日々の恐怖 1月15日 高校球児
高校に入学したての4月頃の時期。
野球部の朝練で5時には家を出なければいけなかった。
家を出てちょっと歩くと女の子が顔をうずめて座ってる。
お下げ髪でピンクのワンピースに赤い靴。
見た感じ7,8歳くらいかな?
こんな時間にどうしたんだろうとは思ったけど、急いでたし、スルーしようと思ったら泣き声が聞こえた。
なんかちょっと変な声。
これをスルーしては高校球児の名がすたる。
どうしたの?と声をかけると女の子が顔を上げた。
いや、女の子ではなかった。70過ぎくらいのおばあちゃん。
身長が100センチ?くらいしかない小さな老婆。
小人症なのかな?多分。
ガリガリに痩せてて骨が痛い感じ。
髪が異様に黒くツヤツヤしてる。
うおって声出して驚いた。まぁ誰だって驚くでしょ?
もうテンパってその場を去ろうとするとその老婆が
「 私いくつに見える?」って聞いてきた。
いくつも何もおばあちゃんやんけ。俺が答えられずにいると、
「 私、呪いをかけられて今はこんな姿だけど、
本当は12歳なの。王子様がキスしてくれると
呪いが解けるの。王子様・・・KISSして。」
まぁこんな人がいることは知識としては知ってたけど、目の当たりにすると心底驚く。
ごめんなさいと言ってその場を離れて、しばらくして後ろを振り向くと、老婆が追いかけてくる。
妙な歩き方なんだよ。
早歩きだったのかもしれないけど。
下手なスキップみたいにな感じ。ピョコピョコって。
「 おうじさま~」って。
めちゃくちゃホラーだよ。
も~駅まで猛ダッシュ。
学校についてからもそのことが頭から離れなかったし、帰りにまたあったらどうしようって考えて帰りは別の道を通った。
お~、無事帰宅できた。
と思ったら・・・いたよ。
家の前にいるよ。
あの老婆が。
もう夜8時過ぎだよ。
俺が近づくと「王子様・・・キスしてください。」ときたよ。
ちょっとホントになんなんだよこの人。
急いで家に入って鍵を閉める。
あんた何もされなかった?
と母が玄関に来て聞いてくる。
どうやら夕方ぐらいからずっと家の前にいるらしい。
マジっすか。
朝の出来事を母に話すと、お父さんに相談しましょうとのこと。
父が帰ってきて老婆のことを話すが、何にもされてないんだろ?じゃあ、ほっとけよ。
翌朝、四時半起床。
高校球児の朝は早い。
適当に御飯食べて、歯磨いて、顔洗って出発。
今日も元気にがんばるぞ~・・・老婆がいるよ・・・。
朝五時。
家の前。
老婆。
昨日と同じ格好。
スペアがあるのか?
「 王子様。お願いです。キスしてください。」
やっぱり同じようなセリフ。
カンベンしてください。
また駅まで猛ダッシュ。
でもどうしよう。
これいつまで続くんだろ?
警察に言おうか?
でも何にもされてないし・・・。
老婆にキスしてくれと付きまとわれる。
う~ん、決定打にかけるな。
男女が逆ならどうだろう。
70過ぎの老人が小学生の格好で女子高生にキスしてと付きまとう。
あれ?逮捕だろこのジジィ。
許せねぇよ。
でも僕は男なわけで・・・高校球児なわけで・・・。
で、まぁまた帰宅するわけで・・・家の前に老婆がいるわけで・・・。
同じセリフを言われるわけで・・・家に急いで入るわけで・・・。
さぁ本当にどうしよう。
母に相談。
明日の朝にもしいたら警察に相談しようということになった。
翌朝!四時半起床!高校球児の朝は早い!
適当に御飯食べて、歯磨いて、顔洗って出発。
の前に窓から家の前を見てみた。
というか、まぁ起きてすぐ見たんだけど。
朝四時半!家の前!老婆!また同じ格好!スペア!
