昨日は21年来の麗しき夢が花開く、記念すべき日になりますね。ついに公式に麗夢DVDが発表された日になったのですから。0922は、後生我々ファンにとっては忘れられない日になる事でしょう。もうため込んだ喜びを一気にわっと馬肥ゆる秋空に向けて咆吼してみたくなるくらい、美麗なポスターとチラシの出来に胸躍ります。あと2ヶ月、こうして着々とカタチをなしていく事業成果に期待をふくらませながら、心地よい夢に酔うことが出来る秋になりそうです。様々な紆余曲折を整理・集大成して各位を束ねられる仕掛け人のM様には、本当に感謝の言葉もありません。是非このままつつがなく11月22日を迎えられますよう、心から祈念申し上げます。
さて、今日は先週の予報からは想像もつかない見事な秋晴れの一日で、近所の小学校では元気に運動会を催されておりました。アニメの主題歌などをアレンジした軽快なマーチや合図のピストルや歓声等々が聞こえて来るのが秋らしくていいと思いました(「ハ○ルの動く△」の主題曲までテーマになっていたのには思わず吹いてしまいましたが)。ただ、かつては「ニュータウン」の名前にふさわしく、多くの若い人々が移り住んできたこの町も、今は明らかに黄昏を迎えつつあり、児童の数は6学年全部合わせて300人に満たず、かろうじて紅白2つのチームを編成する事が出来たような状態でした。1年生など40人に足らないのですから、ほとんど2クラス編成するのは無理なのですが、なにやら特別に申請をして2つにしてあるのだそうです。人口12万人の地方都市の一角で創立30周年を迎えたこの小学校も、もはや統廃合は時間の問題であり、このようなちょっとした町でも既に子供達が減りつつあるというのを実感させられるのは、薄ら寒い気さえいたします。
私は60~70年代特撮や80年代アニメという豊穣な世界で薫陶を受けて今を迎えており、今の子供達も多彩なゲームなどに取り巻かれ、それをベースにオトナになるのでしょう。そのことの是非はまた別の論として、将来子供達が更に減少してこういったマーケットが成り立たなくなったりしたら、その世代、あるいはその先の世代には果たして楽しい夢の世界が用意できるのでしょうか? 今でさえ、私たちやその下の世代をターゲットにした商品がちまたにあふれ、本当に子供向けといえるのはどれだけあるのか疑問がなきにしもあらずという感じが致しますのに、本当にどうにもならないのでしょうか? 私はなるべく長生きして科学の成果や社会の変化を出来るだけ先まで見ていきたいと常々願ってはいるのですが、子供達のマーケットが成り立たなくなるような未来は出来れば願い下げにしたいのです。この間も子供を産み育てる世代が忙しすぎるから子供が増えないのだ、というような話が新聞に載っておりましたけど、ひと昔前の世代だって、週休は日曜日だけ、残業は当たり前でしゃにむに働き続けて今日の繁栄を築いたのに、子供はチャンと産み育ててきたではありませんか。かつての我々の先達と今の我々、あるいはその下の世代とで何が違うのか、多忙以外に子供が生まれなくなった原因が必ずあるはずで、それをしっかり解析し、対策を練る必要がある気が致します。色々政治的課題もあるのでしょうけど、50年後日本が日本であり得るかどうかは、今の政治指導者の双肩にかかっているのでは無いかと私は思います。つまらない党利党略に明け暮れる暇があったら、真剣にそのことを考えて欲しいです。
さて、今日は先週の予報からは想像もつかない見事な秋晴れの一日で、近所の小学校では元気に運動会を催されておりました。アニメの主題歌などをアレンジした軽快なマーチや合図のピストルや歓声等々が聞こえて来るのが秋らしくていいと思いました(「ハ○ルの動く△」の主題曲までテーマになっていたのには思わず吹いてしまいましたが)。ただ、かつては「ニュータウン」の名前にふさわしく、多くの若い人々が移り住んできたこの町も、今は明らかに黄昏を迎えつつあり、児童の数は6学年全部合わせて300人に満たず、かろうじて紅白2つのチームを編成する事が出来たような状態でした。1年生など40人に足らないのですから、ほとんど2クラス編成するのは無理なのですが、なにやら特別に申請をして2つにしてあるのだそうです。人口12万人の地方都市の一角で創立30周年を迎えたこの小学校も、もはや統廃合は時間の問題であり、このようなちょっとした町でも既に子供達が減りつつあるというのを実感させられるのは、薄ら寒い気さえいたします。
私は60~70年代特撮や80年代アニメという豊穣な世界で薫陶を受けて今を迎えており、今の子供達も多彩なゲームなどに取り巻かれ、それをベースにオトナになるのでしょう。そのことの是非はまた別の論として、将来子供達が更に減少してこういったマーケットが成り立たなくなったりしたら、その世代、あるいはその先の世代には果たして楽しい夢の世界が用意できるのでしょうか? 今でさえ、私たちやその下の世代をターゲットにした商品がちまたにあふれ、本当に子供向けといえるのはどれだけあるのか疑問がなきにしもあらずという感じが致しますのに、本当にどうにもならないのでしょうか? 私はなるべく長生きして科学の成果や社会の変化を出来るだけ先まで見ていきたいと常々願ってはいるのですが、子供達のマーケットが成り立たなくなるような未来は出来れば願い下げにしたいのです。この間も子供を産み育てる世代が忙しすぎるから子供が増えないのだ、というような話が新聞に載っておりましたけど、ひと昔前の世代だって、週休は日曜日だけ、残業は当たり前でしゃにむに働き続けて今日の繁栄を築いたのに、子供はチャンと産み育ててきたではありませんか。かつての我々の先達と今の我々、あるいはその下の世代とで何が違うのか、多忙以外に子供が生まれなくなった原因が必ずあるはずで、それをしっかり解析し、対策を練る必要がある気が致します。色々政治的課題もあるのでしょうけど、50年後日本が日本であり得るかどうかは、今の政治指導者の双肩にかかっているのでは無いかと私は思います。つまらない党利党略に明け暮れる暇があったら、真剣にそのことを考えて欲しいです。