かっこうのつれづれ

麗夢同盟橿原支部の日記。日々の雑事や思いを並べる極私的テキスト

そろそろ判ったような憶測よりも確実なデータとそれに基づく推論が聞きたいです。

2008-03-26 22:43:23 | Weblog
 今日は朝4時に目が覚めてしまい、特に午後から眠気が増して弱りました。時折こういう眠りの浅くなるときがあって、神経が興奮しているのか、目覚めた直後や大体午前中いっぱいは眠気も無く、どちらかというと普段より感覚的には元気なくらいです。それが昼食直後くらいから怪しくなり、3時、4時ごろには強烈な眠気となって仕事を妨害します。そこで今日はいわゆる栄養ドリンクを飲んでみたのですが、焼け石に水、よりはましみたいで、何とか一日乗り切ることができました。ただ、その効果も夜まで。風呂の湯船で20分ほどすっかり眠り込んでしまいました。毎日規則正しく7時間睡眠、とできればいいのですが、今日みたいに4時間だったり休みの日みたいに10時間以上だったり、このところ乱れることが多いような気がします。

 さて、岡山駅での突き落とし殺人、犯人の18歳の男は、初めは果物ナイフを持って人を刺してやろうとして周辺をうろつき、決心がつかずに、今度は駅に入って突き落としたと新聞にはありました。動機などはまだこれからなのでしょうが、どうも新聞にはすでに一定のバイアスがかかっているようです。識者のコメント欄に掲載された一人は、JR荒川沖駅の連続殺傷事件の影響を指摘する、としながら、「」書きのコメントには、「猟奇的なゲームやネット情報などから、若者は命を軽視する意識が刷り込まれている」とか、「インターネットやゲーム、DVDといった外的な要因から、殺人の衝動に捕らえられてしまったのか」などと書いてありました。この識者の方々のコメントはこんな一言だけではなかったはずで、いろいろな話の中から、記事を書いた者が適当にはしょってそれらしく仕立て上げたのでしょう。「猟奇的なゲームやネット情報」のどういう点がどういう作用で影響を及ぼし、それが破壊的な行動を惹起するにいたるのか、誰か科学的に研究し、証明した人がいるんでしょうか。私は、自分の過去を省みて、殺人衝動など珍しいものではないと思いますし、特に情緒不安定な若い時分は、周りの人間を皆殺しにしてみたくなったり、路上で無差別に銃を乱射してみたくなったりしても不思議ではないと思います。でも、自分自身を含め、ほぼすべての人はそんなことを実際にやるわけではなく、想像の中だけにとどめたり、ゲームなどで発散したりして日々正常なる生活を営んでいるはずです。その違いについて、この種の事件を起こしてしまう人は、30億塩基対あるDNAのごくごく一部に人とは違う変異を持っていたり、大脳組織のどこかに正常な行動を妨げる因子が隠れているのではないか、と前々から思っています。そして、なぜそういう視点から研究が進められないのか、不思議で仕方がありません。私は、仮にそういうイレギュラー因子が見つかったとしても、それを優生学的発想で摘み取ってしまうべき、とは思いません。そんなイレギュラー因子は現代社会では受け入れがたいのでしょうが、芸術等の分野では重要な因子かもしれませんし、早期にそういう因子の強弱が読み取れれば未発で終わらせることも不可能ではないでしょう。また、何らかの原因で環境が変わった時には、かえってそういう因子が種の生き残りのために必須になる可能性もあるわけで、単純に淘汰すればよいわけではない、と思うのです。それでも、事件にならぬよう手をつけようと思えば、まずそんな因子の存在の有無をはっきりさせねばなりません。原因の根本を押さえない限り、解決の方法もまたありえないはずなのです。別に私の勝手な思い込みが正しいのだと主張するつもりはありませんが、どんな視点からのものであれ、根拠の無いメディア原因論とは違う、本質的な問題の認識に迫る研究があってしかるべきではないでしょうか。たとえそれが「パンドラの箱」を開けるような行為になろうとも、無知なまま右往左往するよりよほどマシな状況にできるはずだと私は信じます。

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「2001年」には土星まで有人飛行する夢をかつては見ていたのに・・・。

2008-03-25 22:12:51 | Weblog
 今、「2001年宇宙の旅」ハヤカワSF文庫 を読み返しています。まだディスカバリー号が出てきたばかりのところですが、月のモノリスのくだりで、クラビウスクレーターのアメリカ基地が1994年にできた、というシーンには、少しため息がでました。今日、スペースシャトルエンデバーが宇宙ステーションを離れ、地球への帰路につきましたけど、2008年の現在でもまだ作りかけの宇宙基地が静止衛星軌道にあるだけで、人類は20世紀後半には足跡を残したはずの月へ、いまだ再訪できておりません。やっと「かぐや」がくるくるお月様の周りを回っているばかりです。この調子で、はたして私が生きているうちに、月に恒久的な宇宙基地はできるんでしょうか? お日様の光が届かないところには、どうやら水がありそうだったりして、かつてクラークが小説の中で仮定したよりも、はるかに基地化しやすい条件が整っているように思うのですが、何とか私が寿命を迎えるまでに、単なる弾丸飛行ではない宇宙旅行が実現し、理想を言えば月への旅が実現していたりしていてほしいものです。・・・まあさすがに月旅行は無理っぽいですが。
 でも、日本の宇宙開発計画でも、昨今投資に見合う成果を求められる傾向があるようです。日本の計画はどうも芸術的というか、無理があるというか、ロケット一つとっても複雑にやりすぎて結局虻蜂取らずになることがままあるように感じるのですが、それでも宇宙開発に経済性が本当に必要なのか、私には疑問に思えます。空があるから、星々の大海があるから、そこに行きたい! でいいじゃないですか。なぜにそこで金儲けしなくちゃならんのです? 宇宙に行った結果として、未知の合金ができたりするような何かすごい発明があってもそれはよいとは思うのですが、最初からそれを目的に空へ飛び立とうなどというのは、動機が不純で本末転倒である、と私は思うのです。もちろん自分が相当な暴論を述べているのは自覚してはいるのですが、それでも、儲けがみえないならやめてしまえ! 的な発想と受け取れてしまう社説などを読むと、逆に、何でそんなことに拘泥しなくちゃならんのだ? と言い返したくなります。世知辛い世の中だからこそ、そんな途方も無い夢にお金をつぎ込むバカをやってもいいじゃないですか。戦争したり民衆弾圧したりするよりよほど有意義な使い道だ、と私は思います。
 民衆弾圧といえば、チベット動乱、どうも混迷の度が増してきているようで、結局どの情報が信じるに値するのか、判らなくなってくる気がします。その上、オリンピック聖火の儀式で五輪史初の妨害行動が発生したりしてますし、それもチベット人によるものではなく、白人の手で。モスクワ五輪を西側諸国がボイコットしたときはどちらかというと上からの政治的判断だったように記憶しているのですが、今回は逆に民衆レベルから各国政府が突き上げを食らうような事態になったりするんでしょうか? 

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花粉症のせいで生死をかけるような羽目になるのはあまりに理不尽だと思います。

2008-03-24 22:17:56 | Weblog
 昨日の晩、寝る前に頭痛に耐えかねて花粉症の薬を口にしましたら、今日はもう眠くて眠くて大変でした。通勤途上、見通しの悪いコーナーを何の警戒も無く少し速めのスピードで入ってしまい、隠れていた集団登校中の小学生の群れに気づいてあわててブレーキを踏んだら昨夜来の雨で道が濡れていたせいもあって後輪がずるっとすべって制御不能になり、しかもちょうど対向車に黒塗り大型乗用車が来ていて、すうっとそっちのほうにバイクが滑っていこうとするので、反射的に足で地面をけりつけて態勢を立て直して、ようやく事なきを得ました。普段なら登校中の子供の存在を念頭に、子供をよけると同時に対向車が来る、というような想定もして、絶対にそんなスピードで曲がったりはしないのに、今日は眠気のせいか注意力が散漫になり、普段の用心深さがすこーんと抜けて、ただ漫然と道を走ってしまいました。我ながら事故にならなかったのはただ幸運でしかなかった、と今思い出しても冷や汗が出ます。花粉症の薬は寝る前に飲むように、という但し書きのあるやつでしたが、翌朝に残ることも考えて飲まないと、危なくてしょうがないです。
 その、にっくきスギ花粉はようやく終息に向かっているようです。次にヒノキ花粉が出てきますが、スギと同じくらい出るのが遅れるのだとしたら、およそ1,2週間ばかりどちらの花粉も少なくなる時期が出てきます。ほんの1時ではありますが、厳重にマスクをつけなくても何とかなる日が来てくれそうなのはうれしい限りですが、花粉症を完治させる治療法が本当に早くできてくれないものか、と心から願ってやみません。でも今はとにかく早く布団にもぐりこんで、惰眠をむさぼりたい気分です。もう眠くて眠くて・・・。

