インフルエンザ最新知識のアップデート。
Lancet セミナーを解説した記事を紹介します。
注目すべきは、学童集団接種に対する評価の変遷です。
かつて日本では、小中学校で強制的にワクチン接種が行われていました(1962年〜1987年)。しかし副反応事例にマスコミ、市民が過剰反応し、1987年以降、任意接種となりました。
そして何が起こったか?
老人施設の集団感染&死亡、小児のインフルエンザ性脳症の増加・・・
日本の集団接種が忘れ去られそうになってから、これを科学的に分析して評価したのは米国の研究者でした。日本の厚生労働省の死亡統計を詳しく調べ上げて書かれた論文は「小児に集団接種をすることにより、高齢者をも守っていた」ことを明らかにしました。
これを専門用語で「集団免疫効果」(herd immunity)といいます。
つまり、小・中学生がワクチン接種によりインフルエンザにかからなかったことにより高齢者もかからず、そしてこれは高齢者の肺炎死亡を抑制していたのです。
しかし、ワクチンの副反応を大々的に喧伝したマスコミはこの論文を完全に黙殺し、一切話題にはなりませんでした。
ワクチンをしないことによる死亡者の増加の責任の一端はマスコミにあります。
■ 抗インフルエンザ薬は、重症者で肺炎・入院減らす!
西伊豆健育会病院病院長 仲田 和正
(2018年01月18日:メディカル・トリビューン)より、一部抜粋(下線は私が引きました)
昨年(2017年)秋、小生もインフルエンザワクチンの接種をしました。Lancet(2017; 390: 697-708)にインフルエンザのセミナーがありましたのでまとめてみました。世界最新のインフルエンザ知識です。
最重要点は次の8点です。
【Lancetセミナー「インフルエンザ」の8つの最重要点】
1.世界的流行を起こすのはインフルエンザAでありBは起こさぬ
2.インフルエンザの平均再生産数は1.28(1人が1.28人にうつす)
3.インフルエンザ診察はサージカルマスク着けよ。気管支鏡ではN95
4.ウイルス排出は発症初期1、2日がピーク、この時期にswab検査せよ
5.抗インフルエンザ薬は発症48時間内が効果的、健康成人で症状を1日未満短縮
6.抗インフルエンザ薬は重症患者で肺炎(RR 0.56)、入院期間(同0.37)を減らす
7.予防に最も効果的なのはワクチン!65歳以上、妊婦、小児、免疫不全、医療者で推奨!
8.ワクチン株と流行株が一致すればワクチン有効率は50~60%
インフルエンザ予防に最も効果があるのはワクチンです。かつて日本では、インフルエンザに対し、1962年から1987年まで小中学校で強制的にワクチン接種が行われていました。しかし副反応事例にマスコミ、市民が過剰反応し、1987年以降、任意接種となりました。
これがどのような恐るべき結果を引き起こしたか、なんと米国の研究者(日本人の共同研究者もいる)によりN Engl J Med(2001; 344: 889-896)に発表されました。それが次の論文です。日本の厚生労働省の死亡統計を詳しく調べ上げて書かれた論文です。
"Reichert TA, et al. The Japanese Experience with vaccinating schoolchildren against influenza"
この要点は次の3つです。
① 日本でインフルエンザワクチン接種は1962~87年まで学校で強制的に行われた
② 1987年の中止により日本の全死亡率および高齢者の肺炎死亡率が上昇した
③ ワクチン強制接種は群免疫(herd immunity)により高齢者死亡率を抑制していた
つまり、小・中学生がワクチン接種によりインフルエンザにかからなかったことにより高齢者もかからず、そしてこれは高齢者の肺炎死亡を抑制していたのです。 小生自身もかつては、インフルエンザワクチン接種は意味がないと思い込み、患者さんに勧めることはありませんでした。しかしこの論文を見て、このことで多くの高齢者たちを死に追いやっていたことを知り驚愕、深く反省しました。
2001年にこの論文を読んだとき、これは国内で大問題になると思いました。しかし、マスコミはこの論文を完全に黙殺し、一切話題にはなりませんでした。
1.世界的流行を起こすのはインフルエンザAでありBは起こさぬ
インフルエンザは過去100年に4つのpandemics(世界的大流行)を起こしました。
なおendemic、epidemic、pandemicの言葉の定義は次の通りです。
・Endemic : 風土病。特定の地域で発症する病気
・Epidemic : 流行病。地域で一時期に多数の発症
・Pandemic : 世界的流行病。国中または世界中で発症
インフルエンザAとBはepidemic (流行病)を起こしますが、Aは散発的に pandemic(世界的流行)を起こします。
過去、世界的流行には下記4回がありました。いずれもインフルエンザAです。
・1918年 H1N1 Spanish influenza、世界で2,000~4,500万人死亡(1977年に再発生したが pandemicにならなかった)
・1957年 H2N2 Asian influenza
・1968年 H3N2 Hong Kong influenza:この罹患率、死亡率が最も高い
・2009年 H1N1 swine influenza
2.現在の流行はインフルエンザAのH3N2(死亡率高い)とH1N1
現在、世界で流行しているのは、1968年のH3N2インフルエンザAと、2009年にpandemicを起こしたH1N1 swine(豚)インフルエンザAで、インフルエンザBとともに流行しています。"Swine"(スワイン、豚)はドイツ語では"Schwein"(シュバイン)と言います。
小生が先日接種したインフルエンザ株を調べたところ、次の4つの株が入っていました。 H1N1のswineインフルエンザも入っています。インフルエンザ株の記号の意味は次の通りです。
【ウイルスのタイプ(A、B)/最初に分離された場所/株の番号/年号/HAとNAの亜型】
・A/シンガポール/GP1908/2015(H1N1)pdm09
・A/香港/4801/2014(H3N2)
・B/プーケット/3073/2013(山形系統)
・B/テキサス/2/2013(ビクトリア系統)
1995年、米国陸軍病理研究所でスペイン・インフルエンザにより死亡した患者の肺標本からウイルス遺伝子が分離されH1N1であったことが分かりました。
『日本を襲ったスペイン・インフルエンザ』(速水融著、藤原書店、2006年)という本があります。日本全国と、当時日本領だった朝鮮、樺太の新聞を丹念に調べ上げた力作です。日本のスペイン・インフルエンザ流行についてまとまった本としてはこれしかないと思います。
日本内地だけで約50万人の死者(当時の人口が5,500万人)、世界全体で2,000万から4,500万の死者(世界人口20億人)と推定しています。第一次世界大戦の死者が約1,000万ですから、死者はそれよりもずっと多かったのです。
