かっこうのつれづれ

麗夢同盟橿原支部の日記。日々の雑事や思いを並べる極私的テキスト

新作短編 その11

2008-08-10 19:44:55 | 麗夢小説 短編集
 昨日は夕方以降涼しかっただけに、今日の昼間の暑さはなかなかに堪えました。頭痛も引かないどころか少しきつくなっているみたいですし、とりあえず風邪薬を飲んで様子を見ています。夏風邪ならまだマシなのですが、ひょっとしてもう少し困った病気だったりしたら厄介なことです。せめてあと1週間、もって欲しいですね。

 さて、週間恒例となりました小説の更新です。ようやくここまでたどり着きました。次はいよいよ、というところでしょうか。ただ、来週は所用で東京にいるので更新可能かどうか少々危ぶまれるところではあります。なるべく途切れないように努力はしてみるつもりですので、もし更新できなかったときはごめんなさい。
 それでは、いきます。

------------------------本文----------------------------

 円光の背中越しに、先頭を行くアルファ、ベータの姿が木立や下草の間に見え隠れする。時折止まってこちらを見上げるのは、ちゃんと付いてきているかどうかを確かめるためだろう。勾配はそれ程のものではなく、何とか革靴でも滑らないで歩けるが、もともと獣道ですら無いところを強引に割り進んでいるため、灌木の根や露出した岩が所狭しと散らばり、歩きにくいことこの上ない。円光が錫杖を振り上げ、自分の身体をブルドーザー代わりにして行く手を文字通り切り開いてくれるので、辛うじて榊もその後に続くことができたが、それでも顔の前を塞ぐ小枝や足元の草までは手が届かないと見えて、それは榊が自ら注意して曲げるなり、折るなりして道を付けねばならなかった。特に一度払った小枝が鞭のようにしなり返って後続する鬼童を打ち据えた後は、その恨みがましい非難の声を聞かなくて済むように、入念に排除するよう注意している。そんな状況で一歩一歩進んでいくために、歩みは遅々として進まず、榊は自然額に浮き出た汗を袖で拭った。本州最北端の山中とは言え、真夏の午後遅く、蝉時雨がうるさいくらいに辺りを満たす中、既に背中も水を浴びたようになって、ワイシャツが肌にへばりつくのが気持ち悪い。振り返ると、最初こそ後ろの麗夢を気遣い、時折軽口を飛ばしていた鬼童が、顔中汗塗れになってぜいぜい荒い息を立てながら心持ちこわばった笑みを浮かべている。その長身に最後尾の麗夢の姿が隠れているが、鬼童が左右に身を揺らすたび、豊かに揺れる髪や赤いミニスカートの端がちらついて、何とか麗夢が付いてきているのが見えた。
 谷川の流れる水音が耳に届き始めた頃、また目の前でアルファとベータが大きく右に進路を変えた。それを追って円光が続き、更に榊が右に折れる。左手、木立の中に見え隠れするのは、ほぼ垂直に切り立った崖である。岩肌が露出し、蔓性の雑草が垂れ下がるそれは、およそ3m程の高さだった。まあこれくらいなら落ちても捻挫くらいで済むかも知れないが、念のため榊は後ろの鬼童、麗夢に声をかけた。
「気を付けて。崖だ」
 余り余裕も乏しくなってきたのか、鬼童が硬い表情で辛うじて頷き、後ろの麗夢に振り返る。この山は、こうしたざっくり斜面をえぐり取ったような崖があちこちにある。ほんの1m位の高さのものから数mはある大きなものまで、大小さまざまに口を開け、一行の行く手を遮っていた。これ位なら、榊なら多少無理をすればなんとか降りられないこともないが、鬼童、あるいは麗夢にはかなり厳しい事になるだろう。第一、こんなところで無理をして怪我でもしたら元も子もない。アルファ、ベータ、それに円光も、それを十分承知の上で、少しでも降りやすいところを選んでいるはずだ。
 やがて、アルファ、ベータが崖を大きく迂回して再び針路を修正した。枝越しに、円光が左に回っていくのが見える。榊は無造作にその枝を払いのけ、前に進もうとして自らの失態に気が付いた。
