山陰線駅巡りの前にニュースをお伝えします。JR西日本は昨日、三江線について廃止の方針を固めました。1975年に全通を果たしましたが、蓋を開けてみると既にモータリゼーションの時代を迎えており、優等列車の類が全く設定されず、昨年度の営業収入が2300万円に過ぎず、大赤字路線となっていました。全区間を通してたったの4~5往復しか設定されず、全線を通して運転されるのは上り1本、下り2本に過ぎません。確か昨年だったかバスによる増発実験が行われましたが、今回の廃止決定のための布石とみて間違いないでしょう。三江線は薄幸のローカル線です。
さて、本題に。3分遅れでやってきた435M(223系F9編成)で上夜久野駅を出発し、京都府から兵庫県へ。
2分遅れの13時44分に梁瀬駅に到着。交換可能駅で、島式ホーム1面2線の構内です。
跨線橋を渡って駅舎の中へ。委託ながらも窓口が生きており、営業時間は7:00~16:00です。自動券売機は無いものの、荷物扱所の跡も残っています。
それでは駅舎撮影。明治43年12月築の木造駅舎が健在です。逆光になってしまったので、撮影に苦労しました。
トイレは待合所の右手に。養父駅のとは異なり、プレハブ風のつくりです。
ミニ庭園の部分を拡大。養父駅のは特別に印象的でしたが、この駅のも素晴らしい状態で残されています。
時刻表を。1日16往復(土休日運休1往復含む)で、内14往復がワンマンです。滞在時間は15分。
短い時間で駅前を。国道9号が与布土川の向こうに通じているせいか、長閑な時間が流れていました。福知山方に進むと、煉瓦造りの隧道があったりします。
定刻にやってきた13時59分発の436M(223系F1編成)に乗車して福知山へ。
14時27分に上川口駅3番乗り場に到着。何に抜かれたかなと思ったら、287系7連の「こうのとり16号」でした。
福知山到着後、1144M(223系F11編成)に乗り継いで綾部方面へ。石原からは京都に行くという眼鏡女性と相席に。
15時3分に高津駅に到着。対面式ホーム2面2線の構内です。
一旦待合所へ。木製のベンチが1列に設えられており、ゴミ箱も設置されています。尚、下りホームにも同様のものが。
踏切を渡りました。山陰線の高津駅は、下りホームの入口に自動券売機が設けられているだけで、駅舎もトイレもありません。
時刻表を。下り27本、上り32本(快速7往復含む)です。次の下り列車は生憎にも16時発。ということで、石原駅まで駅間徒歩を敢行することに。
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12時4分に養父駅に到着。ミニ庭園を含めて極めて良好な状態の木造駅舎にすっかり感動してしまいました。
出発の時間が近づきホームへ。駅裏は山々に抱かれた長閑な一帯ですが、10分ほど歩くと南丹スポーツセンターがあったりします。
出発前にふと側線を見ると、新潟鐵工所製の保線用車両が止まっていましたその後、12時32分発の434M(223系F5編成)に乗車して福知山方面へ。
12時48分に上夜久野駅に到着。交換可能駅で、島式ホーム1面2線の構内です。
左手の待合スペースへ。4辺のうち3辺に木製のベンチが設えられています。
跨線橋を上り下りすると、入口には自動券売機が。
それでは駅舎撮影。といっても昭和56年3月築の跨線橋のみなのです。以前は立派な駅舎が建っていたに違いありません。駅前の雨除けにFRP製の椅子が8人分設けられています。
時刻表を。1日16往復(土休日運休1往復含む)ですが、内14往復がワンマンです。滞在時間は48分。
駅前には鉄道50周年を記念してつくられたミニ庭園が。先ほどの養父駅とは異なり管理する人がおらず、水が干上がって荒れ放題です。ちょっと残念です。
少しの間、周辺を歩いてきます。国道9号から離れており静かな山里ですが、付近に京都府緑化センターがあったりします。発着のないバス待合所に行き、桜鑑カップで一杯やりました。
駅に戻ると、ちょうど「きのさき5号」を見逃したところ。ホームからふと駅前を見ると、隠れた所に汲み取り式トイレが。