スペイン・インフルエンザは世界的に流行したのですが、戦争当事国はこれを報道せず、中立国だったスペインのみが報道したため、「スペイン・インフルエンザ」の名になったのだそうです。
日本国内のスペイン・インフルエンザですが、愛媛県の「海南新聞」によると、松山市では人口6万のうち、罹患者は2万~2万5,000に達し、高熱の患者の熱冷ましに大量の氷の需要が生じて価格が高騰、1貫(3.75kg)12~13銭だったのが50銭~1円で取り引きされたとのことです。
大正7年11月、大阪市では死亡者の大幅な増加により平時は3つの火葬場で1日70~80体を焼却していたのが、120体以上の処理が必要となり死体を堆積せざるをえなくなりました。また葬儀夫も罹患し、火葬自体が困難となり、大阪駅から地方へ死体を送ったとのことです。
大阪医科大学助教授がインフルエンザ後の肺炎で死亡しましたが、翌日遺言により解剖が行われ、肺全体が侵されていることが分かりました。演出家、島村抱月(『カチューシャ可愛や』のカチューシャの歌の作詞者)もインフルエンザ後の肺炎で死亡、その愛人の松井須磨子が後追い自殺をしています。
Lancetのセミナーによると、インフルエンザ関連肺炎は1957年のpandemicで報告されましたが、1918年時点でも存在が推測されていました。そもそも1918年の時点でインフルエンザがウイルスによるとは分かっていなかったのです。
インフルエンザウイルスによる肺炎の画像は、両側びまん性浸潤影で喀痰培養は陰性です。死亡率は高く、剖検では壊死性気管支炎、硝子膜、肺胞出血・浮腫、間質の炎症があります。
一方、インフルエンザ後の細菌性肺炎は、1918年に報告されました。2009年のH1N1のpandemicの死亡は細菌性肺炎が多かったそうです。インフルエンザの症状が治まった後、4~14日目に発熱、呼吸困難、湿性咳嗽、肺陰影が出現します。つまり2峰性の発熱が起こったらインフルエンザ後の細菌性肺炎を疑うのです。
細菌で多いのは、肺炎球菌、メチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA)、Haemophilus influenza、 Streptococcus species、グラム陰性桿菌などです。無論、ウイルスと細菌性肺炎の合併も起こりえるし、インフルエンザで細気管支炎やクループ、 COPD悪化、喘息再燃も起こります。
1918年のスペイン・インフルエンザ(H1N1)流行時、群馬県の「上毛新報」によると、「・・火葬場に於いては友引でも寅の日でも、満員の有様で、毎日二つや三つ取り残されぬことはなく、棺を送っていく職人や人夫などは、焼場成金が出来るの、医者成金が出来るのと騒いでいるが、其のお医者様さへも大分遣られて奥さんや子供の冒されているのもあって、もう医者なんかやめたくなったと熟々とこぼして居る先生もある」とのことでした。
大正8年の北海道の「北海タイムス」によると、「東京電報:悪性感冒で全村惨死 残る者唯六人。福島県若松市近くの人口276人の1は村民皆インフルエンザに罹り270人は無残の死を遂げ一村全滅の形なり」とあります。大正9年6月6日の同紙では、択捉(エトロフ)島では、「死体を原野に運び山積して火葬す。惨状目もあてられぬ」とのことでした。
3. AとBはantigenic driftで小変異起こし、Aのみがantigenic shiftで大変異
インフルエンザAが次々と変異していく理由は、インフルエンザの遺伝子は単鎖RNAでDNAに比べ非常に不安定であるためです。インフルエンザAとBは抗原連続変異(antigenic drift)といって、抗体結合部位で遺伝子の点変異(point mutation)が蓄積しワクチンが効かなくなります。
一方、インフルエンザAのみで起こるのが抗原不連続変異(antigenic shift)といって2種以上のウイルス株が結合して新しいsubtypeができます。例えばH1N1とH3N2から、H1N2やH3N1ができるのです。新株ですから人口の多くは免疫を持ちません。これがインフルエンザBでなくAが世界的流行を起こす理由です。
温帯ではインフルエンザは毎年季節的にepidemic(流行)を起こしますが、熱帯では通年で起こり発生の予測ができないのだそうです。
4. インフルエンザの平均再生産数は1.28
このセミナーによると、インフルエンザの流行は平均再生産数(reproductive number;1人が平均何人に感染させるか)1.28で発病率(attack rate:cumulative incidence)は10~20%だそうです。インフルエンザ患者1人が平均1.28人に感染させるという意味です。
この平均再生産数の意味がよく分かる論文がN Engl J Med(2014; 371: 2083-2091)にありました。 "Ebola Virus Disease in Democratic Republic of Congo,"(コンゴ民主共和国のエボラ熱)です。
コンゴでのエボラ熱発症は2014年7月26日に始まりました。Boende という町の近くの村です。発端者(index patient といいます)は妊婦でした。 この女性の夫が死んだ猿を拾ってきたので食用のため、女性が解体したところ、7月26日にエボラ熱を発症、この女性は8月11日に死亡しました。
医師と補助者3人が、亡くなった妊婦の死体の帝王切開を行い、胎児を取り出して別々に埋葬しようとしたのですが、この 4人全員がエボラ熱を発症、死亡したのです。7月26日から10月7日までにエボラ熱は69名(確定38、おそらく28、疑い3)発症しました。
平均再生産数は1.29(95%CI 4.71~7.29)でした。しかし発端者からの最初の21人の感染者数を除くと、0.84(95%CI 0.38~2.06)で、感染継続する1より小さく自然終息することになります。0.84なので8月中旬から発生が減少し、10月4日に最後の患者が発生した後は 発症はありませんでした。 なるほど、感染継続するかどうかはこうやって計算するのかあと感心しました。
当、西伊豆健育会病院の内科医が、各疾患の平均再生産数を教えてくれました。出典は国立感染症研究所感染症情報センターです。「基本再生産数」は感染者1人が免疫を持たない集団で何人にうつすかです。「集団免疫率」は感染拡大阻止に必要な免疫保持者の割合です。
(国立感染症研究所感染症情報センター)
麻疹、ムンプス、百日咳の感染力ってすごいんだなあと驚きました。麻疹患者が1人いると16人から21人に感染するのです。麻疹や水痘は空気感染します。空中に漂っていますから近づくだけで感染するのです。インフルエンザは、人口の50~67%が免疫を持っていないと、流行を抑えられません。ワクチン接種の重要さが分かります。
水鳥(waterfowl: 特にカモ)や岸辺の鳥(シギ、サギ)はインフルエンザAの天然のreservoir (保有動物)です。水鳥でインフルエンザは呼吸、消化管感染を起こし腸管で増殖して糞により水が汚染されます。これにより家禽(ニワトリ、アヒル、ガチョウ、七面鳥)に伝染します。 外来の患者さんに養鶏場で働いているお婆さんがいます。卵を産まなくなったニワトリをどうしているのか聞いたところ、たまげたのは、そういうニワトリは味が悪いので食肉にはならず、なんと動物園のライオンの餌になるのだそうです。まるでネロに迫害されたキリスト教徒です。
