日々の恐怖 9月10日 ウホッ!な人
数年前の夏、上司である課長と2泊3日で出張したときの話です。
普通に仕事して、少し遅めの食事を済ませて一泊目のホテルへ戻る。
言っときますが、課長と部屋は別々です。
特にこれと言った特色もない普通の部屋。
当たり前のビジネスホテル。
ヤな感じもないし、お札もどこにもない。
テレビなんかで言ってるけど、本当の話なのかな。
そんなもの貼ってある部屋に当たったことはない。
シャワー浴びたらちょっとだけ、と思って大好きなエビスビールを買って冷蔵庫に入れておいた。
仕事も順調だし、鼻唄混じりにシャワーを浴びて、冷蔵庫から取り出したビールをベッドサイドに置いたらゴロンと横になってみる。
一人だし、バスローブのままだ。
“ さてさて、テレビでも見ながらビールなぞ・・・・。”
と起き上がろうと思ったら、体が固まった。
“ 何これ?
あ・・・、もしかして金縛り?”
シャワーの音がする。
“ 止めたはずなのに・・・?”
と思っていると音が止んだ。
ほどなく扉の開く音とともに誰かが出てくる気配がする。
“ んなわけない。
オレしかいないんだぞ。
つうか、この人誰よ?”
角刈りくらいの短いくり色の髪に口髭、薄く生えた胸毛もくり色の、かなり恰幅の良い男の人が、腰にバスタオルを巻いただけで立っている。
“ ウホッ!な人じゃねぇよな?”
彼はビールに手を伸ばすと、右手を腰に当てて飲み始めた。
“ 左利きかよ。!”
理解の範疇を越えているからなのか、この辺りまでは怖いという感情はなかったのだと思う。
口元を溢れて喉から胸へと流れるビールの筋を見ながら、
“ 飲まれちまって、チクショー!”
とか考えてた。
やがて、飲み終えると誰もがやる例の、
“ ブハぁ~・・・。”
までやって、空き缶を置いた時の乾いた音が響いた。
“ え、こっち向いた・・・。”
満面の笑みを浮かべながら、オレに向かって左の親指を立てた。
人ではない人と、こんな風に対峙した経験は今までなかったから、猛烈に怖くなってきた。
“ 左手が延びて来る?何?何?何?何?”
彼はオレの頬に2、3度触れ、ニコッと笑ってスーッと消えてしまった。
体も動くようになったけど、今度は震えが止まらない。
何とかカギだけ持って部屋を出た。
向かいが課長の部屋だったんで、中に入れてもらって事情を話した。
うまく伝わってないようだったけど、
「 もうあの部屋にはいられない。
とりあえず朝までここにいる。
隣で寝かせて欲しい。
一人じゃ絶対眠れない。」
とゴリ押し。
大の大人が情けない話だが、その夜は課長の腕にしがみついて震えながら寝た。
翌朝、渋るフロントの人に粘りに粘って、いわくも聞き出した。
やはり宿泊客が亡くなっていたらしい。
風貌はオレが見たままのようだ。
シャワーを浴びたあとで倒れたと思われると言った。
「 ビールは・・?」
って聞いてみたら、どうやらベッドサイドに置いてあったらしい。
そのフロントの人が直接対応したわけではないらしく、それ以上は分からなかったけど、たぶん、ビールは開いてなかったんだろうと思う。
飲みたかったんだろうな。
童話・恐怖小説・写真絵画MAINページに戻る。
大峰正楓の童話・恐怖小説・写真絵画MAINページ