米国のジャズ・ベーシストの巨匠 チャーリー・ヘイデン(Charles Edward "Charlie" Haden、1937.08.
06-2014.07.11)が闘病の末没した(享年76歳)。1970年代後半、モダン・ジャズ廃れ、多くの保守的な
ジャズ・ミュージシャン達がクロスオーバー/フュージョンという新しい波に チャレンジしては敗退し
ていったそんな時代にあって、ニューヨークやロスのスタジオ・ミュージシャン達がとって変わってい
く。彼らは多くは元々ジャズ・ミュージシャンであったが、映画やテレビ、CM等の音楽を演奏するスタ
ジオの仕事を中心にし活動する。スタジオの仕事では、スタジオ経費節約為に優れた読譜力と演奏力が
要求されるトップ・クラスのミュージシャン達が羽振りをきかせ、様々な仕事のミュージシャン選出時
の一等最初に依頼電話が入るところから、「ファースト・コール」と呼ばれるようになる。クロスオー
バー/フュージョンには、ジャズ・ミュージシャンのセンスと独自の編曲技法を駆使しテクニカルな曲
にアレンジメントなファースト・コール・ミュージシャンを必要としたそんな時代にチャーリー・ヘイ
デンが、オーソドックスな4ビートからフリー・ジャズ、フュージョンまで幅広く活躍した。
なお、1960年代後半に、マイルス・デイヴィスを中心としたエレクトリック・ジャズのムーブメントが
始まり、さらに70年代に入ると、電気楽器やロック・サウンドを取り入れた演奏スタイルであるジャズ・
ロック、ソウル・ミュージックやラテン音楽の要素を取り入れたクロスオーバーのジャンルが誕生する
(代表作に、デオダートの「ツァラトゥストラはかく語りき」、ボブ・ジェームスの「はげ山の一夜」、
ジャンリュック・ポンティのアルバムなど)が、70年代後半には、エレクトリック・ジャズやクロスオ
ーバーをさらに商業化したサウンドが現れ、他のジャンルと融合した音楽として、フュージョンと呼ば
れるようになる。フュージョン時代に入り、「ディスコ」や「産業ロック」が商業主義として批判があ
らわれたため、1990年代から現在にかけては、フュージョンをさらに洗練させて、大衆に聞きやすくし
たスムーズ・ジャズに変化してくる。
チャーリー・ヘイデンの演奏スタイルは、バックでベースラインを弾く時も、ソロを弾く時も、特徴あ
る暖かい音色、朴訥(ぼくとつ)とした叙情的なメロディーは、ジャンル、楽曲とはかかわりなく演奏
される。また彼のオリジナル曲では叙情的な楽曲と同様に、人間愛に根ざした政治的なテーマを扱うこ
とが多いのが特徴である。
チャーリー・ヘイデンは、10代よりベースを始め、1957年からロサンゼルスにて、アート・ペッパー、
ハンプトン・ホーズ、デクスター・ゴードン、ポール・ブレイ等とセッションを重ねる。1959年、オー
ネット・コールマンのカルテットに参加。この頃の経験が、彼のスタイルの原点となる。1967年より、
キース・ジャレット・アメリカン・カルテットに参加し、1967年、カーラ・ブレイらとリベレーション・
ミュージック・オーケストラを結成。このバンドは反戦や政治的なテーマをもって活動を行っている。
1987年には、アラン・ブロードベントらとCharlie Haden Quartet Wes を結成。古き良き時代のアメリカ映
画をテーマにしている。また、2000年、パット・メセニーとの共作アルバム『Beyond the Missouri Sky (
Short Stories)(邦題:ミズーリの空高く)』でグラミー賞最優秀ジャズ・インストゥルメンタル・グル
ープを受賞しているが、これらの他にも多くのミュージシャンとセッションしており、デュオ・アルバ
ムも多数制作されているほどだ(Wikipadia 参考)。
合掌
しぼったばかりの夕陽の赤が
水平線からもれている
苫小牧発・仙台行きフェリー
あのじいさんときたら
わざわざ見送ってくれたよ
おまけにテープをひろってね
女の子みたいにさ
みやげにもらったサイコロふたつ
手の中でふれぱ
また振り出しに戻る旅に
陽が沈んでゆく
女や酒よりサイコロ好きで
すってんてんのあのじいさん
あんたこそが正直者さ
この国ときたら
賭けるものなどないさ
だからこうして漂うだけ
みやげにもらったサイコロふたつ
手の中でふれぱ
また振り出しに戻る旅に
陽が沈んでゆく
唄 吉田 拓郎 『落陽』
詞 岡本おさみ/曲 吉田拓郎
どうしてなんだ! チャーリー・ヘイデンの訃報と吉田拓郎の『落葉』のクロスオーバーなんて?今日
は、滋賀県知事選挙に車で出かけてることになったが、強烈な眠気と経験したことのないようなシルク
スクリーンがかった状態で投票する。彼女は白内障やクモ膜下出血の前兆かしらということを聞き、こ
のまま逝っても仕方がないかと考えながら帰ってきた。昼からやりかけた作業を止め、アルコールを飲
み暫くぼんやりしていたが、打ち込み作業を再開する。
※ 彼女からもらって服用したエーザイの「メチコパール錠」(メチルコラバミン)は、ビタミンB12
の一つの形態であり、シアノコバラミンに対しシアニドがメチル基に置き換わっていることが特徴
だが、ここが焦点になると後から気づき、ビタミンB12 だから安全だと、いや、ここには天然のと
いう先入観念が入っていたことに、軽率な行動だったことを反省する。「違いのわかる男」?とは
海外食品メーカーCMだったが、医療知識に無知なわたしが、消去法で異変の原因を自分なりに特
定し、服用することを止めることにした。
されど、夏山が待つ。