近年、小児におけるアレルギー疾患の相互関係が整理されてきました。
そのベースとなる考え方は「二重抗原曝露説」です。
この概念は、アレルゲンとなり得るものが、
・口から入ると消化吸収されてエネルギーとなる
・皮膚の炎症部位から入ると体が異常反応を起こしてアレルギー反応を引き起こす
というものです。
つまり、
・たくさん食べたから食物アレルギーになるのではない
・湿疹でバリア機能が壊れた皮膚からアレルゲンが入り込むとアレルギー体質になる
ということです。
なので、アレルギー疾患はアトピー性皮膚炎(≒かゆみを伴う乳児湿疹)からはじまり、
その炎症部位から
・食物アレルゲンが侵入すれば食物アレルギーを
・花粉アレルゲンが侵入すれば花粉症を
・ダニアレルゲンが侵入すれば喘息・アレルギー性鼻炎を
引き起こすことがわかってきました。
昔は現象でしか観察できなかった「アレルギーマーチ」が、
根拠を持って説明される時代になったとは、感慨深い。
つまり、「諸悪の根源はかゆみを伴う乳児湿疹(≒アトピー性皮膚炎)」ということ。
小児科専門医とアレルギー専門医の両方の資格を持つ医師は、
乳児湿疹の治療に熱心に取り組んでいます。
当院も例に漏れず、約3年前から積極的に取り組んできました。
すると、食物アレルギーの検査をすることが激減し(残念ながらゼロにはなりませんが)、
二重抗原曝露説が正しいことを実感しています。
さて、今年(2020年)は新型コロナ流行に伴う自粛ムードの中、各学会がすべて中止や延期となっており、専門知識のアップデートがしにくい状況になっています。
知識再確認&復習の目的で、有用な情報満載のとあるブログ「小児アレルギー科医の備忘録〜子どものアトピー性皮膚炎に対するスキンケアをエビデンスから考える」の内容をメモしてみました;
<メモ><メモ><メモ><メモ><メモ><メモ><メモ><メモ>
・アレルギーマーチのエビデンス
乳児湿疹・アトピー性皮膚炎があると、次に続くアレルギー疾患のリスクが高くなる;
→ 喘息のリスクが2〜3倍
→ アレルギー性鼻炎のリスクが2〜3倍
→ 食物アレルギーのリスクが6倍
・医療者にとっても患者にとってもアトピー性皮膚炎の正しいスキンケアを指導・マスターすることは簡単ではない。
・スキンケアの基本は「洗う」「塗る」の二つに集約されるが、後者を正しく行うことがなかなかできない。それは「ステロイド軟膏はたっぷり塗らないと効かない」ものの「ステロイド軟膏を怖がって塗ってくれない」という現実があるから。この考え方の影響か、保湿剤でさえも十分に塗らない患者さんも少なからず存在します。
・スキンケアを正しく行うためには、医療者がチームとなって指導する必要がある。そして以下の質問にも答えなければならない。
Q. そもそもアトピー性皮膚炎に保湿は必要?
A. はい。アトピー性皮膚炎の湿疹をステロイド外用薬で略治させた後に保湿剤を継続使用するとアトピー性皮膚炎の再燃が1/3に抑えられれます(6週間観察したデータ)。
Q. 兄弟がアトピー性皮膚炎の場合、生まれてすぐ湿疹ができていない状態から保湿を始めるとアトピー性皮膚炎のリスクは減るの?
A. はい。しっかり保湿するとアトピー性皮膚炎になる確率が2/3になります。
皮膚のバリア機能を示す指標であるTEWL(経皮水分蒸散量)を赤ちゃんで測定すると、生後1週間いないのおでこのTEWLが高いほどアトピー性皮膚炎になりやすいことがわかっています。すなわち、TEWLが高い赤ちゃんは保湿しないと約8割がアトピー性皮膚炎を発症しますが、毎日十分に保湿すると、TEWL低置の赤ちゃんとアトピー性皮膚炎発症率は同じになりました。