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黄砂が花粉症を悪化させる可能性があるなんて、なんとも理不尽な気がしてなりません。

2008-03-23 22:27:21 | Weblog
 昨日、ようやくサボテンを植え替えたのですが、今年はもっと早くても良かったようです。ン十年前、少し早すぎて植え替え直後に襲ってきたその冬最後の寒波に全滅させられる、という悪夢がいまだに頭にこびりついていて、なかなか早めの植え替え、というのができないのですが、少なくとも1週間は早く植え替えて水をやるべきでした。まあそれでも、心配していた今日の天気も昼の間は晴れてくれましたし、今夜の雨と、次の週半ばの雨が過ぎたあたりで水遣りを始めれば、多分根腐れとか起こすことなく、元気に育ってくれることでしょう。
 そういうわけで、昨日はサボテン植え替えや小説のアップで一日独楽鼠のように働いたわけですが、その反動か今日は一日テレビ見て本読んで昼寝して、とぐうたらに過ごしておりました。どうもまた花粉症が原因と思われる頭痛が起こっているらしく、春の眠気もあって一日眠くて仕方が無いのです。どうやらスギ花粉は終息に向かっているようですが、続けてヒノキ花粉が舞う季節になります。聞くところによると、黄砂がヒノキ花粉アレルギーを助長する可能性があるのだそうで、動物実験では確かにアレルギー症状を悪化させたりすることが確かめられたそうです。原因は、黄砂に含まれる物質なのか、菌類なのか、はたまた黄砂とともに運ばれてくる大気汚染物質なのか、ひょっとしたらジャブジャブに畑に撒かれた農薬だったりして、とか、さすがにいくらなんでもそれは無いだろう、とは思いますが、そんな自然の空気の動きに乗ってくる微粒子が日本人の健康状態を悪化させうるのだとしたら、たとえばかつて日本軍がアメリカに飛ばしたという風船爆弾よりもはるかに確実で恐ろしい攻撃手段を、中国は持っているといえるかもしれません。実際、大陸の大気汚染が影響して、日本海側の米の生産量が明らかに落ちてきているという話も目にしました。因果関係はまだきっちりつめる必要がありそうですが、海の向こうの問題は、ただオリンピックがどうこう言うレベルの話ではなく、未来永劫、我が国に好ましからぬ多大な影響を与えかねない話だと思います。
 中国は数十年単位のスパンで外交を考えるしたたかな国だ、という話を耳にしますが、こうして砂漠化が進み、水と大気が汚れていく自国の未来がちゃんと為政者に描けているのか、はなはだ疑問に感じます。権力者の腐敗に加えて食の問題が決定的に悪化したとき、大陸規模で動乱状態に陥るのがかの国の歴史的な常道です。そうなると我が国にも恐らく未曾有の影響は避けられないでしょうから、なるべくなら穏便に済むよう知恵をめぐらせていただきたいところなのですが、チベットに対する強圧的姿勢にも、どうも余裕の無さが露呈しているような気がしますし、本当に大丈夫なのか? と懸念ばかりが膨らんでしまいます。

 ・・・とりあえずは、黄砂を何とかして欲しいですが。

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3冊目は歴史巨編(笑)です。

2008-03-22 23:14:56 | ドリームハンター麗夢
 3冊目は、1999年の夏コミで出した、『麗しき夢 夢都妖木譚 平安編』です。今回、全体を改めて見直して、少しだけ手直ししてみました。
 この本の構想は、確か1998年の夏コミのさなか、ドリームハンター麗夢の老舗サークルである『Avenue REM』様のお手伝いで店番をさせてもらいながら、ちゃっかり私の既刊小説をスペースの端っこのほうに並べさせていただいていた頃のこと。来年何を書こうか、と考えていたのですが、つらつら考えてみるにやはり『首なし武者』のお話が一番好きな私としては、やはりこの作品をモチーフに書くのが良いだろう、と思いまして、更に、歴史好きな私としては、やはり夢御前霊夢と智盛の物語をベースに書くのがよかろう、と、店番そっちのけで妄想にふけり、というのは冗談ですが、まあそうやって色々考えてながら『Avenue REM』主宰うつりぎ ゆき様とも雑談を重ねているうちに、ふと、京都市に「綾小路通り」という道が実際に存在する、という話になりまして、それじゃあ麗夢ちゃんと同じ苗字のこの通りを夢守の話と絡められないだろうか、と考えがまとまりだし、そのコミケの帰り、当時は今と同様お金が無かったかわりに体力はまだそこそこありましたので、東京発大垣行きの夜行臨時快速で西へと帰ったのですが、早速その足で荷物を駅のコインロッカーに放り込んで、途中購入した京都地図を片手に、実際に綾小路通りを端から端まで歩いてみたのでした。今にして思えばなんとも無謀というか、われながら信じられない行動力ですが、それなりに得たものも多く、たとえば、京都の碁盤目の道は豊臣秀吉など時の権力者によって随分付け替えられて、平安時代とほぼ同じ道はほとんど残っていないのですが、この綾小路通りは、古い地図を重ねて見ますとほぼ同じ場所を通っていることが判ったりとかもいたしました。それで、まず最初に構想したのは次に上げる予定の『夢都妖木譚 平成京都編』でして、その序章部分に今回の『平安編』のクライマックスを配置して、歴史的な因縁話に仕立てようと考えたのです。ところが、当時はまだ内容に応じて執筆量をコントロールすることがほとんどできず、思うままに書いているうちにこの序章部分が思いのほか大きくなってしまいまして、いわゆる頭でっかちな本になってしまいかねない事態になり、それならいっそ独立させよう、と急遽方針を転換、ところが今度は1冊分に膨らますのに苦労する、とまあ、己の未熟振りをこれでもか、と見せ付けられた本でした。
 中身も、平家物語好きが高じて、あまり詳しくない方にはある意味どうでもいい薀蓄を盛り込みすぎていたり、そのくせ、お話をまとめるのに苦労したところがありありと透けて見えていたりして、個人的には失敗に近い作品と認識しています。それでも、前にサイトでアップしたときと、今回改めて全体を見直したことで、そのあたりの欠点はかなり矯正できたと思います。まあ根本的な未熟さはいかんともしがたいですし、そこまで手をつけるとさすがにぜんぜん違う作品になりかねないので、こんな時代もあったんだなあ、と感慨にふけるだけにとどめ、お話の本筋に関係ない薀蓄をばっさりやって、言い回しのやたら持って回った書きかたを少し改めるだけにしました。
 でも、この智盛と麗夢のやり取りって結構気に入っているんです。最初の出会いのシーンやクライマックスで麗夢を救出しに来るシーンとか、全体として筆が進まず苦しんだ記憶しかないのですが、その部分だけは結構ノリノリで書いたのを覚えています。

では、お話の都合上オリジナルキャラが多数登場してますので、人物紹介からご覧いただければありがたいと存じます。

人物紹介へ
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まずは登場人物紹介

2008-03-22 22:41:51 | 麗夢小説『夢都妖木譚 平安編』
 オリジナルキャラも多数出ておりますので、整理して紹介いたします。

麗夢(れいむ)・・・表の顔は美貌の白拍子。実体は夢を司り世の悪夢を退治する夢守の姫君。治承四年(1180年)春、都大路で平智盛に見初められるが、その後行方不明に。寿永二年(1183年)春に再び都大路で再会するが、偽名を使って智盛の前から姿を消そうとする。

平智盛(たいらのとももり)・・・故平相国清盛公の末子で眉目秀麗な青年武将。天才的な戦上手であるが、兄の宗盛に疎まれ、夢守探索の面倒ごとを押し付けられる。

築山公綱(つくやまきんつな)・・・智盛の乳母子で一の腹心。鬼築山とあだ名される平家きっての剛の者だが、外観は短躯の肥満体でにきびの目立つ愛嬌ある丸顔をしている。

匂丸(にほへまる)・・・智盛に拾われた後、従者をしている童子。目端が利き、公綱も重宝しているがその正体は金色の巨大狼、仁保平。

色葉(いろは)・・・公綱に危ういところを助けられ、その後公綱にべったりくっついて何かと世話を焼く正体不明の少女だが、その正体は夢守の姫君を護る漆黒の巨獣、伊呂波。

