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極東極楽 ごくとうごくらく

豊饒なセカンドライフを求め大還暦までの旅日記

昇龍不可抗論

2017年10月30日 | 時事書評

       

                          

                 公孫丑(こうそんちゆう)篇 「浩然の気」とは  /  孟子  

                                                      

     ※ 禍福はみすがら招くもの:仁は宋誉のもとであり、不仁は屈辱のもとである。屈辱
       を避けたいと思いながら、仁政を行なわないのは、濡れたくないと思いながら水溜
       りにつかっているようなものである。屈辱を避けるには、まず道徳を重んじ、有能
       な人材を詐取することだ。賢人が重要な地位につき、有能贈が官位を将れば、国の
       泰平は保たれる。そのうえで、政治と刑罰を明確にすれば、大国からも畏敬される。
       『詩経』に、「くもり雨ふるその前に 桑の根っこの皮をとり 巣の出入口を固め
       よう 木の下にいる人間どもが小鳥のわたしをいじめぬよう」とある。孔子は「こ
       の読の作者は道理をわきまえている」と言った。つまり国の政治がよければ、侮辱
       を加える者はない、というわけだ。泰平無事の時、それをよいことに安逸をむさぼ
       るのは、災禍を招いていろのも同然だ。禍にせよ、福にせよ、すべてみすがら招く
       ものだ。『詩経』に、末ながく天命とともにあり みずから幸せを求めよ」『書経』
       の太甲篇に、「天が降した災難は逃れることもできよう。だが、みずから招いた災
       難はけっして逃れられない」とあるのは、つまりこの意味である。
 
       【解説】「治にいて乱を忘れず」(『易経』繋辞伝)。泰平無事の時にも、常に非
       常事態に備えてねかねばならない。非常事態は突然飽ってくるものではない。泰平
       ムードのなかにその”胎児”がすでに生まれ育っているのだ。

  易経と十翼   

 

 Oct. 17, 2017 

   

 

 

【昇龍不可抗論 Ⅰ】

● 帝國のロングマーチと強かな国家解体論の狭間

かって、ブログでも掲載したように、富国強兵をめざし突進していった戦前の日本のように『坂の上
の雲』(司馬遼太郎著)のように中国も帝國主義的覇権行動(=「帝國のロングマーチ」)をとめる
ことはできないだろう。かって、カールマルクスや吉本隆明がイメージしていた宗教としての最終形
態の緩やかな解体(国家の解放)に向かうことなく、多くの先進諸国の酷か構造の三権分立はおろか
国民によるリコール権(=自由民権)も付与することなく、少なくとも後、五十年、百年を維持し続
けていくだろうとの考えを書いている。また、このような現代中国の政治体制批判はたやすい。そこ
で、週刊エコノミストの『まるわかり中国』(毎日新聞社)に眼を通し、下記のように『習近平の中
国百年の夢と現実』(林望著、岩波書店)に眼を通してみる。

  日本や欧米列強による侵略、そして国民党との内戦で味わった屈辱と苦難を再び繰り進さない
 という思いは、政治的な立場や貧富の差と関係なく、多くの中国人に共通する。政治や社会への
 不安や不満は少なくないけれども、改革開放の結果、衣食足り、贅沢もできるようになった今の
 暮らしを大事にしたいという思いも強い。個人としての自由や権利、尊厳への願い消えていな
 いが、それらは中国かたどり着いた現状の上積みとして探求されるものであり、それを危うくす
 るためのものではないという意識の広がりも私は感じてきた。中国が空中分解することなく、よ
 りよい方向に前進することが今の中国に生きる人々の最大公約数的な願いであるとすれ、その
 ために最適な改革のテンポとはどういうものかということが重要になる,

  習はしばしば「我々は川底の石を探りながら、慎重に川を渡らなければならない」という言葉
 を口にする,2014年2月のロシア訪問を前にしたロシアメディアとのインタビューでは、「
 中国の改革は、始まって30年が過ぎ、深くて危険な水域に入っている。皆に熹ばれる改革はほ
 とんどやり、軟らかい肉はもう全部食べつくしてしまっている。残ったのはかみ砕くのに苦労す
 る硬い骨ばかりだ」と述べ、「たとえそうであっても我々は気持ちを強く持って前に進まねばな
 らないが、一歩一歩、危なげなく、正しい方向に進み続けなければならない。取り進しのつかな
 い間違いを犯すわけにはいかないのだ」と語った。彼らにとっても国家のかじ取りが手探りであ
 ることを示す言葉であり、表向きの「自信」の裏側にある深い危機感の吐露でもあろう。

  習近平の手腕は中国と世界を眩目させているが、その政策の多くは、共産党政権が積み上げて
 きた大きな流れの中にある。毛沢東の時代も郎小平の時代もすべて共産党の歴史であるとして肯
 定しようとする習は、その巨大な振り子が刻む長い時間を意識し、その流れの中で自分の仕事が
 評価されることを深く自覚しているように見える。
 「中国の夢」とは、そうした習の使命感を凝縮したスローガンだが、今後、厳しく問われていか
 なくてはならないのは、それがいったい誰のための夢なのかということだ。十三億人の夢ではな
 く、共産党政権の、あるいは習自身の夢でしかないのであれば、これほど危うい話はない,中国
 の行方にいや応なく影響を受ける私たちは、彼らが目指す 「百年の夢」がどのような像を結ん
 でいくのかを、予断や偏見にとらわれず、曇りのない目で見つめていく必要かおるように思う。
      
                             終章「形さだまらぬ夢」より

                      林 望 著『習近平の中国 百年の夢と現実』


とは言え、経済規模においては後数年もせずうちに、米国を抜き世界一になることになんの疑問もも
たないで
いる。つまり、『昇り龍』の勢いは止めることができないと考えるが、そのときにそれに
ふさわし『美徳』を
携えた国であるのかどうかは定かでないとも考えている。また、それ以上の想像
についてはほとんどこれから中国で生じる必然性のため書かずにおいておく。



【中国初無軌道電車の登場!】

今年6月、中国のCRRC社が非軌道電気トラックが登場し、社会実験を開始している。このことはブ
ログでも掲載しているが中国で開始されたことになる。Autonomous Rail Rapid Transit(ART:自律型高
速鉄道/無軌道電車)は地下鉄や路面電車のシステム構築コストのほんの一部で、温暖化ガスの排出
や交通量を減らすことが
でききることが唱い文句である。百パーセントの電車は時速70キロメート
ルで乗客3百人を目的地まで運送する
。この自律型高速鉄道は、湖南省株洲市で実証実験が行われて
いる。走行原理は、
従来の軌道ではなく路面上に描かれている案内点線を自動検出し百パーセント電
気で走行する。Channel NewsAsia 社は、この自律型高速鉄道で公共交通機関のスピードアップが図れる
と報じている。この新交通システムは10分間充電した後、時速24キロ以上で走行する。同列車に
はリチウムチタン電池とフラッシュ充電装置で充電する。新列車全長は31メートル以上で車輪の代
わりにゴムタイヤを装備、ツイン・ヘッド・システムにより、電車は非Uターン運行・非軌道電車、
寿命は約25年。人民日報オンラインは、自律型高速鉄は、中国では4億~~7億元、キロメートル
当たり約6010万~1億330万ドルの従来の地下鉄よりも安価であると報じている。新型列車は
億5千万~2億元、または1キロメートルあたり約2250万~3千万ドルの電車に比べ、投資額
のわずか5分の1。列車は2018年に一般に公開する前に珠洲市で実験に入っている。

 

  CNN Oct. 30, 2017
 
【2016年 大気中の二酸化炭素濃度過去最高を記録】

 昨年は記録を破る年となった。2016年の最初の6ヶ月間は、現代の気温記録で最も暖かい記録を
更新。新しい大気汚染地帯のC二酸化炭素レベルが80万年のうちに最高点を記録。「世界気象機関
WMO)が発表した報告書によると、過去770年の間に目撃された大気の急激な変化には、前例は
ない。この組織は、毎年、年間温室効果ガス報告書のデータを収集、2016年のデータを見直しな
がら、二酸化炭素レベルが急激に上昇した原因を「人間活動」と「強いエルニーニョ現象」の複合に
よると表明している。

また、CNN社は、地球が大気中の二酸化炭素濃度の経験は、気温が2~3℃上昇し、現在の海面水位
が10~20センチメートル上昇した3~5百万年前。二酸化炭素やその他の温室効果ガスの排出量
を急速に削減しなければ、パリの気候変動に関する協定の目標をはるかに上回り、今世紀末までに危
機的な気温上昇に向かうだろうと、Petteri Taalas WMO事務局長は語り、未来の世代ははるかに不快な
惑星を継承するだろうと結ぶ。。2015年には1195カ国がパリ気候協定に調印し、気候変動が
悪化するのを防止するために各国が満たす必要のある排出目標の概要を説明している。トランプ大統
領は、米国は唯一の先進国でありながらパリ合意から離脱。その結果、いくつかの米国州が反発しパ
リ条約に沿った排出目標を合意設定している。10
月に、国連環境計画は別個の排出ギャップ報告を
発表する予定のWMOレポートでは、各国が温室効果ガス排出量を削減するために行った政策コミッ
トメントを追跡。また、現在の政策がどのように2030年目標を達成するかを分析している。数字
は嘘でなく、いまだ大量の温暖化ガスを放出している。いずれこれを反転する必要がある関係者は述
べている。また、ここ数年は再生可能エネルギーの莫大な恩恵を受けてあいるが、これらの新しい低
炭素技術が普及するように努力しなければならず、すでにこの課題に取り組むためのソリューション
の多くを持っているとし、グローバルな政治意志と新たな緊急性の必要性を強調している。

  Oct. 1, 2017

 【気候変動と火山噴火は、夏のない年を招来させるかも

科学者たちは、気候変動が現在のペースで継続すれば、海洋が過去に行ったように火山性硫黄やエア
ロゾルによる大気の影響を減らす能力(=吸収能力)を失う可能性があると警告している。これは、
インドネシアのタンボラ山の今年4月噴火したように、1815年の火山噴火のように「夏のない年」
につながる可能性があると。
米国の大気研究センター(NCAR)が主導した新しい研究は、地球の気
候を変える際の特定の噴火の役割と、海氷の融解や地球規模での上昇により影響を受け続けた場合、
気温変動に影響する<だろうと予測している
。それによると、海洋は、暖かい水が表面に上がってい
る間に、海のより寒い水が沈み、周囲の土地や大気を暖かくするプロセスを通じ、気候を相対的な正
常に戻す
重要な役割を果たしているが
、気候変動に起因する海洋温度の変化で、2085年にタンボ
ラ山に似た噴火が起きた場合、海洋は気候の安定化をもたらさない可能性が高いと危惧する。同
研究
者(Otto-Bliesner)は、インドネシアのタンボラ山地の1815年噴火に対する気候システムの反応は、
将来の潜在的な異変の視点を与えるが、気候システムがはるかに異なった対応をするかもしれないと
いう。「夏のない季節」それはわたしたちには考えられないことだが。


doi:10.1038/s41467-017-01302-z Nature Communications 8,  Published online:31 October 2017



   今夜の一品


習近平の「虎も叩くが蠅も叩く」ではないが金星社のアイフォーンK7iは超音波を発信し「蚊も叩
く」機能がついてマラリアの予防に役立つとしてインドなどの亜熱帯圏に同機種の拡販中とか。これ
は面白いと注目。 

 

コメント (1)
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第4次産業とエネルギー革命

2017年10月30日 | デジタル革命渦論

      

                             

                公孫丑(こうそんちゆう)篇 「浩然の気」とは  /  孟子 

                                                      

     ※ 覇者と王者:仁政を表だてながら、武力で威圧するのが、覇者である。したがっ
       て覇者になるには、大国を持たねばならない。徳を施し仁政を行なうのが王者で
       ある。王者になるには大国を必要としない。湯王は七十里四方、文王は百里四方
       の小さな国を持つだけで天下の王者となっている。武力で人民を従わせるのは心
       から従わせるのではない。人民は抵抗できずにいるだけだ。しかし徳で人民を従
       わせるのは、心の底から従わせるのだ。七十人の門人が孔子に心服したように。
       『詩経』に「西より東より 南より北より やって来て心服しない者はない」と
       あるのは、このことをいったものである。

       【解説】癩者とは、諸侯の旗頭のこと。春秋時代の斉の桓公、晋の文公らをいう。
       戦国時代には、各諸侯がたがいに覇を競い、武力による政策を進めていた。孟子
       はその力による政策を否定し、最も重要なことは人民を心服させることではない
       かと説き、王者の徳による仁政こそ人民を心服させることができると主張する。

 

  Oct. 30, 2017

【抗癌最終観戦記 11:人工知能支援早期癌検出時代】

Artificial intelligence: Is this the future of early cancer detection?

