■「人民新聞」発行人兼編集長の逮捕と「人民新聞社」本社家宅捜査は安倍晋三自公ファシスト政権と公安警察による「共謀罪」実質的適用目的の最初の大規模弾圧であり我々は決しては許してはならない!
我々は日本のマスコミによる「世論誘導目的」の「大本営発表記事」に騙されてはいけない!
私は昨日木曜日(2017.11.23)の放送の中で、11月21日(火)早朝に新左翼系旬刊紙「人民新聞」の発行人兼編集長が兵庫県警公安三課に「詐欺容疑」で逮捕され「人民新聞社」本社が家宅捜査された事件を取り上げました。
そして「人民新聞社」の「抗議声明」と発行人兼編集長が拘留されている三田署への抗議行動を伝えました。
この事件の直接容疑である「詐欺」に関して11月21日付けの毎日新聞記事がありましたので下記に転載します。
この記事こそ公安警察の「大本営発表情報」をそのまま垂れ流した「世論誘導目的」の典型的な「記者クラブ記事」です!
【毎日新聞記事転載】
▲詐欺容疑 日本赤軍を支援? 口座を開設 60歳男逮捕
2017年11月21日 毎日新聞
https://mainichi.jp/articles/20171122/k00/00m/040/152000c
別人が使う口座を自分名義で開設したとして兵庫県警公安3課は21日、「人民新聞」(大阪府茨木市)代表取締役、山田洋一容疑者(60)=兵庫県尼崎市=を詐欺容疑で逮捕した。口座には日本赤軍を支援しているとみられる任意団体からの入金と、レバノンでの出金記録があり、県警は資金の流れを調べる。
容疑は2012年2月ごろ、別人が使うことを隠して口座を開設するなどし、キャッシュカード2枚をだまし取ったとしている。山田容疑者は黙秘しているという。
県警によると、口座には同年8月ごろから約5年間で団体や山田容疑者名義で数十回にわたり計約1000万円が入金されており、いずれもレバノン国内のATM(現金自動受払機)で引き出されていた。
レバノンは1972年5月30日に起きたイスラエルのテルアビブ空港乱射事件で、実行役として唯一生き残った日本赤軍メンバー、岡本公三容疑者(69)の政治亡命先。【目野創】
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上記毎日新聞記事では、「人民新聞」発行人兼編集長の逮捕と「人民新聞社」本社の家宅捜査の直接の容疑であった「詐欺」に関して、「人民新聞」代表取締役山田洋一氏が銀行をだまして、自分のためではなく日本赤軍を支援しているとみられる任意団体のために銀行口座を開設して発行されたキャッシュカード2枚を彼らに与えて日本赤軍への支援金に利用させた、かのように書かれている。
もしもそれが事実であれば「詐欺容疑」が成り立つが、山田洋一氏が自分でキャッシュカードを持ち自分のために口座を使っていたならば「詐欺容疑」は全く成立しないのだ。
たとえ山田洋一氏が日本赤軍を支援しているとみられる任意団体のために自分の口座の現金を海外在住者に引き出させただけでは、何の「犯罪」にもならないのだ。
そんなことは世界中いたるところで日常的に行われているのだ。
上記毎日新聞記事では、山田洋一氏の口座現金があたかもイスラエルのテルアビブ空港乱射事件で実行役として唯一生き残った日本赤軍メンバー岡本公三氏によって引き出されていたかのように書いているが、誰が引き出したのかなどわかるはずがないのだ。
これこそ典型的な「大本営発表」の「世論誘導記事」である!
しかも山田洋一氏個人の「詐欺容疑」と彼が社長兼編集長を務めている「人民新聞社」とは全く関係ないにもかかわらず、兵庫県警公安課は個人の「詐欺容疑」を口実にして「人民新聞社」を家宅捜査してパソコンや購読者名簿などを押収して新聞発行を妨害したことは、日本国憲法第21条『集会・結社・表現の自由、検閲の禁止、通信に秘密』に違反する重大な不当弾圧なのだ。
要するに今回の事件は、安倍晋三自公ファシスト政権が公安警察に「詐欺容疑」をでっち上げさせて1968年創刊時から一貫して政権批判、体制批判、闘う人民支援をしてきた「人民新聞」と「人民新聞社」をつぶすために仕掛けた「権力犯罪の謀略」であり弾圧なのだ。
今回の事件は、安倍晋三自公ファシスト政権と公安警察が今年6月に強行成立させた「共謀罪」を実質的に適用する最初の大規模弾圧であり我々は決しては許してはならないのだ!
【座右の銘】
■ドイツのルター派牧師であり反ナチ運動組織告白教会の指導者マルティン・ニーメラーの詩!
■マルティン・ニーメラー『彼らが最初共産主義者を攻撃したとき』
(丸山眞男訳「現代における人間と政治」(1961年))
ナチが共産主義者を襲つたとき、自分はやや不安になつた。
けれども結局自分は共産主義者でなかつたので何もしなかつた。
それからナチは社会主義者を攻撃した。自分の不安はやや増大した。
けれども自分は依然として社会主義者ではなかつた。そこでやはり何もしなかつた。
それから学校が、新聞が、ユダヤ人が、というふうに次々と攻撃の手が加わり、
そのたびに自分の不安は増したが、なおも何事も行わなかつた。
さてそれからナチは教会を攻撃した。そうして自分はまさに教会の人間であつた。
そこで自分は何事かをした。しかしそのときにはすでに手遅れであつた。
(終わり)