大峰正楓の小説・日々の出来事・日々の恐怖

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日々の恐怖 9月2日 水神様

2015-09-02 19:24:22 | B,日々の恐怖



  日々の恐怖 9月2日 水神様



 小学校の時の話です。
近所に少し変わったおじさんがいて、よく夏場になるとチューペット(2つにパキッと折る棒アイス)を咥えて町内を徘徊している事から、子供達の中ではチューペットと呼ばれていた。
 夏休みのある日、俺は一人で山の中にある溜め池に魚釣りに行った。
よく友人や兄などと行っていた場所だが一人でもよく行く場所だった。
途中、川幅15mくらいの場所をジャブジャブと横切る必要があるのだが、川の水深は足首程度で草履を履いていればなんて事はなかった。
 その日はいつもよりも良く釣れ、途中から雨が降り出したが構わずに続行した。
しばらく釣って満足し帰る事にしたんだが、雨のせいで先ほどの川の流れが勢いを増し、それでもそこを渡らないと帰れないので躊躇せずに入っていった。
 川の丁度真ん中あたりに来た時、水深は膝あたりまで来ていて、今、足を踏み出したら流される、という状況になり立ちすくんだ。
雨も一層強くなってきて、まだ夕方前なのに辺りは薄暗く、心細くなって俺は動けずに泣いた。
 どのくらい立ちすくんでいたか分からないが、川の上流から大人が一人こちらへ歩いて来るのが見えた。
あのチューペットだった。
 チューペットは体格が良く、強い流れの中でもバランスを崩す事無く、ズンズンこちらへ近づいてきた。
チューペットは何も言わず無表情で近づいてきたが俺は、

「 助かった。」

と安心し、チューペットが来てくれるのを待っていた。
 チューペットが近づいて手を差し伸べてくれた瞬間、不意に向きを変えてしまったせいなのか、流れが増したせいなのか、俺は水流に足を取られ流されてしまった。
 実際に流されている状況は今でもハッキリと覚えているんだが、滑り台の要領でまったく溺れる事無く800mくらい下った川下で、たまたま水門の調査をしていた役場の人に助けられた。
怖いというよりも、どちらかと言うと川下りという感じで、楽しかったとも思えた。
釣竿や道具は、なくしてしまっていた。
 役場の人に連れられ、びしょ濡れになって家に帰り母ちゃんに事情を話したらメチャクチャ怒られた。
チューペットの事も話し、母ちゃんは、

「 その人にお礼を言いにいかんとね。」

と言っていたが、チューペットの家は知らなかったので、

「 じゃ、今度その人と会ったらちゃんとお礼を言わんといかんね。」

と言われた。


 それから2日後、俺は母ちゃんに連れられ警察署に行った。
母ちゃんは警察署に行く時は何も教えてくれず、ずっと黙っていたから怖かったのを覚えている。
 警察署にはあの日助けてくれた役場の人もいて、警察からあの日の話をいろいろと聞かれた。
俺はてっきり、あの場所で魚釣りをした事が怒られると思っていたが、警官が、

「 ボクが川で会ったのは、この人?」

と写真のチューペットを見せられて、俺は、

「 そうです。」

と答えた。
 話はすぐに終わり、母ちゃんと帰った。
母ちゃんに、

「 何かあったん?」

と聞いても何も答えてくれず、

「 もう、あの山に行ったらいかんよ。」

とだけ言われた。
 でも、次の日になると、友達や上級生が騒いでいてすべて分かった。

“ チューペットが逮捕された。”

マスコミではしばらくそのニュースをやってたし、小さい町だったからその話が広まるのも当然だった。
 あの日、俺が会ったチューペットは、数日前から行方不明の女の子の死体をあの山に埋めた、その帰りだったのだ。
その話を大人になって母ちゃんとした時に、初めて聞かされた事があり、それに衝撃を受けた。
 あの日、チューペットは俺を助けようと手を差し伸べてくれた訳ではなく、故意に俺を突き飛ばしたらしい。
また、あの水かさの激流状況で俺が滑り台のように川を下ったのもあり得ないと母ちゃんは警察と消防に言われたらしいのだ。
 俺が流された距離の中に3つほどトンネル状の水門があり、そこは全て開放されていた為に落差3~4mの滝つぼ状態になっていてあの濁流の中、そこを難なく通過するのは奇跡に近いと言われた。
 実際にチューペットも俺は助からないと思っていたらしく、当初は2人殺したと言っていたらしい。
俺が役場の人に助けられた場所は、水深2m以上あったとのことだった。
それを、母ちゃんは泣きながら話してくれた。
 極限の状態で、俺の記憶がなくなっているだけと周りは言うけど、流されてる間お尻や足が常に付いている安心感と、流れているあの景色はハッキリと頭の中にある。
まぁ、滝つぼの記憶が無い時点で、もう記憶のほうがおかしいんだろうけど。
 婆ちゃんが生前、

「 水神様のおかげやね。」

と、毎日仏壇に手を合わせてくれていた。
確かにそうかも知れないと言う気もする。
 それは、もう20数年前の話で、同じ町の同世代はチューペットですぐに分かるくらい有名なおじさんだった。
 川下りの件は警察で何度も同じ話をさせられたほどだった。
でも、まったく苦しい思いをした記憶が無いし、水がトラウマになった訳でもない。
その時は俺には、水門があるから、などの事実は言ってくれなかった。
母ちゃんだけに話していたみたいだ。
 その町には高校卒業まで住んでいたから、何度もその川に釣りや泳ぎに行ったりもしたけど、確かに下流にはいくつか関があって、そこは大人でも足がつかないくらいの深さだ。
更に、あの濁流の中をどうやって流れたんだろう、といつも考える。
 もう俺はその町には住んでないけど実家はあるし、毎年夏には帰ってる。
そして、山のふもとに気が向いたら花を供えに行ってる。
もしかしたら、俺もあの時死んでたかもしれない、っていう気持ちがあるからだ。










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