母はまだ寝てたけど老婆がいることを伝えて出発。
玄関から猛ダッシュで老婆をスルー。
また8時頃帰宅するとやっぱりいる。
ちょっと話してみる。
本当に迷惑なんです。
もうやめてください。
「 お願いですからキスしてください。」
・・・会話にならん。
母が警察に相談したらしいが、時は90年代。
ストーカーという言葉がまだ一般的ではない時代。
実害がない以上警察としてはどうすることもできないらしい。
たしかに実害はないので俺も母もほっとくことにした。
無視してればいつかいなくなるだろうし、なにかしてきても高校球児の俺が70過ぎの小人症の老婆に負けるわけがない。
まぁ本当のこと言うと俺はかなりビビってたし、ガチの喧嘩になっても全く勝てる気がしなかった。
いやだってさ、もはや妖怪の域だよ。
勝てるかよ。
それから1週間ほど毎日同じ時間に老婆はうちの前にきて同じセリフを俺に言う。
「 王子様。キスしてください。」
近所でもかなり話題になっていた。
ある日の帰宅時。
やっぱり老婆はいる。
いつもどおり無視して家に入ろうとすると、
「 話を聞いてください。」
いつもと少し違う。
立ち止まって話を聞いてみることにする。
「 私、呪いをかけられて今はこんな。」いやそれは初めに聞いたよ。
「 今日キスしてもらえないと、私、明日死ぬんです。」???
「 王子様。お願いです。私にキスしてください。」えええええ!!!
マンガとかアニメなら、
「 ファーストキスをこんなお婆さんに捧げることになるなんて。とほほ。」
とか言ってキスしちゃうんだろうけど。
いやアニメ見ないからしらんけど。
というか俺ファーストキスすでに経験してたけど。
現実はそうはいかない。
まぁ当たり前だけどさ。
ていうかキスしたが最期、王子様からダーリンに昇格する可能盛大だし。
朝五時。「 ダーリン、おはようだっちゃ。」
夜八時。「 ダーリン、おかえりだっちゃ。」
もうどうにもなんねぇ。
もうどうにもなんねぇよ。
こうやってふざけて書いてるけど当時は本当に参ってて、その時感情が爆発した。
いいかげんにしろよクソババァ。
てめぇのせいでこっちは頭がおかしくなりそうなんだよ。
勝手に死ねよ。
っていうか死んでくれよ。
もう俺の前に現れないでくれ。
こんな感じのことを言ったと思う。
「 そう。死ねって言うの。わかった。」
そう言って老婆は妙な歩き方で帰っていった。
翌朝。四時半起床。高校球児の朝は早い。
適当に御飯食べて、歯磨いて、顔洗って出発。
老婆の姿はそこにはない。
帰りの時間にもいない。
その翌日も老婆はいない。
あの日以来、老婆は来なくなった。
普通なら喜ぶべきことなんだけど俺は異様に不安だった。
もしかして老婆は本当に死んでしまったんではないか?
こんな事考えるほうがおかしいんだけど当時はそう思ってた。
あれだけしつこく来てたのに急に来なくなるのはおかしい。
かなりひどいことを言ってしまったし、もしかしたら・・・。
毎日そんな事を考えていた。
老婆が来なくなってから一週間ほど経ったある朝。
インターホンの音が聞こえた。
朝五時前である。
嫌な予感がして窓から玄関を見るがだれもいない。
またすぐインターホンがなる。
窓から玄関を見る・・・
老婆だ。
あの老婆がいる。
生きてたか。
玄関を開けてみると・・・誰もいない。逃げたか?
帰宅時。
老婆はいない。
母に今朝のことを話すと、母はインターホンの音が聞こえなかったらしい。まぁ寝てたんだからあたりまえだろう。
一応、翌朝は一緒に起きてくれることになった。
翌朝。
朝御飯を食べているとインターホンがなった。
急いで玄関を開けたがだれもいない。
母がびっくりしてどうしたのと聞いてくる。
母にはインターホンの音が聞こえなかったらしい。
いやいや絶対鳴った。
でも母は鳴ってないという。??
