6月1日からはじめた短編小説連載、ついに今日で完結です。足掛け5ヶ月24回、もう短編というボリュームではなさそうですが、正式に表題を決めるまでは、一応「新作短編」ということにしておきます。
本来なら先週片付けるつもりでいましたが、何かと予定が積み重なって、結局2回に分けるような形になってしまいました。ここまでの感想等はまた明日にでも改めて記述するとして、とりあえず最後の一回1300字あまり、アップしてしまいましょう。
-----------------------本文------------------------
「そんな、それでは我々は、貴方を運ぶためだけに利用された、と?・・・」
榊は、絶句して目の前の青年の姿をした旧日本陸軍大尉を凝視した。頭ではまだ信じがたい思いがぬぐえないが、朝倉=倉田に続いて、鬼童、そして円光が頷いているのを見ては、無理にも納得するしかない。
「あなた達はこれからどうするの?」
麗夢の疑問に、朝倉=倉田は改めて傍らの少女に目をやった。少女も自らがしがみつく青年の顔を見上げるのを軽く頷いてみせたあと、朝倉=倉田は、厳かに宣言した。
「彼女は力を使い果たし、次の冬が来るまで眠りにつくことになるでしょう。私は、再び彼女が目覚めるまでこの山にとどまります。今度は、私の方が約束の成就の時まで待つことになると言うわけです」
「雪中行軍隊の人たちはどうなるの?」
「私が約束どおり戻ってきた以上、山の神にも、もう彼らをここに留める必要はなくなりました。すぐにも開放し、成仏してもらいましょう。それでいいね?」
そう言うと、朝倉=倉田はまた少女に顔を向けた。少女がこくりと頷きを返す。ほうっと鬼童がため息をつき、円光が一瞬だけうらやましげな表情を閃かせて、目をしばたたいた。
麗夢はしばらくすっかり自分達の世界に入った二人の姿を見つめていたが、やがて榊に振り返ると、にこやかな笑みを浮かべてこう言った。
「それじゃ、これで一件落着ね、榊警部」
榊は、ぽかん、として麗夢の言葉を耳にしたが、すぐに自分の立場を思いやって、心中盛大にため息をついた。毎度おなじみのことではあるが、果たしてこの「事件」について最終的にどう始末をつけるか、その落とし所の模索に悩まされることは確実である。麗夢や、円光、鬼童は、自身が納得すればそれ以上思い悩む必要は無いであろう。3人とも超自然な話はそのまま理解しておけばすむ世界で生活しているのだから。だが、榊はそうではない。この顛末を、何らかの形で警視庁の公式記録に残さなければならない立場なのだ。もちろん、山の神の一目ぼれとか、戻り損ねた百年前の戦死者の魂とか、遭難した若者達の半年遅れの凍死などとは、それが事実だとしても一行だって報告書に書けるはずも無い。とても麗夢のように、一件落着と笑顔を浮かべる気持ちにはなれなかった。
「さあ、それじゃあ帰りましょう! 私、おなかすいちゃった!」
「ニャーン!」
「ワンワンワン!」
麗夢がうーんと伸びをしながらきびすを返すと、お供の子猫と子犬が、その足元にじゃれ付きながらついて行った。
「あ、ま、待ってください麗夢さん!」
榊がそのあとを追ってあわてて駆け出す。
「では、どうぞお幸せに」
「ご免」
鬼童と円光も颯爽と背広と墨染め衣のすそを翻すと、先を行く麗夢を追いかけた。
「麗夢さん! 結界を出るにはまたちょっとした儀式がいるんですよー!」
「麗夢殿、お待ちくだされ!」
背後からあわててついてくる男達に、肩越しにチラッと視線をやった麗夢は、その向こうで青年と少女の姿が、手を取り合って消えるのを見た。青年はにこやかに、少女もまたはにかむ様なぎこちない笑顔を口の端に浮かべて、互いに空いた手を麗夢に振りながら宙に溶けていった。これから八甲田山の山の神は、道祖神のような男女一対の神として語り継がれるようになるのだろうか。麗夢はその仲睦まじさをうらやましく感じつつ、彼らの聖域をあとにした。