 10月 29日、ペインバルセロナで開催された第25回欧州合同胃腸病学会で、人工知能(AI)に
より駆動する新しい内視鏡システムで結腸直腸腺腫を自動的に特定できることが公表されている。日
本で開発されたこのシステムは、狭帯域撮像(NBI)モード適用後、メチレンブルーで染色したポリ
ープの約300個の特徴解析に、結腸直腸ポリープの500倍拡大をエンドサイトーシス(endocyto-
sis
)――細胞が異物を内部に取り込む作用。取り込まれる物質が固体の場合は食作用、液体の場合は
飲作用として区別される――画像を使用する。このシステムは、各ポリープの特徴を機械学習に使用
された3万以上のエンドサイトーシス画像と比較し、1秒未満で病変病理を予測できる特徴をもつ。

森雄一昭和大教授らの研究グループでは、内視鏡検査で結腸直腸ポリープが検出された男女250人
を被験者とし  AI支援システムを用いて各ポリープの病理を予測し、それらの予測を最終的な切除標
本から得られた病理学的報告と比較したところ、AI支援システムで、306個のポリープをリアルタ
イム評価で、94%の感度、79%の特異性検出、86%の精度で79%および93%の陽性/陰性
のそれぞれの予測値で新生物の変化を同定する。オープニングプレナリー講演で森教授で、このシス
テムでは、人工知能が内視鏡専門医のスキルに関係なく結腸直腸ポリープのリアルタイム検査を実現、
したことで非腫瘍性ポリープの不必要切除を未然に防止できると同時に、結腸直腸癌以外の癌関連死
のリスク低下できると話す。

❏ 特開2017-070609 画像処理装置及び画像処理方法

 【概要】

画像処理を行うことによって、病理診断を行う発明が提案されている。しかし、食道、胃、小腸、大
腸などの消化管の病理診断は、専門的な知識と経験を要するため、消化管の一部組織を切除し、体外
にて顕微鏡による診断を行っている。
一方で、近年、超拡大機能(380倍~450倍)の高倍率機
能により、リアルタイムに体内(消化管内)で病理組織を予測できる内視鏡 endocytoscopy  が開発さ
れ、病理診断の代替になることが期待されているが、画像解読に専門的トレーニングが必要である。。
そのため、先行研究により endocytoscopy 画像に対するコンピュータ診断支援システムが開発され非
腫瘍・腺腫・癌の鑑別に有用性があることがわかった。このように上図1のごとく、病変の診断をコ
ンピュータ診断支援システムを用いて客観的に行うことで、専門的な知識と経験を有する者でなくと
も、病変の診断を可能にすることが可能となるが、かかる画像処理装置は、血管が撮像されている撮
像画像の全体の濃淡についてテクスチャ解析を行う解析部111と、テクスチャ解析の結果を用いて、
病理診断に対応した分類を行う分類部112と、を備えることで実現提供されるものである(詳細は
上図クリック参照)。

【非特許文献1】Kudo  S,  Wakamura  K,  Ikehara  N,  Mori  Y,  Inoue  H,  Hamatani  S.  Diagnosis  of  colorec-
tal  lesions  with  a  novel  endocytoscopic  classification-a  pilot  study-.  Endoscopy  2011;43:869-875

【非特許文献2】Mori  Y,Kudo  SE,Wakamura  K,“Novel  computer-aided  diagnostic  system  for  colorectal  le-
sions  by  using  endocytoscopy  (with  videos).",Gastrointestinal  Endosc.  2014  Epub

【非特許文献3】Sato,  Y.  et.  al.;“Tissue  classification  based  on  3D  local  intensity  structures  for  volume 
rendering",Visualization  and  Computer  Graphics,  IEEE  Transactions  on  ,Vol.6,No.2,2000

【非特許文献4】T.  Schultz,  “Topological  Features  in  2D  Symmetric  Higher-Order  Tensor  Fields",Comput-
er  Graphics  Forum,Vol.30,No.3,2011

【非特許文献5】RM  Haralick,“Textural  Features  for  Image  Classification",IEEE  TRANSACTIONS  ON  
SYSTEMS,  MAN  AND  CYBERNETICS.  Vol.SMC-3,No.6,1973

Oct. 27, 2017

【細胞周期の間期を3色で識別する技術の開発】

細胞周期可視化技術Fucciの多様化で再生医療などに貢献

また、 10月27日、理化学研究所開発チームは、細胞周期をより細かく色分けする新しい蛍光プ
ローブ「Fucci(CA)」の開発したことを公表している。それによると、これまで、細胞は、細胞周期[
に沿って成長と分裂を実行することで増殖するが、細胞周期の進行の制御はあらゆる生命科学におい
て注目され、生物個体や細胞・組織培養系の個々の細胞が細胞周期のどの位相にあるか調べる技術が
求められてきた。そこで理研では細胞周期をリアルタイムに可視化する蛍光プローブ「Fucci(フーチ
は、世界中の研究者に利用されている。Fucciは細胞周期のG1期を赤の蛍光色に、S/G2/M期を緑の蛍
光色に標識する蛍光プローブだが、S期とG2期を色分けられなかった、G1期標識の反応にはある程度
の時間を必要とし、高速に増殖する細胞種の短いG1期は検出できなかった。

今回、同グループは、Fucci技術の作動原理である「細胞周期依存的ユビキチン介在タンパク質分解」
を多様に改変し、Fucci(CA)を新たに開発。Fucci(CA)は、細胞周期の間期であるG1期・S期・G2
をそれぞれ赤・緑・黄の3色で識別。通常の光学顕微鏡で蛍光シグナル分布を併せて観察すればM
も識別できる、すなわち4つの細胞周期全てを光学的に分離できる技術である。実際にFucci(CA
を用い、培養細胞の紫外線に対する感受性がS期に最も高いことを明らかにする。さらに、Fucci(CA
)は分裂直後からG1期を標識できるため、高速に増殖する未分化性マウスES細胞(胚性幹細胞の細
胞周期でも、極端に短いG1期を含めて確実に検出に成功。

Fucci(CA)は哺乳類動物を扱うあらゆる生命科学分野で応用でき、癌、発生・再生研究だけでなく、
動物脳における神経新生の検出、宇宙空間における細胞増殖の観察などにも適用を予定されている。
今後は、ヒトのES細胞(胚性幹細胞)やiPS細胞(人工多能性幹細胞)を用いた再生医療および薬剤
スクリーニングにおいての応用できる。

  Oct. 26, 2017

 "Genetically-Encoded Tools for Optical Dissection of the Mammalian Cell Cycle.", Molecular Cell,
doi: 10.1016/j.molcel.2017.10.001

以上、2つの記事を記載。かって吉本隆明は、新しい第4次産業は『画像処理技術産業』だと発言し
ていたことを思い出しながら「抗癌最終戦記」シリーズを掲載し彼の彗眼を再認識する。



 【量子ドット工学講座 No.47

    No.91

 Oct. 27, 2017

 【ソーラータイル事業篇:最新薄膜量子ドット太陽電池技術】

10月27日、ワイントン大学らの研究グーループは、ペロブスカイト型量子ドット薄膜太陽電池を
カチオンハライド塩(A-S)で均一で緻密なコーティングする――このことは他の研究報告でも指摘
されてきたことだが――研究グループは、Aサイトカチオンハライド塩(A-S)で化学的に表面積層し
たハロゲン化ペロブスカイト量子ドット(QD)薄膜を開発。量子ドット型ペロブスカイトを粒子成長
させた積層膜分離し、従来のペロブスカイト薄膜より大きな開回路電圧(Voc)を起電する、工業的
に優しい溶媒を用いたコロイド合成と処理方法を開。1.75~2.13eVの可変バンドギャップを有するCs
PbI3
量子ドットは、Vocの狭い赤外光を吸収し、オールペロブスカイト型多接合太陽電池の理想的な
トップセルとなりうる。ペロブスカイト型QD膜内の電荷キャリア移動度は、QD-QD接合部の化学的条
件に依存し、AX処理によりペロブスカイトQD間結合調整方法を提供。これにより高品質QD薄膜デバイ
ス構造で電荷移動性を改良する。本件のAX処理により、膜の移動度が倍増し、光電流が増加し記録的
な量子ドット太陽電池の変換効率を13.43%まで高めることに成功している。

コロイド量子ドット材料は、オプトエレクトロニクスおよび他の用途の従来の薄膜によって与えら
れるものに独特の特性を付与する。コロイド状QDシステムは、材料のバンドギャップ、電子状態の
活発な位置、および表面化学において巨大な調整可能性の提供が知られているが、特異な特徴が発
見されてきた。光励起では、コロイド状QDは効率的な多重励起子生成を示し、太陽スペクトル内で
1を超える外部量子効率(EQE)をもつ最初の光励起(吸収)と光電気化学電池につながる。
さらに、
コロイド状CsPbI3のQD材料は、立方晶ペロブスカイト結晶相を安定化するのに対し、薄膜CsPbI3材料
は、周囲温度で斜方晶相に緩和する。CsPbI3の立体方体対称性は、光励起用の全無機鉛ハライドペロ
ブスカイト材料の中で最も低いバンドギャップ(Eg = 1.73eV)を示している。しかしながら、室温に
おいて、塩化鉛(Ⅱ)型構造空間群対称性(Eg = 2.82eV)をもつ斜方晶相が熱力学的に好ましい。こ
の相の不安定性の克服に、臭化物(CsPbI3-xBrx)の添加は相転移温度を300℃以上から110℃ま
で低下できることが報告されている。しかし、光起電用途では、この温度低下は十分に低くはなく
合金化はCsPbI2Brのバンドギャップを約1.9eVに増加させるという犠牲を払う。

別の方法では、QDの表面エネルギーを利用することにより、立体相を室温以下で安定ができ、効率が
10%を超えるPVデバイスが得られることを以前に実証している。高い開回路電圧(Voc)(所与の
バンドギャップに対するShockley-Queisser分析から最大電圧の約85%)を計測、短絡電流密度(Jsc
は輸送により制限された。
これは、量子ドット太陽電池(QDSC)の一般的なトレードオフであり、
厚い吸収層での光吸収の増加は、輸送制限QDフィルムにおける電荷抽出効率を低下させる。ここでは、
最初に、後処理(A =ホルムアミジニウム(FA +)、メチルアンモニウム(MA +)、またはセシウ
ム(Cs +)およびX = I-/Br-)を表示し、キャリア移動度を向上させる。
得られたCsPbI3量子ドット
薄膜の構造的、光学的、および電気的特性を特徴づけ、その製造プロセスにより、薄膜が量子閉じ
込め性の保持のナノ結晶特性をもち、AX塩類が合金化まや誘起よりもアレイ量子ドットを被覆でき
る(これらのAX後処理されたCsPbI3QDフィルムは、以後、AXコーティング処理と呼称)。

【結果】

光励起デバイス構造と実証効率

QD結合を改善し、表面を不動態化し、デバイスのエネルギーを調整し、より成熟したPb-カルコゲニ
QDSC技術の安定性を向上させるために、CdCl2およびPbI2およびハロゲン化金属などの金属ハロゲ
ン化物塩が使用されている。 CsPbI3PbSeまたはPbSとの間の表面化学における潜在的な類似性を
考慮して、CsPbI3 QDにおける電子結合を改善に様々なAX塩を調べる。図1は、AX処理剤としてヨ
ウ化ホルムアミジニウム(FAI)を使用して実験室で行われたより優れた装置の1つを詳述する。
使
用されたデバイス構造(図1A)の模式図は、スタックに使用されている様々な層の輪郭を描くために
適用された疑似色が付いた走査型電子顕微鏡(SEM)断面画像(図1B)図1(C~E)は、Voc、Jscなど
の標準的な光励起特性の決定すに電流密度 - 電圧(JV)スキャン(図1C)を含む国立再生可能エネ
ルギー研究所(NREL)最大電力点を図示する。このデバイスを0.95Vの電圧に保持し、出力電流
対時間の測定値を記録し、図1Dに図示。ペロブスカイト太陽電池のヒステリシス特性に設定された
電圧でのこの安定化された電流出力を使用して、スペクトルミスマッチ後の認定されたAM1.5G効率
を決定する(部分的には図4に示すEQEから計算される)。(図1E)およびデバイス活性領域を決定。

0.95Vで安定化された電流は、図1Cに示される逆J-Vスキャンとよく一致し、その結果は、現在ま
でに報告された最高効率のコロイド状QDSCである13.43%の総合効率を図示。

図1高効率FAI被覆CsPbI3 QDSCs(A)太陽電池の概略断面図。 FTO、フッ素ドープ酸化スズ(B)
デバイス断面のSEM画像。 NREL認定(C)順バイアスから逆バイアスまでのJ-V特性、(D)0.95V
定電圧での安定電流、および(E)EQE

AXコーティングCsPbI3 QDSCおよび薄膜特性

様々なAX塩が、QDアレイを修飾する潜在的な治療法として研究されてきた。この仕事にCsPbI3 QD膜
を製造するために、CsPbI3 QDを前述のように合成し、オクタンからのスピンコーティングによって
層ごとに堆積させた。既存の層を再分散させることなく、ネイティブリガンドを部分的に除去し、
さらに堆積するため各QD層の後に酢酸メチル(MeOAc)中の飽和鉛(Ⅱ)鉛[Pb(NO 32] (4)十分
に厚いCsPbI3 QD膜(3~4回の堆積サイクル、200~400nmの厚さの膜に至る)を構築した後、この膜
を酢酸エチル(EtOAc)中飽和AX塩溶液中に約10秒間浸漬した。 図2Aは、フィルム組立のこのプロ
セスを示す流れ図示。