インフルエンザウイルスは細胞を出るとき、膜を拝借して殻を被ります。他人の家を出るとき、傘を失敬するようなものです。この殻表面にはヘマグルチニン(haemagglutinin)とノイラミニダーゼ(neuraminidase)の2種類の棘がたくさんあります。ウイルス自体は細胞に直接侵入することができません。ウイルスと細胞の仲介をするのがシアル酸(sialyloligosaccharides)です。殻のヘマグルチニンが細胞表面の糖蛋白であるシアル酸に接着して初めて細胞内に侵入できるのです。ノイラミニダーゼは、ヘマグルチニンを溶かして増殖したウイルスを放出するものです。ノイラミニダーゼ阻害薬(商品名タミフル、リレンザ、ラピアクタ)はこれの阻害薬です。
ヘマグルチニンはH1からH16まで16種類、ノイラミニダーゼはN1からN9まで9種類あります。この組み合わせで「H〇N〇」は144種類できます。 一方、インフルエンザBはVictoriaとYamagataの2種あり、動物のreservoir(宿主)はありません。
5.ウイルスの細胞接着はヒトでα2,6、鳥はα2,3シアル酸、豚は両者を介する
ウイルス表面のヘマグルチニン蛋白は宿主細胞表面のシアル酸の受容体に接着します。ヒトのインフルエンザウイルスは、特にヒトの上気道にあるα2,6-linked sialyloligosaccharidesに好んで接着し、一方、鳥インフルエンザウイルスは下気道に多いα2,3-linked sialyloligosaccharide受容体に接着します(α2,6と2,3の違いに注意)。
ヒトと鳥では、シアル酸がα2,6とα2,3で異なるので普通、鳥インフルエンザはヒトに感染しません。ただ、皆無ではありません。しかし鳥インフルエンザがヒトに感染した場合、ヒト‐ヒト感染は起こしにくいのです。
例えば、1997年に香港で3歳児が急性呼吸窮迫症候群(ARDS)を起こし完全な鳥インフルエンザウイルスH5N1 avian influenzaが分離されました。2016年10月にもインドネシア、ベトナム、エジプトなどで856例発生、452例の死亡が起こりました。これは家禽の(butchering)、羽抜き(defeathering)、病鳥の摂取、生鳥の市場などで感染家禽に接したことによります。H5N1のヒト-ヒト感染も見られましたが、その感染維持は起こりませんでした。
2013年以前はH7亜型(H7N7、 H7N3、H7N2)は軽症でした。2013年、新たにH7N9が中国で出現、以後毎年出現し2016年10月3日までに798例の報告、320例の死亡例が報告されました。ほとんどは家禽からの感染でしたが、まれにヒト-ヒト感染もあり重症の呼吸器感染を起こしました。多くはオセルタミビル(タミフル)感受性であり推奨です。
一方、豚には気道にα2,6とα2,3シアル酸の両方が見られ、豚には鳥もヒトインフルエンザも感染するのです。先週、小生が接種したワクチンには、A/シンガポール/GP1908/2015(H1N1)pdm09が入っていますが、このH1N1は豚(swine)インフルエンザでもあります。豚にインフルエンザをうつされるのかと思うと、あまりいい気持ちはしません。
豚で起こすのはH1N1、H3N2、H1N2です。豚インフルエンザAはヒトに感染し、これらのウイルスは"variant virus"といわれ末尾にvを付けるのだそうで、H3N2v、H1N2vが米国で見られました。特に豚と接して起こりヒト-ヒト感染も報告されましたが、多くは小児での感染でした。年とともに交叉反応抗体が増えるために成人には起こりにくいと思われます。
6.インフルエンザ診察はサージカルマスク着けよ。気管支鏡はN95
インフルエンザウイルスはヒト-ヒト感染が効率的に起こります。感染は空気感染(aerosol)、飛沫感染(droplet)、接触感染(contact transmission)の3つによります。くしゃみや咳で直径0.1~100μmの感染粒子が排出されて飛沫感染が起こります。このくしゃみや咳で感染するのが飛沫感染(droplet transmission)です。この飛沫は急速に乾燥して5μm以下になり数分から数時間空中を漂います。これを吸入して感染するのが空気感染(air transmission)です。結核、麻疹、水痘は空気感染で、くしゃみ、咳をされなくても部屋に入っただけで感染します。インフルエンザは空気感染も起こり飛行機内で数時間換気システムが壊れ53人中、38人(78%)が発症した報告があるそうです。
空気感染で有名なのは、特に結核、麻疹、水痘です。当、西伊豆健育会病院の内科医は、これを「ケツに麻酔(結、麻、水)」と覚えています。下品ですが、くやしいけど一発で覚えられます。ただし、結核は空気感染だけですが、麻疹と水痘は飛沫感染、接触感染も起こしえます。
結核は空気感染なので、個室隔離が必要です。患者にはサージカルマスク、医療者はN95マスクを着けて入室します。しかし、結核には飛沫感染や接触感染はないので、ゴム手袋や、ゴーグル、ガウンテクニックは不要なわけです。
くしゃみ、咳で出た大きな粒子は、周囲2~3mに付着し、インフルエンザは接触感染も起こします。インフルエンザウイルスは手の表面でも短時間残存しますし、周囲の非多孔質(すべすべした)表面なら48時間くらい感染力があるそうです。
WHO、米疾病予防管理センターではインフルエンザ患者のケアでは医療者にサージカルマスク着用を推奨しています。換気がよければサージカルマスクで伝染はたいてい防げるそうです。インフルエンザ患者を外来で見るときは、サージカルマスクを着けましょう。気管支鏡、挿管では術者はN95かレスピレーターを着用すべきだとのことです。
7.ウイルス排出は発症初期の1~2日がピーク、この時期にswab検査せよ
インフルエンザの症状は、潜伏期1~2日で、発熱、悪寒、頭痛、筋肉痛、倦怠感(malaise)、食欲不振があります。発熱が最も重要で最初の24時間で最高41℃にもなります。 発熱などの全身症状は典型的には3日続きますが8日まで長引くことがあります。
呼吸器症状としては、乾性咳嗽、鼻汁、咽頭痛。眼科症状には、羞明、結膜炎、流涙、眼球運動痛があります。熱が治まっても咳、倦怠感は2週間続くことがあります。小児では成人より発熱は高いことがあり熱性痙攣も起こります。またcroup、bronchiolitis, bronchitis、消化管症状も起こりえます。また小児ではふくらはぎの激しい筋肉痛や、筋炎を起こしやすいとのことです。
インフルエンザの身体所見は顔面紅潮、粘膜発赤、透明鼻汁、結膜充血、頸部リンパ節腫脹があります。25%でdiffuse rhonchiやralesもあります。咽頭所見の名著『アトラスさくま(第2版)』(佐久間孝久著、丸善プラネット、2008年)によると、インフルエンザの咽頭所見は、「シレッとして、あまり所見がない」とのことです。そう言われれば確かにそう思います。
