明日、明後日と今週末の休みは少々私事で忙しくなりそうですので、予定より1日早いですが、万一更新できなかった場合を考慮し、今のうちに連載小説をアップしておきます。もうちょっと書き込んでおきたかったですが、時間も限界ですし、次の展開をどうするか工夫を考えることにして、とにかくアップします。このあたりの機微が、連載の難しいところですね。結構勉強になります。
それでは、起承転結の「承」の始まりです。次はなるだけドラマチックに「転」を決めたいところですが、切りどころが難しいです。
----------------------以下本文-------------------------
朝倉の夢。それは、白色の地獄であった。気温は零下20℃を切り、風速にして20メートルを超える強風が吹き荒れ、ほんの数メートル先すら判然としないほど、濃密に雪が降りしきる。その上空に、麗夢は真夏らしいミニスカートの裾をはためかせつつ、忽然と姿を現した。その左右には、すっかり夏の毛に生え替わっているアルファ、ベータが付き従う。そんな恐らくはわずか1分でさえ耐えていられないはずの姿で、彼女らは平然と雪原に舞い降りた。
「きゃっ!」
「ニャ!」
「キャン!」
ずぼっと音を残して、麗夢達の姿が白い地獄から一瞬で消えた。数瞬後、消えた辺りの白い平面が、突然ぽこっと盛り上がったかと思うと、シンクロナイズドスイミングのように、麗夢が頭から飛び出してきた。アルファ、ベータも頭だけ取りあえず持ち上げて、あーびっくりした、とばかりに麗夢を見上げている。
「なんて深い雪なの? 夢でなけりゃすっかり生き埋めになるところだわ。大丈夫? アルファ、ベータ?」
ふわり、と身体を再び浮かせて、麗夢が雪で顔中真っ白になったアルファとベータに手を差しのべる。二匹も主を追いかけるように身体を雪に浮かべ、取りあえず雪原の表面に足を降ろした。そのまま身体をブルぶるっと震わせ、余分な雪を払い落とす。現実世界と違い、夢の中なら、麗夢もアルファ、ベータも、基本的に物理法則による制限を受けない。余程強力な夢魔に支配された夢でない限り、暑さ寒さも関係なく、こうして体重が無くなったかのように、柔らかな積雪の上に足跡一つつけず立つことさえ自在である。
「それにしても、夢魔はどこにいるのかしら?」
麗夢は白い闇を透かして辺りを見回した。殆ど視界は効かないが、ごくまれに雪を透いてかなり遠くまで見通すことが出来る瞬間がある。そのときに見えるのは、起伏のある雪原がどこまでも続くだけのモノトーンな世界だ。そして、そこはかとなく辺りを支配する空虚な悪意。でも、とこの時麗夢は思った。こんな希薄な霊気で、果たして寝ている人の身体を凍らせるほどの冷気を発生させることが可能なのだろうか・・・?
夢の中で生者を虜囚とし、その命を喰らうのは案外に容易い。夢魔の力が弱くても、とにかく過度の恐怖を演出し、少しずつでも確実に命を啜っていけば、いずれ人は衰弱し、最終的には死を迎える。一方、現実世界にまで影響を及ぼし、直接肉体から命を奪えるのは、例えばかのルシフェルほどの力があって初めて為し得る行為である。では、この霊気にそれだけの力があるだろうか?
