久し振りに雨降りの朝でした。
本降りになる様な予報でしたがそれほど酷い降りにはならず、
庭の植物には良いお湿りになりました。
成人式の昨日が、雨降りにならなかったのが良かったです。
ただ、先日の雪の重みで庭の水仙の茎が折れ、下をむいてしまっています。
今が盛りの水仙ですから、此のまま放置するのは可愛そう…。
雨の中、鋏を持って庭に出て、水仙を切って来ました。
富士宮の庭で、色々な種類の水仙を育てて居ましたので、夫が父から頂き、
わが家の庭で大切に育てていました。
父が、5,60歳台の頃使って居ました大ぶりの篠焼の湯飲みに活けました。
歳と共に、大振りの篠焼の湯飲みが重くなったとかで、萩焼に替えました。
篠焼の湯飲みは我が家で、花瓶として今でも存在しています。
父と夫を忍びながら、部屋中に漂う水仙の香りを楽しんでいます。
男同士、結構良い関係で日本酒を飲みながら、色々お喋りをして居ました。
時代もありますが、父の生い立ちと夫の生い立ちは、全く異うものでした。
それが良かったのでしょうか、夫が突飛な行動をした時なども、
心底、大笑いしていました。本当に楽しそうで良い関係でした。
父とは真逆で、母も夫も驚くほど我儘でしたが、大喧嘩は無かったです。
母が我が家に逗留し富士宮の帰る時、”この家にはもう来ない”と言い、
夫も、”これからは独りで富士宮に来てね”と、言ったりもしてました。
二人とも、こっそり言うのではなく、聞えよがしに言うのです。
ところが、母が大森に用事があると自分の家に泊まらず、わが家に逗留し、
夫も”お母さん、何を飲む?”等と平気でした。
夫も、わたし独りで2回ほど富士宮に行きますと、”僕も行きたい”と言い、
3回目からは、当たり前に富士宮へ一緒に行き母とも楽しそうでした。
その当時も、母の言葉も夫の言葉もわたしは聞き流していましたが、
今になっては良い想い出になってます。
元々、母も夫も同じように全く毒が無く、我儘一杯に育った二人です。
将に子供の口喧嘩のようなものだと思っていました。
水仙の匂いが充満している洋間で、型紙探しをしながら、型紙の整理に専念。