インフルエンザの診断はその症状の多彩さから、症状からの診断は困難です。流行していて発熱と咳があり見た目が重ければ疑います。ウイルス排出(viral shedding)は典型的には潜伏期から始まり、発症の最初の1~2日にピークがあり減少し1週で消失、臨床症状の激しさとよく相関します。無症候性の場合、ウイルス排出はよく分からないそうです。
インフルエンザテストはウイルス排出の多い初期にnasopharyngeal swab、nasal wash、nasopharyngeal aspiratesで行います。Rapid antigen detection(immunochromatogenic assay)の感度は59~93%、Viral cultureとRT-PCRの感度は100%近いとのことです。
インフルエンザで肺炎も起こりますが、筋炎、横紋筋融解もまれに起こり歩行困難、腎不全に至り4~6週続くとのことです。また心臓合併症では、心筋炎、心膜炎、心疾患再燃を起こします。
Reyes syndromeは特に小児インフルエンザや水痘でアスピリン内服により起こります。Reyesは脳炎や肝障害(脂肪肝)を起こしアンモニア濃度が上昇します。特に幼児の死亡は30%です。小児でのアスピリンが中止されてから減少しました。その他、インフルエンザは、脳・脊髄炎、横断性脊髄炎、ギランバレー症候群、無菌性髄膜炎、脳炎を起こします。
8.タミフル、リレンザ、ラピアクタは発症48時間以内が効果的、健康人で症状を1日未満短縮
抗ウイルス薬には4種あります。アダマンタン(Adamantanes)、ノイラミニダーゼ阻害薬(neuraminidase inhibitors)、膜融合阻害薬(membrane fusion inhibitors)、RNA依存RNAポリメラーゼ阻害薬(RNA-dependent RNA polymerase inhibitors)の4つです。欧米で承認されているのはアダマンタンとノイラミニダーゼ阻害薬のみです。
アダマンタンにはアマンタジンとrimantadineがあり、インフルエンザAのmatrix 2 ion channnelを阻止します。インフルエンザBには効きません。現在流行しているインフルエンザは全てアマンタジンに抵抗があり推奨できません。ということで、使うのはノイラミニダーゼ阻害薬です。
2015年から16年には経口オセルタミビルと吸入ザナミビル(リレンザ)が欧米で推奨されました。静注のベラミビル(ラピアクタ)は米国で使用されています。また米国には静注のザナミビル(リレンザ)があるそうで、オセルタミビル耐性の重症患者で使用されます。予防投与は、最後の感染が起こってから7日間あるいは14日間投与します。
2007~08年にインフルエンザA H1N1に対してオセルタミビル耐性株が出現しました。これはノイラミニダイーゼ蛋白のヒスチジンがチロシンに置換されたためだそうです。
H1N1pdm09 インフルエンザA(小生が接種したワクチンの株)出現後は、ノイラミニダーゼ阻害薬に対する耐性は少ないそうです。米国で、2016年3月時点で流行しているインフルエンザA H3N2とインフルエンザBはノイラミニダーゼ阻害薬感受性があり、インフルエンザA H1N1pdm09のわずか5%が耐性でした。
ノイラミニダーゼ阻害薬3種(タミフル、リレンザ、ラピアクタ)は発症48時間以内の早期投与が最も効果があります。ランダム化比較試験(RCT)ではこれにより健康成人で臨床症状は1日未満短縮します。「えっ、たったそれだけ?」と少しがっかりです。
小生は健康成人のインフルエンザ患者さんへの抗インフルエンザ薬投与は、「症状が1日未満短縮するだけ」であることを説明、納得した方だけ投与しております。また日本国内だけで報告されている副作用ですが、2階から飛び降りたりする異常行動の説明も必要です。
9.タミフル、リレンザ、ラピアクタは重症で肺炎(RR0.56)、入院期間(同0.37)減らす
2014 Cochrane reviewでは入院リスク、合併症に差はありませんでした。しかし、Dobsonらによるとノイラミニダーゼ阻害薬で下気道感染のrisk ratio(RR)0.56(95%CI 0.42~0.75、P=0.0001)。入院期間のRR 0.37 (同0.17~0.81、P=0.013)で、肺炎と入院期間減少には効果があるようです。なおRRとは薬を使わなかったときと比べて肺炎が0.56倍、入院期間が0.37倍だったということです。
2009年1月から2011年3月にノイラミニダーゼ阻害薬が投与された2万9,234人のインフルエンザ患者の死亡率のオッズ比(OR)は0.81(95%CI 0.70~0.96、P=0.0024)でした。ORとは1のとき効果なし、1より大きければ有害、1より小さければ有効という指標です。95%CI 0.70~0.96とはこのトライアルを何度繰り返しても95%の確率でORは0.70から0.96の間に納まるという意味です。どっちにしても1より小さいので、ノイラミニダーゼ阻害薬は、死亡率を減少させるわけです。
つまりタミフル、リレンザ、ラピアクタは、健康成人では1日未満症状を減少させるにすぎないけど、入院するような重症患者では、肺炎(RR 0.56)、入院期間減少(同0.37)に効果があるよということです。ですから、抗インフルエンザ薬はリスクの高い老人や合併症を持つような方には積極的に投与した方がよさそうです。
10. 予防に最も効果のあるのはワクチン!65歳以上、妊婦、小児、免疫不全で推奨!
インフルエンザ予防に最も効果があるのはワクチン接種であり当、西伊豆健育会病院では職員は100%接種を目指しています。ワクチンは特にハイリスクグループである65歳以上、免疫不全、小児、妊婦、医療者で推奨されます。
ワクチンは日本でも生後6カ月未満には認可されていませんので、母親のワクチン接種が乳児の予防につながります。しかし、妊婦は副作用を恐れて接種したがらないのが現状です。妊婦のワクチン接種により母体、胎児での副作用は増加しません。妊婦の接種を推奨せよとのことです。
なお、oil-in-water adjuvants(抗原性補強剤)は不活化ワクチンの効果を助長しますが、21歳以下でnarcolepsyの発症が報告されたとのことです。
WHOは次のシーズンの流行に対して推奨を年2回行います。北半球では2月、南半球では9月です。反対側の半球に旅行しようとしている場合は予防が難しいそうです。ワクチン株と流行株が一致していれば有効率は50~60%だそうです。ワクチンが市販された後に不連続抗原変異(antigenic drift)が起こると有効率は大幅に減少します。
Lancet セミナーを解説した記事を紹介します。
注目すべきは、学童集団接種に対する評価の変遷です。
かつて日本では、小中学校で強制的にワクチン接種が行われていました(1962年〜1987年)。しかし副反応事例にマスコミ、市民が過剰反応し、1987年以降、任意接種となりました。
そして何が起こったか?
