ふと、中学校の学校医の依頼が舞い込みました。
引き受けるつもりですが、以前から気になることがあります。
それは「内科診察の際の着衣・脱衣問題」。
思春期女子はデリケートな世代で、
「学校検診で上半身裸にされた」
とトラウマになったり、
「学校検診で男性医師に胸を触られた、セクハラ行為だ!」
とクレームが出てきたりで、
結構メディアを賑わせています。
何が問題なのか、
どうするのがベストなのか、
私なりに調べ考えてみました。
医師の側から見ると、
批判的な発言の背景には、
学校健診が何を目的に行われているのか理解が足りない、
と思われる場面が多々あります。
まず、学校検診の内科診察では何を診ているのか?
1.心臓と肺の異常の有無
2.胸郭異常の有無
3.脊柱側弯の有無
等々。
これは学校医が勝手に決めることではなくて、
「児童生徒等の健康診断マニュアル」(平成27年、日本学校保健会)で決められています。
その項目一覧表です;
「脊柱・胸郭」「心臓」はすべての学年に入っている項目であり、
省略することはできません。
一つ一つ見ていきましょう。
まず1の「心臓と肺の異常の有無」。
これは聴診器を皮膚に直接当てて心臓の音を聞きます。
聴診器とは音を増幅して聞く器械であり、
周囲が静かでないと聞き落とすことがあります。
むろん、服の上からでは摩擦音などが混じり、感度と精度が落ちます。
聴診器を当てる場所は以下の通り;
(「聴診の基本」)より
心臓の位置と聴診部位がわかるイラストですが、
実際の肌感覚がわかりにくいのでもう一つ、
(「基礎看護技術I」)より
上図のように、心音の聴診部位は左胸(女性では乳房)を横切ります。
つまり、
・聴診部位がブラジャーで隠れていたり、
・直接見えない状態で聴診器を不正確な部位に当てたり、
・Tシャツの上から聴診器を当てたりすると、
本来のオーソドックスな診察より情報量が不足し、
病気の見落とし率が上がります。
ふつうの外来診察でも恥ずかしがって心臓の聴診が十分できないことがあります。
そんなとき私が思うことは、
「乳腺組織がなければこのストレスがないのになあ」。
話を元に戻します。
実際の学校健診時はこんな感じ;
(「学校検診マニュアル」沖縄県南部地区医師会)より
皆さん、心電図検査を受けたことはありますか。
検査の際に、上半身裸になりますよね。
それと同じことです。
2の胸郭異常について。
基本的に目で見て(視診で)判断する病気であり、
重度の場合は手術を考慮します。
これもTシャツや運動着で上半身が見えない場合は、診断できません。
3の脊柱側弯について。
これが問題なんです。
健康調査票(保健調査票、問診票)で事前に家庭でチェックするようになりましたが、所詮素人なので「見逃し率27%」と報告されています。
医師が観察する際は「前屈位で肩甲骨の高さが7mm以上左右差」があるかないかを検出する必要があります;
(「学校検診における運動器健診の実際」栃木県医師会 長島公之先生)より
このような微妙なレベルなので、背中に下着とか服があれば情報不足で判断しきれません。
さて、側湾症とはどんな病気なのでしょうか。
こちらにわかりやすく書いてありますので参考にしてください。
概略を述べますと、
学校検診で見つかる側湾症は原因不明の「特発性側弯症」が多く、
思春期では女子に圧倒的に多く、成長が止まるまで進行する傾向があります。
頻度は思春期女子の2-3%(思ったより高い?)。
症状はまず審美上の問題、そして腰痛や肺機能低下など。
軽症は経過観察ですが、重症になると手術が必要になることがあります。
(「成長過程における側湾症の早期発見の重要性と学校検診における課題」慶応大学:渡辺航太先生)より
つまり、
・側湾症は思春期女子に多く、
・進行性であり、
・重度の場合は手術が必要になる病気である、
という中学生女子をターゲットにしたかのような病気です。
学校検診は、この特発性側弯症を早期発見して手術を回避するという役割があるのです。
しかし、恥ずかしいという理由で着衣のまま学校診断が行われると「見逃し」が発生し、訴訟問題(学校医が訴えられる!)に発展したこともあります。
(「成長過程における側湾症の早期発見の重要性と学校検診における課題」慶応大学:渡辺航太先生)より
1の「見落としリスク」は家庭での27%より低いものの、医師の視診でも17%と報告されています。どのように診察したのか、不明です。
注目すべきは2の「思春期女児に対する実施の難しさ」です。
学校検診を毎年うけていたのですが、風邪で受診した病院で「脊柱側弯症」と診断されてしまいました。
「えっ、学校検診では引っかからなかったの?」というのが自然の反応ですが、学校医は「思春期の女子に裸の背中を出させることはできず、脊柱健診はしていない」と回答したとのこと。
生徒・保護者の希望により着衣での診察を容認したことが逆に攻められているのです。
じゃあ、どうすればいいんですかあ?
・・・なんだか、揚げ足を取られているような印象。
まあ、学校健康診断が儀式化され、やっつけ仕事になっているという現状があぶり出されたトラブルですね。
学校健診の目的を「病気を症状を自覚しないレベルで早期発見する」
に置くなら、オーソドックスな診察法(脱衣)をすべきでしょう。
それを望まないなら着衣でも何でもどうぞご自由に、と言いたくなります。
その場合は、あとで病気が見つかっても学校医に責任をなすりつけないでください。
と喉まで出かかっているのですが、ケンカ別れになってもまずいので、学校側へいくつか提案してみました。
・女子の診察は女医が担当するよう手配する。
→ 需要に見合う女医さんの数が足りません。
・器械(モアレ画像)を導入する。
→ 全国的には導入する学校がありますが、まだ一般的と言うほど普及はしていないようです。
(「成長過程における側湾症の早期発見の重要性と学校検診における課題」慶応大学:渡辺航太先生)より
・事前の説明プリントで「病気を見逃さないための内科診察は脱衣が基本です。希望により着衣も可能ですが、情報不足により病気を見落とすことがあります」と家族・本人に周知してもらい、実際の診察の際は希望スタイルで行う。
→ これが双方の事情を斟酌した現実的な選択でしょうか。
こちらの東京都議会への陳情書によると「児童生徒には学校健診を受ける権利がありますが、義務はない」と断言しています。
つまり「受けたくなければ受けなくてもよい」のです。
これは画期的な解釈!
もう一つ選択肢が思い浮かびました。
・診察を受けたくなければ拒否してくださってかまいません。
→ その代わりにかかりつけ医で健診を受けて書類を書いてもらってください。
上記陳情書には「人権侵害」とか「セクハラ行為」とかの強い言葉が並んでおり、学校健診の意義についてはほとんど触れていません。
こういうクレームのハードルが低くなったご時世で、形骸化・儀式化された学校健診に私は意義を感じられません。
学校健診は流れ作業で“やっつけ仕事”で済ませることもできますが、
“自覚のない(つまり自ら受診しない)病気を早期発見”する重要なシステムとして、細心の注意を払って行うべきものと捉えることもできます。
生徒と保護者は何を求めているのでしょうか?
早期発見の価値を認めず、儀式としか捉えていないと感じるのは、
私だけ?
ああ、引き受けたくなくなってきたなあ・・・。