上りホーム先端でしばらく待っていると、「きのさき16号」が通過していきました。私の鉄道人生で最後の国鉄色381系との邂逅でした。
つづく
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山陰線駅巡りの前に北海道新幹線関連のニュースをお伝えします。JR北海道は昨日、北海道新幹線の料金体系を発表しました。新青森~新函館北斗間の乗車券+特急券は7260円(普通車・通常期)で、特定特急券は新青森~奥津軽いまべつ、木古内~新函館北斗が其々1310円、奥津軽いまべつ~木古内間が1490円となりました。北陸新幹線の特定特急券が良心的な価格だったので、北海道新幹線のキロ当たり特急料金が東北新幹線の1.52倍というのはどう考えても「ぼっている」としか思えません。JR北海道は「青函トンネルの保守・管理及び冬季のメンテナンスコストを考慮した」としていますが、相次ぐデーター改竄や出火事故で揺れている中、可及的速やかに建設コストを回収しようという力学が強く働いたからではないかと考えられます。
では本題に。「こうのとり3号」が1番乗り場に到着し、山陰線432Mは八鹿駅を発車。「こうのとり3号」が国鉄色の381系だっただけに、ちょっと惜しいチャンスを逃したなといった感じでした。
11時38分に和田山駅4番乗り場に到着。播但線との分岐駅で、島式ホーム2面の構内です。
駅裏の方を見ると、朽ち果てた煉瓦車庫が。何とか保存する方策はないのだろうか。
階段を上がって改札を抜けました。改札の左手には「みどりの窓口」があり、営業時間は5:10~23:00です。
窓口から出口方向に進み、右手の部屋に入ると待合所。KIOSKが併設されています。尚、左手の部屋はトイレです。
待合室の中から駅前の様子を。駅前道路は「和田山駅前センター街」です。付近には朝来市役所が。
地上に下りて駅舎撮影。昭和51年4月築の、3階建のコンクリ駅舎です。1階は喫茶「和幸」となっており、夕食用の但馬の里牛肉弁当を購入しました。
駅前ロータリーには「!」のようなモニュメント。「浮くかたち—宙」(植松奎二)です。
再び改札をくぐってホームに上がると、キハ41の並び右は国鉄色、左は「鉱石の道」ラッピング車でした。
山陰線ホームに上がって見取り図を描いていると、1人の女のコに出会いました。豊岡に遊びに行くとか。彼女と共に、11時59分発の431M(223系F9編成)に乗車して豊岡方面へ。
12時4分に養父駅に到着。交換可能駅で、島式ホーム1面2線+保線用側線1本の構内です。
では駅舎の中へ。委託駅ながらも窓口が生きており、荷物扱所の跡も残っています。
駅舎に出る前に時刻表を。上下16本ずつ(土休日運休1本含む)で、内14本がワンマンです。滞在時間は28分。
それでは駅舎撮影。明治41年3月築の木造駅舎が健在です。
トイレはどこかというと、線路寄りの隠れたコンクリの一角に。昭和56年3月築です。
ミニ庭園を拡大。鉄道100周年で植えられた樹木もありますが、極めて良好な状態を保っています。今まで訪問した木造駅舎の中で最も印象に残りました。
つづく
参考サイト さいきの駅舎訪問
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前回はJ-TREC新津事業所の公開の模様をお伝えしました。北陸新幹線開業キネン乗り継ぎに戻りましょう。
その2はこちら
上川口駅から429Mに乗車。427M以上に混雑しており、2両目の女の子の隣に座るのがやっと。
11時ちょうどに八鹿駅に到着。普通列車が特急列車に抜かれることはないですが、2面3線の構内を有します。
改札を抜けて駅舎の中へ。左手に「みどりの窓口」があり、営業時間は7:20~18:45(休み5回)です。
右手の待合ルームへ。センバツが延々と流れていました。KIOSKがありますが、訪問月(3月)は9日しか営業しておらず、この日も休業日でした。
それでは駅舎撮影。明治41年7月の開業時からの木造駅舎が健在です。改札をくぐって右手にはコンクリのトイレが。
駅舎の右手にある和風の木造の建物。改札外のトイレです。