老人施設の集団感染&死亡、小児のインフルエンザ性脳症の増加・・・
日本の集団接種が忘れ去られそうになってから、これを科学的に分析して評価したのは米国の研究者でした。日本の厚生労働省の死亡統計を詳しく調べ上げて書かれた論文は「小児に集団接種をすることにより、高齢者をも守っていた」ことを明らかにしました。
これを専門用語で「集団免疫効果」(herd immunity)といいます。
つまり、小・中学生がワクチン接種によりインフルエンザにかからなかったことにより高齢者もかからず、そしてこれは高齢者の肺炎死亡を抑制していたのです。
しかし、ワクチンの副反応を大々的に喧伝したマスコミはこの論文を完全に黙殺し、一切話題にはなりませんでした。
ワクチンをしないことによる死亡者の増加の責任の一端はマスコミにあります。
■ 抗インフルエンザ薬は、重症者で肺炎・入院減らす!
西伊豆健育会病院病院長 仲田 和正
(2018年01月18日:メディカル・トリビューン)より、一部抜粋(下線は私が引きました)
昨年(2017年)秋、小生もインフルエンザワクチンの接種をしました。Lancet(2017; 390: 697-708)にインフルエンザのセミナーがありましたのでまとめてみました。世界最新のインフルエンザ知識です。
最重要点は次の8点です。
【Lancetセミナー「インフルエンザ」の8つの最重要点】
1.世界的流行を起こすのはインフルエンザAでありBは起こさぬ
2.インフルエンザの平均再生産数は1.28(1人が1.28人にうつす)
3.インフルエンザ診察はサージカルマスク着けよ。気管支鏡ではN95
4.ウイルス排出は発症初期1、2日がピーク、この時期にswab検査せよ
5.抗インフルエンザ薬は発症48時間内が効果的、健康成人で症状を1日未満短縮
6.抗インフルエンザ薬は重症患者で肺炎(RR 0.56)、入院期間(同0.37)を減らす
7.予防に最も効果的なのはワクチン!65歳以上、妊婦、小児、免疫不全、医療者で推奨!
8.ワクチン株と流行株が一致すればワクチン有効率は50~60%
インフルエンザ予防に最も効果があるのはワクチンです。かつて日本では、インフルエンザに対し、1962年から1987年まで小中学校で強制的にワクチン接種が行われていました。しかし副反応事例にマスコミ、市民が過剰反応し、1987年以降、任意接種となりました。
これがどのような恐るべき結果を引き起こしたか、なんと米国の研究者(日本人の共同研究者もいる)によりN Engl J Med(2001; 344: 889-896)に発表されました。それが次の論文です。日本の厚生労働省の死亡統計を詳しく調べ上げて書かれた論文です。
"Reichert TA, et al. The Japanese Experience with vaccinating schoolchildren against influenza"
この要点は次の3つです。
① 日本でインフルエンザワクチン接種は1962~87年まで学校で強制的に行われた
② 1987年の中止により日本の全死亡率および高齢者の肺炎死亡率が上昇した
③ ワクチン強制接種は群免疫(herd immunity)により高齢者死亡率を抑制していた
つまり、小・中学生がワクチン接種によりインフルエンザにかからなかったことにより高齢者もかからず、そしてこれは高齢者の肺炎死亡を抑制していたのです。 小生自身もかつては、インフルエンザワクチン接種は意味がないと思い込み、患者さんに勧めることはありませんでした。しかしこの論文を見て、このことで多くの高齢者たちを死に追いやっていたことを知り驚愕、深く反省しました。
2001年にこの論文を読んだとき、これは国内で大問題になると思いました。しかし、マスコミはこの論文を完全に黙殺し、一切話題にはなりませんでした。
1.世界的流行を起こすのはインフルエンザAでありBは起こさぬ
インフルエンザは過去100年に4つのpandemics(世界的大流行)を起こしました。
なおendemic、epidemic、pandemicの言葉の定義は次の通りです。
・Endemic : 風土病。特定の地域で発症する病気
・Epidemic : 流行病。地域で一時期に多数の発症
・Pandemic : 世界的流行病。国中または世界中で発症
インフルエンザAとBはepidemic (流行病)を起こしますが、Aは散発的に pandemic(世界的流行)を起こします。
過去、世界的流行には下記4回がありました。いずれもインフルエンザAです。
・1918年 H1N1 Spanish influenza、世界で2,000~4,500万人死亡(1977年に再発生したが pandemicにならなかった)
・1957年 H2N2 Asian influenza
・1968年 H3N2 Hong Kong influenza:この罹患率、死亡率が最も高い
・2009年 H1N1 swine influenza
2.現在の流行はインフルエンザAのH3N2(死亡率高い)とH1N1
現在、世界で流行しているのは、1968年のH3N2インフルエンザAと、2009年にpandemicを起こしたH1N1 swine(豚)インフルエンザAで、インフルエンザBとともに流行しています。"Swine"(スワイン、豚)はドイツ語では"Schwein"(シュバイン)と言います。
小生が先日接種したインフルエンザ株を調べたところ、次の4つの株が入っていました。 H1N1のswineインフルエンザも入っています。インフルエンザ株の記号の意味は次の通りです。
【ウイルスのタイプ(A、B)/最初に分離された場所/株の番号/年号/HAとNAの亜型】
・A/シンガポール/GP1908/2015(H1N1)pdm09
・A/香港/4801/2014(H3N2)
・B/プーケット/3073/2013(山形系統)
・B/テキサス/2/2013(ビクトリア系統)
1995年、米国陸軍病理研究所でスペイン・インフルエンザにより死亡した患者の肺標本からウイルス遺伝子が分離されH1N1であったことが分かりました。
『日本を襲ったスペイン・インフルエンザ』(速水融著、藤原書店、2006年)という本があります。日本全国と、当時日本領だった朝鮮、樺太の新聞を丹念に調べ上げた力作です。日本のスペイン・インフルエンザ流行についてまとまった本としてはこれしかないと思います。
日本内地だけで約50万人の死者(当時の人口が5,500万人)、世界全体で2,000万から4,500万の死者(世界人口20億人)と推定しています。第一次世界大戦の死者が約1,000万ですから、死者はそれよりもずっと多かったのです。
スペイン・インフルエンザは世界的に流行したのですが、戦争当事国はこれを報道せず、中立国だったスペインのみが報道したため、「スペイン・インフルエンザ」の名になったのだそうです。