図2 CsPbI3 QD膜へのAX塩の影響とPV性能:(A)膜堆積プロセスおよびAX塩の後処理の略図、(B)
FAI(ピンク)、ヨウ化メチルアンモニウム(緑)、臭化ホルムアミジニウム(FABr)(黄色)、メチ
ルアンモニウムブロミド(MABr)(グレー)、ヨウ化セシウム(CsI)(暗 青色)、および純粋な
EtOAc対照(青色)。 (CおよびD)FAI後処理なしの(C)および(D)CsPbI3 QD膜のToF-SIMS深さプ
ロファイル。 強度は、各データポイントにおける合計カウントに対して正規化される。薄膜全体にわ
たる積分されたToF-SIMS信号強度から計算されたCs / Pb、Cs/Pb, I/Pb, and FA/Pb およびFA / Pbの比率。

AX塩の後処理の組成が変化する一連の太陽電池ならびに純粋なEtOAcのみが使??用される制御装置を製
作し、種々のAおよびX成分の役割ならびに得られた薄膜。図2Bは、デバイスのJ-Vスキャンと様々な
AX塩処理を比較。対照と比較して、すべてのAXS塩後処理はCsPbI3 QDSCの性能を著しく増加させ、こ
の表面処理スキームの一般性および有効性を実証。
このシリーズで検討された様々なAX塩の後処理の
中で、最も高い電力変換効率(PCE)は13.4%であり、14.37mA / cm 2Jscを用いてFAI処理から得
られ、これはPCEによる純粋なEtOAc対照よりも著しく良好であり、 Jscはそれぞれ8.5%および9.
22mA / cm 2であった。図2Bに見られるように、後処理はVOCまたはフィルファクタ(FF)にほとんど
影響を与えず、PCEの改善はほぼ完全にJscの増加に起因する(表1参照)。

これは、異なるAX塩処理が様々な程度でQDカップリングに影響を与え、QDフィルムの電子特性を調
整するために使用できることを示唆している。FAIで処理したチャンピオンデバイスと純粋なEtOAc
処理したチャンバーデバイスを比較することにより(図S1※上表クリック参照)、JSCの~60%の改
善を測定し、JVスキャンから得られたPCE8.5~13.8%に改善し、6.1~13.5%に上げた。 この光電流
の増加は、バンドギャップの変化を示すEQEオンセットの変化ではなく、全体的なEQEにおけるブロー
ドバンドの改善のために生じます(図S1)。 さらに、純粋なEtOAcおよびFAI処理を用いた膜の吸光度
スペクトルは~700nmで同様のオンセットを示し、EQEスペクトルと一致するが、同様の全体的な光吸
収を示す(図S2※)。 JSCは光吸収の改善から生じる。 このAX後処理スキームは、CsPbI3 QDフィルム
の電荷担体回収効率を向上させる一般的な方法であることを示唆しています(図S3※)。 FAIの事例を
詳細に調査した。しかし、最適化後の他のAXソルト後処理は、さらに高い性能をもたらす可能性があ
る。 PCEの改善に加えて、フォワード(つまりJSCからVOCへ)と逆方向(すなわちVOCからJSCへ)JV
スキャンのヒステリシスの顕著な減少、ならびにSPOとFAI後処理後の逆JVスキャン(図S1※)。この
FAI後処理で製造された78個のデバイスのPCE、VOC、JSC、およびFFのヒストグラムが図4に示されてい
る。これらの高効率(>12%)、高電圧(> 1.15V)QDSCの再現性を実証する。

                     ――― 中略 ―――

考察

QDは、バンドギャップおよびエネルギー位置が広く調整可能であるという利点を有し、CsPbI3の場合
相安定性の付加的利点を提供するが、QDSCは従来、バンドギャップに対する低VOCおよびキャリア収
集効率の低下の両方から苦しんでいた。QDSCのこれらの両方欠点が、CsPbI3 QD膜のカップリングに
よって大部分が克服され得ることを示す。この研究で開発されたAX処理戦略は、CsPbI3 QD膜の電子
特性を調整するための一般的な方法を提供する。より具体的には、FAIコーティングは、CsPbI3 QD膜
の高い移動度を倍増させ、記録されたPCEが13.43%となり、QDSCが色素増感太陽電池、有機PV、
CZTSSe PV
技術。 さらに、Shockley-Queisser限界の80%を超える高VOC、およびバンドギャップの
調整可能性により、これらのデバイスは高効率タンデム太陽電池構造用途に適す


紙面の都合で、部分的に割愛掲載したが、「耐久性」の問題を残すもののほぼの量子ドット型太陽電
(+α)の変換効率30%超の実用化の道筋がほぼ立ったとわたし(たち)は考えている。この続
編は適時掲載していく。



 

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夕暮れの秋を楽しむ一人鍋

2017年10月28日 | デジタル革命渦論

      

                             

                公孫丑(こうそんちゆう)篇 「浩然の気」とは  /  孟子 

                                                      

     ※ 聖 人 論:「人の話を判断するとはどういう意味でしょうか」、「妥当でない
       話を聞けば、相手がどの辺に暗いかを判断する。でたらめな話を閲けば、どこに
       惑わされているかを判断する。よこしまな話を問けば、どこで道理をはずれたか
       を判断する。言い逃れの話を聞けば、どこで行きづまっているかを判断する。こ
       れらの話に心が惑わされれば、行為が毒され、さらには政治が毒される。聖人が
       いま現われたとしても、わたしの言葉に賛成されよう」、「宰我(さいが)や子
       貢(しこう)は言説にすぐれ、冉生(ぜんぎゅう、閔子(びんし)、顔淵(五人
       とも孔子の門弟)は徳行にすぐれていました。孔子はどちらにもすぐれていなが
       ら、自分では『話すことは不得手だ』と言っています。してみると、先生はもは
       や聖人の域に達しておられるわけですね」 

       「なんということを言うのか。むかし、子貢が孔子に『先生はむろん聖人でしょ
              うね』とたずねると、孔子は『聖人までにはとてもとても。たゆまず学び、あき

              ることなく教えるだけだ』と答えた。すると子貢は『たゆまず学ぶ、それは智だ。
              あることなく教える、それは仁だ。智仁兼備の先生は、もはや聖人だ』と感心し
              た。孔子でさえ聖
人を自認されなかったのだ。ましてこのわたしを・・・・とんでも
              ないことを言うものだ」、「いつでし仁か、こんな話を聞きました。子夏、子游、
       子張(孔子の門弟)は聖人としての一面を備えている。冉生、閔子、顔淵はその
       全面を備えていた。が、ただスケールが小さかったということです。先生はどの
       人ぐらいにあたりますか」、「その話は、やめておこう」「では伯夷(殷、周時
       代の聖人)や伊尹(夏、殷ごろの聖人)とは、どうでしょう」「わたしは、この
       二人とは行き方がちがう。伯実は、しかるべき君主であれば仕え、しかるべき人
       民であれば指導し仁。治まった世の中であれば政治をあずかり、乱れた世の中で
       あれば隠遁した。伊尹は、だれに仕えても君主は君主、だれを指導しても人民は
       人民、と割り切って、治まった世の中でも、乱世でも出仕した。これに対して孔
       子は仕えるべき君主には仕え、やめるべきときにはやめ、長くとどまるべきとき
       はとどまり、早く去るべきときにはさっさと去った。この三人は、いずれも聖人
       だ。わたしにはとてもその上うな真似はできない。しかし希望としては孔子に学
       びたい」「伯夷も伊尹も、孔子と同様にみなしてよいのですか」、「いやいや。
       これまでに、孔子ほど偉大な人間はなかった」

       「では三者に共通したところは?」「それはある。かりに小国でも、君主として
       腕を振えばたちまち諸侯を朝見させ、天下を平和にするだろう。また天下を統一
       するさい、不正を行なったり、無実の人を殺したりは、絶対にしない。この点で
       三人は一致している」「では相違したところは?」「そうだな。宰我、子貢、百
       若(孔子の門弟)は聖人を理解するだけの見識を備えていた。また、尊敬する人
       物に対してお世辞を使うような人柄ではなかった。そのかれらが孔子についてこ
       う評価している。まず宰我は、『亮、舜よりはるかにすぐれている』、子貢は、
       『君主の施政ぶりをうかがうには、その国の礼制を見ればよい。君主の徳をうか
       がうには、その人の好んだ音楽を聞けばよい。この方法で歴代の王を品定めして
       みれば、この世が始まって以来、孔先生の上をいく人物はない』、有若は、『獣
       類でいえば麒麟、鳥類でいえば鳳凰、山では泰山、河海では黄河や大海、これら
       は同類のなかでもぬきんでている。人類における聖人は、つまりこれである。そ
       のなかでも群を披いているのが孔先生である。人類あってこのかた、孔先生より
       輝かしい人物はない』と言っている」

       【解説】 動揺しない心にはじまって、❶勇気を養う方法、❷浩然の気、❸言説
       の判断、❹聖人論と、めまぐるしく話題が変わってゆく。外面に恐れの気配を表
       わさない北宮黝、必勝の信念の確立を心がけた孟施舎、それらも勇気にはちがい
       ないが、真の勇気は、道義とともにあることの確信から生まれるのだ浩然の気
       
とは、この確信にもとづいた泰然自若たる心境に外ならない。「忘れてもいけな
       いし、《助長》してもいけない」という言葉は、浩然の気の涵養にかぎらず、何
       事においても戒めとなるだろう。「気」は原文のままであるが、一種のエネルギ
       ーと解することによって、いっそう判然としよう。意志とエネルギーの相関関係
       を説くこの一章は、孟子独特の。行動の哲学‘である。と本書で解説される、こ
       れは人格形成には欠かせないものだと思いつつ、今読み進めている村上春樹の『
       騎士団長殺し 第Ⅱ部 遷ろうメタファー編』に通ずるところあり、と感嘆する。 

    No.90 

【エネルギータイリング事業篇:モジュール一体型屋根材「CRESTROOF」】 

10月16日、カナディアン・ソーラー・ジャパン株式会社は、住宅向け太陽光発電システムの新製
品として、太
陽光発電モジュール一体型屋根材「CRESTROOF(クレストルーフ)」を今年11月6
日(月)より受注開始、12
月4日(月)より出荷開始することを公表。それによると下写真のよう
に、5本バスバーおよびPERC単結晶セルを採用したモジュール変換効率18.4%の「CS6V-250MS
を採用。太陽光発電モジュールと金属屋根材が一体化することで、シンプルで美しい外観を持ちなが
ら、様々な高い機能を実現し。「CRESTROOF(クレストルーフ)」は、同社の自社施工部門による
材料から施工までの材工一括管理で、高い施工品質が提供できるとのこと 

 Oct.16, 201 

屋根材との段差がなく、一体感のあるフラットなデザインに仕上。屋根周囲の役物部材を供給。案件
ごとに設
計し、幅広い屋根サイズへの対応ができる。また、国内屋根材メーカーが考案した設置構造
により、設置の際
に使用するビスが雨水に触れることを可能な限り減らし、屋根の重なり部分では毛
細管現象も防ぎます。高い
防水性能を活かし、傾斜(勾配)が低い屋根にも設置可能です。本製品に
は、10年雨漏補償が付属。
最低勾配1.5寸(約4.5センチメートル)、低勾配用タイプ使用時に
限る。また、製品納入日起算にて10年間の期限で「CRESTROOF(クレストルーフ)設置部の破損
を原因とした雨漏りに対して、補償上限額内において雨漏修繕費用を補償。太陽の熱により暖められ
た太陽光発電モジュール裏の空気は、モジュールと屋根材の通気層により自然換気されるため、モジ
ュール温度の上昇を抑制できる。 

 



❏ 関連特許事例:特許5632197 屋根上設置物の取付具 

 【概要】 

下図2のように、礎部材をスレート葺き屋根に安定させて配設することができるようになる屋根上設
置物の取付具を提供にあっては、取付具10は、スレート葺き屋根を形成しているスレート2の上面
に配設される基礎部材20を含んで構成されており、屋根上設置物となっているソーラーパネル3が
固定される基礎部材20は、一部同士が上下に重なり合っている上側のスレート2Aと下側のスレー
ト2Bとに跨って配置され、取付具10は、基礎部材20と下側のスレート2Bとの間に挿入される
部材となっていて、上側のスレート2Aの厚さT2分と対応する厚さT1を有する段差解消部材21
を含んで構成されており、上側のスレート2Aと下側のスレート2Bとの段差が段差解消部材21に
より解消される構造/構造を特徴とする。 

【符号の説明】

1  スレート葺き屋根 2  スレート 2A  上側のスレート 2B  下側のスレート 10  取付
具 20  基礎部材 21  段差解消部材 21B  はみ出し部 24,124,224,324 
高さ位置調整部材 35  止着具 37  基礎部材の孔 40  段差解消部材の孔 41  基礎部材
の孔の位置を示すマーク 42  段差解消部材の孔の位置を示すマーク 51  高さ位置調整部材の
凸部 52  高さ位置調整部材の凹部 T1  上側のスレートの厚さ寸法 T2  段差解消部材の厚
さ寸法

【図1】本発明の一実施形態に係る取付具が適用されているスレート葺き屋根と屋根上設置物を示す
    平面図
【図2】図1のS2-S2線断面図
【図3】図1のS3-S3線断面図