有王(ありおう)・・・鹿ヶ谷の陰謀で失脚した法勝寺の執行(しつぎょう)俊寛の稚児。俊寛が流された鬼界ケ島まで主を訪ねるが、その死に立ち会い、深く平家を恨む。その後宗盛の夢解きとして侍りながら、復讐を狙っている。

綾小路高雅(あやのこうじたかまさ)・・・夢守の一族、綾小路家の嫡男にして、麗夢の許嫁。自意識過剰で残虐なところがある。公綱に傷を負わされ、恨みを募らせている。

夢の大老(ゆめのたいろう)・・・夢守を統べる年齢不詳の老媼。麗夢を使い、夢守に伝わるある秘法を持って、末法の世を開かしめる究極の夢守を生み出そうと画策している。

平宗盛(たいらのむねもり)・・・清盛の三男で平氏の総大将。狭量で嫉妬深く、小心者と、およそ人の上に立つ人物ではない。

黒衣の老人・・・不思議な術をもって鬼界ケ島から有王を都まで連れ去り、綾小路高雅まで取り込んで何かを狙っている謎の人物。眼光鋭いやせこけた顔に、相手に突きかからんとするばかりに高々と聳える鷲鼻が特徴。夢の大老とも過去因縁があるらしい。

それでは、本編をお楽しみください。

序章その1に続く。
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序章 鬼界ケ島 その1

2008-03-22 22:40:57 | 麗夢小説『夢都妖木譚 平安編』
 凪の砂浜に、幾筋かの煙が音もなく昇っていく。
 盛大に燃え盛った炎も今はくすぶるばかりに鎮まり、大海の彼方に消えていく真っ赤な太陽には到底抗すべくもない。だが、さすがにこの時刻になると、何もかもが目を突く鮮明な原色で彩られた風景も、少し和らいで見えるようだ。
 有王は、全てを失い放心した目で、ぼんやりその風景を眺めていた。
 一体自分は何のために、こんな人界の果てまで旅してきたのであろう。年明け間もなく都を発ち、途中土賊に襲われたり荒れた海に放り出されそうになる恐怖を超えて、四月の初めになってようやくたどり着いた結果が、この荼毘であった。
 結局間に合わなかったのだ。
 有王は急にこみあげてきた悲しみに、懐の錦の小袋を衣の上から握り込んだ。それは、主がいまわの際に有王に託した、文字通りの形見であった。だが、そうしていても悲しみは収まらなかった。いや、一層あの優しげな笑顔が脳裏に浮かび、有王の目から止めどなく涙が溢れ出るばかりだ。
 やがて凪の時間が終わり、動き始めた陸風に煙りが西の海へと漂いだした。有王は、その煙が西の果てにあるという浄土まで届くよう、亡き主のために手を合わせ、嗚咽を漏らしてむせび泣いた。
 主の名は、俊寛という。
 平相国清盛公の引き立てで法勝寺の執行(しつぎょう)に成り上がり、権勢を揮った僧侶である。ところが、東山の麓、鹿ケ谷(ししがだに)にある山荘を後白河法皇に提供したのが運の尽きとなった。清盛の専横を憎む法皇が、清盛打倒の陰謀をめぐらせる不満分子の巣窟として、この山荘を利用したのである。しかし、貴族連中の立てたあまりに非現実的な計画に、敗滅を予測した身内の一人が裏切った。この背反によって世に言う鹿ケ谷の謀議はあっけなく露見し、真の首謀者、後白河法皇は下々の者に罪をなすりつけ、多数の高位高官が捕縛、処刑された。その内、俊寛、平康頼、藤原成経の三名の者は、薩摩国より更に海を隔てて十里ばかりの洋上に浮かぶ小島、鬼界ケ島(現大隅諸島・硫黄島)に流罪となった。時に治承元年(1177年)6月のことである。だが、この南海の孤島で、ただ朽ち果てるのを待つばかりだった三人の運命は、翌年にわかに急転した。清盛の娘で高倉天皇に嫁していた中宮権礼門院が、子供を宿したのである。この吉事を祝って天下に大赦が行なわれ、鬼界ケ島の流人も許されることになった。
 一人、俊寛を除いては。
 基本的に清盛は寛大な性格である。下々の者に対する気配りも細やかで情に満ち、ために清盛のためなら我が身を投げ出してもかまわない、とする郎党達にも恵まれていた。
 その一方で、裏切り者に対する憤りは常軌を逸している。普通、罪も同じ、罰も同じという三人は、許すのなら三人まとめて、というのが常識的な処置であり、公卿の詮議もそう決まりかけていた。その至極当然の処置を、清盛は一蹴してひっくり返した。清盛には、俊寛には特に目をかけて援助を惜しまず、取り立ててやったという自負がある。それなのに、鹿ヶ谷の陰謀に加わるという裏切りをしたことを、清盛はけして許さなかった。一人辺境の地に残された俊寛の悲哀と絶望はいかばかりのことであったろう。そして有王もまた、そのために深い失望を味わったのである。
 有王にとって、俊寛は慈愛溢れる、尊敬するに足る主であった。稚児として仕えて以来二〇の今日まで受けた恩義は数知れない。結局、散々思い詰めた上、都での生活や親兄弟も捨てて俊寛を探しに行く決心をしたのも、そんな主に今一度会いたい、という真摯な想いに突き動かされたからである。
 だが、遅かった。
 治承三年四月、生死の境を綱渡ってようやくの思いでたどり着いた異郷の地は、都の生活に慣れた主の生命力を、三年足らずの間に貪り尽くしていたのである。
 散々探してようやく主と対面したとき、有王はそれが主だとは気付かなかった。皮がたるんではっきり骨が浮き出るほどに痩せ細った体に、元は何だったのかほとんど判別できないまでに汚れ、裂けちぎれたぼろを纏った姿。それが有王の目に映った変わり果てた主の姿だった。既に四肢に力なく、病み衰えていた俊寛は、有王がはるばる尋ねてきたという喜びに体が耐えられず、その場で昏倒して有王を驚かせた。その後何とか息を吹き返しはしたが、その後の余命はほとんど残っていなかった。甲斐甲斐しく介抱の手を差し伸べた有王の目の前で、再会23日後の今日、俊寛は息を引き取ったのである。

序章その2へ続く。
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序章 鬼界ケ島 その2

2008-03-22 22:40:08 | 麗夢小説『夢都妖木譚 平安編』
(せめて骨だけでも都に届けてさしあげねば)
 有王は止む事無く目から溢れる涙を拭い、嗚咽を堪えて立ち上がった。これ以上時を過ごせば、日没後の暗闇に骨を拾い上げのろとまだくすぶる木片や灰を突き崩していた有王は、夕闇迫る中、突然背後からかけられた声に、ぎょっとして振り返った。「むごいことになったものよのう、お若いの」
「あ、あなたは・・・」
 漆黒の烏帽子を乗せた豊かな銀髪を微風になびかせ、しわ深い顔の中央に、相手に突きかかるような、日本人離れした立派な鷲鼻を屹立させて、その老人は有王の質問を遮った。
「だが、このまま骨を拾って都に帰り、弔いをすれば俊寛殿は安堵して浄土に旅立てるのかのう?」
「なんですって?」
「きっと、俊寛殿は平家を深く恨んでおるぞ。ただ館を貸しただけでこのむごい仕打ち。しかも相手はやんごとなき貴顕中の貴顕。今をときめく法皇様じゃ。断りたくても断れるものではなかったろう。そのことは清盛も知らぬはずはない。それなのに、ただそれだけのことのためにこんな人外の異郷で荼毘に付されるはめになろうとは、これでは誰であっても怒らずにはおれぬ。恨まずにはおれぬだろう。その恨みを晴らしてやることこそが何よりの供養になる、そうは思わぬか、お若いの」
 いつしか有王は、早く骨を拾わなければ、という思いを忘れて、目の前の老人の言葉に心を奪われていた。確かにこの人の言う通りだ。何故敬愛すべき主がこんな辺地で死なねばならないのか。恨むべくは清盛を長とする平家の連中ではないか。その平家を懲らし、主の遺骨の前で手をあわせて許しを乞わせてこそ、主の留飲も下がり、無事、成仏できるようになるのではないか。有王はふつふつと心に怒りが煮えたぎるのを感じた。有王は言った。
「平家が、俊寛様をこんな姿にした清盛が憎い!」
「そうだろう、そうだろう」
 老人は値踏みするように有王を見つめると、その懐に視線を固定した。
「その願い、この儂が叶えてやろう。儂が、平家への復讐に手を貸してやる。代わりにお前がその懐に飲んでいるものを儂に譲れ」
 有王は、操られるかのように錦の小袋を取り出した。
「中の物を、手の平にあけてみよ」
 有王は、黙って袋の口を縛った紐を解くと、中の物を手の平に受けた。
 それは、黒っぽい、砂のような粒であった。有王は、ぼんやり主の最後の言葉を思い出した。
「この袋にあるのは、その昔、我が師より授かった夢の木、と言う木の種じゃ。何でも願いがかなうという有り難いものだから、大切にしまっておくように」
 願いがかなうというなら、何故こんな所から抜け出せるように願わなかったのだろうか。痺れたような頭で、ぼんやりと考える有王に、老人は無造作に近付いた。
「これが夢の種か。どれ」
 だが、老人が伸ばした手は、種に触れる寸前で、苛烈なしっぺ返しを食らった。ぎゃっと叫んで引っ込めた老人の人差し指の爪が、焦げ臭い匂いと共にうっすらと茶に変色し、わずかに煙まで立てている。老人は苦しげに眉を顰めながら、忌ま忌ましいと一人ごちた。
「ええい、やはりこの儂を拒むか。まあ良い。この種はしばらく此奴に預けるとしよう」
 老人は指先をふっと吹いて煙を蹴散らすと、有王に振り返った。
「さあ、それをしまい、儂と共に参れ。にっくき平家を滅ぼし、お前の夢をかなえてやろうぞ」
 暗黒そのものを凝縮したような直衣の袖が、蝙蝠の羽のように左右に伸び、有王を包み込んだ。
「いざゆかん! 平安の都へ!」
 老人のりんとした声が浜辺を圧したかと思う間もなく、すさまじい旋風が沸き起こった。旋風は瞬く間に二人を飲み込んだかと思うと、砂や海水を猛烈な勢いで巻き上げながら、東北、すなわち鬼門に向けて走り去った。ようやく風の収まった浜には、わずかに残る荼毘の煙だけが、所在無げに漂うばかりであった。

