日々の恐怖 9月21日 足音
私が以前勤めていた会社の事務所は、古い雑居ビルにありました。
そのビルでの話です。
「 ここのビル、夜遅く階段使ってると、変な時があるよ。」
と同僚のTさんは言った。
階段室にいると、上からまたは下から、誰かがやってくる足音がするという。
“ こんな遅くまで、他でもまだ残ってる人がいるんだ。”
と思っていると、その足音はどんどん近づいて来て、足音だけが通りすぎて行く。
姿は見えない。
ただ、何かの気配がすぐそばを通りすぎ、足音が遠ざかって行くのだという。
「 こないだなんか、階段を下りてたらやっぱり足音だけが追い抜いて行ってさ。
気味が悪いと思いながらやっと一階に来たら、階段室と一階玄関の電灯が一度にパンッ!と消えてさぁ。
もうびっくり、チビりそうになったよ。」
その話に、他の同僚たちが、
「 ヤだな、やめてよ。」
などと言っていた。
しばらく後、夜遅くにやはり同僚のMさんは、得意先から商品交換で引き取った古いデスクトップのパソコンモニターと本体を持ち帰ってきた。
モニターと本体を営業車から下ろし、台車に積んで六階の事務所の物置に入れようと、エレベーターを使おうとした。
しかし、ビルでひとつしかないエレベーターの扉には、無情にも、
『 故障中・使用禁止 』
の貼紙が貼られていた。
「 うわ~、ちょっとぉ~!」
Mさんは舌打ちした。
今のパソコンはモニターも本体もずいぶん小型軽量化されているが、少し前のパソコンはモニターもブラウン管式で、男性の手でも持ち運びは大変だった。
“ 重くてデカいパソコンを、六階まで運ぶなんてまっぴらだ。
車に積んでおこうかな・・・。”
とMさんは思った。
しかし、翌朝は一番で部長が車を使うと言っていた。
“ 部長に文句を言われるのも・・・。”
Mさんはため息をつき、まずはモニターを抱えて階段を上りだした。
しばらくすると、背後から足音が聞こえてきた。
はじめは気にもしなかったが、ゆっくり目の足音がどんどん近づいてくるにつれ、MさんはTさんの話を思い出し、怖くなってきた。
“ まさか、他の誰かだろ・・・。”
自分にそう言い聞かせ、さっさと六階まで上ろうとした。
その間にも足音はどんどん背後に迫っていた。
“ カツン、カツン・・・。”
Mさんは後ろを振り返った。
誰もいなかった。
“ うわぁ・・・。”
Mさんはモニターを放り出して逃げたくなった。
“ カツン。”
足音はMさんのすぐそばで響いて、
“ ずわぁっ。”
とMさんの中を何かが通って行った。
「 ・・・!」
Mさんは声になっていない悲鳴を上げ、モニターを落としてしまった。
落ちたところは、自分の右足の甲の上だった。
「 うぎゃ~~!!!」
階段にMさんの絶叫が響いた。
「 それから?
もちろんちゃんと運んだよ、モニターも本体も。
部長に文句言われるの嫌だもん。
モニターの角は割れちまったけどさ。
まぁ、あれはどうせ廃棄するヤツなんだし・・。」
Mさんは労災を申請し、しばらく足をひきずっていた。
童話・恐怖小説・写真絵画MAINページに戻る。
大峰正楓の童話・恐怖小説・写真絵画MAINページ