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格差階級社会をなくそう

平和な人権が尊重される社会を目指し、マスゴミに替わって不正、腐敗した社会を追求したい。

雨の知床紀行(中)<本澤二郎の「日本の風景」

2019-10-08 08:51:39 | 日本の風景


雨の知床紀行(中)<本澤二郎の「日本の風景」(3456)
<アイヌ指導者・伊澤修一さんの憤怒>
 意図して何かを知ろうとしても無駄なことである。アイヌのカリスマ的な指導者然とした、白髪の口髭と顎鬚を蓄えた偉丈夫に会うことができた。旅の最終日に大雪山系を進行左手上空を仰ぎながら、層雲狭の黄金に彩られたような、華麗・豪華な紅葉を体いっぱいに吸い込んで、上川町に下ってのドライブイン「北の森ガーデン」の正面入り口に立つと、右手の一角に眼光の鋭い老人が、木彫りに専念していた。

 木彫りの名人の周囲には、写真や資料が無造作に貼り付けられていた。素人でも、彼がアイヌの人であることを、容易に察知できた。話しかけていいのか。ためらった挙句、バスの乗車時間ギリギリの場面で声をかけた。

 「いまアイヌの人々は、どれくらいですか」
 黙々と手首を動かしながらの木彫りの手を休めて、老人はアイヌのことなど無知な和人に目を向けてくれた。
 今更何を聞こうというのか、という目つきで、本州からの観光人に「それはわからない」と一刀両断に斬りつけてきた。アイヌの老人は、和人を馬鹿にしているのか?すかさず「どうしてですか」と食い下がった。

 無知からくる恐れなのであろう、悲しさと怒りを一緒くたにしたような、怖い感じでもって、ヒグマのように襲い掛かってくる感じである。実際は柔和な物腰の好々爺なのだが、多少は恥を知る和人の、身勝手な過剰反応でしかなかったのだが。

<明治政府の差別・弾圧で生存権を奪われた民族>
 「それは容赦ない差別、弾圧ですよ。そこに住めなくようにした。生まれたところでは生きられない。そうした政府の弾圧と差別に耐え切れずに、アイヌ人は自分を知らない土地へと移動して姿を隠してしまった。そうしないと、人間として生きることができなかった。だから今どれくらいのアイヌ人がいるか、データが全くない。調べようがない」

 右翼の大好きな同化政策である。文化のすべてを強要する明治である。
 明治の圧政は、現在も学校教育の場で記録され、教えていない。南の琉球王国を侵略したことさえも、学校では正しく教えてくれない。国の悪政は、ことごとく隠してしまう。それでも、沖縄はいまも沖縄県民として存在している。

 だが、アイヌの秘史は、歴史から消されてしまった。今春になって政府は、初めてアイヌの存在を容認した。依然として肝心のアイヌの正史は、教科書にしかと記述されていない。
 明治を、日本近代化とか明るい明治とする、いうところの皇国史観は、官尊民卑を容認する歴史屋・小説屋の英雄物語として国民の頭脳を翻弄している。司馬遼太郎小説に興奮した与党議員は少なくない。

 恩師・宇都宮徳馬は、よく筆者に向かって「明治にも民主主義のいい芽はあったが、ことごとく押しつぶされてしまった。暗い明治を改めて調べなおす必要がある」と語っていた。彼の慧眼は、アイヌ史一つとっても、そのことを裏付けることができるだろう。

 最近知ったばかりだが、倒幕に成功したものの、金のない明治政府は、未婚女性を性奴隷として海外で売りさばいた、そのための日本郵船だった!明治天皇と岩崎弥太郎は、こうして軍事大国の基礎を築いた!確かに理屈が通った史実であろう。三井も負けじと商船三井を立ち上げた。
 天皇と一体化することで、政商は財閥となって、日本の軍国主義の先導役となった。かくして敗戦で真っ先に解体されたものの、朝鮮戦争で不死鳥のように復活、現在は安倍内閣を完ぺきに操っているではないのか。新聞テレビも、である。

