フォンテーヌの家  わたしのつぶやき

横浜市南区で趣味の会[フォンテーヌの家」 

元ウクレレ愛好会のメンバーお二人が来訪。

2020-02-19 19:35:20 | 日記

何時も二人連れで、突然やって来られ方が午後2時過ぎに伺いたいけれど・・・、と珍しく数日前に連絡が有りました。

最も前回、彼女たちがやって来られた時、間もなくオーストラリアに発つ孫息子と長女がやって来ていたのです。

長女は顔見知りなので、「どうぞ」と言いましたが彼女たちは近日中に出直す、と言われお帰りになりました。孫息子に気を使って下さったようです。

 

まだ1時20分でしたので、油断していました。 テーブルでパソコンを触っていました。

朝食は軽く済ませていましたが、彼女たちが来られる前に昼食を・・・、と思いながら昨日出来なかったパソコン仕事を片づけていました。

昨日レターパックが、郵便受けに入っていたのです。レターパックは、宛先と依頼者の住所氏名を記入する欄の下に、品名 を記入する箇所があります。そこに「本と飴」と記入されていました。

 

飴は台湾で、ポピュラーな飴とのメッセージがありました。

不思議なのは飴を包んでいる小さな袋の片隅に「クエン酸」と言う日本文字が書かれているのです。今度お会いしたとき伺ってみよう、と思っています。なんとも、不思議です。

 

パソコン仕事を途中で中止し、テーブルの上を片づけお茶の準備です。彼女たちはコーヒーでは無く緑茶が好みですので、湯冷ましを出してスタンバイ。お茶菓子は事前に準備していました。

 

食べ物の話をしたり孫の事だったり、話は尽きません。彼女たちのお孫さんは、まだ小さいので話のタネは尽きません。出来ればわたしも小さな孫がいたら・・・と思っていますので、羨ましかったです。

でも、彼女たちは、わたしを羨ましく思っているようです。手が掛からなくて良いわね~、としきりに言っていました。

 

一番小さい孫が大学1年生ですから、もうわたしをいたわる側になっています。喜ぶべきなのでしょうね~。まさに、無い物ねだり現象です。

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フラツキや気だるさがあっても、グッスリタップリ寝られ気持よく目覚めました。

2020-02-19 11:23:06 | 日記

何時もよりずいぶん早く寝ました。夜中12時前に寝ることは無い、と断言できるほど、遅くまで起きています。

本当に久しぶりの現象なので、少々戸惑いましたがこれほどの疲労感ははじめてでした。気持ち良く熟睡出来たようです。

 

早く寝る体制になり、眠れず「寝られない。寝られない」と悶々とする事は避けたいのです。

そのために寝る間際まで針仕事をしたり新聞を読み漁ったり、好き勝手に過ごしますと、当然疲れてきます。特に目が疲れてきます。

そうなった時が、ベッドに入るタイミングと判断して、ざっと部屋を片付け浴室に向かいます。

毎朝入浴し洗髪していますので、目的は身体を温めるため、です。体質的に何時も手足が冷たいので、長湯をせず身体を温める目的の入浴です。

入浴での身体の火照りが治まるまで、わたしなりに知恵を絞り、心地よく寝付けるような工夫をしてます。

 

このようになったのは、あるじの急逝の際、医師やそのような仕事をしている友人たち全員から、同じ事を言われたからです。それは、「睡眠薬や導眠剤は絶対使ってはダメ」という事でした。

「人間、その時眠れなくてもいつかは絶対寝られる」とその方たち全員の言葉でした。「今寝ないとダメ」と、言う考えを持た無いこと、と判断しました。

 

仕事をして居るわけでは無し、24時間365日全部自由時間なのですから、いつ眠っても良いと思えば焦らずとも好いと言うのです。とても気が楽になりました。

 

それまで、ずっと仕事と家族全員のタイムキーパーをしていたのです。独り生活では、もう望んでもそのようなことは在りえない、と知らされたのです。

 

あるじの急逝で生まれて初めて家の中に自分しか居ない、という経験をしたのですから、眠れなくて当然です。本も読めなくなり、絵本が好きでしたから、絵本に癒しを求めました。

それと若いころは辛い時はピアノを弾くことで感情を押さえていましたが、あるじの急逝の時、ピアノを夜中に弾くわけにはいきません。

それでキーボードをベッドの脇に置き、寝る体制にしてから、ヘッドホーンを付けて気ままに弾いていました…。それが導眠剤代わりになりました。

 

昨夜はすぐ眠りに入ったようで、ラジオのタイマーが切れたのを知りませんでした…。

 

昨日の沼津港散策会の事では、食事のことしか記憶にない、そんな感じです。お昼はメンバーの何人かと、沼津港のお寿司屋さんで海鮮丼とアラ汁で満腹。他の方たちは握りずしを食べたようです。

 

沼津駅前で「歩いて如蘭会」は、解散して二次会の「飲んで如蘭会」が始まります。「飲まない」ので、参加する勇気は無かったのですが、「飲まなくても食べればよい」と言うので、この頃は参加するようになりました。

少し早めの夕食です。お肉たっぷりの鍋、お刺身の盛り合わせや、魚のから揚げ、握りずしなどで、同窓会のメンバーと一緒の夕食です。毎晩一人の食事ですから、嬉しいです。

他の方たちも、それぞれ好みの飲み物を注文して楽しげでした。この頃は先輩より後輩が多くなってきています。わたしもいつまでご一緒出来るのか…。

 

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