日本国内のスペイン・インフルエンザですが、愛媛県の「海南新聞」によると、松山市では人口6万のうち、罹患者は2万~2万5,000に達し、高熱の患者の熱冷ましに大量の氷の需要が生じて価格が高騰、1貫(3.75kg)12~13銭だったのが50銭~1円で取り引きされたとのことです。
大正7年11月、大阪市では死亡者の大幅な増加により平時は3つの火葬場で1日70~80体を焼却していたのが、120体以上の処理が必要となり死体を堆積せざるをえなくなりました。また葬儀夫も罹患し、火葬自体が困難となり、大阪駅から地方へ死体を送ったとのことです。
大阪医科大学助教授がインフルエンザ後の肺炎で死亡しましたが、翌日遺言により解剖が行われ、肺全体が侵されていることが分かりました。演出家、島村抱月(『カチューシャ可愛や』のカチューシャの歌の作詞者)もインフルエンザ後の肺炎で死亡、その愛人の松井須磨子が後追い自殺をしています。
Lancetのセミナーによると、インフルエンザ関連肺炎は1957年のpandemicで報告されましたが、1918年時点でも存在が推測されていました。そもそも1918年の時点でインフルエンザがウイルスによるとは分かっていなかったのです。
インフルエンザウイルスによる肺炎の画像は、両側びまん性浸潤影で喀痰培養は陰性です。死亡率は高く、剖検では壊死性気管支炎、硝子膜、肺胞出血・浮腫、間質の炎症があります。
一方、インフルエンザ後の細菌性肺炎は、1918年に報告されました。2009年のH1N1のpandemicの死亡は細菌性肺炎が多かったそうです。インフルエンザの症状が治まった後、4~14日目に発熱、呼吸困難、湿性咳嗽、肺陰影が出現します。つまり2峰性の発熱が起こったらインフルエンザ後の細菌性肺炎を疑うのです。
細菌で多いのは、肺炎球菌、メチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA)、Haemophilus influenza、 Streptococcus species、グラム陰性桿菌などです。無論、ウイルスと細菌性肺炎の合併も起こりえるし、インフルエンザで細気管支炎やクループ、 COPD悪化、喘息再燃も起こります。
1918年のスペイン・インフルエンザ(H1N1)流行時、群馬県の「上毛新報」によると、「・・火葬場に於いては友引でも寅の日でも、満員の有様で、毎日二つや三つ取り残されぬことはなく、棺を送っていく職人や人夫などは、焼場成金が出来るの、医者成金が出来るのと騒いでいるが、其のお医者様さへも大分遣られて奥さんや子供の冒されているのもあって、もう医者なんかやめたくなったと熟々とこぼして居る先生もある」とのことでした。
大正8年の北海道の「北海タイムス」によると、「東京電報:悪性感冒で全村惨死 残る者唯六人。福島県若松市近くの人口276人の1は村民皆インフルエンザに罹り270人は無残の死を遂げ一村全滅の形なり」とあります。大正9年6月6日の同紙では、択捉(エトロフ)島では、「死体を原野に運び山積して火葬す。惨状目もあてられぬ」とのことでした。
3. AとBはantigenic driftで小変異起こし、Aのみがantigenic shiftで大変異
インフルエンザAが次々と変異していく理由は、インフルエンザの遺伝子は単鎖RNAでDNAに比べ非常に不安定であるためです。インフルエンザAとBは抗原連続変異(antigenic drift)といって、抗体結合部位で遺伝子の点変異(point mutation)が蓄積しワクチンが効かなくなります。
一方、インフルエンザAのみで起こるのが抗原不連続変異(antigenic shift)といって2種以上のウイルス株が結合して新しいsubtypeができます。例えばH1N1とH3N2から、H1N2やH3N1ができるのです。新株ですから人口の多くは免疫を持ちません。これがインフルエンザBでなくAが世界的流行を起こす理由です。
温帯ではインフルエンザは毎年季節的にepidemic(流行)を起こしますが、熱帯では通年で起こり発生の予測ができないのだそうです。
4. インフルエンザの平均再生産数は1.28
このセミナーによると、インフルエンザの流行は平均再生産数(reproductive number;1人が平均何人に感染させるか)1.28で発病率(attack rate:cumulative incidence)は10~20%だそうです。インフルエンザ患者1人が平均1.28人に感染させるという意味です。
この平均再生産数の意味がよく分かる論文がN Engl J Med(2014; 371: 2083-2091)にありました。 "Ebola Virus Disease in Democratic Republic of Congo,"(コンゴ民主共和国のエボラ熱)です。
コンゴでのエボラ熱発症は2014年7月26日に始まりました。Boende という町の近くの村です。発端者(index patient といいます)は妊婦でした。 この女性の夫が死んだ猿を拾ってきたので食用のため、女性が解体したところ、7月26日にエボラ熱を発症、この女性は8月11日に死亡しました。
医師と補助者3人が、亡くなった妊婦の死体の帝王切開を行い、胎児を取り出して別々に埋葬しようとしたのですが、この 4人全員がエボラ熱を発症、死亡したのです。7月26日から10月7日までにエボラ熱は69名(確定38、おそらく28、疑い3)発症しました。
平均再生産数は1.29(95%CI 4.71~7.29)でした。しかし発端者からの最初の21人の感染者数を除くと、0.84(95%CI 0.38~2.06)で、感染継続する1より小さく自然終息することになります。0.84なので8月中旬から発生が減少し、10月4日に最後の患者が発生した後は 発症はありませんでした。 なるほど、感染継続するかどうかはこうやって計算するのかあと感心しました。
当、西伊豆健育会病院の内科医が、各疾患の平均再生産数を教えてくれました。出典は国立感染症研究所感染症情報センターです。「基本再生産数」は感染者1人が免疫を持たない集団で何人にうつすかです。「集団免疫率」は感染拡大阻止に必要な免疫保持者の割合です。
(国立感染症研究所感染症情報センター)
麻疹、ムンプス、百日咳の感染力ってすごいんだなあと驚きました。麻疹患者が1人いると16人から21人に感染するのです。麻疹や水痘は空気感染します。空中に漂っていますから近づくだけで感染するのです。インフルエンザは、人口の50~67%が免疫を持っていないと、流行を抑えられません。ワクチン接種の重要さが分かります。
水鳥(waterfowl: 特にカモ)や岸辺の鳥(シギ、サギ)はインフルエンザAの天然のreservoir (保有動物)です。水鳥でインフルエンザは呼吸、消化管感染を起こし腸管で増殖して糞により水が汚染されます。これにより家禽(ニワトリ、アヒル、ガチョウ、七面鳥)に伝染します。 外来の患者さんに養鶏場で働いているお婆さんがいます。卵を産まなくなったニワトリをどうしているのか聞いたところ、たまげたのは、そういうニワトリは味が悪いので食肉にはならず、なんと動物園のライオンの餌になるのだそうです。まるでネロに迫害されたキリスト教徒です。
