
写真は我が家の休耕田になっているたんぼです。奥に見える茶色の部分は道路で
その下に水路が整備されていて、そこから田んぼに水を入れられます。右も道路で
耕作地としては水・運搬面では良だと思います。でも車が通る分人の目もあり、草
ボーボーにしておくのは、嫁いできて50有余年のおばあちゃんには自分達が管理
してきたという自負もあって、お米を作らなくなっても年に数度草刈り機ブンブン
いわして休耕田の管理をしていました。そんなある日のこと、そうあれは今年の
4月末、春の大雨の日にその人がやってきたのです。「たんぼを貸してほしい。
種モミの芽が出てきて植えるたんぼがない」と言ったそうだ。直接私はそのときに
立ち会っていないけど、おじいちゃんとおばあちゃんは作っていないたんぼの草刈
り管理もきついし、たんぼにお米を作るということは休耕田として遊ばせておくの
に忍びなく作ってもらえれば幸い・・という、気持ちの上だったと思うんだけど
土砂降りの中たんぼを見せたそうだ。その人はメッシュ網で囲ったこげグランドに
興味をもったそうだがここは周りがすべて休耕田のため、たんぼからたんぼへと水
を落とし(移しながら)ながら水を入れなくてはならないので現時点では無理。
その人は女性で、しかもうちの次男君やおとうさんを知っているというのでおばあ
ちゃんたちも「では貸しましょう」ということになりました。その話をその人が
帰った後に聞いたので「もしやあのS先生?」ときくとおばあちゃんはそうだとい
います。S先生とは次男君が中学校に入った時に、音楽講師としてやってきた地元
の人ではない人で、入学式のときも開式前に壇上のピアノを体を前後左右に振りな
がら、まさに没頭の境地のようなかんじで校歌をアレンジしまくって弾いていた人
でした。いつまで中学校で講師をしていたのか知らないので忘れていたけど、
なんせ変わった人らしく生徒には「S先生と呼ばずに別名で呼ぶように」と言った
ワケで、その別名も自分が主催している(そんなことはずっと後で知った)音楽活
動での名前でした。その後おとうさんの勤務先にも別の仕事でやってきたという。
東京の有名音楽大卒という。「へぇあの人がお米を作るん?」イメージが違うなと
思いつつ、一度Aコープで見た彼女は変なオーラのようなモノを放っていたのを思
い出した。ぞうり履きにモンペ(それもサイケ調の)、頭に擦り切れた農作業のワ
ラ帽子・・。周りの人は「なんかこの人・・」というような目で見つつ、側には近
寄れない空気を放ちながら歩いていました。ま、田舎暮らしが気に入ってお米を作
る気になったのか・・と私達も大丈夫だろうと思っていたのですが・・・。
数日後にやってきた彼女は家で育てているニワトリの玉子を持ってやってきた。
「へんなモノ(鶏用餌)を食べてないから玉子かけご飯にすると美味しい」とみん
な喜んでくれるという。「玉子かけご飯かぁ、そりゃ楽しみ」と思っていたのだけ
ど・・・どうも、玉子にハリはないわ、味がない・・・。おばあちゃんも楽しみに
食べたら美味しくないと言う。「これって、配合飼料抜きで草だけみたいやなぁ」
が実感でした。Sは契約書を作ってくれというのでまぁ、もし万が一のこともあっ
たときには困るので、『土地使用貸借契約書』というのを作成した。これが5月の
初め。Sは3年ほど使われていなかったたんぼを耕しにかかった・・ここでも驚い
た。持ってきた耕運機は畑作用のちっちゃいヤツで、カチコチのたんぼの上で跳ね
ている・・・「あれじゃ、最低でも5回は耕さんと稲の根が張らへんゎ」と私まで
心配になってきました。かろうじて二度ほど耕して今度はたんぼにワラを敷き詰め
だした。いったい何をしたいのかさっぱりわからずに種モミの芽が出てきてるんな
ら、たんぼに水を入れてもう一回機械でひかないといけないやろー。こっちの心配
は感じず、Sはたんぼの周りに杭を打ちだした。それが写真の杭。もとは稲刈りの
ときに稲束を乾燥さすサガリに使う脚です。これももう使わないからおじいちゃん
たちが提供したのだ。おじいちゃんなんか水を水路から取り入れるパイプまで工作
してあげて(写真左上の斜めにたんぼに下りているパイプ)いるんだけど。
Sの農作業は道行く人の注目で、皆「あんたんちのたんぼ、畑にするんこ?」や
ら「あれは誰ど?」と聞いてきます。そんな、こっちがあれはどういう作業かわか
りません。ただ、おばあちゃんがたんぼに行ったら持ってきた種モミが初夏の太陽
に当てられ、息も絶え絶え状態だったので見るに見かねて川の水に浸けておいたと
いいます。そうしているとSは敷いたワラの下に種モミを蒔き始めたそうだ。
おばあちゃんは居ても立ってもいられず「それはどういうこと?」と聞くと雨や
水がたんぼに入ったら敷いたワラでモミが流されず生育する・・様なことを言った
らしい・・だったかな、たんぼに蒔くだけだったのでおばあちゃんが水を入れたら
モミが浮いてしまうから、ワラでも敷いたら・・と言ったのかも。
ここまでは毎日のようにやってきていたのだが、杭を打ち終わったら全く来なく
なったのだ。契約書を取りにも来ないし、連絡先も教えてくれていない。そして
この頃から、私達の耳にも彼女の奇行が聞こえてきました。
≪田子の浜ですっぽんぽんで泳いでいた≫
≪庭で行水をしている≫
≪亡くなった親の遺骨を自宅の庭だか畑だかに散骨した≫ 私が入手した情報は
≪どこか岐阜あたりの人で、旦那は単身赴任。娘と息子がいる≫
≪お母さん(故人)はSが変わっているから・・と嘆いていた≫
≪お母さん(故人)がキュウリを食べたいので買ってくると「私が今畑で作ってい
るから買わなくていい」と言った。お母さんは「私は今、食べたいのだ」という
と「育つまで待て」と言ったらしい≫
≪町の音楽祭で各々持ち時間を与えられているのに、自分のグループの時に大幅時
間オーバーをし、あたかも自分だけのステージのようなことをし次の出演者たち
からブーイングを食った≫
≪ご近所のお葬式かなにかで洗剤を返しにもらったSは、使わないから・・という
理由でメーカーに送り返した。お母さんが自分が使わないなら誰かに譲るとかす
ればいいと意見すると、そういうことをするから台所の排水から川が汚れていく
のだといった≫などなど・・・。最初の≪田子の浜・・≫は私が聞いたのは、
透け素材の服だったため水から上がったらまぁ裸のように見えた説らしい。おばあ
ちゃんは
≪私ちょっとフランスへ行って来るから・・と子供を残してひと月フランスに行っ
てしまい、残された娘と息子が娘の元カレの家に転がり込んだ≫話・・・。
感覚が違うのだ・・普通じゃないねと私はすぐ言うのだけど、普通というのはどれ
を基準にするか人によって違う・・・とよくおとうさんに意見されるのだけど、
どれを基準にしてもやっぱりおかしい・・いや、わけわからんのだ。