かっこうのつれづれ

麗夢同盟橿原支部の日記。日々の雑事や思いを並べる極私的テキスト

幾ら銘品とは言え、300年も前の木製品の性能を現代のものと比べるのもどうかと思います。

2017-05-09 21:06:28 | Weblog
 今朝の最低気温は16.3℃、最高気温は24.2℃でした。今日は朝から曇り、昼頃からポツポツとごく弱い雨が降り出しましたが、本格的に降ってきたのは夜になってからで、今、窓の外から盛大にザアザア降る雨音が響いてきます。夜のうちに止むのかと思いきや、どうやら明日も曇りがちで雨模様らしく、晴れは明後日まで待たねばならないようです。

 さて、数億円の値段がつくバイオリンの名器「ストラディバリウス」と、最近作られた現代のバイオリンの演奏を聴き比べた場合、現代人は、新しい方のバイオリンの音色を好ましく感じる、という実験を、フランスのパリ大学などの研究チームがまとめ、近くアメリカの科学アカデミー紀要にその論文が掲載されるそうです。実験は、パリ郊外およびニューヨークのコンサートホールで、それぞれ音楽の批評家や作曲家などを含む聴衆計137人をテスターとして行われ、ストラディバリウスと現代のバイオリンをそれぞれ3丁ずつ、演奏者もバイオリンの種類がわからないようにするブラインドテストとしてソロで演奏し、その音色を聴き比べて評価する方法で行われたとのことです。
 音色に関しては、ストラディバリウスと現代のバイオリンは変わらない、もしくはストラディバリウスの方が劣る、という話は随分前からちらほらありましたが、この実験も、それら先行事例を証明する形になったと言えそうです。
 もっとも、それでストラディバリウスの価値がどうこうなることも無いんじゃないかと私には思えます。マスコミの記事は、「ストラディバリウスが負けた!」などとセンセーショナルに書き立てていますが、例え天才アントニオ・ストラディバリが手がけた銘品とは言え、300年も昔の木製品が、今も全く変わらず往年の音色を響かせ続けうる、というのは、ちょっと信じがたいように私には感じられます。もし勝ち負けを云々するなら、完成当時のストラディバリウスと現代のバイオリンを比較すべきで、300年の時間差を無視して今比べるのは、正直申し上げて卑怯だとすら思います。例えば、更に100年後、今回「勝った」とマスコミが評するバイオリンとストラディバリウスとを同じように比較した場合果たして結果はどうなるか、それはそれで大変興味深い物があるのではないでしょうか?
 結局、その時入手しうる材質や加工手段、その時の気象条件、音を聞くための環境、聞く側の人の感度や感性なども時代により異なるはずで、それを無視して勝った負けたと短絡するのは、例え人目を引くためとは言えあまり褒められた態度ではないでしょう。「美人」の基準がそう長くない歴史の中でどれだけ変遷してきたかを考えれば、音に対する感性や好みが「現代風」に変わってきていても不思議ではありません。そもそも当の研究者がストラディバリウスが負けた、とでも公言したのならともかく、勝手に解釈して広言するのはマスコミの悪い癖ではないでしょうか。



 
コメント
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