<研究者は秘史を知りながら公表しない卑怯者>
 老人にもう一つ問うてみた。
 「アイヌ史の研究者はいますか」「いますよ」「それなら相当詳しい歴史がわかっていますね」「むろんです」「それならば、なぜ公表しないのでしょうか」「お上が怖いんですよ」

 日本の研究者は、財閥研究者もいるが、それは活字になっていない。同じくアイヌの歴史が公表されていない。
 学者に勇気がないのである。せっかくの研究成果も宝の持ち腐れでしかない。筆者は彼らを「卑怯者」と呼んでいる。

<アイヌの皆さん!大声を上げて民族の誇りを打ち立てよ>
 日本人女性は、やくざにレイプされても声を上げないで、悲劇の人生を選ぶ。アイヌ人は声を上げよう。誇りある民族として、和人と対等に、共に立ち上がろう!
2019年10月7日記(東京タイムズ元政治部長・政治評論家・日本記者クラブ会員)






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雨の知床紀行(上)<本澤二郎の「日本の風景」

2019-10-08 08:45:25 | 日本の風景


雨の知床紀行(上)<本澤二郎の「日本の風景」(3455)
<安倍のお遊び外交が気になって現場に立つ!?>
 筆者にしては、相当腹をくくって北海道の旅に出た。阪急交通社の企画ツアーに手を上げたのだ。旅程に、知床の文字が見えたからである。地図を開くと、森繁久彌の歌う知床旅情の「はるか彼方に国後」という歌詞を思い出し、北方4島のひとつ、クナシリを見ることができるかもしれない。

 現場に立つことで、ロシアとの領土返還問題に真正面から向き合えるだろう、そうも思った。若いころ、永田町の国会から、坂を下ると、霞が関の官庁街に出るのだが、その坂のてっぺんの役所の壁に「北方領土返還」という垂れ幕が寂しげに風に揺れていたものだ。はるか北海道の彼方の「日本固有の領土」に関心を抱けと言われても、侵略戦争に非がある以上、到底無理だった。

 今でも安倍晋三というぼんくら首相が、大金をかけてロシア大統領のプーチンと繰り返し、交渉しながらも、1ミリも前に進まなかった。安倍のプーチンへの手土産を紹介するだけでも、1冊の本ができるだろうが、それでもロシアの大統領に7年余も手玉に取られてきた日本首相に、いらつく国民は多い。「安倍の脳みそが狂っている」と最近では誰もが感じている。

 つまり、安倍は外交知らずの利権屋・政治屋なのだ。

<政治屋は自然破壊者・二本足で立つ日本政府の樹立へ>
 リベラル派の政治家やジャーナリストは、これまでのところ、右翼議員の活動の遊び場という程度の認識だった。現にまともな政治家は、このことに関心を示すことなどなかった。まさに遠い、遠い彼方の話題だった。老いて、この問題をもっと真剣に考える必要があろう、そう思っての知床行きの決行だった。

 もう一つは、在京政治部長時代に世話になった北海道新聞の高谷治郎先輩と、久しぶりに会えるかもしれない、との気持ちもあった。確認したら、無念にも亡くなっていた。彼の長男の話では、先輩は人生を終えるまで朝鮮半島の人々のことについて関心を示していたという。そうだとすると、もっと悲劇的な運命を強いられたアイヌ民族のことについても。元気であれば、弱者に対する彼の成果を聞き出せたかもしれなかったのだが、この方は果たせなくなってしまった。

 晩年の高谷さんは、アルコールをたしなみながら、山登りと釣りに、精を出していたという。筆者にとって、講演などで数回訪ねた北海道を、旅行者の観光で遊ぶという贅沢は、したがって初めての経験であるが、確かにここは自然の宝庫である。日本の誇れる素晴らしい台地である。これ以上の開発をしてはなるまい。改めてそう感じた。

 札幌市など人口が集中している市街を除くと、すべてが公園であろう。自然保護を趣味とする人々の北海道なのだ。筆者の生活する木更津市など房総半島も、以前は自然の宝庫だった。山砂採取やゴルフ場などの乱開発で破壊され、最近は森田健作という大バカ者が水源地に1万トン以上の放射能汚染廃棄物を投棄した。
 利権をあさる政治屋が自然破壊者なのだ。

