日々の恐怖 1月2日 道
弟の体験です。
かなり昔のことです。
そのころ小学校低学年だった弟は、父に連れられて夜釣りに行った。
切り立つような崖の先端近くに父と並んで座り、暗い海面に釣り糸を垂れていた弟は、だんだん辺りが白く明るくなってきたことに気付いた。
「 なんだ、もう朝になったんだ。」
夜の海のあまりの暗さに、少々不気味さを感じていた弟はほっとした。
ふと正面を見ると、今まで何もなかった空間に、一本の道があることに弟は気付いた。
道は弟の足元から、優しい光の中へと真っ直ぐに続いている。
なんだか道が、自分を誘っているようだった。
弟は立ち上がって、何歩か前に踏み出した。
すると突然、腕をつかまれてすごい勢いで後ろに引き戻された。
同時に父の声。
「 何をやっているんだ!」
我に返った弟が辺りを見回してみれば、周囲には夜の闇。
眼下には黒い海面が見える。
あの道はもうどこにもなかった。
弟は、転落まであと一歩というところだったそうだ。
自分が見たもののことを弟が父に話すと、父は妙に納得したように、
「 そうか・・・。」
と言ったらしい。
当時の私は不思議なこともあるものだと思っていたが、十数年たった今では、ただ単に弟が徹夜で夜釣りだし寝ぼけただけではないのかと思っている。
弟もいまだにその時の道のことを覚えていて、
「 幻覚だったかも知れないけど、本当に歩きたくなるような道だったんだ。」
と言っている。
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