【特許請求の範囲】 

  1. スレート葺き屋根を形成しているスレートの上面に配設される基礎部材を含んで構成され、こ
    の基礎部材に屋根上設置物が固定される屋根上設置物の取付具において、前記基礎部材は、一
    部同士が上下に重なり合っている上側のスレートと下側のスレートとに跨って配置されるもの
    となっており、この基礎部材と前記下側のスレートとの間に挿入される部材となっていて、前
    記上側のスレートの厚さ分と対応する厚さを有する段差解消部材を含んで構成されていること
    を特徴とする屋根上設置物の取付具。
  2. 請求項4に記載の屋根上設置物の取付具において、前記段差解消部材は、この段差解消部材を
    前記基礎部材と前記下側のスレートとの間に挿入したときに前記基礎部材からはみ出すことに
    なるはみ出し部を有しており、前記段差解消部材の前記マークは、段差解消部材のうち、少な
    くともこのはみ出し部に設けられていることを特徴とする屋根上設置物の取付具。
  3. 請求項1~5のいずれかに記載の屋根上設置物の取付具において、前記基礎部材の上に、この
    基礎部材に対する前記屋根上設置物の高さ位置を調整するために配置される高さ位置調整部材
    を含んで構成され、この高さ位置調整部材の下面には、前記基礎部材に対する前記高さ位置調
    整部材のずれ防止用の凸部又は凹部が形成されていることを特徴とする屋根上設置物の取付具。
  4. 請求項6に記載の屋根上設置物の取付具において、前記高さ位置調整部材は、複数個が上下に
    重ねられて前記基礎部材の上に配置され、下側の高さ位置調整部材の上面と上側の高さ位置調
    整部材の下面とのうち、一方には凹部が、他方には凸部がそれぞれ設けられ、これらの凹部と
    凸部は、前記下側の高さ位置調整部材に対する前記上側の高さ位置調整部材のずれ防止のため
    に嵌合可能となっていることを特徴とする屋根上設置物の取付具。
  5. 請求項4に記載の屋根上設置物の取付具において、前記段差解消部材は、この段差解消部材を
    前記基礎部材と前記下側のスレートとの間に挿入したときに前記基礎部材からはみ出すことに
    なるはみ出し部を有しており、前記段差解消部材の前記マークは、段差解消部材のうち、少な
    くともこのはみ出し部に設けられていることを特徴とする屋根上設置物の取付具。
  6. 請求項1~5のいずれかに記載の屋根上設置物の取付具において、前記基礎部材の上に、この
    基礎部材に対する前記屋根上設置物の高さ位置を調整するために配置される高さ位置調整部材
    を含んで構成され、この高さ位置調整部材の下面には、前記基礎部材に対する前記高さ位置調
    整部材のずれ防止用の凸部又は凹部が形成されていることを特徴とする屋根上設置物の取付具。
  7. 請求項6に記載の屋根上設置物の取付具において、前記高さ位置調整部材は、複数個が上下に
    重ねられて前記基礎部材の上に配置され、下側の高さ位置調整部材の上面と上側の高さ位置調
    整部材の下面とのうち、一方には凹部が、他方には凸部がそれぞれ設けられ、これらの凹部と
    凸部は、前記下側の高さ位置調整部材に対する前記上側の高さ位置調整部材のずれ防止のため
    に嵌合可能となっていることを特徴とする屋根上設置物の取付具。

 Oct. 10, 2017

【燃料電池篇:燃料電車30ミリメートル精度でバス停に自動幅寄せ】

トヨタ自動車は燃料電池車の路線バス「SORA」を「第45回 東京モーターショー2017」(東京
ビッグサイト、一般公開:10
月28日~11月5日)で公開した(図1、2)。車両周囲に搭載する8
個のカメラで路面の誘導線を検出。操舵と減速を自動で担い、バス停との隙間を30〜60mmの精度で幅
寄せ停車できるようにしたとのこと(トヨタのFCVバス、30mm精度でバス停に自動幅寄せ、日経テクノ
ロジーオンライン、2017.10.27)。それによると、同車両は2018年春の発売を予定する。2020年開催
の「東京オリンピック・パラリンピック」に向けて、東京都を中心に100台以上の車両を導入する計画
だ。2017年3月に東京都が運用を始めた先代モデルのFCVバスと比べて外観や内装を大きく変更し、燃
料電池システムの性能を向上させている。公開した車両が搭載するFCスタックの出力は228kW(114kW
×2)、駆動用モーターの最高出力は226kW(113kW×2)、最大トルクは670N・m(335N・m×2)。電池
容量235kWhのニッケル水素電池を搭載する。充填圧力70MPaの水素タンクを10本搭載し、タンクの合計
内容積は600Lとする。20k~25kgの質量の水素を充填可能で、約200kmの航続可能距離を実現。150km
ればバスとしての需要は満たせるとの話である。

尚、車両寸法は全長1万525×全幅2490×全高3340mmで、乗車定員は座席や立席、乗務員を合わせて79
人。現段階では路線バスとしての運用にとどまり、観光バスとしての導入は検討中。

 Oct. 21, 2017

  Oct. 26, 2017
デンソー、「電動化」と「自動運転」の2分野へ投資を増やし技術革新を加速

【パワー半導体篇:デンソー電動/自動運転向け炭化硅素半導体量産】 

10月26日、同上第45回 東京モーターショーで、デンソーは、電動化に向けた取り組みとして、
SiCパワー素子を用いたインバーターを2020年ごろに5千億円投資し量産すると発表。
SiCを用いると、
損失を1/3に抑えられ特徴。同社hはSiCの材料から開発を進め、その結晶品質は大幅に向上してお
り、他社品に比べて、結晶欠陥(転位密度)を約1/10にできる。
自動運転では、自動運転車の認
知と判断を担う技術を紹介。同社は自動運転の判断を支える「データフロープロセッサー(DFP)」
の開発を進めており、短時間処理で消費電力1/10を実現

 Oct. 26, 2017

【関連特許】

・特開2017-174957  半導体装置の製造方法 トヨタ自動車株式会社    2017年09月28日
・特開2017-152486  半導体装置およびその製造方法 株式会社デンソー 2017年08月31日 

❏ 関連特許事例: 
  特開
2017-109912   SiCシード、SiCインゴット、SiCウェハ、半導体デバイス及び半
                    導体デバイスの製造方法


【概要】

炭化珪素は、シリコンに比べて絶縁破壊電界が1桁大きい、バンドギャップが3倍大きい、また、熱
伝導率が3倍程度高いという優れた特性を有する。そのためSiCは、パワーデバイス、高周波デバ
イス、高温動作デバイス等への応用が期待されてSiCウェハが用いられている。SiCエピタキシ
ャルウェハは、SiCエピタキシャル膜基板はSiCインゴットから加工したSiCウェハを用い、
通常、この上に化学的気相成長法(CVD)でSiC半導体デバイス活性領域となるSiCエピタキ
シャル膜を成長させ製造し、このインゴットはSiCシードを成長させる。このインゴットは、欠陥
や異種多形の少ない高品質なものが求めら、その成長起点となるこのシードは、欠陥や異種多形を制
御できるものが求められている。以前は、貫通螺旋転位、貫通刃状転位、基底面転位等の転位は10
個/cm以上と無数に存在。またキラー欠陥となるこれらのマイクロパイプを無くしていくことが
主な課題であったが、近年の技術向上でマイクロパイプはほぼ存在せず、転位についても10個/
cm以下のこのウェハを作製することが可能となってきた。特に螺旋転位については、a面成長を
繰り返すRAF法(repeated a-face method)等の手法で作製したシードを用いて結晶成長を行うことで、
螺旋転位密度が10個/cm以下のこのウェハが得られることも確認されているが、螺旋転位密度
極めて小さくなり、異種多形発生という別の問題が生じる。 多形とは、この結晶構造の違いを意味す
る。これは3C-SiC、4H-SiC、6H-SiC等の多形を有し、これらの多形はc面方向(
<0001>方向)から見た際の最表面構造としては違いがないため、c面方向に結晶成長する際に
異なる多形(異種多形)に変化するという問題がある。

これに対し、a面方向(<11-20>方向)から見た際の最表面構造として、多形は違いがあるた
めa面方向への成長では、このような多形の違いを引き継ぐことができ、a面方向への成長では異種
多形が発生しにくい。そこで、成長面をc面からわずかにずれた面とし、異種多形の発生を抑制する
ことが行われ、成長面をc面からずらすことにより、原子ステップ(原子面の段差)からの横方向の
成長(ステップフロー成長)が起こり、多形が保存されるが、結晶成長を進めるにつれ、結晶の最表
面の一部に、必ずc面と平行な面が表出する。c面と平行で、成長面に表出した部分をc面ファセッ
と言う。c面ファセットは、c面と平行なため結晶成長の様式が異なる。成長後のSiC単結晶内
において、異なる成長様式で成長した部分をファセット成長領域という。このように  c面ファセッ
トの結晶成長は、c面方向への結晶成長であるため、上述のように螺旋転位密度が極めて少ないSi
C単結晶上に結晶成長を行うことで島状成長が起こり、多形を引き継ぐことができずに異種多形が発
生してしまう。
 
一方で、c面ファセットに螺旋転位が存在する、または成長直後に螺旋転位に変換される螺旋転位発
生起点が存在すると、螺旋転位を起点とした螺旋成長が生じる。螺旋成長では、螺旋部がステップを
形成するため、a面方向への成長を可能とし、多形を引き継ぐことができ、多形を維持するためにc
面ファセットにはある程度の螺旋転位又は螺旋転位発生起点が必要であり、そのための手法が求めら
れている。 例えば、{0001}面よりオフセット角度60度以内の面を成長面として有し、成長面
上に螺旋転位発生可能領域をもつ転位制御種結晶で、成長させる炭化ケイ素単結晶の製造方法は、螺
旋転位発生領域を有する転位制御種結晶を用いた炭化ケイ素単結晶の製造方法を用いて、c面ファセ
ット内に螺旋転位を確実に形成でき、異種多形や異方位結晶の生成を抑制できる。また、種結晶の成
長端面が所定の曲率を持つ凸形状をもつことで、成長過程において渦巻き成長を行うc面ファセッ
ト領域が形成する。

しかし、❶第1の問題は「極めて螺旋転位密度が小さいシードを用いて結晶成長させる場合に、異種
多形の発生を十分抑制できない、❷第2の問題は、導入した螺旋転位が、最終製品の半導体デバイス
の品質劣化の原因となる、❸第3の問題は、低コスト化を目指して長尺成長させた際に、異種多形を
十分抑制できないという問題がある。また、成長の初期段階に形成されるファセット成長領域内に螺
旋転位を確実にきないと考え、異種多形が発生しうるファセット成長領域の面積をできるだけ小さく
すること(点、または線)で、成長初期の異種多形防止を試みているが、ファセット成長領域が徐々
に広がり螺旋転位が導入されるまでの間に異種多形が発生しなければ、異種多形のない成長するが、
成長の極初期段階で異種多形はどうしてもある確率で発生し、上述の第1の問題を解決することがで
きない。

第1の問題に対する対策として、極めて高密度(数千個/cm~)に螺旋転位をファセット成長領
域内に導入が考えられる。高密度の螺旋転位が導入されれば、成長初期における異種多形発生確率を
減らすことができるが、高密度な螺旋転位を導入すると、転位がオフセット下流方向に流出し、多数
の欠陥を生み出し上述の第2の問題が生じる。 また第1の問題と第2の問題を同時に解決に、c面
ファセットに導入する螺旋転位の最適密度を見出すことも考えられるが、最適密度を見出したとして
も、インゴットの長尺化に対応しないという第3の問題がある。螺旋転位は、結晶成長が進むにつれ
て異符号の螺旋転位が互いに引き合い結合して消滅したり、基底面の欠陥に変換するため、結晶成長
と共に螺旋転位密度が少なくなり、成長初期の螺旋転位密度が最適であっても、成長後半には螺旋
位密度
が充分でなく異種多形が生じるという問題が生じる。これと反対に、成長後半に最適条件とな
るように螺旋転位密度に設定すると、成長初期の螺旋転位密度が高すぎて、第2の問題が生じてしま
う。このようにこれら3つの問題は、互いにトレードオフの関係にあり、すべてを同時に満たすこと
ができない。

この3つの問題を同時に解決するにあたり、
下図のようにチップ化された領域内における結晶転位及
び結晶欠陥の存在比率を低減り、炭化ケイ素シードは、{0001}面に対する傾斜角θが何れの方
向にも2°未満である初期ファセット形成面を備え、初期ファセット形成面は、第1の方向に延在す
る第1の螺旋転位発生ラインを有ものである(詳細は下図クリック参照)。


【図1】本発明の一態様に係るSiCシードの一部を平面視した模式図。
【図2】図1のSiCシードの一部をA-A’面で切断した切断面
【図3】本発明の一態様に係るSiCシードの一部を拡大して平面視し、主面と初期ファセット形成
    面の{0001}面に対する傾き方向と傾斜角θを示した模式図

【符号の説明】

10…主面、20,20A,20B,20C,20D…初期ファセット形成面、21…螺旋転位発生
ライン、21a…第1の螺旋転位発生ライン、21b…第2の螺旋転位発生ライン、22…螺旋転位
発生起点、23…螺旋転位、30…副成長面