・・・公卿九条兼実日記「玉葉」治承三年四月二十九日の条にいわく。
「午の刻ばかり、京中に辻風おびただしう吹いて人屋多く転倒す。桁、柱など虚空に散在し、鳴りどよむ音はかの地獄の業風なりといえどもこれには過ぎじとぞ見えし・・・」

第1章その1に続く。
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1.再会 その1

2008-03-22 22:39:15 | 麗夢小説『夢都妖木譚 平安編』
 煙る様な春雨が、都大路を静かに湿らせていく。その空気を淡く染めるのは、今を盛りと花開き、その花弁をゆらゆらとあるかなきかの風に乗せる桜達である。
 行く先も来た道もおぼろにかすむ七条大路を、一両の牛車が物憂げに進む。
 周囲を狩装束の侍が手に手に長刀や弓矢を携えて20人ばかり固めているが、それでも牛車に収まる人物のことを思えば、質素な警固といえたやもしれない。そんな一行を束ねる平家恩顧の侍、築山公綱(つくやまきんつな)は、何があっても離れまい、と心に決めた牛車から、また溜息が洩れるのを聞いて正直気の滅入る思いを持て余していた。
(また花が咲いた)
と、中の主は思っているに違いない。
 日頃は快活な主が、何故かこの季節にだけ、まさに春たけなわとなって世界が明るさを増す桜の季節に限って、深窓の公家人形のように溜息だけを身にまとい、憂愁に埋もれてしまうのだ。生まれながらの貴公子然とした風貌が憂いを帯びるものだから、この時期の主は宮中の女達の話題を独占してしまう。主第一の公綱にとってそれ自体は別に気に障ることではないのだが、公綱の知る主の本当の美しさは、そんな春雨の似合う柔若な姿ではなかった。
(見せてやれるものなら見せてやりたい)
 公綱は、女達が頬を染めてうっとり主を眺めるのを見るたび、そう怒鳴りつけてやりたくなることがあった。そのたびに公綱は、
(まあ見ていよ、今にその真価を披露するときもこようて)
と、苦虫を噛み潰して我慢してきたのである。
 公綱の知る「真の姿」とはこうである。
 雲一つ無い青空を背に、降り注ぐ陽光でその白銀造りの大鎧を燦然と輝かせて馬にまたがるその姿。初めてその神々しき姿をまのあたりにした時、公綱は、まさに軍神が降臨したのだと信じた。そして、乳母子としてそんな主と肩を並べ、先頭切って敵陣に吶喊した時、公綱は、生まれて初めて至福の時というものが実在することを知った。この君とともになら、源氏など一なぎで打ち倒せる、と確信したものである。
 が、あの時の昂揚感は、今はない。今、公綱とともにあるのは、主と知らなければはり倒したくなるような、理想からほど遠い姿をさらす抜け殻だった。
(大体、この牛車も悪いのだ)
 公綱は自分の苛立ちを、左脇でのろのろと歩む牛車にも向けた。そろそろ六波羅の邸宅を出て、鴨川を渡ってから半時は経っている。馬ならば、ほんの瞬く間の距離だ。いや、事実ついこの間までは、公綱も騎上の人となり、
「遅れるな!」
と笑顔で叱咤する主を追って、都大路を駆け巡ったものである。
 だが、それを咎め立てる者が出た。今をときめく平氏の御曹司が、そのようなはしたない振る舞いをなされるのはどうか、と。以来主は他のやんごとなき方々同様、普段の外出には牛車を用いるようになった。当然その歩みは牛にあわさざるを得ない。
 牛を扱う童子は、匂丸という名のなかなか気働きのきく子供である。
 三年前のやはり桜の時分、六幡羅の邸の前に行き倒れていたのを公綱が拾い上げ、勘の良さに感心した主によって身近く使われている。主が牛車を使うようになってからは、その口取りもするようになった。この童子のおかげで牛の歩みも相当ましなものになっているはずなのだが、どんなに急ごうとも、馬と比べられるものではない。その間の抜けたのんびりさ加減が、否応にも公綱の苛立ちを掻き立てるのである。
(おのれ、要らざる口を挟みよって)
 公綱は、苛立ちを牛車にぶつけるたび、したり顔で諌言した初老の貴族の顔を思い出し、その白粉で固めた化け物のような面を頭の中で散々に打擲(ちょうちゃく)して憂さを晴らした。もし公綱にその心得があったなら、呪(しゅ)の一つも送って、この世から抹殺してやりたいとも思った位なのだ。
 こうして公綱が、主の溜息に自分まで感染しそうになりながら憂鬱な歩みを運んでいた時、すぐ前を行く匂丸が、うつむき加減の顔を上げ、公綱に振り向いた。
「公綱様、喧嘩だ」
「なに?」
 匂丸の呼び掛けに公綱もまた顔を上げた。それでもしばらくはそのまま何事もなく一行は進んだが、やがて前方がにわかに騒がしさを増し、夢のように霞む桜と春雨を透かして、大勢の人が背中を向けて道を塞いでいるのが見えてきた。
(市の辺りだな)
 公綱は事前に報せてくれた匂丸へ軽く礼を言った。喧嘩など不快以外の何物でもないが、あらかじめ匂丸が報せてくれるおかげで、少し余裕を持って事態を迎えることが出来る。この童子は、勘の良さ、というには少しばかり過ぎた質のものを持っているらしく、よくこのようにまだ見えない前方の不穏な空気を読んだり、未来のことを言い当てたりすることがあった。陰陽師に聞きかじったところでは、見鬼とか言う能力だそうだが、なにはともあれ、この力は公綱も何かと重宝していた。
 とりあえずは確かめぬと。
 公綱は手近な郎党を一人走らせた。そしていくばくもせず戻った郎党が喧嘩だと注進した時、判っていたこととはいえ、公綱はあからさまに顔をしかめた。