 注目の知床は、世界自然遺産であるとの説明を受けた。海と陸・山の生態系が保存されている。シャケが海から川に上り、ヒグマがそれらを捕獲する躍動する知床には、エゾシカもおう盛に生き抜いている。豊かな大地に優雅な動物たちが生きる巣でもある。人間と動物が共存する世界でもある。

 「オシンコシンの滝」へと向かった10月5日は、あいにくの雨天。吹き荒れる風が、進行左手に広がるオホーツク海を空からたたきつけて、船も立ち往生していた。漬物の滝なのか、と勘違いしていたが、どうして河川が途切れて、突然切り立った岩場から、真っ白な流水の芸術をひけらかしていた。

<濃霧の知床五湖・オシンコシンの滝で思索>
 観光バスは、さらに知床の先端を目指し、高架木道の知床五湖に辿り着いた。一帯のクマザサも濃霧が迫って視界ゼロである。それに寒い。首にマフラーを撒いて、意外と歩きやすい木道を足早に往復した。
 無念にも、知床の山々もガスで見えなかった。ここから山を横断すれば、クナシリが彼方に見えるはずの海岸に出られるのだが、ツアーはそこから網走へと引き返してしまった。

 絶好の機会を生かせずに無念の帰還となってしまった。

 さしずめ安倍が、プーチンに手玉に取られているような知床行きとなってしまった。北方4島返還へと近づくと、逆に4島は、はるかに遠ざかってしまう。安倍は、さしずめ猫なのだ。じゃれていることで、日本国民を惑わせているのである。

 しかし、日本の固有の領土であることは、知床に来れば、直感するのだが、思うに、最大の敵は日米軍事同盟である。わかりきっている核心だ。日本に返還すれば、そこに米軍基地ができる。これではロシアは、たとえ返還したくても返還はできない。

<自立する日本政府の誕生が不可欠>
 過去に二本足で立とうとした政権は、田中内閣である。次いで鳩山由紀夫内閣である。

 一歩進んで強固な政権を樹立する。日本国民の責務である。
 オホーツク海を平和な海にするための日本政府の樹立が不可欠である。

 日米軍事同盟を、経済同盟に転換する。4島に米軍基地も自衛隊基地も作らない。これをロシアとの平和条約に入れればいい。

 平和を求める日本国民の悲願でもある。憲法を破壊する自公を打倒する必要があろう。いまロシアも、アメリカも大きく変化している。日本も変化するのである。その先に4島返還は、具体的に交渉が始まる。

 ワシントンのポチでは、北方4島は日本に戻らない。
2019年10月6日記(東京タイムズ元政治部長・政治評論家・日本記者クラブ会員)






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雨の知床紀行(下)<本澤二郎の「日本の風景」

2019-10-08 08:31:09 | 日本の風景


雨の知床紀行(下)<本澤二郎の「日本の風景」(3457)
<北海道温泉大浴場の致命傷?>
 過去にツアーの旅というと、格安のパリと豪州くらいで、あとの中国の場合は、ほとんどが取材を兼ねたものだった。本格的な日本旅行は、今度が初めてといっていい。若ければ、マイカーで行くのが最善だろうが、もうその力がない。北海道の温泉場をめぐってみて感じたことが、二つほどある。北海道に限らないだろうが、それは入れ墨やくざ対策と大浴場の衛生対策である。
 これをいい加減にすると、命の危険にさらされる。ぜひともホテル・旅行社などの関係者は、手抜きをしてはならない。

<入れ墨やくざ排除の表札が消えていた!>
 地元千葉県の大浴場には、入れ墨NOの表札が出ている。当たり前のことで、ここはやくざが跋扈している土地柄のためだ。
 ところが、北海道のホテル・旅館にこれの表札・表示がなかった。

