日々の恐怖 1月19日 人違い
登校中、信号待ちでボーっとしていると、突然となりの男が言った。
「 僕のお母さんですか?」
当時私は20歳の大学生、妊娠・出産経験は無い。
それに相手は明らかに30歳を超えていた、
ビックリして、
「 ひっ…、人違いです。」
と答えると、相手はその答えが意外だったかの様な反応で、何でそんな嘘を付くの?と言った表情だった。
その反応に私が驚いた。
信号が青になると、私は急いでその場を去りました。
姿はガリガリで目はギョロッとしていて、よれよれのシャツに肩から黄色いポシェットを下げていました。
これが彼との最初の出会いで、この後数年に渡って何度も彼と遭遇しました。
その日から、彼は毎日その場所で私を待っていて、必ず、
「 僕のお母さんですか?」
と聞く。
「 違います。」
そう一言言えば去って行ってくれるので、気味は悪いが警察と言う程でもありませんでした。
しかし、いつの日から大学にまで現れる様になり、私は彼にきつく怒鳴りました。
二度と現れるなとか、気持ち悪いとか、そんな事を言った気がします。
それからは現れる事も無く、東京の大学を卒業して実家へ戻り1年が過ぎたとき東京の友人から久々に電話がありました。
「 あんたのストーカー男、こないだ大学の近くで会っちゃってさぁ~。
お母さんはどこですか?って聞かれて、怖くて逃げちゃった。」
その話を聞いても“ああそんな男もいたな”ぐらいにしか感じず、こっちには関係ないと思っていた。
しかし、次の年の母の日、玄関に萎れたカーネーションが置かれていました。
私は瞬時に“あいつだ!?”っと思い、怖くなって父に相談し警察に行きましたが相手にされません。
被害と言った事件もなかったので当然と言えば当然なのですが、私は不安で仕方がありませんでした。
そして数カ月が経った雪が積もる夜の事です。
私は街の歩道を歩いていました。
そこに、突然車がスリップして来て、事故に巻き込まれたのです。
一瞬意識を失い、次に気付いた時は車と倒れた木の隙間でした。
体中が痛くて身動きがとれず、声を上げても周りは騒々しく誰も私に気がついてくれません。
隣では火も上がっていて、もう駄目だと思ったとき、
「 おか~さ~ん、おかあさ~ん。」
あの男の声がしました。
私は思わず、
「 ここ!!助けて!!ここにいるの!!」
と叫びました。
彼も事故に巻き込まれたのか血まみれでした。
雪を掻きわけ、私を引っぱりだしてくれた彼を改めて見ると、彼の方が重傷に見えてとても痛そうだったのに、彼は私を見て笑って、
「 お母さんですか?」
と聞きました。
私は何とも言えない気持ちになり、
「 うん…、うん…。」
とうなづきぽろぽろと涙を流しました。
ところが、私が涙を拭い顔をあげると、彼の姿はそこにはありませんでした。
ほんの一瞬で消えたのです。
それっきり、もう何年も彼を見ていません。
いったい彼が何だったのかは分りませんが、幽霊と言うものではないとは思うのです。
雪が降ると時折思い出します、名も知らぬ息子の事を。
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