駅前には全但バスの営業所。氷の山、ハチ高原…と書かれており、温泉街やスキー場などへの玄関口です。それにしても、建物からして時代を感じます。
周辺散策の前に時刻表を。特急列車全14往復(定期列車のみ)が停車し、上下其々30本(土休日運休1本含む)です。
27分の滞在時間ながら周辺散策。まるで時間が止まったかのような雰囲気です。
3分ほど歩き、急階段を上ると稲荷大明神に到着。ここで、JR全線完乗のタイトル奪還を誓ってきました。
境内からは八鹿の街並みが手に取るように。八鹿駅がすっかりミニチュアです。
駅に戻ると、11時27分発の432M(223系F9編成)がもう到着してました!「こうのとり3号」の到着待ちで9分も停車してたので、心配ご無用でした。
つづく
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北陸新幹線乗り継ぎの前に残念なニュースが入りました。本日、「スーパーとかち1号」で床下で発煙騒ぎがあり、占冠~トマムで運転を見合わせました。幸い、客室に煙が入らずけが人はいませんでした。燃料タンクから軽油が漏れて引火したということです。キハ261系に違いないですが、JR北海道の再建に水を差された格好です。
では、本題に。下夜久野駅から9時27分発の427M(223系F7編成)に乗車。「リレー号」ということで、京阪神に出張に向かうとおぼしき眼鏡女性と相席に。
9時35分に上川口1番乗り場に到着。退避可能駅で、2面3線の構内です。
それでは駅舎撮影。ここでは表現しにくいですが、微妙に屋根のある簡易駅舎です。トイレは豊岡方にありますが汲み取り式です。
では駅舎の中へ。6人分座れるベンチが設えられ、造花が添えられています。無人駅で何もないですが、平成24年11月より名誉駅長(鉄道OB)が配置されています。
時刻表を。上り、下りとも16本(土休日運休1往復)ですが、内14本がワンマン列車です。上川口での滞在時間は44分。
駅前には見事なミニ庭園。「招福」とか「人生」とか書かれてました。
それでは周辺散策。駅前道路を数分歩くと、牧川を渡ります。朝の光と背景の山があいまって、素晴らしい風景が出来上がりました。
国道9号にぶち当たると、そこは住宅展示場でした。沿道は確かに住宅が並んでいますが、コンビニの類は一切なく駅に戻ります。歩道すらないし。
駅に戻って少し落ち着いていると、国鉄色の381系である「こうのとり1号」との一瞬の邂逅を果たします。今月31日にビッグXネットワークに683系改造の289系がデビューするので、今思えば思い出の一枚となりました
。国鉄色の381系を納めたい方は今のうちです。また、381系「くろしお」も10月30日が最終日となります。
静かな待合室で休憩していると、10時16分頃に223系F1編成である430Mが1番乗り場に到着。それと交換する形で、10時19分発の429M(223系F5編成)が2番乗り場に到着しました。
次は、J-TREC新津事業所の公開の模様をお伝えする予定です。
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2015年3月14日に金沢まで延伸した北陸新幹線。開業当初は「見るだけ」のお客さんが多かった印象がありましたが、金沢市の近江町市場や富山県の五箇山などで沿線の観光客が急増しており、本日、日本鉄道大賞に選ばれました。そして、今月より「北陸ディスティネーションキャンペーン」期間に入り、10月3日には七尾線にて「花嫁のれん」が運転開始し、10日には城端線、氷見線にて「ベル・モンターニュ・エ・メール」が運転を開始します。
でも、これからお伝えするのは「北陸新幹線開業キネン乗り継ぎ」です。金沢~富山間のみで高岡駅を除く3セクの駅で下車しない限り「18きっぷ」で通過可能という特例が設けられたものの、富山~直江津間は通過利用であっても「18きっぱー」救済の特例措置は一切なしということで、高速バスで京都に出て山陰線駅巡りをして福井に止まった後、後半で北陸新幹線の初乗りを果たすという行程になりました。
前置きはこれくらいにして、そろそろ出発しましょう。
