な思い出話を語らなかったが、手紙の後、生い立ち写真のスライドビデオを流した。
父は絶対泣くまいと心に決めていたようだが、
小さい頃の私の写真を見て我慢できくなり、最後の最後泣いてしまったと式後、母が語ってくれた。
どうやら私が小さい頃、そろばん塾に迎えに行った日のことを思い出したらしい・・・。
それは、
私が毎晩号泣してしまい、ついに手紙で読むことを諦めた思い出のシーンと同じで・・・。
なぜそんな話を?と何気ない日常を手紙で人にうまく伝えることができないと、
文章化することを諦めた冬の夜の思い出。
私は両親の愛情を疑ったことがない。安心感に包まれたあの日。
手紙には記すことができなかったが、「かけがえのないもの」に気づいて、私は嫁いだ。
三谷幸喜作の演劇「彦馬が行く」で、江戸幕末期の写真師・神田彦馬は撮影する時、
被写体の一番良い顔をひきだすために声をかけます。
「人生で最も愉快だった日のことを思い出してください」
観劇後すっかり影響された私は、以後、写真を撮る時、
人生で最も幸せだった日のこと思うよう試みている。
結婚式では見事失敗したけれど、最も幸せだった日は随時更新していきたい。
今度こそ!
記念に妊婦写真を撮ってみようかな~
相変わらず楽しい内容で思わず声出して笑ってしまいました(笑)WSの時に、少~し聞きカジッたお話ですが鮮やかに結婚式のシーンが見えました~
MIYAはまだ結婚式の経験はないのですが(予定もまだないですが)と~まちゃんみたくこだわりがないのよね~(^^;)その日が来ることがあれば、と~まちゃんにご指南お願いしようかなm(__)m
MIYAちゃんに、体調いかがですか?
と問われ、元気であることをアピールするため、
早く更新したかったのですが・・・
更新する時間とエネルギーはなかなか得られなかった
ものの、
MIYAちゃんの足跡はあちらこちらで拝見していますよ(笑)
私はむっつり訪問タイプですから。
書きたいことはたくさんあって・・・
マタニティライフのことも書きたいけれど、
中途半端になっている花嫁シリーズも完成させたいところ。
花嫁シリーズは、これから結婚する方の参考になればいいなという思いを込めて綴っています。
あれやこれやの私の失敗談・体験談が
ミスMIYAちゃんの参考になりますように。
私も当日とーまちゃんと同じような感じで、
肌荒れ、目にクマ・・・。
一生に(多分)1回のことだから、欲張りたいし、当日が近づくにつれ、いろんな作業が増えていくよね。
半年前のあのヒマな時間を今ここに・・・と何度思ったことか。
私の主人も、当日友達がお祝いコメントをくれている時に、下向いて必死で最後の挨拶を暗記してました・・・。花婿って・・・。
私も2回目できるなら、とーまちゃんにプロデュースしてもらい、どっぷりとその雰囲気に浸れる宴にしたいです・・・。
ですね。結婚式というのは、自分達が主役である以上に、
注意したいのが、自らがホストという立場であります。
入場後高砂席につき、真っ先に目に飛び込んできたのが最前列右端テーブルの違和感。
動揺を隠し、すぐさま花嫁介添人に小さく耳打ちします。
「私から見て、一番右端のテーブルなんですが、
座席表と着席順が左右逆転しています。ご確認いただけませんか?」と。
座席には上座、下座があります。
たとえご臨席の方が気にされないとしても、
ルールとして存在します。
しばらくして、進行役チーフが私に耳打ちいたします。
「おっしゃるとおり、逆になっておりました。
お客様には私どもの方で謝罪して参りましたので、
ご安心下さい」と。
粗相なく・・・
式の準備はご臨席者のご出欠状況が決定する1ヶ月前から、
花嫁は体力勝負。
そして、式当日、式終了時まで目配り気配り。
一生に(多分)1回?のことだから、最初にして最後の一本勝負!
果たしてどこまで目配り気配りできたのか自信は
ございませんが・・・
今回の経験を生かして次回に・・・などといえない(多分)ことだから(笑)
これから花嫁になる方の参考にせめて。
そして、ご臨席されたアナタ様には舞台裏披露による
ひとつぶで二度おいしい笑い話になりますこと祈って。