※ ただし、家族でアレルギー疾患のあるハイリスク乳児の場合のデータで、家族にアレルギー疾患歴のない赤ちゃん、TEWLが正常の赤ちゃんでは差がありません。
Q. 入浴した方がいい?
A. 実は、医師の間でも「洗う vs. 洗わない」論争が続いています。
(例)
・アメリカの小児科学会は「洗わない方がよい」。
・アメリカのアレルギー学会、アメリカの皮膚科学会は「洗った方がよい」。
なぜこうなっているのか・・・診療で経験する患者さんの年齢や重症度が違うためと説明されています。それにより悪化因子が異なり、重症化するほど皮膚には黄色ブドウ球菌が高率に検出されるようになり、これは食物アレルギーの発症リスクにもなるという研究報告もあるため、重症患者をたくさん見ている医師ほど「洗う」ことを推奨することになります。
Q. 石けんはどう使う?
A. 石けんは改善要因だけでなく、悪化要因にもなり得ます。肌を清潔にしてくれますが、すすぎが不十分で残ってしまうと刺激物になります(特に陰イオン界面活性剤)。
基本的には「肌に合うモノを探して見つける」ことになります。泡タイプのボディーソープがお勧めです。量を使いすぎないというメリットがあり、泡で撫でるように、あるいはマッサージするように洗うと肌にやさしいのでお勧めです。
Q. 夏、汗をたくさんかいたらシャワーを浴びていいの?
A. はい。冬は乾燥、夏は汗がアトピー性皮膚炎の悪化因子です。夏のシャワー浴でかゆみが減ることが報告されています。
汗の中には「マラセチア」というカビの成分が含まれており、マラセチア特異的IgE抗体は大人のアトピー性皮膚炎の重症度と比例することが報告されています。
ただし、石けんを使うのは1日のうち1回だけにした方がよいとされていますので、昼間にシャワーを追加するときはお湯で流すだけにしましょう。
Q. ワセリンとヒルドイドはどちらがよい?
A. 実はデータがありません。その理由は、海外ではヒルドイド(=ヘパリン類似物質)がほとんど使われていないからです。
日本の現状としては、使用感や季節、重症度で決めています。
(例)当院の場合
冬はプロペト(眼科用ワセリン)、春秋は親水クリーム、夏はベルツ水(グリセリンカリ液)
ドライスキンがひどいときはプロペト、治療でよくなったらご希望のクリーム/ローションタイプへ。
なお、ヒルドイドは一時「成人女性が美容目的で処方を希望して医療費を圧迫している」と社会問題化し、保険診療内では制限されています。ホントに必要な患者さんにとっては迷惑な話ですね。
市販の保湿剤には食べ物のエキスが混ざっているモノがありますが、これは避けた方がよいでしょう。食物アレルギーを惹起する可能性があります(“茶のしずくの事件”)
(例)
・セタフィル・モイスチャライジング・クリーム(アーモンドオイル入り)
・セタフィル・モイスチャライジング・ローション(アボガドオイルあるいはマカデミアナッツオイル入り)
Q. 保湿剤は入浴後、どれくらいで塗ればいい?
A. 「入浴後、すぐ塗るように」と指導されることが多いと思いますが、最近入浴後すぐと入浴90分後での皮膚水分量に差が無いおいう研究結果もあるそうです。
※ 当院では「入浴後汗が引いたら保湿しましょう、冬は10分、夏は30分が目安です」と説明しています。
また、保湿剤は1日何回塗るのがよいか、という質問も多いのですが、回数を変えて比較検討した臨床研究はほとんどありません。各国のガイドラインでは共通して「1日複数回」の保湿剤塗布を推奨しています。
保湿剤の塗布量に関しては、研究は見当たりませんが、ガイドラインには「十分量」と書かれており、なかでも欧州皮膚科学会ではFTU(フィンガーチップユニット)より多い量で記載されています。