アルファ、ベータもそのことに気づいたのであろう。しきりに鼻を鳴らし、尻尾を振って自身が感じる不審感の原因に想いを馳せているようだ。だが、一行はその事をじっくり吟味する事は出来なかった。白一色の世界に、異なる色合いが現れたのである。
それは、まず暴風雪を突いてとぎれとぎれに聞こえてきた歌から始まった。
「ゆ・・・の・・・ぐんこおり・・・んで・・・」
瞬く間に風にちぎられ、雪に吸い込まれていく歌声だったが、しばらくその声の方向を注目するうちに、ようやくはっきりとその対象が見えてきた。
「・・・どーこが川やら道さえ知れずぅうっ! うまーは倒れるすぅててもおけず! こーこはいーずこぞ・・・」
それは、体中雪にまみれながら歩いてくる集団であった。
先頭を行く3列の人が雪をかき分けるようにして道を開き、そのあとを2列、3列、2列、と肩を組むように寄り添う人並が続いていく。列が進むたび、さらさらの雪の中に次第に道らしきものが生まれ、その細い啓開路に沿って、ぞろぞろと付き従う人の列が続く。皆薄っぺらな外套を身にまとい、簡単な帽子をかぶり、小銃を肩に下げている。いつの時代かは判らなかったが、どうやら日本の軍隊の行進らしいことは麗夢にも理解できた。
「これが鬼童さんの言ってた『都市伝説』の正体って訳ね」
「ワン! ワンワンワン!」
「あ、やっぱり死霊なの?」
「ワン!」
目の前の集団に鼻を鳴らしていたベータが、明らかな死臭を感知して麗夢に告げた。この雪原も、彼ら死霊が生み出した妄執の産物であることは疑いない。おそらくは、どこかで吹雪に迷った軍隊が遭難したときの妄執が、今も永遠に無限の雪原を彷徨い続けているのだろう。円光も鬼童も、そんな彷徨の一端を目敏くもかぎつけた訳だ。
麗夢が感心するうちにも、そんな一団が目の前を横切り、向こうの雪の中へと消えていく。その最後尾に、少し遅れながら必死に大きな橇を引く数名の男達が見えてきた。何を積んでいるのか、相当に重量のありそうな橇で、およそ200人余りの人間が踏み固めた雪道にめりこみ、両側から崩れたつ粉雪に埋まって、あたかも雪に溺れるかのように、時折ぐいと引っ張られるときだけ、橇の片鱗を雪の上にかいま見せている。そんな橇が15台、これも次々と麗夢の前を横切っていった。
「あ、朝倉さん!」
その最後の橇を引く男達の一人に、見覚えのある顔立ちがあった。間違いなく、朝倉幸司その人である。うつろな目で雪に埋もれながら進むその姿は、強制労働で命旦夕に迫る囚人達もかくやと言わぬばかりな有様で、ふらつきながら橇を引き続けていた。どうやら朝倉は、この迷える魂にどういう訳か囚われ、その生命を削られ続けている訳だ。多分先に亡くなった朝倉の友人達も、こんな死霊の軍隊に無理矢理雪の中を歩かされ、無惨な死を迎えたのであろう。
「まあとにかく朝倉さんを助けましょう。早く手当てしてあげないといけないし。アルファ、ベータ、いいわね!」
麗夢は左右に陣取る可愛らしい毛玉二つに確認をとると、力強い返事を糧に、全身の力を奮い起こした。
「はああああああっ!」
麗夢の身体が、突然金色の光に包まれた。そこに、円光から届く破邪の神気が流れ込む。アルファ、ベータも同じように自分達を核として光の玉を生み出した。そんな異なる大きさの3つの光球が見る間に膨れ上がり、数瞬のうちに、直径数メートルはある巨大な球へと成長した。
「はあっ!」
気合い一閃! その瞬間、突如光が爆発した。膨大な雪を瞬時に溶解し、蒸発させる巨大な熱量が、核爆発のごとく夢世界を席巻した。吹き付ける強風が空間ごとあえなく吹き飛ばされ、雪原は瞬く間に漆黒の大地へと塗り替えられる。更に輝きを増す麗夢の光は、露出した地面に次々と生命のほとばしりを誕生させた。ようやく麗夢とアルファ、ベータが気を抜いた頃、あれほど夢世界を埋め尽くした雪は跡形もなく消え去り、永遠の白い闇に過ぎなかった平原は、緑溢れる野原と化してうららかな日差しに包まれていた。あれほどいた兵隊達も忽然と消え、朝倉幸司がただ一人、その向こうでうつ伏せに倒れているのが見える。
