かっこうのつれづれ

麗夢同盟橿原支部の日記。日々の雑事や思いを並べる極私的テキスト

新作短編 その18

2008-10-05 23:01:17 | 麗夢小説 短編集
 今日は雨模様の天気の中、壷阪寺という古寺を訪ねました。高取城という日本三大山城の一つがある壺阪山の中腹、つづら折れの山道を上がったところにある、西暦703年開山の由緒あるお寺です。この壺阪山から真北の藤原京までに散在する古墳などを結ぶ南北の直線が、古代の聖なるラインの一つ、なのだそうです。ちょうどご本尊の十一面千手観世音菩薩像がご開帳されており、じっくり見学させていただくことが出来ました。今日は恒例の連載小説アップの日ですので詳細は後日改めて掲載いたします。
 それでは、続きを始めましょう。

----------------------以下本文-------------------------

『山の禁を犯す者はぁ、何人とてぇ許さぬぅ!』
 半ば閉じていたはずの遮光式土偶の目が突然大きく見開かれ、太い首と大きな目の間に押しつぶされたような口が大きく裂けて、文字通り咆哮した。全身ただ真っ白なだけの雪の塊のなかで、その目と口の中だけが灼熱の炎を燃やすがごとく、真っ赤に染まってその迸るエネルギーを吐き出していく。先ほどの叫びとは比べ物にならない大音声に、大気が目に見えて震え、あちこちで雪崩を誘発して谷の奥へと吸い込まれていった。
『とにかく早く朝倉さんから離れて! 「山」の怒りをこれ以上かきたててはなりません!』
「もう、手遅れみたい・・・」
『麗夢さ・・・」
 額に冷や汗を浮かべつつぼそりと麗夢がつぶやいた時、動揺した鬼童の呼び声が、ふつり、と切れた。恐らく想像を絶する膨大な力を放出した遮光式土偶=八甲田山が、円光達の精神力をも凌駕する心的なエネルギーで、結界を更に強く、高密度に織り上げたのであろう。その威力は、夢の戦士となって飛躍的に精神エネルギーに対する抵抗力を増した麗夢にしても、その肌にひしひしと危険を意識させられるほどになってきていた。完全に遮断していたはずの冷気がじわじわと再び浸透を始め、露出した肌に、ぽつぽつと鳥肌があわ立ち始めている。このまま推移すれば、裸同然の身で雪山に立つというその見た目と、自分の感覚が一致するまでにはさほどの余裕もないであろう。麗夢はようやく立ち上がると、剣を両手で青眼に構え、まっすぐ遮光式土偶を睨みすえた。
「朝倉さん! 下がって!」
 張り詰めた気を更に絞り込み、鮮烈な闘気に練り上げていく様が、背中越しに伝わったのであろう。朝倉はごくりと息を呑むと、尻餅をついたまま後ずさった。
『とこしえに凍りつくがいいぃ!』
 開いたままの巨大な口から、突然無数の雪玉が麗夢めがけて降り注いだ。一つ一つは野球ボール程度の大きさだが、まるで機関砲のごとく撃ち出され、暴風を伴う吹雪のように麗夢に襲い掛かる。麗夢は気を振り絞って剣の青い光を一段と輝かせながら、一足飛びに雪の土偶めがけて突っ込んだ。一瞬麗夢の姿を見失った土偶が、猛烈な雪玉を左右に撒き散らしつつ足元に狙いを変える。だが、ここは麗夢のほうが一歩早かった。麗夢は一気呵成にその足元まで駆け寄ると、相手の右足に思い切りよく斬り付けた。表面を氷で鎧われ、ほとんど鋼鉄の強さを持った太い土偶の足が、その一撃で見事に粉砕された。雪玉を吐き出しつつ、バランスを崩した土偶が右によろけて谷の崖に激突する。土偶の背後で急転進した麗夢は、その背中を間髪いれず駆け上がるや、今度はその太い首を横様に殴りつけた。
「でやぁあああああっ!」
 気合一閃!
 ほとんど雪を蹴り飛ばす勢いで土偶の首をなぎ払った麗夢は、そのまま宙を飛んで再び土偶正面に降り立ち、剣を青眼に構え直した。その目の前で、足をくじかれ、首を切り落とされた雪の巨大土偶が、膨大な雪煙をまといながら崩れていった。
(まだだわ。まるで手ごたえがない!)
 麗夢は軽く肩で息をしつつ、見た目とは裏腹に相手の力が一向に弱まっていないことに思わず舌打ちをした。その目の前で、一度は崩れた雪の小山となった遮光式土偶が、まるで時間を逆に進めたように改めて同じ姿に復元していく。恐らく幾ら突き、斬り、薙ぎ払おうと、ただの雪の塊に過ぎない目の前の敵に致命傷を与えることは不可能であろう。だが、どこかにこの膨大な力を統御する核があるはずだ。その核を直撃しなければ! 麗夢はすぅっと息を整えると、まだ復元途中の雪の土偶めがけ、もう一度地面を蹴った。三角跳びの要領で左の崖中腹に足がかりを求めた麗夢は、思い切りよく全身のバネを効かし、今度は土偶の胸辺りに突っ込んだ。上段に振り上げられた剣が、雪と激突する瞬間に振り下ろされる。どごぉっ! と雪を突き破った麗夢の肉体が、ようやく形を成し始めた土偶の胸と背中に直径2mはある大穴を開けた。だが、今度の修復は予想以上に早かった。麗夢が着地してもう一度背後からの突撃を敢行しようとした時、既にその穴は塞がり、土偶がぐるりと麗夢の方へ向き直っていたのである。あ、と思う間もなく、びゅん! と猛烈な風圧を伴って、不気味に伸びた腕が麗夢を正面から迎え撃った。間髪いれず駆け込もうとした麗夢の華奢な身体が、思わぬカウンターになす術もなく反対方向に跳ね飛ばされた。
「このっ!」
 麗夢は歯を食いしばって体をひねった。だが、何とか着地を決めようとした麗夢の背中が、今度は岩の塊のような硬いものにぶち当たった。肺の空気が瞬間的に強制排気され、後頭部を強打して、意識が唐突に暗転する。パニック寸前の途切れかけた頭に、崖はまだ先のはず、と言う疑問符が点滅する。だが、その正体を確かめる間もなく、麗夢の背中が猛烈な勢いで前に押し出された。麗夢は川原の氷を跳ね上げつつ、数メートルを飛んでうつぶせに倒れこんだ。
「な、なんなのよ一体・・・」
 落とさなかったのが奇跡的な剣を支えに、麗夢はかろうじて上体を持ち上げた。そして、今、自分をここまで投げつけた相手の正体を見た。
「う、そ・・・」
 いつの間に現れたのだろう。麗夢の目の前に、巨大な雪製の遮光式土偶が立ち塞がっていた。まさかと背後を見返ると、そこにも同じ雪の土偶が傲然と谷をふさいでいる。2体に増えた巨大な土偶の口元が、にやりとひねりあがったかのように見えた途端、同時にその右手が白い雪煙を上げながら鞭のように伸びた。
「っ!」
 思わず上にジャンプした麗夢は、すぐにそれが致命的な失敗だったことを悟った。
「しまっ!」
 た、と思った時には、既に麗夢の視界は猛烈な勢いで迫る真っ白い壁に覆われていた。麗夢は次の瞬間、ちょうどヒトが宙を舞う蚊を叩き潰すかのように、前後から息の合った土偶の左手によって押しつぶされた。一拍置いて開いた雪の手から、失神して脱力した麗夢の体が零れ落ちた。


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