「しまった!」
 タイミングが悪かった。恐らく前を向いていれば、既に一度洗礼を受けた鬼童なら、榊が曲げて避けた枝のしなりを見逃しはしなかっただろう。だが、榊が振り返った瞬間、ぱしっと肌を打つ音と共に、麗夢の方から前方に振り向きつつあった鬼童ののけぞる姿が見えた。そのまま、あろう事か鬼童の長身がバランスを崩し、崖の方へ傾いていく。
「危ない!」
 榊が救いの手を伸ばすよりも早く、最後尾の麗夢が鬼童の身体に抱き付いた。だが、麗夢では鬼童の身体を支えるには非力に過ぎた。更に足元がお世辞も安定しているとは言えない。鬼童の手が今自分の顔面を打ち据えた枝を握ろうと虚しく宙を掻いたのを最後に、二人の身体がひとかたまりになって、崖下目がけて倒れ込んだ。
「くっ!」
 麗夢に一瞬遅れて、榊が鬼童の腕を掴んだ。まさに間一髪、今にも崖に落ち込みそうになっていた鬼童の身体がその場に四つんばいでへたり込み、榊も勢い余って尻餅をついた。しかし・・・。
「麗夢さん!」
 さっきまで、鬼童の腰にしがみついていた麗夢の姿が、忽然と、消えた。
「麗夢殿!」
「麗夢さん!」
 慌てて引き返した円光が、消えた麗夢を求めて崖を見下ろし、我に返った鬼童も、手をついたまま崖を覗き込む。だが、二人の視界にも、あの赤いミニスカートや紫の短いマントは無かった。
「麗夢殿ぉっ!」 
 円光が叫びつつ、崖下に飛び降りる。高さ3m位なら、円光にとってはさしたる障碍にはなり得ない。榊、鬼童も大急ぎで立ち上がり、アルファ、ベータと共に崖を迂回して下に降りた。
「麗夢殿! どこだ!」
 がさがさとやぶを分ける円光の声が聞こえる中、榊等もやぶに飛び込んで落ちたはずの麗夢の姿を追い求めた。
「麗夢さん! 大丈夫か! 麗夢さん!」
「麗夢さん! 返事をして下さい!」
 しかし、アルファ、ベータが悲しげに一声鳴いたとき、円光もまた、困惑と焦慮に端正な顔を歪ませて榊等に言った。
「麗夢殿の気配が消えた」
「何だって?」
 榊があまりの驚愕に思わず聞き返していた。鬼童もさすがに顔面蒼白で目を剥いている。円光は、アルファ、ベータに振り返ると、改めて沈痛な面もちで二人に言った。
「拙僧にも、アルファ、ベータにも、麗夢殿の気が感じられない」
「な、そんな馬鹿な! 一体麗夢さんはどこへ!」
 なおも信じがたいと声を荒げる榊を遮り、鬼童が言った。
「ひょっとして、麗夢さんも朝倉さんと同様、夢の狭間に落ち込んだのかも」
「うむ、拙僧もそう思う。だが、それならそれで邪気の流れ位は感じ取れそうなものなのに、まるで気配を感じない」
「にゃーん」
「きゅーん」
 アルファ、ベータも、忽然と消えた主にべそをかいている。この二匹は普段から麗夢と強い精神的なつながりを持ち、その動向を互いに感知できる間なのだが、その力を持ってしても今、麗夢がどうやって消え、どこにいるのかを知ることはできなかった。
「仕方ない。先へ進もう」
 榊はようやく自分を取り戻すと、皆に呼びかけた。
「アルファ、ベータ、それに円光さんでさえ感知できないとあれば、今ここでこうしていても我々には何もできない。それよりは朝倉さんの身柄を確保しよう。相手が朝倉さんを夢の狭間に捕らえようとしているのだとしたら、麗夢さんもその場所に現れないとも限らないだろう」
「うむ、榊殿のおっしゃるとおりだ。アルファ、ベータ、麗夢殿ならまず案じる事はない。先を急ごう」
「朝倉さんなら、もう少しですよ」
 鬼童が再び端末をとりだしてその反応を二人に告げた。アルファ、ベータも気を取り直して立ち上がる。
「よし、行こう!」
 榊の号令で、一人欠けた一堂は、再び道無き山道に分け入った。

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