2015年3月20日。姉に送ってもらい、新津駅19時59分発の信越線2241Dに乗車。タラコの「キハ47 514」を先頭に、「キハ47 1518+キハ47 1520+キハ40 582」とつないでました。新潟駅手前の場内信号で抑止され、5分遅れの20時28分に新潟駅2番線に到着。
新潟駅前からは21時発のウィーラートラベルS3621便で京都駅八条口へ。栄PAの休憩から草津PAの休憩まで爆睡。草津PAの休憩を終えてからカロリーメイトで朝食タイム。
「18きっぷ」に日付印を入れ、6時37分発の山陰線225M(223系F10編成+221系K10編成)に乗車。予め先頭寄りに並んでたので、難なく進行方向左側をゲット。これは東映太秦映画村。
土師川を渡り、8時38分に福知山駅に到着。
折角の乗り換え時間を利用して駅舎撮影。5年前と同じく城の白壁、福知山踊りの編み笠をイメージした駅舎がお出迎え。
ついでにC11 40も。あの頃は状態が良かったのに、5年の月日が流れると色褪せが目立ってきます。保存は屋根付きに限ります。
再びホームに上がると、ちょうど「きのさき1号」が出発したところ。8時54分発の427M(223系F9編成)で福知山駅を出発。
9時10分に下夜久野駅に到着。交換可能駅で、島式ホーム1面2線+保線用側線1本の構内です。
駅舎に出ようと跨線橋を渡ります。その途中に自動券売機。
跨線橋を上り下りして時刻表を。上り、下りともそれぞれ16本ずつ(土休日運休1往復含む)です。何か意味ありげに自動車のタイヤが。
それでは駅舎撮影。大きな駅舎ですが、「浪漫亭」という中古車屋さんが殆どのスペースを占めています。これまで2921駅(2015年10月7日現在)巡っていますが、車屋さんが併設している駅舎は初めてです。
短い時間で周辺散策。国道9号を2分ほど歩くと東経135度線のモニュメント。東経135度線といえば明石の天文台が有名ですが、ここで子午線に出会えたのは大きな発見でした。
つづく
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広島地区の駅巡りの前に1つニュースをお伝えします。本日、再来年春の開業する北海道新幹線の列車名が発表されました。東京・仙台から新函館北斗に直通する列車は「はやぶさ」、盛岡・新青森から新函館北斗まで運転される列車は「はやて」と命名されました。愛称については、現在の輸送体系を踏襲したものといっていいでしょう。
前回はこちら
広島駅前からウィーラートラベルのバスに乗り、2013年8月25日(日)の朝となりました。WBT梅田を出発して名神高速に入るとカロリーメイトで朝食タイム。いつの間にか京奈和自動車道に入っていました。
6時55分に京都駅前に到着。乗車したバスは「広島200か24-48」で、残念ながらACアダプタ無しでした。
果たして出たのは京都駅八条口。近鉄の乗り場には近いものの、これから乗る山陰線は烏丸口から随分と西の外れにあるもので大分歩かされました。やっとのことで、7時9分発の227M(221系K1編成+K17編成)への乗車を果たしました。
7時22分に太秦駅に到着。対面式ホーム2面2線の構内です。
改札を出ようと跨線橋を渡ります。随分と現代的なデザインですが、窓が多く明るい印象です。
改札を抜けて駅舎の中へ。3台の自動改札の左手に「みどりの窓口」があり、営業時間は7:00~21:00です。左端に自動券売機もあります。
それでは駅舎撮影。平成元年3月開業の、三角屋根3層の地上駅です。トイレは改札内にあります。
駅舎の右手には大きな自転車置き場。牛車が描かれており、京都らしさを感じます。
駅舎に相対して「河端病院」の大きな建物が。昨年10月15日から使用開始した新社屋です。
それでは周辺散策。高校の修学旅行で東映太秦映画村に行ったことがあります。で、駅前は桜並木になっています。
踏切を渡りました。河端病院の旧社屋が見えます。東映太秦映画村へはもう少しだったと記憶していますが、ここら辺で引き返します。
いつの日か東映太秦映画村を再訪してみたいものです。山陰線の車窓からよく見えるし。7時50分発の1224M(221系K4編成+K11編成)で京都駅に戻ります。