「なんなの? これ」
円光の気が送り込まれているとはいえ、さすがに麗夢も、そのあっけない幕切れには少し唖然とさせられた。もちろん夢を浄化するに足る力を発揮した自覚はあったが、もう少し夢魔らしい抵抗の一つもしてくるだろう、と麗夢は予測していたのである。
「終わった、のよね?」
麗夢の疑問形に、アルファ、ベータも目を見張り、耳を澄ませ、鼻をくんくん鳴らしてその夢の様子をうかがった。しかし、結局麗夢同様、怖気をふるう悪夢の気が滅散し、健全な、普通の夢の世界に塗り変わっていることを確かめられたに過ぎなかった。
麗夢は、アルファ、ベータともう一度辺りを見回してから、改めて言った。
「じゃ、取りあえず帰りましょうか」
元気よく尻尾を振って同意した二匹は、麗夢のミニスカート姿と並んで、この緑の平原から現実世界へと帰還した。
それでは、起承転結の「承」の始まりです。次はなるだけドラマチックに「転」を決めたいところですが、切りどころが難しいです。
----------------------以下本文-------------------------
朝倉の夢。それは、白色の地獄であった。気温は零下20℃を切り、風速にして20メートルを超える強風が吹き荒れ、ほんの数メートル先すら判然としないほど、濃密に雪が降りしきる。その上空に、麗夢は真夏らしいミニスカートの裾をはためかせつつ、忽然と姿を現した。その左右には、すっかり夏の毛に生え替わっているアルファ、ベータが付き従う。そんな恐らくはわずか1分でさえ耐えていられないはずの姿で、彼女らは平然と雪原に舞い降りた。
「きゃっ!」
「ニャ!」
「キャン!」
ずぼっと音を残して、麗夢達の姿が白い地獄から一瞬で消えた。数瞬後、消えた辺りの白い平面が、突然ぽこっと盛り上がったかと思うと、シンクロナイズドスイミングのように、麗夢が頭から飛び出してきた。アルファ、ベータも頭だけ取りあえず持ち上げて、あーびっくりした、とばかりに麗夢を見上げている。
「なんて深い雪なの? 夢でなけりゃすっかり生き埋めになるところだわ。大丈夫? アルファ、ベータ?」
ふわり、と身体を再び浮かせて、麗夢が雪で顔中真っ白になったアルファとベータに手を差しのべる。二匹も主を追いかけるように身体を雪に浮かべ、取りあえず雪原の表面に足を降ろした。そのまま身体をブルぶるっと震わせ、余分な雪を払い落とす。現実世界と違い、夢の中なら、麗夢もアルファ、ベータも、基本的に物理法則による制限を受けない。余程強力な夢魔に支配された夢でない限り、暑さ寒さも関係なく、こうして体重が無くなったかのように、柔らかな積雪の上に足跡一つつけず立つことさえ自在である。
「それにしても、夢魔はどこにいるのかしら?」
麗夢は白い闇を透かして辺りを見回した。殆ど視界は効かないが、ごくまれに雪を透いてかなり遠くまで見通すことが出来る瞬間がある。そのときに見えるのは、起伏のある雪原がどこまでも続くだけのモノトーンな世界だ。そして、そこはかとなく辺りを支配する空虚な悪意。でも、とこの時麗夢は思った。こんな希薄な霊気で、果たして寝ている人の身体を凍らせるほどの冷気を発生させることが可能なのだろうか・・・?
夢の中で生者を虜囚とし、その命を喰らうのは案外に容易い。夢魔の力が弱くても、とにかく過度の恐怖を演出し、少しずつでも確実に命を啜っていけば、いずれ人は衰弱し、最終的には死を迎える。一方、現実世界にまで影響を及ぼし、直接肉体から命を奪えるのは、例えばかのルシフェルほどの力があって初めて為し得る行為である。では、この霊気にそれだけの力があるだろうか?