どういう事だろう。
まさか老婆の幽霊が・・・。
その日はずっとそのことが頭から離れなかった。
帰ってきてからもなんだか嫌な感じがして、夜寝付けずにいると声が聞こえる。
老婆の声。
あのセリフ。
はじめは小さかったが、だんだんはっきりと聞こえてきた。
どうしよう。
体は動くけど動いたら何かが起こりそうで動けない。
とにかくじっとして朝を待った。
声はいつの間にか聞こえなくなっていた。
母に話そうか?いや頭がおかしくなったと思われるな。
その日の夜、またあの声が聞こえた。
起き上がり電気をつけようとすると部屋の隅になにかいる。
ピョコピョコと妙な足取りで近づいてくる。
まじかよ。
布団をかぶり大声で叫んだ。
父と母が飛んできて、何があったのか聞いてくる。
ありのまま話すがやはり信じてくれない。
一人ではとても寝れないので父の部屋で一緒に寝ることにした。
父と一緒でも寝付くことができずにいると、またあの声が聞こえてきた。
もう勘弁してくれ。
布団をかぶり、ごめんなさい、ごめんなさい・・・・。
横で寝ている父がこれはもう尋常ではないと悟ったらしい。
翌日、学校を休み病院へ行くように父に言われた。
精神科へ。
精神科って・・・俺を病気扱いですか。
幽霊を見たら病気ですか。
かなり反抗したけどとにかく行くように言われ、母と一緒に近くの総合病院の精神科へ行った。
行ったところでどうなるものでもない。
先生に今までのことをすべて話すと、PTSDと診断された。
老婆に対するストレスと老婆に対して言ってしまった言葉、それにより老婆が死んでしまったと自分を責める気持ち。
それらによって幻覚を見聞きしていると言われた。
幻覚。
そんなわけない。
あんなにはっきり聞こえた。
見えた。
あれが幻覚のわけがない。
だから行ったところで無駄だといったんだ。
なんだか訳のわからない薬を貰って帰ってきた。
薬は一応飲んだがやはり老婆の声は聞こえる。
姿は見せないが声はよく聞こえる。
学校は暫く休むことになった。
昼は母と一緒にテレビを見て、風呂は父と入り、トイレは開けてして、寝るときは父と一緒に寝る。
情けない高校球児だがどうしようもない。
一人になると絶対に聞こえる。
そんな日が10日ほど続いたある日、父があの老婆は生きていると言ってきた。
そんなわけがない。
あの老婆は死んでいる。
そう言えば俺の幻覚が治るとでも思っているのだろう。
本当に生きている。
会ってみるか?と父が言ってきた。
いやだ。絶対に会いたくない。
というか生きてるわけがない。
車の中で見るだけならどうだ?というのでそれなら別に構わない。
翌朝、車で老婆の住んでる場所へ向かった。
老婆の住んでるところはかなり近くのアパートで、その近くに車を止め老婆が出てくるのを待った。
昼頃になりようやく老婆がアパートから出てきた。
服装は違ったが、たしかにあの老婆だった。
どういうことだ?じゃあの幽霊はなんなんだ?
「 な、あの老婆は生きているんだよ。
おまえが見たり聞いたりしてるのは幽霊じゃないんだよ。
幻覚なんだよ。
おまえがそれを認めないといつまでも幻覚を見聞きすることになるんだ。
きちんと自分と向い合ってみよう。な。」
それから三日間、同じように老婆を見に行った。
老婆は生きてる。
それは間違いない。
ということは幽霊は出ない。
あれは幻覚・・・なのか。
病院にもきちんと通うようになり薬もきちんと飲んだ。
老婆の声は次第に聞こえなくなり、いつしか聞こえなくなった。
俺が聞いてた声、見た姿は幻覚だった。
まさかあれほどはっきりと聞こえるものとは思わなかった。
思い出すと当時の自分は明らかにおかしかった。
でも自分で自分のことをおかしいとは思えないんだよ。
自分は正しい。まわりがおかしい。
これくらいのことで、そこまでおかしくなるか?と思う人もいるかもしれないけど、神経の細い人は案外簡単におかしくなっちゃう。
俺はあれ以来、幻覚は見ないし、聞こえない。
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