完
本来なら先週片付けるつもりでいましたが、何かと予定が積み重なって、結局2回に分けるような形になってしまいました。ここまでの感想等はまた明日にでも改めて記述するとして、とりあえず最後の一回1300字あまり、アップしてしまいましょう。
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「そんな、それでは我々は、貴方を運ぶためだけに利用された、と?・・・」
榊は、絶句して目の前の青年の姿をした旧日本陸軍大尉を凝視した。頭ではまだ信じがたい思いがぬぐえないが、朝倉=倉田に続いて、鬼童、そして円光が頷いているのを見ては、無理にも納得するしかない。
「あなた達はこれからどうするの?」
麗夢の疑問に、朝倉=倉田は改めて傍らの少女に目をやった。少女も自らがしがみつく青年の顔を見上げるのを軽く頷いてみせたあと、朝倉=倉田は、厳かに宣言した。
「彼女は力を使い果たし、次の冬が来るまで眠りにつくことになるでしょう。私は、再び彼女が目覚めるまでこの山にとどまります。今度は、私の方が約束の成就の時まで待つことになると言うわけです」
「雪中行軍隊の人たちはどうなるの?」
「私が約束どおり戻ってきた以上、山の神にも、もう彼らをここに留める必要はなくなりました。すぐにも開放し、成仏してもらいましょう。それでいいね?」
そう言うと、朝倉=倉田はまた少女に顔を向けた。少女がこくりと頷きを返す。ほうっと鬼童がため息をつき、円光が一瞬だけうらやましげな表情を閃かせて、目をしばたたいた。
麗夢はしばらくすっかり自分達の世界に入った二人の姿を見つめていたが、やがて榊に振り返ると、にこやかな笑みを浮かべてこう言った。
「それじゃ、これで一件落着ね、榊警部」
榊は、ぽかん、として麗夢の言葉を耳にしたが、すぐに自分の立場を思いやって、心中盛大にため息をついた。毎度おなじみのことではあるが、果たしてこの「事件」について最終的にどう始末をつけるか、その落とし所の模索に悩まされることは確実である。麗夢や、円光、鬼童は、自身が納得すればそれ以上思い悩む必要は無いであろう。3人とも超自然な話はそのまま理解しておけばすむ世界で生活しているのだから。だが、榊はそうではない。この顛末を、何らかの形で警視庁の公式記録に残さなければならない立場なのだ。もちろん、山の神の一目ぼれとか、戻り損ねた百年前の戦死者の魂とか、遭難した若者達の半年遅れの凍死などとは、それが事実だとしても一行だって報告書に書けるはずも無い。とても麗夢のように、一件落着と笑顔を浮かべる気持ちにはなれなかった。
「さあ、それじゃあ帰りましょう! 私、おなかすいちゃった!」
「ニャーン!」
「ワンワンワン!」
麗夢がうーんと伸びをしながらきびすを返すと、お供の子猫と子犬が、その足元にじゃれ付きながらついて行った。
「あ、ま、待ってください麗夢さん!」
榊がそのあとを追ってあわてて駆け出す。
「では、どうぞお幸せに」
「ご免」
鬼童と円光も颯爽と背広と墨染め衣のすそを翻すと、先を行く麗夢を追いかけた。
「麗夢さん! 結界を出るにはまたちょっとした儀式がいるんですよー!」
「麗夢殿、お待ちくだされ!」
背後からあわててついてくる男達に、肩越しにチラッと視線をやった麗夢は、その向こうで青年と少女の姿が、手を取り合って消えるのを見た。青年はにこやかに、少女もまたはにかむ様なぎこちない笑顔を口の端に浮かべて、互いに空いた手を麗夢に振りながら宙に溶けていった。これから八甲田山の山の神は、道祖神のような男女一対の神として語り継がれるようになるのだろうか。麗夢はその仲睦まじさをうらやましく感じつつ、彼らの聖域をあとにした。
完
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