第1章 その2に続く。
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1.再会 その2

2008-03-22 22:38:13 | 麗夢小説『夢都妖木譚 平安編』
 今、平氏の棟梁前内大臣(さきのないだいじん)平宗盛は、帝の名前で諸国に檄を飛ばしている。二カ月後に、北陸の反逆者、木曽義仲を討伐する一〇万の軍勢を催すため、都へはせ参じるよう命令しているのだ。その命に応じた連中が、ぼつぼつ都に集まり出しているのだが、この連中が実はなかなかにくせ者だった。平氏の一族は、関東に蟠踞する源氏の勢に比べ、比較的都慣れしていて品が良いとされている。だがそれも、都から遠ざかればほとんど変わりはない。いや、なまじこちらの方が、
「我は平氏の縁者なり」
と言う態度もあからさまに都を闊歩するものだから、かえって始末に悪い事の方が多いのだ。あちこちで都人との軋轢が生じるだけでなく、別の地方同士で喧嘩刃傷沙汰になる例が、後を絶たない。公綱ら平氏直属の郎党達は、そんな都での作法を知らない輩を取り締まり、都の治安維持に、神経を尖らせていたのである。
「とにかく道を開けさせてこい。藤太(とうた)、紀連(のりつな)、一緒に行ってやれ」
 公綱は、手早く三人の若者を前方に走らせると、御簾(みす)近くまで顔を寄せた。
「どうも喧嘩らしいのですが、まもなく道を開けさせますのでしばしお待ち下さい」
 喧嘩と聞いて、中から洩れる溜息が一段と深まったように公綱には感じられた。責任感の強い方故、と公綱は主に同情したが、その音色が、単純な責任感から洩れたものではないことまでは、公綱には判らなかった。
「私が出てみよう。その方が話も早かろう」
 中から御簾を繰り上げようとする様子に、公綱はあわてて申し添えた。
「お、お待ち下さい、殿が出張るまでもございません。どうせ諸国よりかり集めた雑兵どもがまた騒いでおるに決まっております。この公綱におまかせあれ」
「・・・そうか・・・」
 公綱は、主の残念そうな音色に少しばかり不審の思いを抱いたが、それも突然前方で生じた怒鳴り声で、一瞬の内に頭を切り替えた。
(あの者らでは荷が勝ちすぎたのか?)
 公綱は、これ以上時を過ごせば本当に主が外に出てきてしまう、と、押っ取り刀で群衆の壁をかき分けた。見ると、先に出した三人の郎党が一固まりになって腰の刀に手をかけ、その前で居並ぶ数人の者達も、長刀を手にいきり立ち、一触即発の状態になっているではないか。
(ひのふのみの・・・八人か)
公綱はすばやくその人数を勘定し、ついでに風体も見て取った。その困り者達は、やはり公綱のにらんだ通り、すり切れた具足に不揃いな胴丸を引っかけた程度の雑兵だった。そして、何よりもその怒鳴り声が、都では余り聞かれない「なまり」を帯びている。しかも、つんつるてんの烏帽子の下の金壷眼が、明らかに酔っていると見えてまるで兎のように充血していた。が、公綱は、辺りを見回す内に随分場違いな者が一人いることに気がついた。清げなる白絹の水干をまとい、大きな市目笠をかぶった女である。顔は紗に阻まれてよく見えないが、何もかもが曖昧模糊となってしまう春霞の中でも、はっと息を呑むような碧の黒髪が艶やかにその背中を隠し、抜けるような白魚の指が、軽く笠のつばを摘んでいるのが見える。
(さてはこれが騒ぎの元凶か)
 公綱はそれだけ見て取ると、血気にはやる配下の若者達を抑えてその前に大きく一歩身を乗り出した。
「御どもは伊勢の国の住人、築山次郎兵衛公綱(つくやまじろうびょうえきんつな)と申す。貴公らが何者か知らぬが、御どもらは先を急いでおる。早々に道を開けられよ」
 いきり立っていた男達は、突然現れた公綱に思わず失笑しかけた。偉そうな態度をとってはいるが、背丈は背後の若侍達の肩にも届かず、幅は優に二人分くらいはある。顔はと言うとこれも赤ん坊のように血色良い丸顔で、一面にあばたにきびが散りばめられている。全体に達磨を連想するような、短躯のでぶである。一丁前に腰に刀を差してはいるが、そんな外観では男達が侮ったとしても無理はなかった。
「なんじゃこのちびは! 邪魔するな!」
 今三人と切り結ぼうとしていた男が、黄色い乱杭歯を大きく見せて、長刀の切っ先を公綱の鼻先に突きつけた。激発した藤太が、おのれと太刀を抜こうとするのを公綱はじろりと睨み付けて止め、改めて男に呼びかけた。
「暴れたいというのならいつでも相手して進ぜるが、先程も申した通り、我らは先を急いでおる。けがをせぬ内にさっさと道を開けい!」
 この、自ら喧嘩を買うも同然の言いように、後ろにいる三人の方が驚いた。公綱の外観に似合わぬ勇猛ぶりは周知の三人だったが、一方でその思慮深さや落ちついた物腰も良く見知っている。第一、日頃は配下の郎党達に、無暗に喧嘩するな、と口うるさい位なのだ。そんな公綱の思いもよらない喧嘩早さに、三人はどうなることかと固唾を呑んで見守った。対する乱杭歯の方は、どう見ても弱々しげな男が、恐れもおののきもせず、かえって居丈高に呼ばわったのに逆上した。男のこめかみにみるみる見事な青筋が盛り上がり、男は泡を飛ばして公綱を怒鳴りつけた。
「このちび達磨が、なめるんじゃねえっ!」
 同時に男は、いきなり長刀を振りかぶって公綱めがけて切りつけた。酔いの割には鋭い斬撃が空を割り、公綱の残像を両断して、ザクリ、と刃の半分を地面に埋めた。