 すばらしい自然の宝庫も、入れ墨やくざに甘いと、大変な事態が起きる。そして起きても、こそこそと隠して処理するため、繰り返し起きる。

 恥ずかしいことに、このことに気づいたのは2014年のことだから、まだ5年前のことである。やくざ代議士を傍観していても、深刻に認識することはできなかった。身近なところでの事件に遭遇しないと、人間はいい加減に構えてやり過ごしてしまう。

 昨年国際社会を揺るがした#MeToo運動で、過去に強姦された女性が声を上げ始めた。日本ではTBS強姦魔の山口に襲われた伊藤詩織さんが一人決起して、国民を驚愕させた。犯人は安倍晋三の仲間ということで、警察と検察が協力して、彼女の訴えを拒絶した。
 この大事件は、国際的な反響を呼んだが、日本の新聞テレビは大きく報道しなかった。それどころか、NHKと大手新聞はいまだ頬かむりしている。自民公明の女性議員は沈黙した。

<やくざ=覚せい剤=レイプ性奴隷=木更津レイプ殺人事件>
 筆者は、やくざ浜名に強姦・性奴隷を強いられた戦争遺児の美人栄養士のK・T子さんが、逃げ出そうとしてドーカツされ、その衝撃で、突発性の大動脈りゅう破裂で、非業の死を遂げた「木更津レイプ殺人事件」を取材して、強姦魔で生き抜いてきているやくざの正体を知った、それ以来からである。
 やくざが覚せい剤を独占している理由も理解するようになったのだが、この悪魔の薬について、いまだに多くの女性は無知である。筆者も、この薬物の恐ろしさを知ったのは、元巨人軍選手の清原事件によってである。

 伊藤詩織さん事件でも、薬物を使用している、と専門家は認識している。山口は本当に許しがたい悪魔人間である。

 彼女は勇気を出して声を上げたが、K・T子さんは最期まで110番通報しなかった。やくざの手にかかった女性は、二度と太陽を拝めないのである。
 幸い、犯人も共犯者も判明している。千葉県警がいつ逮捕するのか、それともしないのか、の場面である。武田国家公安委員長がどう出るのか、注目しているところだ。

<フィリピン監獄は入れ墨やくざ=圧倒するドゥテルテ大統領人気>
 いまフィリピンの歓楽街は明るくなってきている。日本やくざが輸出した入れ墨やくざを撲滅している、その成果が表れているせいだ。
 片っ端から逮捕して、監獄にぶち込んで、容赦しない。抵抗するやくざを銃殺している。これにフィリピンは沸き返っている。大統領のドゥテルテの指導力に、フィリピン女性は熱狂的に彼を支持している。

 日本やくざのフィリピン支部は崩壊したかに見える。お見事である。

<中国習近平体制は黒社会撲滅に力こぶ>
 フィリピンの実績に影響を受けたのかもしれない、中国も動き出している。
 香港を大英帝国に割譲された中国の麻薬対策は、他国に比べて強力である。麻薬を所持する者は、外国人を含めて極刑・厳罰で対処している。

 やくざ暴力団を私兵として囲っているような日本の政界・財界は、国際社会でも日本くらいであろう。
 軍事政権下の韓国では、やくざはいなかった。今どうだろうか。日本から輸出されているかもしれない。日本やくざの拠点支部は、東アジアから東南アジアへと拡大して久しい。

<おしり洗浄の義務付け表示も不可欠>
 入れ墨やくざ対策ともう一つは、大浴場の衛生対策である。
 日本の男たちは、どういうわけか、お尻を洗浄して、それから湯船につかるという躾がないかのようだ。
 これは北海道の温泉に限らない。どこでも見受けられる光景である。ゴルフ場でもそうだ。
 したがって、大浴場はばい菌の巣となってしまっている。体力の衰えた老人や免疫力の低下した人は、性病などに容易に感染するだろう。

 13年間、息子の介護のため、体力維持のため、JR大井町駅ビルのジムに5年間通った。当初はプールも利用したのだが、途中でやめた。どうしてかというと、老人の中には、水中で漏らしたりすることに気付いたためである。
 スタッフは浴場を含めて水質検査をしているが、正直なところ、心もとない。皮膚病感染は日常茶飯事といってよい。