Q. 保湿剤とステロイド外用薬はどちらを先に塗るといい?
A. これも多い質問です。最近の比較試験の報告では「どちらが先でも同じ」という結果でした。
※ 私がアレルギー専門医を目指した頃(四半世紀前)は「保湿剤を塗り広げた後にステロイド外用薬をポイントで塗る」と書かれていました。それからしばらくして、皮膚科専門医は「ステロイド外用薬を先に塗る人が半分」と知り愕然としました。さらに時間が経って、現在の「どちらが先でも変わらない」に落ち着いた感があります。実際に患者さんを見ていると、湿疹と正常皮膚の境界がわからない場合はステロイドと保湿剤を混ぜて処方し、全体に塗ってもらっています。協会がはっきりわかる場合は、塗り分けるか、保湿剤を先に塗ってもらいます。つまり、ケースバイケースで指導を変えています。
<追記>
上記のメモのネタにさせてもらったブログ「小児アレルギー科医の備忘録」の管理者が書いた本「子どものアトピー性皮膚炎のケア」(堀向健太著、内外出版社、2020年発行)が出版されているのに気づきました。
メモ以外の情報を、追加メモしておきます。
・アトピー性皮膚炎の遺伝性
アレルギー疾患のない両親の子がアトピー性皮膚炎になった:27%
両親の片方にアレルギー疾患がある:38%
両親ともにアレルギー疾患あり:50%
・赤ちゃんのアトピー性皮膚炎は自然に治る?
7割の患者さんが年齢と共に改善するが、
残りの3割を放っておくと年齢と共に治りにくくなり、
食物アレルギーや喘息などほかのアレルギーも引き起こしやすくなる。
(例)湿疹のあった乳児は、その後の卵アレルギーの発症リスクが5.8倍
・アトピー性皮膚炎赤ちゃんの体の洗い方
よく泡立てた石けんで素手で洗う。スポンジは刺激が強すぎる。
なでるように洗うだけでは足りない、肌を傷つけない程度に素手で「もむように」洗う。
たるみ・シワをしっかり伸ばして洗う。
目は上から下へまぶたが閉じるように洗い、目に入って痛がる前に素早くシャワーですすぐ。
すすぎの目安は10秒が目安。
なお、入浴が有効なアトピー性皮膚炎患者は約3割という報告もあり、洗うことに反対する医師もいることも事実。
・保湿の効果・実績
保湿を十分行った場合(①)とそうでない場合(②)を比較すると、再度悪化するまでの期間は、①89日、②27日という報告あり。
保湿をしっかり行うと、ステロイド外用薬を42%減らせたという報告あり。
・保湿剤のタイプ
「エモリエント」→ 皮脂膜のイメージ
「エモリエント」+「保湿成分」=「モイスチャライザー」
・天然のオイルは安全か?
天然オイルはそれに対するアレルギーになる可能性がある。
とくに食品成分が含まれている保湿剤は勧められない。
・全身に軟膏を塗るのに、小さじ何杯分が必要?
(乳児)小さじ1杯
(幼児)小さじ2杯 ・・・3-5歳
(児童)小さじ3杯 ・・・10歳
(中学生)小さじ4杯
・容器に入っている外用薬を直接手・指でとって使用してはいけない。
必ずスパチュラか小さじスプーンを使用すべし。
・虫除けの使い方
皮膚への刺激は、ディート>イカリジンの印象。
(ディート配合製品)
6ヶ月未満は禁止
6ヶ月〜2歳:1日1回
2歳〜12歳未満:1日1〜3回
※ アメリカでは生後2ヶ月以降では30%以下のものなら使用可能
(イカリジン配合製品)年齢制限なし
※ 天然成分の虫除けは20分程度しか効果が持続しないことに注意。
※ 虫除けをしみこませたリストバンドは無効との報告あり。
・日焼け止めの種類
お勧めはノンケミカル製品、SPF15-20、紫外線散乱剤>紫外線吸収剤。
紫外線吸収剤の方がかぶれやすいという報告がある。
※ SPF(Sun Protection Factor)は紫外線のうちUVBをブロックする指標、
PA(Protection Grade of UVA)は紫外線のうちUVAをブロックする指標。
・・・SPFが高いとPAも高くなる傾向があるので、ふだんはSPFを参考にすればOK。
・季節によるアトピー性皮膚炎の悪化
ある調査では、夏に悪化しやすい子どもと冬に悪化しやすい子どもがほぼ同数。
運動時の汗でアトピー性皮膚炎が悪化する子どもが4割以上
汗にはマラセチア(カビの一種)が含まれており、アトピー性皮膚炎が悪化するとマラセチアに対するアレルギーを獲得することがある。すると、汗をかくとよりかゆくなりやすくなる。
・紫外線はよい?悪い?
