かっこうのつれづれ

麗夢同盟橿原支部の日記。日々の雑事や思いを並べる極私的テキスト

12.旅立ち

2008-03-22 21:50:57 | 麗夢小説『夢都妖木譚 平安編』
 公綱が目覚めたとき、そこには、見慣れた面々の顔が並んでいた。智盛、色葉、匂丸、有王、そして・・・。
「目覚めたか。良かった」
 うれしそうな智盛の顔の傍らに、控えめな微笑みをたたえた美しい娘の姿があった。
「麗夢・・・様?」
「公綱殿、貴方には随分と余計な苦労をかけてしまいました。お許し下さい」
「・・・いいえ、それよりも、殿の元に来ていただけるのですね」
 少し頬を赤く染めて頷いた麗夢に、公綱はようやく笑顔を返すことができた。
「殿、夢が叶いましたな」
「ああ。皆、公綱のおかげだ。礼を言う」
 深々と頭を下げた智盛に、公綱はあわてて跳ね起きようとした。その丸い身体に、色葉の華奢な身体が押し倒すように飛び込んできた。
「さあ、いつまでも寝てる場合じゃないよ! 急いで都落ちしなきゃ!」
「おいおい。そんなうれしそうに言うことじゃないぞ」
 公綱の首根っこへ抱きついた色葉に、匂丸があきれたように声をかける。だが、当の色葉はまるで聞いていなかった。
「公綱だけじゃなく、麗夢様までいるんだ。どこだってかまうもんか」
 それもそうだ、と匂丸も苦笑を返し、智盛達も釣られて笑い声を立てた。その中で、公綱だけがはっとなって智盛に言った。
「殿! 今は一体何時なんです?」
「卯の時くらいだと思うが」
「た、大変だ! 急いで支度しませんと!」
 宗盛以下一族郎党は、既に昨夜から順々に淀の船着き場目指して京の都を後にしているはずである。智盛一人出遅れたとあっては、福原で肩身の狭い思いを強いられることになるに違いない。だが、当の智盛は至って落ちついた風で公綱に言った。
「心配いらぬ。郎党達は取りあえず先に行かせたし、後は我々が残っているだけだ。直ぐに追いつけるよ」
 それでものんびり寝ていられる場合じゃない、と公綱が立ち上がった時、それでは私も、と同時に有王も立ち上がった。
「有王殿は、これからどうなされる?」
 智盛の問いに、有王は穏やかな笑みをこぼして答えた。
「もう一度、鬼界ヶ島に参ろうと思います。もう残ってないかも知れませんが、俊寛様の遺骨をなんとか都まで持ち帰ってさしあげたいのです」
「そうか。有王殿にもいろいろと世話になった。智盛、心より礼を言う」
「いや。それより夢の木の種をいかがなさいます? 智盛様、麗夢様」
「封印を施し、地に埋めます。二度と目覚めることがないように」
 麗夢の答えに、有王は大きく頷いた。
「ではこれにて失礼します。智盛様の御武運を祈っております」
「有王殿も息災で」
 会釈して立ち去ろうとした有王を、匂丸が呼び止めた。
「す、す、・・・済まなかった。有王・・・殿の助力無くして、麗夢様も智盛様も助けることはできなかっただろう」
「これまでの罪を考えれば当然のことだ。礼には及ばぬよ。それよりも、お二人を頼む」
 こくりと頷いた匂丸に満足したのか、有王は再び軽く会釈すると、智盛邸を後にした。
「さあ、我らも旅立つとしよう」
 智盛の言葉に、皆元気な返事が屋敷を震わせた。

 歴史に照らし合わせたとき、麗夢と智盛の未来はこの日から余りにも短い時しか残されてはいない。しかし、二人にとってこの今の瞬間こそ、三年前に送った都での夢のような日々にも勝る、生涯最高の貴重な時間となったことだろう。愛する者に抱かれ、馬に乗った麗夢のうれしそうな笑顔と共に、智盛一行は、とても敗残の身とは思えない意気軒昂とした足どりで、都大路を西に落ちのびて行くのだった。

終わり

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