第1章その3に続く。
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1.再会 その3

2008-03-22 22:37:26 | 麗夢小説『夢都妖木譚 平安編』
「どこを狙っておる?」
 耳元で、先程からの変わらぬ平静さで呟かれた男は、初めて自分が相手の力量を正反対に読み違えていたことを知った。このマリのような達磨は、必殺を信じた一撃を苦もなくすり抜け、一瞬で懐まで飛び込んできたのだ。だが、男はその戦慄に冷や汗を流すいとまも与えられなかった。飛び込むと同時に鳩尾に突き刺さった公綱の右拳が、男の意識を無の世界へ強引に叩き込んでいたのである。公綱は、長刀とともにのしかかるようにして倒れてきた男を邪険につき転がし、残る七人にもう一度声をかけた。
「白拍子を引っかけたくば河原にでも行くがいい。さあ、どいてくれ」
 ここに来て、ようやく七人は相手の名前を思い出した。平氏家人にその人ありとうたわれた、伊勢の住人、築山公定の次男坊。悪次郎とか、鬼築山と呼ばれる、剛の者の名前を。その途端に前の方にいた三人がおびえもあらわに後じさり、他の者達も、一様にその表情をこわばらせた。だが、一番後ろで皆をあおっていた頭目格の男が、かえって憤りもあらわに立ち上がった。仲間内では暴れ者と畏怖されてきた自分の威信に、泥を塗られたような気がしたのだろう。男は殺気だった目で公綱を睨み付けると、ぐいと身を乗り出して大声を上げた。
「わしは三位中将平知盛様の家人で、長門の国で鬼神と恐れられる氷川安城じゃ!」
 どうだ、恐れ入ったか、と胸を張った氷川の後ろで、六人の金魚の糞が虚勢を取り戻した。六人は口々に公綱をからかい、自分たちのたくましい頭目をけしかけた。勢いづいた一人は、初めの目的通り、女の背後からその柔らかい身体を羽交い締めに抱きしめようと襲いかかった。
 次の瞬間、男達の恫喝や罵詈雑言にも眉一つ動かさなかった公綱は、突如宙を飛んで氷川の背中に降った男を見て目を円くして驚いた。いかにだらしなく隙だらけで抱きついてきたとはいえ、背後から迫る自分の三倍はありそうな男を、この白拍子は軽々と放り投げたのである。
(力では無いな。だが見事な間と当て身だ。ああ決められては一たまりもない)
 舌を巻きつつも女の妙技を冷静に観察していた公綱に比べ、氷川勢の混乱ぶりは醜態を極めた。
「この野郎! どけ、どかんかこら!」
 氷川は顔を真っ赤にして気絶した背中の男をはねのけると、怒りと屈辱で紫に変じた唇を震わせ、公綱に言った。
「こ、殺してやる!」
 やれやれ、と公綱は溜息をついた。
(どうしてこうも己の力量もわきまえず、突っかかるしか脳のない連中ばかり集まるのだろう。こんな奴等を率いて行かねばならぬとは、一苦労ではすみそうも無いぞ・・・)
 だが氷川は、そんな公綱の思いも知らず、長刀を公綱に振り向けた。
「主では無理じゃ」
「黙れ! そこな動くなぁっ!」
 氷川の長刀が大上段から公綱めがけて振りかぶられた。公綱は今度はその場を一歩も動かず、腰の太刀に手をかけた。勿論氷川の言に素直に従ったわけではない。岩も砕けよと満身の力を込めて切り落とされた長刀に、一瞬遅れて公綱の太刀が鞘走った。
「ひっ!」
と息を呑む声が重なった。その瞬間生じた異様な衝撃音がなければ、大勢の瞼が同時に閉じた音まで公綱の耳に届いたかも知れない。だが、代わりに公綱が聞いたのは、両手の衝撃に一拍置いて、目の前の地面より発した地を断ち割る刃の音であった。その後ろで、長刀の柄を叩き切られた氷川が呆然と立ちすくみ、チン、と公綱が刀をしまった音が合図だったかのように、へなへなと腰砕けにその場にへたり込んだ。
「それまでだ」
 腰を抜かした氷川を後目に残る六人をねめつけた時、背後からかけられた若々しい声に、公綱は、あ、しまった、と舌打ちした。苛立ち紛れに相手をしている内に、主が出てきてしまったのである。困った顔をして振り向いた公綱に、端正な顔が人々を引きつけてやまない笑顔を刻んだ。
「あんまり遅いのでな。だが、やはり公綱は強いな」
 何をおたわむれを、と赤面した公綱は、もう一度氷川らに振り返って、しゃちほこばって主を紹介した。
「ここにおわすは故平相国清盛公の末子、新四位少将平智盛様におわす。頭が高い、控えおろう!」
 呆然と見上げる氷川とその一党は、予想もしない大物の登場に驚きあわてた。そのあわてぶりに満足した公綱は、振り向いて智盛に言いかけた。
「あれな白拍子がこの不埒者共に絡まれておった様子です。だがあるいは助けは無用だったかも知れませぬな。なぜなら・・・」
 得々と白拍子が男の一人を投げ飛ばした様子を語ろうとした公綱は、日頃滅多に見ない主の様子に、思わず口をつぐんだ。智盛は、さっきまで湛えていた憂いの中にも慈愛を忘れぬ笑顔をかなぐり捨て、驚愕で大きく見開かれた目をあふれる涙で満たしたのである。その両目から持ちこたえられなくなった一滴が頬にこぼれ、十万の軍勢に命令を下しうる珠玉の口の横を通ったとき、僅かに洩れた息が、こわばった声を絞り出した。
「・・・れいむ・・・」
 わななくように上がった手が驚く公綱を脇へ押しのけ、ふらついた右足が、頼りなげに一歩、白拍子に向けて踏み出された。
「麗夢、麗夢ではないか・・・」
 公綱が、何か圧倒されるものを感じて声をかけそびれている内にも、智盛の足は夢の中を踏み惑っているかのようにおぼつかない一歩を白拍子に向けて刻んでいく。その先で、智盛を待つかのように白拍子は頭の笠に手をかけた。
(なんと・・・)
 公綱は、現れたその顔にしばし目を奪われた。年の頃なら一五、六と言ったところだろうか。白磁のように抜ける白肌に二つの生きた宝玉が、漆黒の瞳を揃えてこちらを見据えている。その視線が智盛と交錯したとき、智盛の口から、喜悦窮まる声が溢れ出た。
「おお! やはりそなたは麗夢!」
 だが、麗夢と呼ばれた白拍子は、智盛の近づけば火傷しそうな激情の迸りを、冷ややかに受けとめた。
「初めてお目もじいたします。こたびは危ういところを助けていただき、かたじけのうございます」
 深々と下げられた頭に、智盛の動きがぴたりと停まった。
「何を言っているのだ? 麗夢」
 戸惑いの波が、全身をわななかせる喜びの上を薄く流れていく。それをより決定的にしたのは、白拍子の次の一言だった。
「私は、昨日北陸道より上京して参りました淡雪と申します。どうぞ、これを機会にご贔屓賜りとう存じますが、今日は急ぎの道故これにて失礼いたしまする」
 では、と頭を下げて有無を言わさず立ち去ろうとする白拍子に、智盛の戸惑いは恐慌にとって変わった。

第1章その4に続く。
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1.再会 その4

2008-03-22 22:36:25 | 麗夢小説『夢都妖木譚 平安編』
「待て! 待ってくれ! 麗夢!」
 矢のように飛び出した智盛に、今度は公綱が悲鳴を上げた。
「危ない! 智盛様!」
 公綱の頭に、さっき投げ飛ばされた男の様子が蘇った。智盛の身のこなしが公綱のそれに勝るとも劣らないことは日頃からよく知るところである。だが、今の智盛は、公綱にも信じがたい程の無防備さだった。あれではどうぞ投げ飛ばして下さい、と言わんばかりではないか。公綱は、咄嗟に智盛へ飛びかかった。
「殿! お待ちなさい! 殿!」
 あわやと言うところで辛うじてその腰にしがみついた公綱は、少しでも気を許せばたちまち振り解かれそうになるほど暴れる智盛を、必死で諌めた。
「公綱! 離せ! 離さぬか!」
「いーえなりませぬぞ! まずは落ちつきなされい、智盛様!」
 そう言いながら、公綱は白拍子に目配せして、早くいけ、と無言で促した。白拍子は黙って頭を軽く下げると、なんの未練もないのか、すうっと流れるように智盛の脇を抜け、東に向けて春雨に溶け込んでいった。
 その間にも、智盛はしがみつく公綱を振りほどこうとわめき散らした。公綱は必死でしがみつきながら、呆然と見ている郎党衆に、とにかく智盛様を押し止め奉れ! と命令した。固唾を呑んで見守っていた郎党達は、その声でようやく我に返り、公綱と共に智盛へ飛びかかった。
「はなせ者共! 早く、早く追わねば見えなくなってしまう! ええい放さぬか!」
「落ちつきなされと申しますに! 殿、殿はこれから西八条第の大殿に呼ばれて向かっている途上ですぞ! これを捨ててどこに参ろうと言うのです!」
「兄上などしばし放っておいても構わぬわ! それよりも、やっと見つけたのだ! ここで追わねば、また会えなくなってしまう!」
 公綱は、改めて智盛の狂乱ぶりに恐れ入った。この殿にここまでがえんぜ無いわがままな性格が眠っていようとは、今の今まで公綱も気づかなかったのである。それだけに、これはただ事ではないと公綱も考えた。
「殿! あの白拍子がどうしたというのです! あの程度の女、都にはいくらもいましょうほどに」
「おこなることを言うな公綱! あれだけの女が一体この世のどこにいるというのだ! ここで見失のうてはまた何時会えるともかぎらんのだ! さあ、早く、早く放せ!」
「殿! 殿は何時あの白拍子と会ったというのです?」
 今はそれどころではない、と暴れる智盛に、公綱はおっしゃるまで放しません、と言い放った。しばしの押し問答の末、智盛はやっと秘められた過去を語る気になったようだった。
 力を抜いて暴れるのを止めた智盛に、公綱は肩で息を切らせながら、改めて智盛に問いかけた。
「一体、あの白拍子と殿との間に、何があるのです」
「あれは・・・、麗夢は私が三年前の今頃、この場所で見初めた大切な女だ」
「三年前・・・」
 公綱は、智盛がやはり喧嘩に巻き込まれていた麗夢を助け、館に招き入れて詩歌管弦に時を忘れた末、将来を契りあったことまで聞き出した。
 当時の公綱は今より遥かに多忙だった。怒涛の如く過ぎ去った三年前、現帝で平家の血筋でもあられる安徳天皇の即位に始まり、突然都を駆け抜けた凄まじい竜巻の後始末。源三位入道頼政の反乱とその鎮圧。頼朝、義仲の蜂起。福原への遷都、そして、屈辱の富士川合戦敗北、南都焼き討ち・・・。そんな、まだ生々しい記憶が荒れ狂う治承四年(一一八〇年)、あちこちに駆り出されていた公綱の知らない内に、智盛はあの白拍子と切るに切れない深い仲になったというのである。
「ところがだ」
 智盛の語りに哀調が深まった。そうまで互いに愛し合ったというのに、何の音沙汰もないまま麗夢が消息を絶ったというのである。
 そういえば、と公綱は思い出した。智盛が春だけ「おかしく」なるようになったのは、丁度三年前からではなかったか。
 公綱は、前帝、高倉天皇が治承五年(一一八一年)、御年わずか二五才でお隠れ遊ばした事を思い出した。高倉天皇は、清盛公より愛妾葵の前を取り上げられ、落胆のあまり病づいてそのまま儚うなり遊ばした、と公綱は聞いた。もし同じ事が智盛の身の上に起こったら! 公綱は、あらぬ想像に思わず身震いした。それこそあってはならぬ事だ。公綱は、これだけ語れば後は良かろう、と再び走り出そうとする主を強引に押し止めた。
「判りました。それでは、この公綱があの白拍子の後を追い、その所在を確かめて参りまする」
「何? 公綱が行くと申すのか?」
「御意。されば智盛様は急ぎ西八条第に赴かれますよう」
 しかし、とまだ渋る智盛に、公綱は決然とした口調で言った。
「こたびのお呼び出しは、卯月発行の北陸道鎮定についてのお沙汰に相違ございますまい。ならばなんとしてもその一翼を、かなうことなら先鋒をお任せ下さりますよう、大殿にお願い申し上げ、今上帝にお取り次ぎ願わねばなりません。それがどれほど大事なことであるか、殿にはお判りいただけますな?」
 もとより、言うまでもないことだった。戦場で働き、手柄を立ててこそのもののふである。それにはまず戦場に出る資格を得なければならない。ましてや一〇万を号する大軍の先鋒となれば、その栄誉たるや計り知れないものがある。智盛も公綱も、そんな一時を手にするために、今日まで身を粉にして技を磨き、朝廷に出仕してきたのである。そのようなことを諄々に諭されて、智盛はようやく公綱の諌めを入れることができた。
「判った。麗夢の行方は公綱に任せる。きっとその所在を確かめてくれ」
「何のかのと申しましても所詮は女の足、直ぐに追いついて所在を確かめる位、わけないことにございまする」
 だから安堵してこの公綱にお任せあれ、と胸を張った公綱は、残る郎等達にこれ以上遅参することの無いよう先を急げと言い含めた。
「ではこれにて。吉報をお待ち下され」
「頼んだぞ、公綱」
 公綱は、やっと牛車に収まった智盛に一礼し、夕闇が迫りつつある都大路を引き返して行った。

