かっこうのつれづれ

麗夢同盟橿原支部の日記。日々の雑事や思いを並べる極私的テキスト

11.儀式のはてに その4

2008-03-22 21:52:16 | 麗夢小説『夢都妖木譚 平安編』
「駄目ぇっ!」
 ここまで来て力尽きるとは、という無念の思いを最後に、智盛の身体が地に崩れ落ちようとしたときだった。麗夢の悲鳴に覆い被さる様にして、力強い二つの声が、智盛と白い木の間に割って入った。
「麗夢様! お待たせしました!」
「今御助けいたします!」
 金色と漆黒の二つの影が、今にも智盛を貫こうとしていた刺を叩き折った。 
「以呂波! 仁保平!」
「さあ、麗夢様! 御自身の想いを、抑えてきた御自身の心を、今ここで解放されるのです!」
「夢の木に、麗夢様の分身に願ってください! 御自身の幸せを、智盛様のことを!」
 よく見ると以呂波と仁保平は全身に矢が突き立ち、刀傷が所狭しとその表皮を覆い尽くしている。智盛一人を突入させるため、二頭は自らを囮にして外の守りを一手に引き受けたのである。その姿で必死に叫ぶ最愛の仲間の言葉に、麗夢を縛っていた無形のたがが、音を立てて弾け飛んだ。
「止めろ小娘!」
「止めるのじゃ! 麗夢!」
 二つの異なった音色の制止を無視し、麗夢は自分に与えられた全ての力を、沈黙して立ち尽くす夢の木に向けた。
 麗夢の身体が太陽のように照り輝き、同時に、夢の木も光輝く大輪の花を開いた。
「夢の木よ、我が願いを聞き届けたまえ」
 麗夢の声に応えるように、夢の木の全身が光輝いた。同時に、智盛の懐からも一筋の燭光が放たれた。
「智盛様、それは?」
「あ、ああ、これは、有王殿から託された、夢の種・・・」
 智盛はぜいぜいと息を切らしながらも、懐から小さな二式の袋を取りだして見せた。
「智盛様、それを私に」
 智盛は黙って麗夢のま白き紅葉のような手に、袋を預けた。
「そうはさせんぞ!」
 死夢羅はありったけの気を凝らすと、夢の木の全ての刺を二人に向けた。いくら伊呂波と仁保平が夢世界で最強を誇ろうとも、数千の刺の突進を止める手だては無い。草薙の剣の驚異が去った今なら、智盛等を殲滅し、麗夢を再び我が手にする事もできると死夢羅は信じた。だが、その企みはわずかに遅かった。麗夢は手にした袋から種を一粒取り出すと、軽く首を垂れ、目をつむって、拝むように額へそっと付けた。
「さあ、終わりにいたしましょう」 
 頭を上げた麗夢は、思いを込めた夢の種を、そっと夢の木目がけて放り投げた。すると種は、突然まっすぐな光の軌跡を夢の闇に刻みながら、目にも留まらぬ速さで夢の木に突き刺さった。
 その瞬間。
「ぎゃあーっ!」
 夢の木が大きく二つに引き裂かれ、高雅の断末魔がこだました。木は、辺り一面に樹液とも血液ともつかぬものをまき散らしたかと思うと、たちまち青い火に包まれた。その炎の中で、今開いたばかりの大輪の花が、ひらひらとあおられながら消えていく。夢の木は巨大な青い松明となって、暗黒の夢にその火を広げた。大老はなぎなたを放り出すと、白い木の傍らまで走り寄った。そして、もはや手の付けようがないことを知ると、にわかに憎悪の念をたぎらせ、麗夢と智盛をにらめ付けた。
 麗夢が、あれほど夢守のため、大老たる自分のために育てられて来た麗夢が、この期に及んで全てをぶち壊しにかかるとは。
「お、おのれえっ、許さん、許さんぞ! 死夢羅といい麗夢といい、何故皆儂の言うことが聞けぬのじゃ! 未来永劫、貴様等の生ある限り呪い尽くしてやる。そして、今日この日の報いをうけるのじゃ!」」
 だが、その呪いの言葉も、白い大木が焼け落ちるとともに終わりを告げた。崩れかかった夢の木が、大老の身を押しつぶしたのである。一瞬、粛然としてその光景を見守った麗夢は、改めて死夢羅に視線を据えた。
「あなたはいかがなさいますか、死夢羅殿」
 死夢羅は、ふてくされたように答えた。
「ええいいまいましい・・・。だが、一応夢の御子誕生は阻止できた。ここは一先ず引いてやるとしよう。またいつの日か出会う時は、じっくり弄んでくれるわ!」
 直衣の袖をさっと振った死夢羅は、忽然とその場から姿を消した。
「以呂波、仁保平、動けますか?」
「何とか」
「私も」
 気丈にも答えた二頭に、麗夢は少し哀しげな顔つきで語りかけた。
「私はこの方に、智盛様に黄泉路までも御慕い申し上げる所存です。許してくださいますか?」
 二頭は互いに顔を見合わせ、すぐに互いの思いに同意すると、麗夢に言った。
「我々は、夢守の姫君の幸せを守るのがつとめです」
「許すに決まっています。姫」
「忝い。色葉、匂丸」
 智盛はふらつく足を叱咤して二頭に寄った。
「随分無茶をしたな。特に色葉をこんな傷者にしてしまっては、私は公綱に合わせる顔がない」
 二頭は頬摺りして智盛のねぎらいに感謝すると、早く立ち去るように二人に言った。
「後の始末は我ら二人で片付けます。どうか智盛様、姫様を幸せにして上げてください」
 智盛は振りかえると、苦笑いを浮かべて麗夢に言った。
「助けに参ったのに、逆にそなたに助けられるとは、我もつくづく甲斐性のない男だな」
 愛する男の浮かべた酸味のきつすぎる笑顔を、麗夢は愛しさで一杯の胸で受けとめた。
「いいえ、もはや今生の別れと見限っておりましたのに、こうしてまたお会いできるなんて、麗夢はうれしゅうございます」
 本当にうれしそうな麗夢の目を見つめた智盛は、改めて麗夢に歩み寄り、これを言うためにここまで来たという一言を、麗夢に言った。
「平家は既に都を捨てた。つらい旅になるが、ついてきてくれるか、麗夢」
 麗夢は、すっかり憂いを払った目で智盛を見上げて言った。
「はい。智盛様のいらっしゃるところが、私の参るところです」
「そうか。では参ろう、麗夢」
 智盛のさしのべた手を、麗夢はしっかりと握りしめた。

第12章 旅立ち へ続く。

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