 幼子たちのプールなども同様であろう。
 お尻を洗浄しないと、湯船に入れない、という躾が不可欠である。大浴場の入り口に、わかりやすい表札を出すと、効果が出てくるだろう。

<韓国人は消えて、中国人で支えられる温泉街>
 安倍暴政で、日韓関係は破壊されてしまった。その結果、韓国人の観光客の姿が消えてしまった。彼らの愛国心を軽視すべきではない。

 アイヌの憤怒は、韓国・朝鮮の人たちにも拡大している。戦前派政権の行き着く先とはいえ、これの損失は計り知れないものがある。アベの心臓に問題があるのである。
 今回の観光地での出会いは、中国語を話す人々ばかりだった。中国人観光客は、いまもおう盛である。一握りの金持ちといっても、その規模は日本の人口に相当するわけだから、その威力は絶大である。

 しかし、安倍・自公内閣の5年間は、中国脅威論に徹して、そのために60兆円もの血税をばらいたことを忘却すべきではない。極右政権の危ない点である。秘密結社のような日本会議監視を怠ると、恐ろしいことになる。

<網走の囚人が作り上げた北海道>
 知床から旭川に向かう途中、網走を通り抜けた。オホーツク海の近くにできた監獄は、当初は死刑囚のためのものだった。その中には政治犯も多く含まれていたであろう。
 彼らのほとんどは、奴隷として北海道の道路建設や炭鉱採掘などに動員されて亡くなっている、とガイドの浅井女史や添乗員の長岡さんが教えてくれた。全く知らなかった史実である。

 これを学習したのが、ソ連のスターリンだったかもしれない。敗戦時に中国にいた関東軍をシベリアに抑留、60万の捕虜を山林や鉄道の開発に従事させた。そこで無数の日本兵が亡くなった。対して、中国の方は、しっかりと教育を施して無事に帰還させた。この点だけでも、昭和天皇の責任は重大で、万死に値するだろう。国民の思いである。

 昭和天皇の政治責任は、今後はより鮮明にされるだろう。その根っこは、天皇制を導入した明治にあるのである。

<気になる温暖化は北海道にも>
 ガイドの説明を聞いているとこの素晴らしい北海道の大自然、アイヌの北海道もまた、地球温暖化を受けている様子を理解できた。
 紅葉が始まった地域、これからという地域や台風被害など、過去には想定できなかった事態が起きているという。彼女は地震で3日間、停電に遭ってひどく苦しかったと語っていた。千葉県は15号台風で、愚かな知事のお陰もあって、それが半月にも及んだ地域もあった。

<十勝川・阿寒湖・温根湯の温泉宿の採点>
 今回の短期ツアーで3か所の温泉ホテルに泊まった。十勝川筒井温泉・阿寒湖温泉・温根湯温泉であるが、それぞれに印象を受けた。
 十勝川の筒井温泉のつるつるした温泉は、肌に気を遣う女性に喜ばれるだろう。三度も入浴した。ここの漬物もよかった。

 阿寒湖温泉では、朝食のバイキングのあと、ロビーで阿寒湖を眺めながら、コーヒーをサービスしてくれた。これはうれしかった。誰も自由に飲めるのである。温泉街のコンビ二を除くと、なんとスペインワインがボトル1本で400円と安いので、部屋で飲むことにした。池田町ワインは1000円以上だから、まもなく見捨てられるか、値段を下げないと生き残れないだろう。

 かつてはアイヌの保養所のような場所だったという温根湯温泉は、大浴場が立派だった。飲み放題のアルコールに挑戦したが、生ビール中を二杯飲んで、それ以上は無理だった。久しぶり塩辛を食べることができて満足した。

 総括すると、アイヌの人たちを虫けらのように追い出して、そこを占拠した和人の暴走に気も滅入る旅ともなった。アイヌの文化を反映させることで、この美しい台地を永遠に維持すべきだ。日本政府の責任でもあろう。
2019年10月8日記(東京タイムズ元政治部長・政治評論家・日本記者クラブ会員)





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