第2章 その1に続く。
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2.白拍子 その1

2008-03-22 22:35:32 | 麗夢小説『夢都妖木譚 平安編』
 既に夕闇が迫りつつあった。
 いつしか雨はやみ、これ以上濡れる心配はなくなったが、月明かりが透けてくるほどに空が晴れた訳ではない。その上、間の悪いことにやんだはずの雨はいつまでたっても地面に落ちつこうとせず、濃厚な霧となって都を覆いつつあった。夜目には自信のある公綱も、さすがにこれには閉口した。
 この時代、夜とはまさに闇に閉ざされた世界といってよい。満月が真昼と感じられるほどに、光に飢えた世界なのだ。もちろん人間には原初の昔から火という明かりを手にしている。が、その火をなんの気兼ねなく自由にできるのは、ほんのごく一握りの者だけであった。圧倒的多数を占める一般の庶民にとっては、油一滴、まき一本でさえそう簡単には使えないのである。そんな闇の中に、人々は様々な異形の姿を見る。常夜灯を点しうる権力者達も、もとはといえば闇を恐れるがゆえに、金に糸目をつけることなく火を焚き続けているに過ぎない。だが、公綱のすぐ前にいる娘は、公綱でさえ緊張を強いられる闇の中を、まるで臆する様子もなく足を進めている。よほど夜目が効くのだろう。公綱でさえ、ふとした拍子に娘の姿を見失いかけるのは二度や三度ではないのだ。
 そんな公綱の感嘆譜を背に受けながら、娘は都大路の東の端、東京極大路にさしかかった。大路というと巨大な道というよりは広場と呼ぶにふさわしい大仰な施設である。そのむやみに広い空間に沿って、東側にこれもどれほどの広さか検討もつかない真黒の谷が横たわっている。鴨川の流れである。その広い川原は、都のうちでも最も雑多で怪しげな雰囲気に満ち溢れていた。古来川原は刑場であり、死体の遺棄場所であり、遊女、くぐつ、芸人、盗人など、およそ繁華街にふきだまるあらゆる暗がりの住人達が蠢く世界であった。
 その中には、白拍子も含まれる。平清盛に寵愛された祇王、仏。源九郎義経の情人、静。滝口入道との悲恋で世人の涙を誘った、横笛など、世に名を残す白拍子もあるが、その多くは、今様を唄い、舞などして、貴人の宴に華やかな一時の花を咲かすだけの無名の芸人達である。彼女らは芸を披露する一方で、時に春を篠いで糧を得なければならない境遇の、一言に云えば下賎の者達であった。
(しかし、智盛様ともあろう方が、白拍子などに心を奪われるとは)
 あの美しさでは仕方がないか、と思う一方で、数多あるやんごとなき女御、姫君の類をそれこそ選りどりみどりに出来る身分の方なのに、少々安っぽすぎる恋だ、とも公綱は思う。
(まあ、いずれ正室は然るべき所より輿入してもらうとして、側室に迎えるというのならそう悪くないかも知れぬな。聞くところによると、あの木曽義仲も巴なる美女に鎧具足を付けさせ、一手の大将として使っているということだし)
 公綱の脳裏には、鮮やかに男を放り投げた、娘の技がまだしっかりと刻まれている。あの華奢な身体で重い鎧をまとい、長刀を振りかざして馬に乗れるかどうかはやってもらわないと判らないが、あの分なら今度の北陸遠征に連れていけば、義仲の巴御前といい勝負をするのではなかろうか。
(そうなれば、あの美しい顔をわしらも楽しめようて)
 公綱は、自分がそんなことを考えていることにはっとなって気付くと、あわてて頭を振って尾行に専念することにした。
 そんな公綱の思いも知らぬげに、娘は東京極大路まで出ると、方角を北にとって更に歩き続けた。やはり五条の辺りか、と思いながら、公綱も後に続いた。現代でもこの辺りは京都最大の繁華街になっているが、既にこの時代、内裏の整然とした官庁街とはまるで趣の違う都の姿が、醸成された婬靡な空気を孕んで、闇の中にわだかまっていた。鬼が出る、などというまことしやかな話も、それこそ一つ二つではない。そんな雰囲気が肌で感じられるのか、公綱は背後になんとなしの気配が感じられて、気味悪さが募る。だが、娘の足取りは河原の脇を通るようになってからも一向に変わる様子がなく、その落ち着き払った足取りが、かえって公綱を苛立たせた。
 やがて娘は五条橋のたもとを過ぎ、そろそろ四条辺りかと思われる所まで来ても、まだ真っすぐに歩き続けた。
(まだ先なのか)
とようやく公綱が不審の思いに囚われ始めた時、突然少女は左の小路に姿を消した。
「なに?!」
 公綱は、完璧に虚を突かれた。すわ! 気付かれたか?! といつになくあわてふためいて、大急ぎで娘の消えた小路に駆け寄った公綱は、その道からいきなり何の前ぶれもなく襲ってきた強烈な殺気に、弾き飛ばされるように立ち止まった。 
 うなじへ焼きごてを当てられたようにちりちりと苛立ち、背中に鋭い悪寒が走り抜ける。さっき手玉にとった田舎侍など百人分束にしても、これほどの威圧を覚えることはなかっただろう。
(逃げるか)
と公綱は半ば本気で考えた。かなうかどうかはやってみなければ判らないが、判らないと判断せざるを得ないことこそが、公綱を戦慄させた。だが、公綱はわずかの逡巡の末、結局正面からその殺気と対峙することに決めた。こっちが引いて見逃してくれるなら逃げるのも手だが、相手の殺気は既に脅しの領域を超えている。智盛との約束もあるし、公綱としてもここで一目散に後を向くのはやはりためらわれた。
 公綱は、一旦引いた足を思い切って小路に踏み入れた。