 Oct. 25, 2017


【エネルギーフリー社会篇:富山市に「ゼロエネ街区」完成】 

10月25日、富山市が推進する「ネット・ゼロ・エネルギー」を実現する環境配慮型街区「セーフ
&環境スマートモデル街区」が完成し、10月25日に完成式典が開催された。富山市のPPP(官民連携)
事業で、公募型プロポーザルで選ばれた大和ハウス工業が工事を手掛けていた。 富山市立豊田小学校
の跡地約8500m2に、宅地21区画と公共施設を建設した。宅地に建設する戸建住宅は、すべてに太陽光
発電システムと家庭用Liイオン蓄電池、家庭用燃料電池コージェネレーション(熱電併給)システム
を搭載した「3電池搭載住宅」となる。9棟が建売住宅、12棟が注文住宅で、現在はモデルルーム1棟
が建設済み。 太陽光発電とLiイオン蓄電池を連係制御するハイブリッドシステム「POWER iE 6 HYB
RID(パワーイエ・シックス・ハイブリッド)」(6.2kWh・太陽光発電システムと合わせて出力5.5kW
)を全戸に設置する。太陽光発電システムとLiイオン蓄電池のパワーコンディショナー(PCS)を一
体化することで、エネルギー制御を効率的に行う。PCSLiイオン蓄電池ユニットはエリーパワー製。
公共施設は、地区センターや公民館、図書館分館の機能を持つ。また、太陽光発電とLiイオン蓄電池、
天然ガスによるマイクロコージェネシステムを搭載し、非常時には地域の防災拠点となる。地区セン
ターは10月23日から、公民館と図書館分館は10月26日から業務を開始。 尚、住宅販売は、大和ハウス
工業富山支店が担当する。宅地は平均201m2(約61坪)で、土地を含めた1戸3500万円程度に
なる見込み。第1期として11区画を販売。



以上、毎日沢山の関連記事を整理(と言っても、目が通せなく没にしているのが実情)しきれず。そ
れほどの変革期である(もう、ヘロヘロですわ!?)。”もろびとこぞりて(Joy to the World! the Lord
is come
)!流れは来ませり~(The time there has been a change.)”である。

● 今宵もほっとウィスキーとひとり鍋:さつまいもと鶏手羽の豆乳スープ



体調をくずし酒は立っていたがそれも二週間で徐々に口にするようになるが、ビール、ウィスキーは
口に合わず、唯一日本酒だけ口にするようにになり、徐々にビールも口にする。そして、気温も下が
り、ほっとウィスキーが恋しくなり、ひとり鍋の季節がやってきた。今夜は彼女の手作り夕食だった
が、食べたい鍋はないか考えていると、移動販売でさつまのバイブレット(レーズンがサツマイモに
変わったイメージだが、徳島の「鳴門金時」の開発栽培の苦労話や最近のちょっとしたブームについ
てマスターと話していたのを思い出す。そこでネットサーフし、鶏手羽元に切り込みを入れておくと
火の通りも味もよくなり、豆乳を加えたら沸騰しないように火加減すれば『さつまいもと鶏手羽の豆
乳スープ』が醤油メーカのレシピに記載されていたので、彼女と相談してみることに。

  Funa Cheese

Sweetfish Cavia

   

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勇気のある賢い女の子

2017年10月26日 | 時事書評



      

                                 
                公孫丑(こうそんちゆう)篇 「浩然の気」とは  /  孟子 
 

                                                    

      ※ 真の勇気を養うには: 弟子の公孫丑がたずねた。「先生ほどのお方が斉の
        宰相となり、存分に腕を振われたとします。そうなれば、斉が天下の王者に
        のしあがったとしても、別に不思議ではありません。ですが、実際そのよう
        な重職におつきになれば、やはり動揺されるのではありませんか」
        「いや、わたしは四十をすぎてから何事にも動揺しなくなった」
        「それなら孟賁(もうほん✻)よりはるかに上ですね」
        「そうむずかしいことではない。告子は、もっと若いときから動揺しなくな
        った」
        「どうすればそうなるのでしょう」
        「うむ。北宮黝(ほくきゅうゆ✻)はこうやった。
        身体を刺されてもみじろぎせず、目を突かれてもまばたきしない。毛筋ほど
        の侮辱でも、公衆の面前でむち打たれたほどに感じる。相手がであろう
        と王侯であろうと、侮辱は一切許さない。王侯が刺殺されても、が殺さ
        れたぐらいにしか思わない。悪口を聞けば、たとい相手が諸侯でもかならず
        復啓した。また、孟施舎(もうししゃ✻)はこう言っている。『たとい勝て
        ない相手でも、のんでかかれ。敵の力をはかり、勝てる見こみが立ってから
        戦うのは、優勢な敵を恐れているのだ。自分が必ず勝てるとは限らない。し
        かし、ひるまないで戦うのだ』、孟施舎のやり方は曽子(そし✻)に似てい
        る。北宮黝のやり方は子夏(しか✻)に似ている。どちらがすぐれていると
        はいえないが、〈気〉を重視した孟施舎が一枚上だ。曽子は弟子の子襄(し
        じょう)にこう言った。『おまえは勇者になりたいか。いつかわたしの先生
        (孔子)から大勇についてうかがったことがある。それによると、わが身を
        反省して、やましいことがあれば、たとい相手がでもひるんでしまう。
        しかし正しいと確信できれば、相手が千万人であろうと、ぶつかってゆく。
        これが本当の勇気だ』、曽子は内心の正しさを重視している。これは気を重
        視した孟施舎よりすぐれている」

        「告子も動揺しなくなったとおっしゃいましたが、先生とのちがいは?」
        「かれはこう言っている。『人の話が判断できないとき、心の中でむりやり
        納得しようとするな。心の中で判断できないとき、気によってむりやり納得
        しようとするな』、さて、"心の中で判断できないとき、気によってむりやり
        納得しようとするな" というのは正しいが、”人の話が判断できないとき、
        心の中でむりやり納得しようとするな〃 というのは間違っている。意志は
        気を左右する。気は肉体をつかさどる。意志の向かうところに気は従う。そ
        こでわたしはいうのだ。意志を固く守り、気を乱してはならぬ、と」

        「ちょっと待ってください。”意志の向かうところに気は従う”とおっしゃ
        った。それなのに”意志を固く守って気を乱さぬように”といわれるのは?」
        「意志が集中すれば、気を動かす。しかし、”気が集中すれば、逆に意志を
        動かすこともあるのだ。たとえば、物につまずくと、思わずトントンとたた
        らを踏む(=よろめいた勢いで、数歩ほど歩み進んでしまうしまうこと)。
        これは気の仕業だ。つまり気が意志をを動かしたのだ」
        「では、告子に較べて、先生はどこがすぐれているのですか」
        「人の話を理解する、浩然の気を養っている、この二つだ
        「浩然の気といいますと?」
        「一口にはいえない。このうえなく広大で、このうえなく剛健なもの、すな
        おに正しく養えば、天地の間に充満する。それが浩然の気だ。しかし、それ
        は道と義とに伴われてこそ存在するものだ。さもなければ消える。義をくり
        かえし行なっている間におのずから得られるものなのだ。たまに義を行なっ
        たからといって得られるものではない。また心にやましいところがあっても
        消えてしまう。いつか。”告子は義を理解していない”と言ったのは、かれ
        が義を心の外に存在するものとみなしているからだ。浩然の気を養うには、
        よくよく心がけなければならぬ。しかしそれを目的として意識してはいけな
        い。忘れてしまっては、もちろんいけないが、むりに””助長”✻してもい
        けない。宋の国のある百姓は、苗の成長を早めたい一心から苗を引っぱって
        しまった。疲れきって家に帰り、こう言った。『ああ、今日はくたびれた。
        苗を伸ばして来たのだから』、息子があわてて畑にかけつけると、苗はすで
        に枯れていた。世間にはこんな人間が少なくない。浩然の気を養うのを無益
        だときめつけるのは、畑の草とりもやらない人間だ。”助長”しようとせっ
        かちになるのは、苗を引っぱる人間だ。これは無益なばかりか、有害でさえ
        ある」

        〈孟賁 北宮黝 孟施舎〉 いずれもむかしの斉の勇者。
        〈告子〉 孟子の論敵で、性善説に反対して性には善も不善もないと主張し
        た(告子篇261項参照)。
        〈曽子〉 孔子の弟子。内省的な人物で常に自分の心を正しく守ることに意
        を用いた。
        〈子夏〉 孔子の弟子。外面的な規範を忠実に守ることを心がけた。
        〈かれが義を心の外に存在するものとみなしている〉 孟子がの二つ
        ともみずからの心に根ざした徳とみているのに対し、告子は、義は外的事実
        によって生ずる徳であるとみている。したがって義の徳を積む修養は不要だ
        とした(告子篇二六四頁参照)。
        〈助長〉 来国の百姓の寓話にあるように、本来の意味は。”長ずるを助け
        る”で、性急に伸ばそうとするあまり、逆にダメにしてしまうことである。

 

 【量子ドット工学講座 No.46

    No.89

【量子ドットディスプレイ篇:省エネで高品質の高精細カラー表示器】


10月16、17日 「Display Innovation CHINA 2017」でサムソンディスプレイ社の量子ドット液晶
ディスプレーの技術と戦略が話題となっている。量子ドット液晶は有機ELよりも鮮やかな色を表現
できるだけでなく、焼き付きも起こらない。消費電力も低い。(課題とされる)視野角は改善可能で
あり、輝度も向上できる。同社は環境負荷物質のカドニウムを使わない量子ドット材料を使用してお
り環境にも優しいと優位性を強調し、量子ドット液晶テレビの製品戦略として、現在のバックライト
上に量子ドットシートを置く方式から、来年(2018年)は液晶用ガラス基板の中に量子ドットの機能
を取り込んだ形にしてディスプレー全体の薄型化を図る。2019年には8Kの量子ドット液晶テレビも
製品化を計画。さらに、同社はこの技術をテレビだけでなく、モニターディスプレーにも展開する方
針を打ち出している。

携帯電話、PDA(personal digital assistant)、コンピュータ、大型TV(television)といった各種電
子機器の発展につれ、それらに適用される平板表示装置への要求がだんだんと増大している。平板
示装置
のうち、液晶表示装置(LCD:liquid crystal display)は、低い電力消耗、容易な動画表示及び
高いコントラスト比などの長所をもつ。 液晶表示装置は、2枚の表示基板の間に配置された液晶層を
含み、液晶層に電場を印加して液晶分子の配列方向を変化させ、入射光の偏光を変化させるのであり、
それを偏光子と連動させて、画素別に入射光の透過いかんを制御することによって映像を表示する。
具体的にその最新工学事例を下記の特許公開事例で俯瞰する。尚、ここでは量子ドットと量子ロット
が含まれる。

❏ 特開2017-161884  液晶表示装置及びその製造方法 三星ディスプレイ株式會社

【概要】

下図3のように、液晶表示装置及びその製造方法を提供にあっては、第1副画素領域、第2副画素領
域及び
第3副画素領域を含む下部基板と、下部基板上に配置された液晶層と、液晶層上に、下部基板
と対向するよ
うに配置されたカラーフィルタ基板と、を含み、カラーフィルタ基板は、下部基板に対
向する上部基板と、上部
基板の下部基板に対向する面上に配置された電極パターンと、電極パターン
上にあって、第1副画素領域、
第2副画素領域及び第3副画素領域にそれぞれ対応するように配置さ
れた、第1量子ロッドを含む第1光変換
部、第2量子ロッドを含む第2光変換部、及び第3光変換部
と、を含む液晶表示装置構成/構造とする(詳細
は下図をクリック参照)。

Sep. 14, 2017

 

【符号の説明】

  1,2                                         液晶表示装置
  1100,2100,3100,4100          カラーフィルタ基板
  1110,2110,3110,4110          上部基板
  1120,2120,3120,4120          電極パターン
  1130,2130,3130,4130          配向膜
  1141,2141,3141,4141          第1光変換部
  1142,2142,3142,4142          第2光変換部
  1143,2143,3143,4143          第3光変換部
  1141a,2141a,3141a,4141a   第1量子ロッド
  1142a,2142a,3142a,4141b   第2量子ロッド
  1143a,2143a,3143a               異方性物質
  1141b,1142b,1143b,2141b,2142b,2143b,3141b,3142b,3143b,4141b,4142b,
  4143b    液晶
  1150,2150,3150,4150          隔壁
  1160,2160,3160,4160          平坦化層
  2141c,3141c,4141c               高分子化合物
  2170,3170,4170                    ノッチフィルタ
  2200,4200                             下部基板
  2300,4300                              共通電極
  2400,4400                              液晶層
  2500,4500                              偏光子
  2600,4600                              バックライトユニット
  4143a                                      第3量子ロッド
  Sub1                                        第1副画素領域
  Sub2                                        第2副画素領域
  Sub3                                        第3副画素領域

【図面の簡単な説明】

【図1】一実施形態によるカラーフィルタ基板を概略的に示した断面図
【図2】他の実施形態によるカラーフィルタ基板を概略的に示した断面図
【図3】図2のカラーフィルタ基板を含む一実施形態による液晶表示装置を概略的に示した断面図
図4H】図3の液晶表示装置を製造する方法を順次に示した断面図
【図4I】図3の液晶表示装置を製造する方法を順次に示した断面図

 

          
読書録:村上春樹著『騎士団長殺し 第Ⅱ部 遷ろうメタファー編』    

   

    第61章 勇気のある賢い女の子にならなくてはならない

  「あたしは幻覚ではあらない」と騎士団長は繰り返した。「あたしが実在しているかどうかはい
 ささか議論の分かれるところであるが、とにかくもって幻覚ではあらない。そしてあたしはここ
 に諸君を助けにやってきたのだ。おそらく諸君は助けを求めているのではないだろうか?」