アルファ、ベータもそのことに気づいたのであろう。しきりに鼻を鳴らし、尻尾を振って自身が感じる不審感の原因に想いを馳せているようだ。だが、一行はその事をじっくり吟味する事は出来なかった。白一色の世界に、異なる色合いが現れたのである。
それは、まず暴風雪を突いてとぎれとぎれに聞こえてきた歌から始まった。
「ゆ・・・の・・・ぐんこおり・・・んで・・・」
瞬く間に風にちぎられ、雪に吸い込まれていく歌声だったが、しばらくその声の方向を注目するうちに、ようやくはっきりとその対象が見えてきた。
「・・・どーこが川やら道さえ知れずぅうっ! うまーは倒れるすぅててもおけず! こーこはいーずこぞ・・・」
それは、体中雪にまみれながら歩いてくる集団であった。
先頭を行く3列の人が雪をかき分けるようにして道を開き、そのあとを2列、3列、2列、と肩を組むように寄り添う人並が続いていく。列が進むたび、さらさらの雪の中に次第に道らしきものが生まれ、その細い啓開路に沿って、ぞろぞろと付き従う人の列が続く。皆薄っぺらな外套を身にまとい、簡単な帽子をかぶり、小銃を肩に下げている。いつの時代かは判らなかったが、どうやら日本の軍隊の行進らしいことは麗夢にも理解できた。
「これが鬼童さんの言ってた『都市伝説』の正体って訳ね」
「ワン! ワンワンワン!」
「あ、やっぱり死霊なの?」
「ワン!」
目の前の集団に鼻を鳴らしていたベータが、明らかな死臭を感知して麗夢に告げた。この雪原も、彼ら死霊が生み出した妄執の産物であることは疑いない。おそらくは、どこかで吹雪に迷った軍隊が遭難したときの妄執が、今も永遠に無限の雪原を彷徨い続けているのだろう。円光も鬼童も、そんな彷徨の一端を目敏くもかぎつけた訳だ。
麗夢が感心するうちにも、そんな一団が目の前を横切り、向こうの雪の中へと消えていく。その最後尾に、少し遅れながら必死に大きな橇を引く数名の男達が見えてきた。何を積んでいるのか、相当に重量のありそうな橇で、およそ200人余りの人間が踏み固めた雪道にめりこみ、両側から崩れたつ粉雪に埋まって、あたかも雪に溺れるかのように、時折ぐいと引っ張られるときだけ、橇の片鱗を雪の上にかいま見せている。そんな橇が15台、これも次々と麗夢の前を横切っていった。
「あ、朝倉さん!」
その最後の橇を引く男達の一人に、見覚えのある顔立ちがあった。間違いなく、朝倉幸司その人である。うつろな目で雪に埋もれながら進むその姿は、強制労働で命旦夕に迫る囚人達もかくやと言わぬばかりな有様で、ふらつきながら橇を引き続けていた。どうやら朝倉は、この迷える魂にどういう訳か囚われ、その生命を削られ続けている訳だ。多分先に亡くなった朝倉の友人達も、こんな死霊の軍隊に無理矢理雪の中を歩かされ、無惨な死を迎えたのであろう。
「まあとにかく朝倉さんを助けましょう。早く手当てしてあげないといけないし。アルファ、ベータ、いいわね!」
麗夢は左右に陣取る可愛らしい毛玉二つに確認をとると、力強い返事を糧に、全身の力を奮い起こした。
「はああああああっ!」
麗夢の身体が、突然金色の光に包まれた。そこに、円光から届く破邪の神気が流れ込む。アルファ、ベータも同じように自分達を核として光の玉を生み出した。そんな異なる大きさの3つの光球が見る間に膨れ上がり、数瞬のうちに、直径数メートルはある巨大な球へと成長した。
「はあっ!」
気合い一閃! その瞬間、突如光が爆発した。膨大な雪を瞬時に溶解し、蒸発させる巨大な熱量が、核爆発のごとく夢世界を席巻した。吹き付ける強風が空間ごとあえなく吹き飛ばされ、雪原は瞬く間に漆黒の大地へと塗り替えられる。更に輝きを増す麗夢の光は、露出した地面に次々と生命のほとばしりを誕生させた。ようやく麗夢とアルファ、ベータが気を抜いた頃、あれほど夢世界を埋め尽くした雪は跡形もなく消え去り、永遠の白い闇に過ぎなかった平原は、緑溢れる野原と化してうららかな日差しに包まれていた。あれほどいた兵隊達も忽然と消え、朝倉幸司がただ一人、その向こうでうつ伏せに倒れているのが見える。
「なんなの? これ」
円光の気が送り込まれているとはいえ、さすがに麗夢も、そのあっけない幕切れには少し唖然とさせられた。もちろん夢を浄化するに足る力を発揮した自覚はあったが、もう少し夢魔らしい抵抗の一つもしてくるだろう、と麗夢は予測していたのである。
「終わった、のよね?」
麗夢の疑問形に、アルファ、ベータも目を見張り、耳を澄ませ、鼻をくんくん鳴らしてその夢の様子をうかがった。しかし、結局麗夢同様、怖気をふるう悪夢の気が滅散し、健全な、普通の夢の世界に塗り変わっていることを確かめられたに過ぎなかった。
麗夢は、アルファ、ベータともう一度辺りを見回してから、改めて言った。
「じゃ、取りあえず帰りましょうか」
元気よく尻尾を振って同意した二匹は、麗夢のミニスカート姿と並んで、この緑の平原から現実世界へと帰還した。