インフルエンザウイルスは細胞を出るとき、膜を拝借して殻を被ります。他人の家を出るとき、傘を失敬するようなものです。この殻表面にはヘマグルチニン(haemagglutinin)とノイラミニダーゼ(neuraminidase)の2種類の棘がたくさんあります。ウイルス自体は細胞に直接侵入することができません。ウイルスと細胞の仲介をするのがシアル酸(sialyloligosaccharides)です。殻のヘマグルチニンが細胞表面の糖蛋白であるシアル酸に接着して初めて細胞内に侵入できるのです。ノイラミニダーゼは、ヘマグルチニンを溶かして増殖したウイルスを放出するものです。ノイラミニダーゼ阻害薬(商品名タミフル、リレンザ、ラピアクタ)はこれの阻害薬です。
ヘマグルチニンはH1からH16まで16種類、ノイラミニダーゼはN1からN9まで9種類あります。この組み合わせで「H〇N〇」は144種類できます。 一方、インフルエンザBはVictoriaとYamagataの2種あり、動物のreservoir(宿主)はありません。
5.ウイルスの細胞接着はヒトでα2,6、鳥はα2,3シアル酸、豚は両者を介する
ウイルス表面のヘマグルチニン蛋白は宿主細胞表面のシアル酸の受容体に接着します。ヒトのインフルエンザウイルスは、特にヒトの上気道にあるα2,6-linked sialyloligosaccharidesに好んで接着し、一方、鳥インフルエンザウイルスは下気道に多いα2,3-linked sialyloligosaccharide受容体に接着します(α2,6と2,3の違いに注意)。
ヒトと鳥では、シアル酸がα2,6とα2,3で異なるので普通、鳥インフルエンザはヒトに感染しません。ただ、皆無ではありません。しかし鳥インフルエンザがヒトに感染した場合、ヒト‐ヒト感染は起こしにくいのです。
例えば、1997年に香港で3歳児が急性呼吸窮迫症候群(ARDS)を起こし完全な鳥インフルエンザウイルスH5N1 avian influenzaが分離されました。2016年10月にもインドネシア、ベトナム、エジプトなどで856例発生、452例の死亡が起こりました。これは家禽の(butchering)、羽抜き(defeathering)、病鳥の摂取、生鳥の市場などで感染家禽に接したことによります。H5N1のヒト-ヒト感染も見られましたが、その感染維持は起こりませんでした。
2013年以前はH7亜型(H7N7、 H7N3、H7N2)は軽症でした。2013年、新たにH7N9が中国で出現、以後毎年出現し2016年10月3日までに798例の報告、320例の死亡例が報告されました。ほとんどは家禽からの感染でしたが、まれにヒト-ヒト感染もあり重症の呼吸器感染を起こしました。多くはオセルタミビル(タミフル)感受性であり推奨です。
一方、豚には気道にα2,6とα2,3シアル酸の両方が見られ、豚には鳥もヒトインフルエンザも感染するのです。先週、小生が接種したワクチンには、A/シンガポール/GP1908/2015(H1N1)pdm09が入っていますが、このH1N1は豚(swine)インフルエンザでもあります。豚にインフルエンザをうつされるのかと思うと、あまりいい気持ちはしません。
豚で起こすのはH1N1、H3N2、H1N2です。豚インフルエンザAはヒトに感染し、これらのウイルスは"variant virus"といわれ末尾にvを付けるのだそうで、H3N2v、H1N2vが米国で見られました。特に豚と接して起こりヒト-ヒト感染も報告されましたが、多くは小児での感染でした。年とともに交叉反応抗体が増えるために成人には起こりにくいと思われます。
6.インフルエンザ診察はサージカルマスク着けよ。気管支鏡はN95
インフルエンザウイルスはヒト-ヒト感染が効率的に起こります。感染は空気感染(aerosol)、飛沫感染(droplet)、接触感染(contact transmission)の3つによります。くしゃみや咳で直径0.1~100μmの感染粒子が排出されて飛沫感染が起こります。このくしゃみや咳で感染するのが飛沫感染(droplet transmission)です。この飛沫は急速に乾燥して5μm以下になり数分から数時間空中を漂います。これを吸入して感染するのが空気感染(air transmission)です。結核、麻疹、水痘は空気感染で、くしゃみ、咳をされなくても部屋に入っただけで感染します。インフルエンザは空気感染も起こり飛行機内で数時間換気システムが壊れ53人中、38人(78%)が発症した報告があるそうです。
空気感染で有名なのは、特に結核、麻疹、水痘です。当、西伊豆健育会病院の内科医は、これを「ケツに麻酔(結、麻、水)」と覚えています。下品ですが、くやしいけど一発で覚えられます。ただし、結核は空気感染だけですが、麻疹と水痘は飛沫感染、接触感染も起こしえます。
結核は空気感染なので、個室隔離が必要です。患者にはサージカルマスク、医療者はN95マスクを着けて入室します。しかし、結核には飛沫感染や接触感染はないので、ゴム手袋や、ゴーグル、ガウンテクニックは不要なわけです。
くしゃみ、咳で出た大きな粒子は、周囲2~3mに付着し、インフルエンザは接触感染も起こします。インフルエンザウイルスは手の表面でも短時間残存しますし、周囲の非多孔質(すべすべした)表面なら48時間くらい感染力があるそうです。
WHO、米疾病予防管理センターではインフルエンザ患者のケアでは医療者にサージカルマスク着用を推奨しています。換気がよければサージカルマスクで伝染はたいてい防げるそうです。インフルエンザ患者を外来で見るときは、サージカルマスクを着けましょう。気管支鏡、挿管では術者はN95かレスピレーターを着用すべきだとのことです。
7.ウイルス排出は発症初期の1~2日がピーク、この時期にswab検査せよ
インフルエンザの症状は、潜伏期1~2日で、発熱、悪寒、頭痛、筋肉痛、倦怠感(malaise)、食欲不振があります。発熱が最も重要で最初の24時間で最高41℃にもなります。 発熱などの全身症状は典型的には3日続きますが8日まで長引くことがあります。
呼吸器症状としては、乾性咳嗽、鼻汁、咽頭痛。眼科症状には、羞明、結膜炎、流涙、眼球運動痛があります。熱が治まっても咳、倦怠感は2週間続くことがあります。小児では成人より発熱は高いことがあり熱性痙攣も起こります。またcroup、bronchiolitis, bronchitis、消化管症状も起こりえます。また小児ではふくらはぎの激しい筋肉痛や、筋炎を起こしやすいとのことです。