 〈諸君〉というのはどうやら自分のことらしいと、まりえは推測した。彼女は肯いた。しゃべり
 方はかなり奇妙だが、たしかにこの人の言うとおりだ。私はもちろん助けを求めている。

 「今さらテラスまで行って靴を持ってくることはかなわない」と騎士団長は言った。「双眼鏡の
 こともあきらめよう。でも心配はあらないよ。あたしが全力を尽くして、免色くんがテラスに出
 ないようにしよう。少なくともしばらくのあいだは。しかしいったん日が暮れたらそれもかなわ
 なくなる。あたりが暗くなれば彼はテラスに出て、谷の向かいの諸君の家の様子を双眼鏡で見る
 だろう。それが日々の習慣だ。それまでに問題を解消しなくてはならない。あたしの言わんとす
 ることは理解できておるね?」

  まりえはただ肯いた。なんとか理解できる。 

 「諸君はしばらくのあいだこのクローゼットの中に隠れているのだ」と騎士団長は言った。「気
 配を殺して身を潜めている。それしか道はあらない。うまい時期が来たら教えてあげよう。それ
 まではここから勣いてはならないよ。たとえ何かあっても、声を発してはならない。わかったか
 ね?」
  まりえはもう一度肯いた。私は夢を見ているのだろうか? それともこの人は妖精か何かなの
 だろうか?
 「あたしは夢でもあらないし、妖精でもあらない」と騎士団長は彼女の心を読んで言った。「あ
 たしはイデアというもので、本来は姿を持っておらない。しかしそれでは諸君の目には見えない
 し、何かと不便であるので、こうしてとりあえず騎士団長の姿かたちをとっておるのだ」
  イデア、きしだんちょう……とまりえは声には出さず頭の中でその言葉を繰り返した。この人
 には私の考えが読めるのだ。それから彼女ははっと思い出した。この人は雨田典彦の家で見た、
 横に細長い日本画の中に描かれていた人物だ。この人はきっとあの絵からそのまま抜け出してき
 たのだ。だからこそ身体も小さいのだろう。

  騎士団長は言った。「そのとおりだ。あたしはあの絵の中の人物の姿を借用している。騎士団
 長――それが何を意味するのか、それはあたしもよく知らない。しかしあたしは今のところその
 名前で呼ばれている。ここで静かに待っていなさい。時がきたら、迎えに来てあげよう。怖がる
 ことはあらない。ここにある衣服が諸君を護ってくれる

  イフクが護ってくれる? 彼の言っていることの意味がよく理解できなかった。しかしその疑
 問に対する答えは返ってこなかった。そして次の瞬間、騎士団長は彼女の前から姿を消した。水
 蒸気が空中に吸い込まれるみたいに。 

  まりえはクローゼットの中で息を潜めていた。騎士団長に言われたようにできるだけ動かない
 ように、音を立てないようにしていた。免色は帰宅して、家の中に入ってきた。どうやら買い物
 をしてきたらしく、紙袋をいくつか抱えるかさかさという音が聞こえた。部屋履きを雁いた彼の
 柔らかな足音が、彼女の隠れている部屋の前をゆっくりと通り過ぎるとき、彼女の息は詰まった。
  クローゼットのドアはベネシアン・ブラインドで、その下向きの隙間から優かに光が入ってき
 た。それほど明るい光ではない。夕方が近づくにつれて、部屋はますます暗くなっていくだろう。
 ブラインドの隙間からはカーペットの敷かれた床が見えるだけだった。クローゼットの中は挟く、
 防虫剤のきつい匂いが満ちていた。そしてまわりを壁に囲まれ、どこにも逃げ場はなかった。逃
 げ場がないことが、少女を何よりも怯えさせた。



  時がきたら、迎えに来てあげよう、と騎士団長は言った。彼女はその言葉を信じて待つしかな
 かった。そして彼はまた「イフクが諸君を護ってくれる」と言った。たぶんここにある衣服のこ
 となのだろう。知らないとこかの女性が、おそらくは私の生まれる前に身につけていた古い衣服。
 それがどうして私の身を護ってくれるのだろう? 彼女は手を伸ばして、目の前にある花柄のワ
 ンピースの裾にさわった。ピンク色の生地は柔らかく、指に優しかった。彼女はしばらくのあい
 だそれをそっと握っていた。その服に手を触れていると、どうしてかはわからないけれど、少し
 だけ心が休まるようだった。

  もしそうしようと思えば、私はこのワンピースを着ることができるかもしれない、とまりえは
 と思った。その女性と私の身長はそれはどかおりないだろう。サイズ5なら私が着てもおかしく
 は
ない。もちろん胸の膨らみがないから、そのところはなんとか工夫しなくてはならない。でも
 そ
の気になれば、あるいは何かの理由でそうしなくてはならないとなったら、私はここにある服
 に
着替えることもできるのだ。そう考えると、なぜか胸がときめいた。

  時間が経過した。部屋は少しずつ暗さを増していった。夕方が刻々と近づいている。彼女は腕
 時計に目をやった。暗くて字がよく見えない。彼女はボタンを押して文字盤の明かりをつけた。
 時刻は四時半に近くなっていた。もう日は暮れかけているはずだ。今はどんどん日が短くなって
 いる。そして暗くなったら免色はテラスに出て行く。そしてすぐさま、彼の家に誰かが侵入した
 ことを発見するだろう。そうなる前にテラスに出て、靴と双眼鏡を始末しなくてはならない。

  まりえほどきどきしながら、騎士団長が自分を迎えに来るのを待っていた。しかし騎士団長は
 いつまでたっても姿を見せなかった。ものごとがうまく運んでいないのかもしれない。免色はつ
 けいる隙を彼に与えてくれないのかもしれない。そして騎士団長という人物に―――「イデア」
 というものに――
あるいは「イどれはどの実際的な力が具わっているものか、彼のことをどこま
 で頼り
にしていいものか、彼女には見当がつかなかった。しかし今のところ騎士団長を頼りにす
 る以外
に方法はなかった。まりえはクローゼットの床に腰を下ろし、両手で膝を抱え、クローゼ
 ットの
扉の隙間から床のカーペットを眺めていた。そしてときどき手を伸ばして、ワンピースの
 裾をそ
っと握った。それが彼女にとっての大切な命綱であるみたいに。

  部屋の中がずいぶん暗さを増した頃、廊下に再び足音が聞こえた。やはりゆっくりとした柔ら
 かな足音だ。その足音は彼女の潜んでいる部屋の前あたりまで来て、急に立ち止まった。まるで
 何かの匂いをかぎつけたみたいに。少し間があり、それからドアが開けられる音がした。この部
 屋のドアだ。間違いない。心臓が凍りついて、そのまま止まってしまいそうだった。そしてその
 誰か(おそらく免色だろう。それ以外にこの家の中には誰もいないはずだから)は部屋の中に足
 を踏み入れ、後ろ手にゆっくりとドアを閉めた。かちやりという音がした。部屋の中にはその男
 がいる。間違いない。その人物も彼女と同じようにやはり息を殺し、耳を澄ませ、気配を探って
 いる。彼女にはそれがわかった。男は部屋の明かりをつけなかった。薄暗い部屋の中でじっと目
 をこらしていた。なぜ明かりをつけないのだろう? 普通はまず明かりをつけるものではないか。
 彼女にはその理由がわからなかった。

  まりえは扉のブラインドの隙間から床をにらんでいた。誰かがここに近づいてくれば、その足
 先が見えるはずだ。まだ何も見えない。しかしその部屋の中にははっきりとした人の気配があっ
 た。男の気配だ。そしてその男は――おそらく免色は(免色以外の誰が今この屋敷の中にいるだ
 ろう)――暗がりの中でこのクローゼットの扉をじっと見つめているようだった。彼はそこに何
 かを感じ取っているのだ。このクローゼットの中にいつもとは違う何かが持ち上がっていること
 を。その人物が次にするのは、このクローゼットの扉を開けることだ。それ以外にはあり得ない。
 この扉にはもちろん鎚なんてかかっていないから、開けるのは簡単なことだ。手を伸ばしてノブ
 を手前に引きさえすればいい。

  彼の足音がこちらに近づいてきた。激しい恐怖がまりえの全身を捕らえた。腋の下を冷たい汗
 が筋になって流れ落ちた。私はこんなところに来るべきではなかったのだ。私は自分の家におと
 なしく留まっているべきだったのだ、と彼女は思った。向かい側の山の上にある、あの懐かしい
 自分の家に。ここにはか恐ろしいものがある。そしてそれは私がうっかり近づいてはならない
 ものだ。ここには何かのイシキが働いている。そしてたぶんスズメバチもそのイシキの一部なの
 だろう。そしてその何かは今、私にその手をじかに伸ばそうとしている。ブラインドの隙間から
 足の先が見えた。茶色の革の部屋履きらしきものを雁いた足たった。でも暗すぎて、そのほかに
 は何も見えない。

  まりえは本能的に手を伸ばし、そこに吊されたワンピースの据を思い切り握りしめた。サイズ
 5の花柄のワンピース。そして念じた。私を助けてください、どうか私を護ってください、と。
  男はクローゼットの両開きの扉の前に、長いあいだじっと立っていた。何ひとつ物音を立てな
 かった。息づかいさえ聞こえない。男はまるで石でできた彫像のように身勤きもせず、ただそこ
 に立って様子をうかがっていた。重い沈黙と深まりつつある間がそこにあった。床の上に丸まっ
 ている彼女の身体が細かく震えた。歯と歯がぶつかってかたかたという小さな音を立てた。まり
 えは目をつより、耳を塞いでしまいたかった。考えを丸ごとどこかよそにやってしまいたかった。
 しかしそうはしなかった。そうしてはならないと彼女は感じたのだ。どんなに恐ろしくても、恐
 怖に自分を支配させてはならない。無感覚になってはならない。考えを失ってはならない。だか
 ら彼女は目を見開き耳を澄ませ、その足先を睨みながら、ピンクのワンピースの柔らかな生地を
 すがるように強く握りしめていた。

  イフクが私を護ってくれるのだ、と彼女は強く信じた。ここにあるイフクたちが私の味方なの
 だ。サイズ5の、二十三センチの、そして65Cのひと揃いのイフクたちが私をくるむようにして
 護り、私の存在を透明なものにしてくれるのだ。私はここにいない。私はここにいない
  どれはどの時間が経過したのかわからない。そこでは時間は均一ではなかったし、順序だって
 もいなかった。しかしそれでも一定の時間は経過したようだった。男はある時点で、手を前に伸
 ばしてクローゼットの扉を開けようとした。そういう確かな気配をまりえは感じた。彼女は覚悟
 を決めた。扉は開かれ、男は彼女の姿を目にするだろう。そして彼女はその男の姿を目にするだ
 ろう。それから何か起こるのか、彼女にはわからない。見当もつかない。この男は免色ではない
 のかもしれない、そういう思いが一瞬彼女の頭に浮かんだ。じやあそれは誰なのだ

  しかし結局、男が扉を開けることはなかった。しばらくためらってから手を引いて、そのまま
 扉の前から去っていった。どうして男が最後の瞬間に思い直したのか、まりえにはわからない。
 たぶん何かが彼がそうするのを押しとどめたのだ。そして男は部屋のドアを開け、廊下に出て、
 それからドアを閉めた。再び部屋は無人になった。間違いない。それはトリックなんかではない。
 この部屋の中にはもう私ひとりしかいないのだ。彼女はそれを確信した。まりえはようやく目を
 閉じ、身体中にため込んでいた空気を大きく吐き出した。

  心臓はまだ速い鼓動を刻んでいる。早鐘を打っている――小説ならそう表現するところだろう。
 早鐘というのがどんなものなのか彼女にはわからないけれど。本当に危ういところだった。でも
 何かが最後の最後に私を護ってくれたのだ。とはいえこの場所はあまりに危険すぎる。その誰か
 はこの部屋の中に私の気配を感じたのだ。間違いなく。いつまでもここに身を隠しているわけに
 はいかない。今回はなんとかうまくやり過ごすことができた。しかしこれから先いつもうまくい
 くとは限らないだろう。

  彼女はなおも待った。部屋の中はますます暗さを増していった。しかし彼女はそこでじっと待
 った。ただ沈黙を守り、不安と恐怖に耐えた。騎士団長は決して彼女のことを忘れたりはしない
 はずだ。まりえは彼の言葉を信じた。というか、その奇妙なしゃべり方をする小さな人物をあて
 にするしか、彼女に選択肢は残されていなかった。

  気がついたとき、そこには騎士団長がいた。

 「諸君はここを出るのだ」と騎士団長は囁くような声で言った。「今がまさにそのときださあ
 立ち上がりなさい
  まりえは戸惑った。床に座り込んだままうまく腰を上げることができなかった。いざそのクロ
 ーゼットを出るとなると、新たな恐怖が彼女を襲ったこの外の世界にはもっと恐ろしいことが
 待ち受けているかもしれない

 「免色くんは今、シャワーを浴びておる」と騎士団長は言った。「彼は見ての通り清潔好きな男
 だ。シャワー室の中にいる時間はうんと長い。しかしむろん永遠にそこにいるわけではあらない。
 チャンスは今しかあらない。さあ、急がねば」