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吉富駅から1123Mに乗車。スーツケースの女性の向かいの席を確保しました。
8時22分に綾部駅3番乗り場に到着。舞鶴線が山陰本線から分かれる駅で、2面3線の構内を有します。
階段を上がり改札を抜けました。改札の左側には「みどりの窓口」があり、営業時間は5:30~20:45。改札の右側はKIOSK。尚、トイレは改札をくぐって左側にあります。また、通路に相対して待合室があります。
まずは北口に行きますが、右手を見ると大きなアリーナのようなものが。「あやべ健康プラザ」です。
さて、北口に出ました。綾部駅は、舞鶴線の電化を機に1999年9月に橋上駅舎化されています。
駅前ロータリー右手には赤いアートが。「誰かが見ている」(尾崎真一 1984年)です。尚、左手の白い建物はR-inn ayabeです。
ロータリーの左手には若い女性のモニュメントが。2000年に建てられたアンネフランク像です。
北口から山に向けて視点を移すと、栄温泉の大きな建物。南口からすぐで入浴料も手頃(500円)なので、機会があったら利用しようかな。
さて、南口に出ました。北口とは異なり、階段が左右に伸びています。綾部駅の駅舎が白くて丸いのは、平和の象徴の鳩と、綾部の発展の礎となった繭をイメージしていることによるものです。
駅前ロータリーの東方にはチューリップのようなものが。綾部市制50周年記念モニュメントです。
駅前ロータリーのビジネスホテルの向かいには、「アルパー無限の音」(吉田隆 1984年)というモニュメント。綾部駅は誠にモニュメントの多い駅でした。
調査を終えて改札をくぐると、1番乗り場に緑色の115系電車が入っていました
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参考サイト さいきの駅舎訪問
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皆様、今年のGWはどう過ごされましたか。飛行機で海外に行かれたり、新幹線で遠方に行かれたりした方も多かったでしょう。私は、「予土線全通40周年キネン乗り継ぎ」に行ってきました。
さて、これからお伝えするのは、北陸新幹線開業直前スペシャル第1弾・「小浜線電化10周年キネン乗り継ぎ」です。小浜線の電化が完成したのは2003年3月。というと、これからお伝えするのは2013年3月15日(金)~17日(日)の乗り継ぎ旅です。京都から綾部を経由して舞鶴線、小浜線の全駅訪問を完成してきました。「急行きたぐに」は2012年の冬シーズンを以て完全廃止となり、それに使用された583系京都車は2013年2月にさよなら運転が行われました。その後廃車となって数両が吹田工場に保存されているのみで、京都鉄道博物館に展示されることが決まっています。よって、「おけさ号」で京都に赴くことに。
それでは出発しましょう。
2013年3月15日(金)。弟に送ってもらい、新津駅21時4分発の信越本線457M(115系N15編成+L6編成)で出発。新潟駅で少し運用調査した後、22時5分発の高速バスで京都へ。この日は大盛況で3台も出ていました。栄PA、菩提寺PAで休憩した他は殆ど寝てました。
5時40分頃に京都駅前の新阪急ホテル前に到着。「18きっぷ」に日付印を入れ、6時4分発の山陰本線223M(221系K10編成+K6編成)の車内で朝食タイム。
6時43分に吉富駅に到着。交換可能駅で、対面式ホーム2面2線の構内です。
それでは駅舎撮影。「コミュニティープラザ よしとみ」が併設した大きな駅舎です。右手に〒マークが。
では駅舎の中へ。簡易自動改札機があるだけの無人駅で、自動券売機があります。右手には吉富郵便局が併設されています。尚、トイレはホームに入った所にあります。
駅前の様子。目の前を国道9号が通じており、真正面のローソンで月桂冠を購入しました。少し奥まった所に京都縦貫自動車道の八木西IC。