第2章その2に続く。
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2.白拍子 その2

2008-03-22 22:34:44 | 麗夢小説『夢都妖木譚 平安編』
(こいつは!)
 より鋭さと圧力を増した殺気が公綱を包み込んだ。そうと覚悟してなかったならば、さしもの公綱でさえ足がわななくのを押さえ切れなかったかもしれない。公綱はにじり寄るように足を前に出し、腰だめに太刀のつかを握りしめた。その目の前に、霧をまとわりつかせた巨大な影がわだかまっている。幅、背丈も明らかに公綱より二回りは大きい。全身から吹き出るような殺気が、恐らくは目玉であろう、横並びで光る玉に収束し、無形の矢と化して一直線に公綱へ射込まれてくる。その殺気をいや増しに増幅するかのように、微妙に霧を震わせる低音のうなり声が公綱の耳に届いた。
 猫のようでもあるが、その野太さや迫力は、とても猫の比ではない。あるいはこれが虎というものか、と公綱は額に脂汗を吹きつつ、太刀の鯉口を切った。その、金属が打ちあう小さく鋭い音を待っていたかのように、公綱目掛けて黒い影が飛び掛かった。一瞬遅れて、公綱の太刀が鞘走った。
 がっ! 
 その衝撃は、まさか刀が折れたのでは、と一瞬悲鳴を上げかけた程、強烈に公綱の腕へ襲いかかった。闇の中でもはっきりそれと判る真っ赤な舌と、一咬みで相手を絶命させ得る鋭く巨大な牙が、つば際をがっちりと押さえ込み、公綱の喉笛に食らい付こうと強引に押し込んでくる。それを公綱は、両の手に満身の力をこめてひたすら耐えた。
(引けば命はない)
 公綱は、ぎりぎりの命のやりとりの中で、その昔猟師に聞いた話を思い出していた。
「犬に咬まれたときは、決して引いてはならぬ。引けば牙が肉に食い込み、犬も放すまいと必死になる。もし早く離したいと思うなら、引くのではなく、むしろ押し込むのだ。さすれば犬も苦しがって、おのずと口を開く」
 公綱は、その記憶が正しいことを祈りつつ、しゃにむに刀を押し込んだ。この思いもよらぬ抵抗に、相手の巨獣も心底面食らった様子だった。巨獣は、公綱が逃げ腰になったところを追いすがり、一撃で首を食い千切ってやるつもりだったのだ。所が相手は逃げるどころが予想外の膂力で自分の突進を受けとめ、更にその太刀をぐいぐいと押し込んでくるのである。それでも強引に押しつぶそうと力を込めかけたその時だった。
「お止めなさい、以呂波」
 周りの空気も火を噴こうかという緊張の糸を、小さな声が断ち切った。それは決して怒鳴り付けるような調子ではなく、むしろやさしささえ感じさせる声だったが、それを聞いた巨獣は、まるで鞭でも当てられたように一瞬で二間も飛び下がった。予想もしない後退に、公綱は反撃の機会を捕らえ損なった。だが、公綱にしてみれば相手が下がった事で満足せねばならなかっただろう。よく見れば、公綱自慢の太刀はあの牙に噛み砕かれ、ほとんどちぎれそうになるくらいに破壊されていたのである。
「貴方は先程の・・・」
「四位少将平智盛の家人、築山次郎公綱と申す」
 既に鞘に戻せなくなった刀を握ったまま、公綱は答えた。その目の前で、靄の中から湧き出るように一人の少女の姿が現れた。その傍らに、寄り添うようにして先程まで公綱とやりあっていた巨獣がうずくまっている。互いの大きさからすれば、少女の姿などその巨体の影に埋没してしまうようにしか見えないが、公綱には、巨獣のほうこそが少女の影に隠れるように見えた。それほど、娘の存在感は際立っており、公綱は、以呂波の殺気とはまるで違う威圧を覚え、自然に片膝を降ろしていた。
(智盛様に似ている)
 公綱は、外柔内剛の典型のような自分の主を、目の前の少女に重ねあわせた。
「築山殿、貴方が何故私の後を追って参られたのか、は、敢えて問いません。ですが、これ以上はお命にかかわります。どうぞ、お引き取りください」
 普通なら、そんな言われようをされればかえって反発して意地でもついて行くという公綱である。だが、公綱は、娘の目に秘められた威厳に抵抗することができなかった。否、既に抵抗する気すら失っていたというほうが正しいであろう。巨獣が娘の前ではまるで子猫同然におとなしくなるのも道理だ、と、公綱は思った。
「我が主に復命いたさねばなりません。貴女の本当のお名前と、どちらにお住まいかを教えていただけぬか」
「それはできません」
 娘はきっぱりと公綱の要求を拒んだ。
「早々にお引取を」
 取りつくしまが無い。公綱はあきらめるよりないか、と観念した。以呂波が歯を剥いて唸ったのも、公綱の決断を促した。もっとも唸った瞬間に娘に睨みつけられ、以呂波はその巨体を一段と縮こませてしまったが。公綱はそんな外観からは想像もできない巨獣の愛らしい仕草に思わず笑みを浮かべたが、次の瞬間、その口元のほころびが凍り付いた。

第2章その3に続く。
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2.白拍子 その3

2008-03-22 22:33:49 | 麗夢小説『夢都妖木譚 平安編』
「まさか本当にそのまま見逃すつもりではあるまいの? 麗夢殿」
 はっと振り向いた公綱は、小路の入り口、これから自分が戻ろうと思った方角に、一人の男が立っているのに気が付いた。
「全くなんて日だ。背後を取られてまるで気付かないなんて」
 公綱は、右手の壊れかけた太刀を握りしめ、自嘲的につぶやいた。そのことに気を取られたのか、しばらく公綱は、男の言葉に知りたかった答えの一片が紛れ込んでいることに、気が付かなかった。
「貴方ですね。以呂波をけしかけたのは」
「けしかけたとは心外よ」
 男は、ゆっくりと公綱に向かって歩きだした。霧に包まれて朧だった輪郭が、次第にはっきりと浮かび上がる。ほっそりとした顔の口元を、節くれだった指に持つ扇子で隠し、目だけが、人を小馬鹿にしたようなけんの強い笑みを浮かべている。
「その獣の役目は、夢守の姫君たる貴女の傍にあって常に守る事であろう」
 娘は、男の口調に眉を顰めた。この男は、以呂波のことを明らかに下等な生き物と蔑んでいる。だが、男は娘が嫌がっているのを楽しんでいるように目を細めた。
「それよりも、そやつをこのまま帰してはならぬぞ」
 伏せ目がちに、男は公綱をちらと見て、すぐに目を麗夢の方に返した。
「どうせよと言うのですか」
「無論」
 男は、また公綱を見た。相変わらずその目は伏せ目勝ちだが、明確な悪意が込められた冷たい視線が、公綱の額に脂汗を浮かべさせた。
「秘密を知られた以上、このまま帰す訳にはいかぬ筈だが」
「始末せよ、と、おっしゃるのですね」
 公綱は、少女の冷えきった語感に背筋へ冷水を浴びせられたほどに仰天した。男の言葉に込められた殺意にはまだ反発し、かなわぬ迄も一矢でも、と自らを奮い立たせることもできたのに、この年端も行かぬ少女の一言には、それすら不可能な、底知れぬ恐怖が潜んでいる。公綱は、男に対する反感を掻き立てて歯の根が鳴るのを押さえ込んでいたが、それもいつまで持つものやら、はなはだ心許なかった。そんな公綱の心情などおかまいなしに、男はまた目を細めて少女に言った。
「そのようにあからさまに申しては角が立とう。だが、姫君はどうやら我が思いに賛同頂けぬようじゃな。それならば、我が手を以て後の禍根を絶つと致そう」
 男は、ぴしゃりと音をたてて扇子をしまうと、懐から一枚の短冊を取り出した。同時に公綱が太刀を構えるのを見て、男は嘲りもあらわに言った。
「無駄なことよ。何が生じたか、知る暇もなく黄泉路に送り込んでくれる」
 公綱は、今度こそ絶体絶命か、と思い切った。この上は、武士として恥ずかしくない最後を究めるのみである。相手の仕草から、公綱は目の前の男が陰陽道の使い手と見た。となればあの短冊は超常の力を発揮する呪符の類だろう。それなら対抗する手段はただ一つ。相手が呪を放つより先に仕掛け、先手を打つよりない。公綱は即決すると、一瞬の溜めをおいて、脱兎のごとく飛び掛かった。
 男は、公綱が窮鼠猫を咬む挙に出ることは、一応予測していた。これまでにも逃げ惑う者に追い打ちをかけ、必死の反抗を受けた経験も一度や二度ではない。だが男は、相手の力量を完全に読み違えていた。公綱は、これまで相手してきたような公家達の何百倍も素早く、かつ勇猛だったのだ。
 たじろぐ間もなく、男は余裕の笑みを凍り付かせた。公綱は自分を見つめ、大きく見開かれたその目に、迷う事無く太刀を振り降ろした。だがその瞬間、予想外の手応えに、太刀の切っ先が宙を跳んだ。同時に公綱の身体が、毛むくじゃらなものに弾き飛ばされた。公綱はもんどりうって転がったが、すぐに立ち上がって半身の折れた太刀を身構えた。その先で以呂波が公綱をにらみつけていた。だが、はじめにやりあった時のような凄まじい殺気はまとっていない。どちらかというと不精不精という風な不貞腐れた態度に、公綱には見えた。
「以呂波」
 以呂波は、娘の呼び掛けにさっと態度を改め、また元の位置、娘の傍らに身を移した。たちまちその背後が露わになり、公綱は、当面の危機が去ったことを知った。

第2章その4に続く。
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