  まりえは力を振り絞って、なんとか床から腰を上げた。そしてクローゼットの扉を外に押して
 開けた。部屋は暗く無人だった。彼女は出て行く前に後ろを振り返り、もうコ茨そこに吊された
 衣服に目をやった。空気を吸い込み、防虫剤の匂いを嗅いだ。それらの衣服を彼女が目にするの
 は、これがもう最後になるかもしれない。それらの衣服はなぜか彼女にとって、とても懐かしい
 もの、近しいものとして感じられた。

 「さあ、急ぎなさい」と騎士団長が声をかけた。「時間の余裕はあらない。廊下に出て、左に向
 かうのだ
  まりえはショルダーバッグを肩にかけ、ドアを開けて外に出て、廊下を左に向かった。そして
 階段を駆け上って居間に入り、その広いフロアを横切り、テラスに面したガラス戸を開けた。ま
 だスズメバチがそのへんにいるかもしれない。あたりはすっかり暗くなったから、蜂はもう活動
 をやめたかもしれない。いや、それは暗闇を苦にしない蜂かもしれない。でもそんなことを考え
 ている余裕はなかった。彼女はテラスに出ると、ねじをまわして双眼鏡を専用台からはずし、も
 とあったプラスチックのケースにしまった。そして専用台を畳み、前と同じように壁に立てかけ
 た。緊張して指がうまく動かなかったから、思ったより長い時間がかかった。それから彼女は床
 に置いてあった黒いスリッポン・シューズを拾い上げた。騎士団長はスツールに腰掛けて、その
 様子を見ていた。スズメバチはどこにもいなかった。そのことにまりえはほっとした。

 「それでよし」と騎士団長は肯いて言った。「ガラス戸を閉めて、中に入りなさい。それから廊
 下に出て、階段を二階ぶん下に降りるのだ」
  階段を二階ぷん降りる? それではますますこの屋敷の奥に入り込んでいくことになる。私は
 ここから逃げ出さなくてはならないのではないのか?
 「今ここから逃げ出すことはかなわない」と騎士団長は彼女の心を読んで、首を振りながら言っ
 た。「出目は堅く閉ざされている。諸君はしばらくのあいだこの中に身を隠すしかあらない。こ
 このところは、あたしの言うとおりにするのがよろしい」
  まりえは騎士団長の言葉を信じるしかなかった。だから居間を出て、足音を忍ばせて階段を二
 階ぷん下りた。

                                      この項つづく

 

  

【DIY日誌:台風21号の残件】

この間の21号で、停電になりエクセルの蛍光灯(パール金属株式会社/下写真)2つだけが点灯せ
ず修理を行うも、乾電池の水素ガス発生封止破壊による電極接点腐食とわかり修理充電し1つ分だけ
復元、残りは電池陰極側スプリング脱離1箇所(代用品は自前で作れるがアルカリマンガン単一電池
(8本/組)を購入し修理する。不良品はすべて国外製、パナソニック制覇はすべて充電再利用(メー
カーサイドは安全面から
禁止扱い)。やはり、メイドインジャパン神話は生きていた。もう一件、雨
漏り修理は、先ず天井裏に入り調査から始めることに(スズメバチ巣除去と同じ)。電動式マルチツ
ールの購入準備を行う。後者は調査後方針決定する、以上。 

  ● 今夜の一曲

Ain't That a Shame | Fats Domino

ロックンロールの創始者のファッツ・ドミノ(1928年2月26日 - 2017年10月24日、ルイジアナ州ニュ
ーオーリンズ生)が他界。ビートルズもリスペクトし、ジョン・レノンは「ロックン・ロール」、ポ
ール・マッカートニーは「バック・イン・ザ・USSR」この極「エイント・ザット・シェイム」をカバ
ーしている。 
                                          合唱

 

 

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大還暦時代

2017年10月25日 | 環境工学システム論

 

      

                                 
                公孫丑(こうそんちゆう)篇 「浩然の気」とは  /  孟子 
 

                                                    

      ※ 斉の都淄。あふれる人波をぬって車馬が行きかう街路。闘鶏に興ずる人の輪。
        賑やかな楽器
の音。天下第一の繁華を誇るこの都会はまた、稷下(しょくか)
        に集まった学者たちの華やかな論戦の舞台でもあった。ここでの生活は、孟
        子にとって生涯で最も希望にみちたものであった。弟子、王、家
臣だちとの
        対話の中にも、有名な「浩然の気」「四端の心」の弁論があり、確信と希望
        から生ま
れる一種の明るさがにじみ出ている。やがてそれも空しくなるが。 

        【ことば】

        「自ら反みて縮ければ、千万人といえどもわれ往かん」
        「力をもって人を服する者は、心服せしむるにあらざるなり」
               「禍福はおのれよりこれを求めざるものなし」
           「天の時は珀の利にしかず。地の利は人の和にしかず」
        「まさに大いになすあらんとする君は、必ず召さざるの臣あり」

 如何養浩然之氣



   No.88

 【オールソーラーシステム篇:海水淡水化と光触媒による水素製造技術】

● カタールで高温排海水を用いた海水淡水化実証事業

省エネ・低環境負荷型の造水システム確立

10月19日、新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)は、カタール電力・水公社と共同で、
高温排海水を用いた海水淡水化実証事業を実施することに合意し、基本協定を締結した。それによる
と、そてによると、現在、カタール北部に位置するラスラファン工業都市では、1カ所の共通取水設
備から海水を取水し、各プラントに配水して設備の冷却用水として利用している。この冷却に活用さ
れた海水は最高45℃程度で共通放水路により海に放出しているが、この最高45℃程度の排海水を
水資源として逆浸透(RO)膜法による海水淡水化の原水に用い、省エネ・低環境負荷型の海水淡水化
システムとして実証。得られた淡水については、飲料水基準への適合を検証とする。今後、カタール
電力・水公社との連携のもと実証設備の建設・運転を行い、現地での商用化に必要なデータの取得お
よび周辺国への普及展開を含めたビジネスモデルについて検討を進める。カタールをはじめとするペ
ルシャ湾岸地域では、工場プラント設備冷却水として海水を利用するケースが多数あり、同地域にお
いて今後も増加し続ける水需要に対し、高温排海水を利用した海水淡水化技術を広く普及することが
期待されている。

 

【事業の詳細】 

委 託 先:三菱重工業株式会社、三菱商事株式会社
実商規模:1,500立方メートル/日(造水量)
実商場所:カタール、ラスラファン工業都市

 【技術の優位性】 

  • RO膜法にて最高45℃程度の原水においても適正な脱塩性能を発揮(蒸発法と比較し80%省エネ)
  • RO膜法の前処理を無薬注処理とし、薬品使用量およびプラント建設費を低減
  • 造水コストの低減(蒸発法と比較し40%以上削減)
  • 新たな取水口などの建設が不要(既存のRO膜法と比較し建設コスト10%以上削減)
  • 新たな取水口建設などの海洋環境破壊がない(建設許可取得も容易) 

  Sep. 26, 2017

● 可視光・近赤外光源で 水から水素を高効率生成する非金属光触媒

太陽光による水素製造の実現


9月26日、大阪大学の研究グループは、黒リンとグラファイト状窒化炭素(g-C3N4)の二つの材料からなる複
合体を合成し、この複合体は、環境に好ましい、完全金属フリーの光触媒となることを発見。これまで可視光・
近赤外光を利用して、水から水素を高効率生成できる光触媒はなかったが、黒リンとg-C3N4の二成分からな
る複合体は、太陽光広帯域応答型光触媒で水から水素の高効率生成に成功したことを公表。
従来の光触媒で
は、太陽光に4%程度しか含まれない紫外光を利用するため、水から水素への太陽光エネルギー変換効
※4は低く実用からは遠かった。今回、紫外・可視光のみならず近赤外光にも強い吸収をもつ層状の
黒リン※5と、数層からなるg-C3N4との二成分からなる複合体を合成。

 Aug. 31, 2017
Title:Metal-Free Photocatalyst for H2 Evolution in Visible to Near-Infrared Region: Black Phosphorus/Graphitic 
 Carbon Nitride

❏ 関連特許:株式会社豊田中央研究所
  特開2017-052915  樹脂複合材料及びその製造方法

【概要】

窒化ホウ素ナノシートの添加による熱伝導性の向上効果及び耐熱性の向上効果を十分に得ることがで
き、更
に表面外観にも優れた樹脂複合材料の提供にあたっては、窒化ホウ素ナノシート及びイオン液
体が樹脂中に分散している樹脂複合材料。前記窒化ホウ素ナノシート及び前記イオン液体のそれぞれ
少なくとも一部が、窒化ホウ素ナノシートと、該ホウ素ナノシートに吸着している液体とを備える窒
化ホウ素ナノシート複合体となっている樹脂複合材料。前記窒化ホウ素ナノシートが、層数が20層
以下の窒化ホウ素ナノシートを数基準で60%以上含む樹脂複合材料構成とする。

 


以上のように海水の淡水化と光波超領域対応光触媒による水素製造がドッキングするエネルギーフリ
ー堺のの実現する日がまた一歩近づいている。


 

          
読書録:村上春樹著『騎士団長殺し 第Ⅱ部 遷ろうメタファー編』   

  

    第60章 もしその人物がかなり長い手を持っていれば

   まりえは書斎をあとにして仄暗い長い廊下を歩き、いくつかの部屋のドアを間いた。どのドア
 にも鍵はかかっていなかった。この前ここに来たときには、それらの部屋は見せてもらえなかっ
 た。彼女たちが案内されたのは、一階の居間と、階下にある書斎と食堂と台所だけだった(そし
 て彼女は一階の客用洗面所を使わせてもらった)。まりえはそれらの未知の部屋のドアを次々に
 開けていった。ひとつめは免色の寝室だった。いわゆる主寝室で、とても広い。ウォークイン・
 クローゼットとバスルームがついている。大きなダブルベッドかおり、ベッドはとてもきれいに
 メイクされていた。上にはキルトのベッドカバーがかけられていた。往み込みのメイドはいない
 のだから、あるいは免色が自分でベッドメイクしたのかもしれない。もしそうであったとしても、
 とくに驚きはしない。枕元には焦げ茶色の無地のパジャマがきれいに畳まれて置いてあった。寝
 室の壁には小さな版画がいくつかかかっていた。同じ作者によるセットのものらしかった。ベッ
 ドの枕元にも読みかけの本が置かれていた。あちこちでこまめに本を読む人なのだ。窓は谷に向
 いていたが、それほど大きな窓ではなく、ブラインドが下ろされていた。

  ウォークイン・クローゼットの扉を開けると、広いスペースに服がずらりと並んでいた。スー
 ツは少なく、ジャケットやブレザーコートがほとんどだった。ネクタイの数も多くはなかった。
 フォーマルな格好をする必要があまりないのだろう。シャツはどれもクリーニングから戻ってき
 たばかりらしく、ビニールでパックされていた。たくさんの革靴とスニーカーが棚に並べられて
 いた。少し離れたところに、様々な厚さのコートが並んでいた。趣味の良い服が丁寧に集められ、
 よく手入れされていた。そのまま服飾雑誌に載せられそうだ。服の量は多すぎもせず、また少な
 すぎもしない。すべてにほどよく節度が保たれていた。

  タンスの抽斗には、靴下やハンカチや下着やアンダーシャツが詰まっていた。どれも皺ひとつ
 なく折り畳まれ、美しく整頓されていた。ジーンズやポロシャツやスエットシャツが収められた
 抽斗もあった。セーターのためには専用の大きな抽斗があった。いろんな色合いの美しいセータ
 ーが集められていた。すべてが無地のセーターだった。しかしどの抽斗にも免色の秘密を解き明
 かしてくれるものはなにひとつとして見つからなかった。何もかも見事の清潔で、どこまでも機
 能的に仕分けられていた。床には塵ひとつ落ちておらず、壁にかかった額はすべてまっすぐに揃
 えられていた。

  免色に関して、ひとつだけまりえに明確に理解できた事実があった。それは「この人と生活を
 共にすることはとてもできそうにない」ということだった。普通の生身の人間にはそんなことは
 まず不可能だろう。うちの叔母さんもかなり整頓好きな人ではあるけれど、ここまで完璧にはで
 きない。
  次の部屋はどうやら客用の寝室であるらしかった。メイクされたダブルベッドがひとつ用意さ
 れていた。窓際には書き物机と事務椅子があった。小さなテレビもあった。しかし見たところ、
 実際にそこに客が泊まったような痕跡や気配は見受けられなかった。それはどちらかといえば、
 永遠に見捨てられた部屋のように見えた。どうやら免色さんはあまり客を歓迎しない入らしい。
 ただ何か非常の場合のために(どんな場合なのか想像もつかないが)、客用の寝室がいちおう確
 保してあるだけなのだ。

  その隣の部屋はほとんど物置のようになっていた。家具はひとつも置かれておらず、緑色のカ
 ーペットが敷かれた床には、十個ばかりの段ボール箱が積み重ねてあった。重さからすると、中
 には書類が詰まっているようだった。貼られたラベルには、ボールペンで記号のようなメモが記
 されていた。そしてどの箱もガムテープで厳重に封がされていた。たぶん仕事上の書類なのだろ
 うと、まりえは想像した。それらの箱の中には何かしら大事な秘密が潜んでいるのかもしれない。
 しかしそれはたぶん私には関係のない、彼のビジネス上の秘密に違いない。

  どの部屋にも錠はかかっていなかった。どの部屋の窓も谷間に向いており、やはりしっかりと
 ブラインドが下ろされていた。明るい陽光や優れた眺望をそこに求めるものは、今のところ誰ひ
 とりいないようだった。部屋は薄暗く、打ち捨てられた匂いがした。

  四番目の部屋が彼女にはもっとも興味深かった。部屋そのものがとくに興味深かったわけでは
 ない。部屋にはやはり家具はほとんど置かれていなかった。食堂椅子が一脚と、特徴のない小さ
 な木製のテーブルがひとつ置かれているだけだ。壁もむき出しで、一枚の絵もかかっていない。
 とてもがらんとしている。装飾的なものは何もない。普段は使われていない空き部屋のようだっ
 た。でもためしにウォークイン・クローゼットの扉を間いてみると、そこには女性の衣服が並ん
 でいた。それほどたくさんの量ではない。でも普通の成人女性が、数日そこで生活するために必
 要としそうな衣服が、ひととおり揃えられていた。たぶん定期的にこの家に泊まりに来る女性が
 いて、その人が使う服がここに常備されているのだろうとまりえは想像した。彼女は思わず顔を
 しかめた。免色にそういう女性がいることを叔母さんは知っているのだろうか?

