「どぉりゃあぁっ!」
気合一閃!
円光の一撃は、軟らかい豆腐を叩いた様な容易さで、根の三分の二程にいきなり入った。これなら切断は容易だ! と思わずほくそ笑んだ円光が、今度こそ切断しようと錫杖を引き抜いたその時だった。ぶしゅっと白い樹液が傷口からほとばしったのを合図に、途轍もない事態が始まったのである。
まず突然膨張した凄まじい妖気に、思わず仰け反った円光を追い、樹液あふれる傷口から、あの白い鞭が十本余りも飛び出して円光の体に巻き付いた。あっと駆け寄ったアルファ、ベータ、榊も、円光から鞭を引き剥がそうと悪戦苦闘する間もなく、たちまち新たに現われた蔓に囚われて身動きが取れなくなった。
「ぐうっ!」
凄まじい力で絞られて思わず呻いた榊は、いきなり先の夢の木本体にも劣らぬ勢いで空中高く持ち上げられた。円光、アルファ、ベータも、ほぼ同じ速さで榊の隣を上昇していく。辛うじて首を出して下を見た榊は、両脇に軒を連ねる綾小路通りの家々が白い根に押しつぶされて行くのを見た。一抱え程度の太さだったあの白い根が、高圧空気を強制的に吹き込まれた風船のようにその体積を飛躍的に増したのだ。そして、巨大化した根が軒先でつばぜり合いするように立っていた家々を、ブルドーザーのように押しつぶしていったのである。更に上昇を続ける榊の目は、遥か東の果てまで続く白い道を捉えた。その両脇に押し潰された家屋が大雑把に積み上げた土嚢のようにうず高い壁を作りつつある。
「なんてこった・・・」
少しづつ京都市の全貌が目に入った榊は、その絶望的な光景に、ただ呆然と見つめる以外に為す術を知らなかった。
(あれは、ひょっとして平安京?)
榊の遥か下で、白い巨大な碁盤目が、京都の街を覆い尽くしつつあった。既に京都の人工光源はほとんどその光を失いつつあったが、かわりに時を得て力を増した夢の木の放つ燐光が、京都の惨状を見せ付けるかのようにあたりを照らし上げた。それはまさに、極め付けの悪夢が宿る、夢の王都に違いなかった。
はるか東で、新幹線を降り立った榊や円光の目を見張らせたあの新京都駅ビルが崩れつつあった。ビルの壁面を覆う壮麗なガラスの壁から触手のごとき白い蔓が何本も突き出して揺らめき、高さ60メートル、総工費1500億円の一大建築を締め上げながら砕いていく。その北側、駅ビルに寄り添うように立つ京都一高い「お東さんの蝋燭」、京都タワーが、足元を破壊され、ゆっくりと駅ビルに倒れかかっていく。東西に伸びる新幹線の高架も、各所で寸断されてもはや鉄路と呼び得る状態ではない。更に北では、榊が浦辺とそぞろ歩き、その繁栄ぶりに目を見張った、四条、新京極といった繁華街が瓦礫の山と化していくのが見えた。京都高島屋、阪急デパート、大丸百貨店といった大型店舗が砂のお城のように崩れていき、その周辺の大小さまざまなビジネスビルも、後を追うように姿を消していく。その先では、建物の高さ、格式の高さ、そして値段の高さで京都一を誇ったその名も京都ホテルが、60メートルの巨体を、ピサの斜塔の様にゆっくりと傾むけ始めた。恐らくこのまま倒れるのを免れたとしても、二度と宿泊する事はかなわないであろう。
これら建物群は京都でも目立つ高層建築であり、榊にも容易に判別できたのだが、榊の目から見えないところでも、京都の死命を制しかねない大破壊が、地下を中心に進行していた。京福電鉄、京都市営地下鉄、阪急電鉄京都線、JR東海道線と山陰本線、近畿日本鉄道京都線といった公共交通機関が軒並み各所で寸断され、電気、水道、下水道、ガス、電話のライフラインも著しく機能を損ない、完全停止するのも時間の問題と思われた。
無論破壊されたのは現代の財産だけではない。1602年、徳川時代の到来を象徴すべく建築された二条城が、ちょうど中央を東西南北から交差する白い根によって分断され、四つに割れて周囲の堀を埋めながら崩壊していった。北東に目を転じれば、主無き今も御所の名で呼ばれ、宮内庁が管理し皇宮警察が警備に付く京都御所が、その土地の四分の三を抉り取られるようにして白い根に蹂躙されていく。京都駅西側の梅小路蒸気機関車館で、今も完全稼働する戦前の古強者が、金属的な悲鳴を上げながらスクラップへと身をやつし、三条通りの京都文化博物館所蔵の貴重な歴史の遺産達が、コンクリート塊と一緒くたにされて埋もれていく。その中で、今や建築物高さ京都一を取り戻した東寺の五重の塔だけが、不気味なほどすっくとそびえ立っていた。京都の玄関口、東寺は、江戸時代再建された建物ではあったが、平安京開闢以来変わらぬ位置で建ち続け、土地を占有していたがために、かつての大路小路を再現しつつあった白い根の暴虐を免れたのである。だが、一人東寺が生き残ったとしても、1200年日本有数の大都市であり続けた一つの町が、急速にその寿命を終えようとしてるのは間違いないようであった。
気合一閃!