一般に悪化するイメージが持たれているが、実は治療に応用されている。アトピー性皮膚炎の皮膚では表面まで痒みを強くする神経が伸びており、紫外線はその神経の働きを弱める可能性が指摘されている。
・入浴と入浴剤
38〜40℃が適当。熱すぎるお湯は痒みを悪化させる。
保湿効果を謳った入浴剤では十分な効果は出ないと報告されている。
・適切な湿度と加湿器
60%以上を推奨する医師もいるが、その湿度ではダニが繁殖するので単純に判断できない。加湿器に関する研究も乏しい。
・衣類の素材
綿や絹がよいとされているが、科学的根拠は乏しい。
素材よりもチクチクゴワゴワして肌を刺激するものは避け、肌触りのよい柔らかい感触のものを選ぶべし。
アトピー性皮膚炎の皮膚は軽い刺激でも強い痒みを感じやすい。
・洗剤と柔軟剤
陰イオン系洗剤を使う場合は残留洗剤を減らすべく、すすぎ回数を増やすべし。
柔軟剤も一概に悪いとはいえない。使った方が皮膚症状・自覚症状が改善したという報告もある。
・ミトンの使用
塗った軟膏がミトンととれてしまったり、皮膚を痛めてしまう可能性がある。
爪をきちんと切って、指先にワセリンをたっぷり塗ることを推奨(かゆいところに自分で塗ってくれる)。
・ステロイド外用薬を毎日塗るとだんだん効かなくなる?
→ 十分な強さの外用薬が適切な量で使用されていないケースがほとんどであるが、確かに毎日使い続けると、ステロイド受容体が減ってくることで効果が低くなる可能性も報告されている。
・ステロイド外用薬のリバウンドは、やっぱりある?
ステロイド外用薬を塗って湿疹が改善したら「徐々に」減らすことが大切。突然中止すると再度悪化することはよくあり、これは「リバウンド」ではなく治りきっていなかっただけ。
一方、長期間ステロイド外用薬を続けている患者さんが突然中止すると、急激に悪化し激烈な症状になることがあり(特に成人の顔面)、こちらは「リバウンド」といえる。
・・・ステロイド外用薬のリバウンドを正式に認めた皮膚科医の意見を初めて聞きました。
・ステロイド外用薬は皮膚を薄くする。
ステロイド外用薬は、角層のブロックの柱である線維芽細胞を少しだけ弱める。長くステロイド外用薬を使い続けることで、その柱が崩れて屋根と床がくっついてしまい、皮膚が薄くなる。
実際にIII群ステロイド外用薬を4週間毎日塗り続けると、皮膚のバリア機能を表す指標が下がってくることが報告されている。
<毎日同じ箇所に使い続けたときの安全期間>
顔・首・デリケートゾーン→ 2週間以内(全群)
その他の部位→ 2週間以内(1群)、3週間以内(II群)、4週間以内(III群)
・ステロイド外用薬の副作用に色素沈着はない。
暑い季節に直さ日光に当たると赤くなった後に“日焼け”という色素沈着が残る。
湿疹(赤く炎症を起こした状態)を治療した後に黒ずんだ皮膚になることも同じ原理。