さて、駅舎の西側には趣のありそうな枝垂桜が。時期が時期だけにこの状態でした。
この日の京都府は寒い朝でした。再び下りホームに上がると、長閑な農村風景が広がっていました。
7時17分発の225M(223系F9編成+221系K18編成)で一気に綾部へ。園部駅でK18編成を切り離してこのような混雑になったので、予めF9編成に乗っておいたので何とか席を確保できました。
つづく
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亀岡駅から13時56分発の山陰本線252M(221系K4編成)に乗車し、京都方面へ。さすがは京都で、嵯峨嵐山にて多数乗り込み大混雑に。
14時14分に円町駅に到着。島式ホーム1面2線の構内です。221系の並びが実現しました。
1Fに下りて改札を出ました。3台の自動改札の横に「みどりの窓口」があり、営業時間は5:30~22:00です。トイレは改札内の嵯峨嵐山方にあり、階段を挟んで男女別に分かれています。駅スタンプがあり、表題は「法輪寺(だるま寺)のある駅」です。
まずは南口に出ました。駅前は南円町の古い住宅地で、駅前広場がありません。
さて、北口に出ました。こちらが正面口のようで、駅前広場があります。平成12年9月23日開業で飾り気のない高架駅ですが、国鉄の雰囲気を色濃く残す湖西線の高架駅とは何かが異なります。京都方に駐輪場があります。
駅前の様子。大通りを挟んでミドリ電化とキング(ゲーセン)が並んでおり、大変賑やかです。
丸太町通りを歩き、大きな交差点まで出ました。なか卯など飲食店も多い一帯です。帰りに備え、100円ローソンでコーヒーなどを調達しました。
14時43分発の快速2220M(221系K2編成)に乗車し、この旅最後の踏破駅を後にしました。京都到着後、伏見を購入し、15時発の新快速3263M(223系W19編成+V59編成)で伊丹空港のアプローチ駅へ。2011年5月4日にリニューアルされた大阪駅に遊びに行くと思われる人が多く、補助席に座るのがやっと。
大阪駅に行きたいのは山々ですが、新大阪で下車してリムジンバスで伊丹空港へ。10ヶ月ぶりに訪問すると、ドラッグストアなどが進出しており、何かが変わった印象を受けました。搭乗手続き後、例によって空港銘酒蔵で打ち上げその2。滋賀県内の3つの純米吟醸酒を味わいました。
展望デッキで飛行機達を眺めた後、JAL2251便で新潟に帰ります。稲盛さんがJALのCEOに就任してから、JALの伊丹=新潟線はJ-AIRに移管され、2011年6月のダイヤでは全便エンブラル170となっていました。この2251便も17時発と大幅に早められました。
2011年6月5日のJAL2251便のレジスタはJA212J。JAL破綻前はボーイング737-800で運航されていたのが小型機になったのだから、ロードファクターは100%でした。17時13分頃にRWY32Lより離陸。日本列島のある湖を見て、しばし雲上飛行。17時25分にベルトサインが消えると、京都駅で購入した伏見で早い夕食。J-AIRになったのだから、オーディオの類は無し。ドリンクサービスがあり、シークワーサーを飲ませていただきました。
かつて運航されていた、J-AIRの名古屋(小牧)=新潟線を彷彿とさせるルートを飛び、最後は新津上空から福島潟を望み、五十公野公園のそばで左旋回し、18時1分頃、新潟空港にRWY28より着陸しました。18時4分頃にドアオープンしたので、18時20分発の万代シティー経由のリムジンバスで新潟駅へ。新潟駅19時1分発の信越本線452M(115系S4編成+L1編成)で新津に帰還しました。
以上で湖西線全駅下車の旅は終了です。根岸線全駅下車の旅から2ヶ月ぶりの駅巡りで、旅を終えて何だかスッキリしました。湖西線は高架駅が大半でしたが、周辺には琵琶湖など見所が多く、駅を巡って町を歩いて楽しい路線でした。湖西線はどこか国鉄チックな駅も多く、何か懐かしい感じがしました。
最後までお読み頂いてありがとうございます。
完
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