円光の一撃は、軟らかい豆腐を叩いた様な容易さで、根の三分の二程にいきなり入った。これなら切断は容易だ! と思わずほくそ笑んだ円光が、今度こそ切断しようと錫杖を引き抜いたその時だった。ぶしゅっと白い樹液が傷口からほとばしったのを合図に、途轍もない事態が始まったのである。
まず突然膨張した凄まじい妖気に、思わず仰け反った円光を追い、樹液あふれる傷口から、あの白い鞭が十本余りも飛び出して円光の体に巻き付いた。あっと駆け寄ったアルファ、ベータ、榊も、円光から鞭を引き剥がそうと悪戦苦闘する間もなく、たちまち新たに現われた蔓に囚われて身動きが取れなくなった。
「ぐうっ!」
凄まじい力で絞られて思わず呻いた榊は、いきなり先の夢の木本体にも劣らぬ勢いで空中高く持ち上げられた。円光、アルファ、ベータも、ほぼ同じ速さで榊の隣を上昇していく。辛うじて首を出して下を見た榊は、両脇に軒を連ねる綾小路通りの家々が白い根に押しつぶされて行くのを見た。一抱え程度の太さだったあの白い根が、高圧空気を強制的に吹き込まれた風船のようにその体積を飛躍的に増したのだ。そして、巨大化した根が軒先でつばぜり合いするように立っていた家々を、ブルドーザーのように押しつぶしていったのである。更に上昇を続ける榊の目は、遥か東の果てまで続く白い道を捉えた。その両脇に押し潰された家屋が大雑把に積み上げた土嚢のようにうず高い壁を作りつつある。
「なんてこった・・・」
少しづつ京都市の全貌が目に入った榊は、その絶望的な光景に、ただ呆然と見つめる以外に為す術を知らなかった。
(あれは、ひょっとして平安京?)
榊の遥か下で、白い巨大な碁盤目が、京都の街を覆い尽くしつつあった。既に京都の人工光源はほとんどその光を失いつつあったが、かわりに時を得て力を増した夢の木の放つ燐光が、京都の惨状を見せ付けるかのようにあたりを照らし上げた。それはまさに、極め付けの悪夢が宿る、夢の王都に違いなかった。
はるか東で、新幹線を降り立った榊や円光の目を見張らせたあの新京都駅ビルが崩れつつあった。ビルの壁面を覆う壮麗なガラスの壁から触手のごとき白い蔓が何本も突き出して揺らめき、高さ60メートル、総工費1500億円の一大建築を締め上げながら砕いていく。その北側、駅ビルに寄り添うように立つ京都一高い「お東さんの蝋燭」、京都タワーが、足元を破壊され、ゆっくりと駅ビルに倒れかかっていく。東西に伸びる新幹線の高架も、各所で寸断されてもはや鉄路と呼び得る状態ではない。更に北では、榊が浦辺とそぞろ歩き、その繁栄ぶりに目を見張った、四条、新京極といった繁華街が瓦礫の山と化していくのが見えた。京都高島屋、阪急デパート、大丸百貨店といった大型店舗が砂のお城のように崩れていき、その周辺の大小さまざまなビジネスビルも、後を追うように姿を消していく。その先では、建物の高さ、格式の高さ、そして値段の高さで京都一を誇ったその名も京都ホテルが、60メートルの巨体を、ピサの斜塔の様にゆっくりと傾むけ始めた。恐らくこのまま倒れるのを免れたとしても、二度と宿泊する事はかなわないであろう。
これら建物群は京都でも目立つ高層建築であり、榊にも容易に判別できたのだが、榊の目から見えないところでも、京都の死命を制しかねない大破壊が、地下を中心に進行していた。京福電鉄、京都市営地下鉄、阪急電鉄京都線、JR東海道線と山陰本線、近畿日本鉄道京都線といった公共交通機関が軒並み各所で寸断され、電気、水道、下水道、ガス、電話のライフラインも著しく機能を損ない、完全停止するのも時間の問題と思われた。
無論破壊されたのは現代の財産だけではない。1602年、徳川時代の到来を象徴すべく建築された二条城が、ちょうど中央を東西南北から交差する白い根によって分断され、四つに割れて周囲の堀を埋めながら崩壊していった。北東に目を転じれば、主無き今も御所の名で呼ばれ、宮内庁が管理し皇宮警察が警備に付く京都御所が、その土地の四分の三を抉り取られるようにして白い根に蹂躙されていく。京都駅西側の梅小路蒸気機関車館で、今も完全稼働する戦前の古強者が、金属的な悲鳴を上げながらスクラップへと身をやつし、三条通りの京都文化博物館所蔵の貴重な歴史の遺産達が、コンクリート塊と一緒くたにされて埋もれていく。その中で、今や建築物高さ京都一を取り戻した東寺の五重の塔だけが、不気味なほどすっくとそびえ立っていた。京都の玄関口、東寺は、江戸時代再建された建物ではあったが、平安京開闢以来変わらぬ位置で建ち続け、土地を占有していたがために、かつての大路小路を再現しつつあった白い根の暴虐を免れたのである。だが、一人東寺が生き残ったとしても、1200年日本有数の大都市であり続けた一つの町が、急速にその寿命を終えようとしてるのは間違いないようであった。