インフルエンザの身体所見は顔面紅潮、粘膜発赤、透明鼻汁、結膜充血、頸部リンパ節腫脹があります。25%でdiffuse rhonchiやralesもあります。咽頭所見の名著『アトラスさくま(第2版)』(佐久間孝久著、丸善プラネット、2008年)によると、インフルエンザの咽頭所見は、「シレッとして、あまり所見がない」とのことです。そう言われれば確かにそう思います。
インフルエンザの診断はその症状の多彩さから、症状からの診断は困難です。流行していて発熱と咳があり見た目が重ければ疑います。ウイルス排出(viral shedding)は典型的には潜伏期から始まり、発症の最初の1~2日にピークがあり減少し1週で消失、臨床症状の激しさとよく相関します。無症候性の場合、ウイルス排出はよく分からないそうです。
インフルエンザテストはウイルス排出の多い初期にnasopharyngeal swab、nasal wash、nasopharyngeal aspiratesで行います。Rapid antigen detection(immunochromatogenic assay)の感度は59~93%、Viral cultureとRT-PCRの感度は100%近いとのことです。
インフルエンザで肺炎も起こりますが、筋炎、横紋筋融解もまれに起こり歩行困難、腎不全に至り4~6週続くとのことです。また心臓合併症では、心筋炎、心膜炎、心疾患再燃を起こします。
Reyes syndromeは特に小児インフルエンザや水痘でアスピリン内服により起こります。Reyesは脳炎や肝障害(脂肪肝)を起こしアンモニア濃度が上昇します。特に幼児の死亡は30%です。小児でのアスピリンが中止されてから減少しました。その他、インフルエンザは、脳・脊髄炎、横断性脊髄炎、ギランバレー症候群、無菌性髄膜炎、脳炎を起こします。
8.タミフル、リレンザ、ラピアクタは発症48時間以内が効果的、健康人で症状を1日未満短縮
抗ウイルス薬には4種あります。アダマンタン(Adamantanes)、ノイラミニダーゼ阻害薬(neuraminidase inhibitors)、膜融合阻害薬(membrane fusion inhibitors)、RNA依存RNAポリメラーゼ阻害薬(RNA-dependent RNA polymerase inhibitors)の4つです。欧米で承認されているのはアダマンタンとノイラミニダーゼ阻害薬のみです。
アダマンタンにはアマンタジンとrimantadineがあり、インフルエンザAのmatrix 2 ion channnelを阻止します。インフルエンザBには効きません。現在流行しているインフルエンザは全てアマンタジンに抵抗があり推奨できません。ということで、使うのはノイラミニダーゼ阻害薬です。
2015年から16年には経口オセルタミビルと吸入ザナミビル(リレンザ)が欧米で推奨されました。静注のベラミビル(ラピアクタ)は米国で使用されています。また米国には静注のザナミビル(リレンザ)があるそうで、オセルタミビル耐性の重症患者で使用されます。予防投与は、最後の感染が起こってから7日間あるいは14日間投与します。
2007~08年にインフルエンザA H1N1に対してオセルタミビル耐性株が出現しました。これはノイラミニダイーゼ蛋白のヒスチジンがチロシンに置換されたためだそうです。
H1N1pdm09 インフルエンザA(小生が接種したワクチンの株)出現後は、ノイラミニダーゼ阻害薬に対する耐性は少ないそうです。米国で、2016年3月時点で流行しているインフルエンザA H3N2とインフルエンザBはノイラミニダーゼ阻害薬感受性があり、インフルエンザA H1N1pdm09のわずか5%が耐性でした。
ノイラミニダーゼ阻害薬3種(タミフル、リレンザ、ラピアクタ)は発症48時間以内の早期投与が最も効果があります。ランダム化比較試験(RCT)ではこれにより健康成人で臨床症状は1日未満短縮します。「えっ、たったそれだけ?」と少しがっかりです。
小生は健康成人のインフルエンザ患者さんへの抗インフルエンザ薬投与は、「症状が1日未満短縮するだけ」であることを説明、納得した方だけ投与しております。また日本国内だけで報告されている副作用ですが、2階から飛び降りたりする異常行動の説明も必要です。
9.タミフル、リレンザ、ラピアクタは重症で肺炎(RR0.56)、入院期間(同0.37)減らす
2014 Cochrane reviewでは入院リスク、合併症に差はありませんでした。しかし、Dobsonらによるとノイラミニダーゼ阻害薬で下気道感染のrisk ratio(RR)0.56(95%CI 0.42~0.75、P=0.0001)。入院期間のRR 0.37 (同0.17~0.81、P=0.013)で、肺炎と入院期間減少には効果があるようです。なおRRとは薬を使わなかったときと比べて肺炎が0.56倍、入院期間が0.37倍だったということです。
2009年1月から2011年3月にノイラミニダーゼ阻害薬が投与された2万9,234人のインフルエンザ患者の死亡率のオッズ比(OR)は0.81(95%CI 0.70~0.96、P=0.0024)でした。ORとは1のとき効果なし、1より大きければ有害、1より小さければ有効という指標です。95%CI 0.70~0.96とはこのトライアルを何度繰り返しても95%の確率でORは0.70から0.96の間に納まるという意味です。どっちにしても1より小さいので、ノイラミニダーゼ阻害薬は、死亡率を減少させるわけです。
つまりタミフル、リレンザ、ラピアクタは、健康成人では1日未満症状を減少させるにすぎないけど、入院するような重症患者では、肺炎(RR 0.56)、入院期間減少(同0.37)に効果があるよということです。ですから、抗インフルエンザ薬はリスクの高い老人や合併症を持つような方には積極的に投与した方がよさそうです。
10. 予防に最も効果のあるのはワクチン!65歳以上、妊婦、小児、免疫不全で推奨!
インフルエンザ予防に最も効果があるのはワクチン接種であり当、西伊豆健育会病院では職員は100%接種を目指しています。ワクチンは特にハイリスクグループである65歳以上、免疫不全、小児、妊婦、医療者で推奨されます。
ワクチンは日本でも生後6カ月未満には認可されていませんので、母親のワクチン接種が乳児の予防につながります。しかし、妊婦は副作用を恐れて接種したがらないのが現状です。妊婦のワクチン接種により母体、胎児での副作用は増加しません。妊婦の接種を推奨せよとのことです。
なお、oil-in-water adjuvants(抗原性補強剤)は不活化ワクチンの効果を助長しますが、21歳以下でnarcolepsyの発症が報告されたとのことです。
WHOは次のシーズンの流行に対して推奨を年2回行います。北半球では2月、南半球では9月です。反対側の半球に旅行しようとしている場合は予防が難しいそうです。ワクチン株と流行株が一致していれば有効率は50~60%だそうです。ワクチンが市販された後に不連続抗原変異(antigenic drift)が起こると有効率は大幅に減少します。