かっこうのつれづれ

麗夢同盟橿原支部の日記。日々の雑事や思いを並べる極私的テキスト

新作短編 その21

2008-10-26 22:30:04 | 麗夢小説 短編集
 何のカンのと言っている間に早や10月も最後の日曜日になってしまいました。来週はもう11月ですよ。日々多忙に過ごしたとはいえ、ちょっと時間の速度が速すぎやしませんか? と自分で自分に問いかけたい気分なのですが、今更過ぎた日や時間を取り戻す訳にも行かず、こうして過ごしてきた日々の生業が、明日のために少しでも意味のある行為だったことを信じつつ、加速する時の流れを乗り切るよりないようです。というわけで、ようやく終わりが見えてきた連載小説。ここに至るまでいまだに題を決めかねているという体たらくではございますが、本当にあと少し、できれば来週の連休でけりをつけたいと言うところ。とはいえ、今週はちと長期であちこち渡り歩く出張生活に突入し、帰宅はちょうど1週間後の日曜日遅くの予定ですので、果たして思うように大団円を迎えられるかどうか。まずはともかく今日の分を上げてしまいましょう。

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『散々我らの邪魔をした末に、今更そのような物言いが通じると思うたか』
 土偶は、改めて左の槍を麗夢の左胸に擬した。胸を覆って薄く透明な皮膜を形成していた氷がその圧力にひび割れ、槍の穂先に圧されたプロテクターの布が軽くへこむ。もう少し力を加えるだけでその先端は布を突き破り、麗夢の柔肌に傷をつけることだろう。もちろん、八甲田山の神はそんな位で事態を収めるつもりはない。一気呵成にその胸肉を裂き、心臓を串刺しにして、夢守の耐久力を試す所存なのだ。
「だからそれは誤解なんです。つい先刻まで、倉田大尉は朝倉幸司だった。麗夢さんにちょっかいかけたのも、朝倉幸司としてであって、倉田大尉ではなかったんです」
 今にも飛び出しそうな円光、アルファ、ベータらを抑えて、あくまで冷静に鬼童は言った。
「第一、さしもの貴女ももう限界のはずだ。それ以上この炎天下で無理を重ねれば、倉田大尉との約定を果たすことすらかなわなくなりますよ!」
 微妙な動揺が今にも麗夢の胸を貫こうとしていた槍先を震わせた。切っ先が胸からわずかに外れ、キラキラと陽光を跳ねる氷の破片を落としていく。あれ? と麗夢は思った。お日様など、いつ差し込んでいたのであろう? ついさっきまであれほど荒れ狂っていた雪と風はどうしたのか。麗夢は、思わず自分の状況も忘れて周囲を見やった。さっきまで、あれほど寒々とした駒込川大滝の谷筋から、いつの間にか冷たい冬の気配が失われている。ところどころに雪を張り付かせていた崖にうっすらと緑の草の生えるのが見え、足元で硬く凍りついていたはずの川岸からも、すっかり氷の姿がない。どうやら厳寒期の様子を見せているのは、目の前の雪の土偶と囚われの身になっている朝倉、そして自分の周囲だけのようだった。それすら、暖かな日の光が差し込み、今にも全身を覆うばかりだった氷が、少しずつ表面から溶けてきているのが判った。
「無理はいけないよ。そろそろおしまいにしよう」
 朝倉、いや、倉田大尉の落ち着いたやさしげな言葉に、ついに雪の土偶も自身の限界を悟ったようだった。まず、麗夢の左胸の前で震えていた巨大な雪の槍が、いきなりどさっと音を立てて崩れ落ちた。同時に、麗夢手足を拘束していた氷と雪の塔が見る間に溶け出し、雪の土偶が崩れ落ちるとともに、麗夢の身も自由を取り戻した。しばらく谷は土偶の上げた朦朦たる雪煙に覆われたが、急速に侵入してきた8月の日差しと熱気をはらんだ風が、雪の残滓を拭い去っていった。ふらりと落下した麗夢は、すぐに円光に受け止められ、アルファ、ベータらに迎えられた。
「朝倉さんは!」
「大丈夫ですよ麗夢さん。山の神も、それ位の力は残していたようです」
 鬼童が指差すその先で、朧に丸い光に囲まれて、宙に浮かぶ朝倉の姿が見えた。背中越しにちらと見えたのは、朝倉が正面で両手を繋いでいる小さな白い人影だった。光はその人影ごと朝倉を包み込み、ゆっくりと下りてくる。やがて、河原に下り立った朝倉は、左手を離して麗夢達の方に振り返った。
「皆さん、百年前に交わした私とこの八甲田山の神との約束に巻き込んでしまい、申し訳ない」
 だが一堂は、朝倉の言葉よりも、深々と頭を下げる朝倉の右手にしがみつく、年端の行かない少女の姿に釘付けになっていた。身長は麗夢よりも随分低い。抜けるような白い肌を真っ白な着物で包み、綺麗に切りそろえたおかっぱ頭の下で、大きな目をおびえたように見開いている。服を着せ替えてランドセルでも背負わせれば、立派な小学生として通用するだろう。
「・・・素晴らしい。山の神をこの眼で拝めるなんて・・・」
 鬼童が感極まった声を上げると、円光も、雷に打たれたようにその姿を凝視した。一方、榊はというと、こんな少女が? とその意外な姿を不審げな顔つきで眺めるばかりだ。アルファ、ベータはというと、円光同様その目に見える姿以上の力と神気を敏感に感じ取ったのであろう。麗夢を護るように身を寄せ合い、警戒怠りなくその姿を見据えていた。一人麗夢だけが、落ち着き払った態度で、目の前の神と人に話しかけた。
「話していただけますね。百年前のこと。どうして田中さん、植田さん、斉藤さんを殺したのか。そして朝倉さん、いえ、倉田さん、でしたっけ? 貴方だけが殺されないでいることを」
「判りました。お話しましょう」
 おびえるようにぎゅっとしがみつく少女の頭を軽くなでると、朝倉=倉田は、おもむろに話し始めた。

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