  しかし彼女はすぐに自分の考えが間違っていることに気づいた。ハンガーにかけられて並んで
 いる服はどれも一昔前のデザインのものだったからだ。ワンピースもスカートもブラウスも、み
 んな名のあるブランドのものだし、ファッショナブルだし、いかにも高価そうに見えたが、今の
 時代にこういった服を着る女性はまずいないだろう。まりえは決してファッションに詳しい方で
 はないが、それくらいはわかる。おそらく彼女が生まれる前の時代に流行った服だ。そしてどの
 服にも防虫剤の匂いがしっかり染みついている。長いあいだここに吊されっぱなしになっていた
 らしい。しかしたぶん保管が良かったためだろう。虫に食われたあとは見受けられなかった。ま
 た季節ごとに加湿除湿が通切に行われていたらしく、変色も見られない。ドレスのサイズは5。
 身長はおそらく百五十五センチ前後だろう。スカートのサイズを見る限り、スタイルはかなりよ
 さそうだ。靴のサイズは二十三センチ。

  何段かある抽斗には下着と靴下とナイトウェアが入っていた。どれも埃をかぷらないようにビ
 ニールの袋に入れられていた。彼女は袋から下着をいくつか取り出してみた。ブラのサイズは65
 のCたった。まりえはそのカップのかたちから、女性の乳房のかたちを想像してみた。おそらく
 叔母さんより少し小さいくらいだろう(もちろん乳首のかたちまではわからないが)。そこにあ
 る下着はどれも上品で優雅なものだった。あるいは心持ちセクシーな方向に傾いたものだった。
 経済的に余裕のある成人女性が、好意を持つ男性と肌を重ねる状況を念頭に置いて専門店で購入
 しそうな、上等な下着だった。繊細な絹やレース、どれもぬるま湯の手洗いを要求している。庭
 の草刈りをするときに身につけるようなものではない。そしてどれにも防虫剤の匂いがしっかり
 しみこんでいた。彼女はそれを注意深く畳んで、前と同じようにビニール袋に入れ、クローゼッ
 トの抽斗を閉めた。

  これらの服は免色がかつて――たぶん十五年か二十年前に――親しく交際していた女性が身に
 纏っていた衣服なのだ。それが少女かたどり着いた結論だった。そして何らかの事情があって、
 そのサイズ5の服を着て、二十三センチの靴を履き、65Cのブラをつけていた女性は、それらの
 趣味の良い衣服を、ひとまとめあとに置いていった。そしても亘戻ってこなかった。しかし彼女
 はなぜこれだけのかなり贅沢な衣服を残していったのだろう? もし何らかの事情があって別れ
 たのだとしたら、普通は引き上げていくものだろう。その理由はもちろんまりえにはわからなか
 った。いずれにせよ、免色さんは残された少ない衣服をとても大事に保管している。ライン川の
 こびとたちが、伝説の黄金を後生大事に護っているみたいに。そして彼はときどきこの部屋にや
 ってきて、その衣服をしげしげ眺めたり、手に取ったりしているのだろう。そして季節ごとに防
 虫剤を入れ替えているのだろう(彼がその作業をほかの人の手にまかせるわけはない)。

  その女性は今はどこでどうしているのだろう? 誰か別の人の奥さんになっているのかもしれ
 ない。あるいは病を得たか、事故にあったかして亡くなってしまったのかもしれない。でも彼は
 いまだに彼女の面影を追い求めているのだ(もちろんまりえは、その相手の女性が彼女自身の母
 親であることを知らなかったし、この私もその事実を彼女に告げなくてはならない理由を思いつ
 けなかった。それを告げる資格を持っているのはおそらく免色だけだ)。

  まりえは考え込んでしまった。そのことで自分は免色さんにもっと好感を抱くべきなのだろう
 か――ひとりの女性を長い歳月にわたってそれほど深く想い続けることに対して? それともい
 ささか気味悪いと感じるべきなのだろうか――これほどまで大事に完璧にその女性の衣服を保管
 これほどまで大事に完璧にその女性の衣服を保管そこまで考えたとき、ガレージのシャッターが
 上がる音が突然耳に届いた。免色が帰宅したのだ。衣服に意識を集中していたせいで、門が開い
 て車がやってくる音に気がつかなかった。早くここから逃げ出さなくてはならない。どこか安全
 なところに身を隠さなくてはならない。でもそこで彼女は、はっとひとつの事実に思い当たった。

  おそろしく重大な事実に。そしてパ二ックが彼女の全身をとらえた。

  テラスの床に靴を置きっぱなしにしてきた。そして双眼鏡もケースから出して、専用台に取り
 付けたままの状態になっている。スズメバチを目にしたせいで恐怖に駆られ、何もかも放り出し
 て家の中に逃げ込んだのだ。すべてがそのままあとに残されている。もし免色がテラスに出てそ
 れを目にしたら(遅かれ早かれ目にするはずだ)、自分の留守中に誰かが家の中に侵入したこと
 にすぐ気づくはずだ。黒いスリッポン・シューズのサイズを見れば、それが少女のものであるこ
 とは一目でわかる。免色は頭の切れる男だ。それがまりえのものだと思い当たるのにそれはどの
 時間はかかるまい。おそらく彼は家の中を隈無く探し回るだろう。そしてここに隠れている私を
 簡単に見つけ出すに違いない。

  今からテラスに走って行って、靴を回収し、双眼鏡を元に戻すだけの時間の余裕はない。そん
 なことをしていたら、きっと途中で免色と鉢合わせしてしまう。どうすればいいのか、彼女には
 見当もつかなかった。息が詰まり、心臓の鼓動が遠くなり、手足がうまく動かなくなった。
  車のエンジンが止まり、それからシャッターが降りる音が聞こえた。まもなく免色が家の中に
 入ってくるはずだ。いったいどうすればいいのだろう? いったいどうすれば……。彼女の頭の
 中は空白になった。彼女は床に腰を下ろしたまま目を閉じ、両手で顔を覆った。

 「そこでじっとしておればよろしい」と誰かが言った。

  彼女はそれを幻聴だと思った。しかし幻聴ではなかった。彼女が思い切って目を開けると、目
 の前に体長六十センチほどの老人がいた。その男は丈の低いタンスの上にちょこんと腰を下ろし
 ていた。白髪のまじった髪を頭の上で結い、古風な白い装束に身を包み、腰には小ぷりな剣を差
 していた。彼女は当然のことながら、最初のうちそれを幻覚だと思った。激しいパニックに陥っ
 たせいで、自分は実際にはありもしないものを見ているのだ。

 「いや、あたしは幻覚なんかではあらない」とその男は小さいけれど良く通る声で言った。「あ
 たしの名前は騎士団長という。あたしが諸君を肋けてあげよう」

秋川まりえのには免色渉と殺されたはず(?)の騎士団長の二人(あるいは、ひとりとひとつ)が同時
に登場する。どうするまりえ!? このつづき(第61章)は次回に。 
                                       この項つづく

  
Adler Berriman "Barry" Seal (July 16, 1939 – February 19, 1986)

【映画『バリー・シール/アメリカをはめた男』】 

台風21号と衆議院選挙でくちゃくちゃになった22日は、テレビを離れ久しぶりに映画『トップ・
ガン』を観て過ごす(雨漏りと強風で睡眠不足となる、常態化する洪水対策で疲弊する地域経済をど
うするつもりなんだろうね政府は)。火曜日のTVで、今年に米国公開さたダグ・リーマン監督、主
演はトム・クルーズが務める実在した麻薬搬送人の天才パイロット、バリー・シールの伝記映画『バ
リー・シール/アメリカをはめた男』(原題:American Made)の来日インタービューが放映されていた
ので、日本公演の映画鑑賞を予定に入れる。前評判をザックリみるも。「トップ・ガン」や「ミッシ
ョンインポサブル」などと比較してシリアスな仕上がりとなっていることを期待しブッキング。とこ
ろで、選挙は?というと、台風支度くもあり、朝8時過ぎに投票をすませる。我が家は受け皿不在下
で小選挙区は田島一成、比例区は、希望の党の家内と辯舌さわやかな幸男の立憲民主党と分かれたが
立憲民主党に統一し息子たちにも伝えている(ひとりは仕事で棄権)。ところが、同時に最高裁々判
長審判の事前調査忘れるという失態、白紙委任投票となった。反自公政権に傾いたの、外交政策の保
守反動の暴走を止めるため(創憲派であるが180度異なることはブログ掲載済み)。結果、選挙が
自己目的化した自公政権に大敗。

 

 


 

  Mar. 1, 2017

 ● 今夜の寸評:大還暦時代の肝

リンダ・グラットンとアンドリュー・スコット著の『Life Shift 100年時代の人生戦略』が話題にな
ほど、平均寿命が伸びている。このブログのテーマフレーズ「豊饒なセカンドライフを求め大還暦

での旅日記」としたためてあるが、極楽とんぼと揶揄するのは彼女だけではなかった。そこで、リ

リティーをもって考えてみようとなった。真ん中をへし折って、日本の場合は、引退年齢を引き上

るだけでなく、現状では低い女性の就業率(高齢者層は特に低い)を引き上げようという意見があ

(「人生100年時代」への対応の遅れは大問題だ、若者のための経済学。 東洋経済オンライン 
2017.02.
17)。「マルチステージ」化が進めば、高齢者の就業率も上昇する。日本人が「3ステージ」の
人生
設計を行う状態から抜け出せていないとすれば、引退期に資金計画の破綻する可能性が高いという
論になり、高齢者の生活保護の受給者数は著しく増加し、財政への負担も懸念されると予測する。



そうか、雨漏り対策の抜本対策も考えなくちゃいけなし(これは明日から準備作業に入る)、稼ぐ作業もしなけれ
ば迷惑をかけてしまうしね。とりあえず、今日の宅トレで決めたが11月から本格的に「英会話」の勉強をやり直
すことにした。 

 

 

 

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新電気二輪車工学

2017年10月23日 | デジタル革命渦論

      

                                 
                      梁恵王篇 「仁とは何か」  /  孟子  

                                                    

      ※  二つに一つ:滕(とう)の文公が孟子にたずねた。「滕はちっぽけな国です。
         大国には精いっぱいご機嫌をとってはいるのですが、いつ侵略されるかわか
         りません。なにかよい方法はないものだろうか」「むかし大王が邠(せん)
         に住んでいたころ、蛮族の侵略を受けました。毛皮や絹を貢いでも侵略はや
         まず、犬や馬、さらに珠玉を貢いでも効き目がない。そこで大王は国中の長
         老を集めて、『やつらの欲しいのはこの土地だ。わたしは、土地は人間が生
         きるためのもの、その土地のために肝心の人間を犠牲にしてはならぬと信じ
         ている。領主かいなくとも心配はない。わたしはここを去ろうと思う』大王
         は邠をあとにして梁山を越え、岐山(き)のふもとに新しい国を建てた。
         邠の人々は、『情深い王だ。離れるわけにはいかない』と、市に出かけると
         きのように、ぞろぞろとつき従ったといいます。こうするのも一法です。ま
         た、先祖伝来の土地だ。かってに捨てられるものではない。命をかけても守
         れ』と、主張する人もあります。こうするのもまた一法です。この二つのう
         ち、いずれかをお選びください」

         【解説】「人を養うゆえんのものをもって人を害せず」――手段と目的をは
         きちがえてはならない。機械文明は人間の生活を向上するためのものである。
         しかしオートメーションは、ややもすれば人間の生活を破壊しがちである。
         原子力は人類の幸福のために役立てるべきもの。それが大量虐殺に使われる
         とすれば、これほど大きな矛盾はない。
 

  No.87

 
【電気二輪車篇:高性能なEBホンダモンキー登場する ?!

Jun. 22, 2017

 Sep. 28, 2017

50年前、ミッドナイトの心斎橋筋のアーケードをホンダのモンキーで走り抜けするのが洒落ていた
”僕たちの
時代”  勿論、そのことろは、今と違って三角公園周辺にはアメリカ村など存在しなかっ
たのだが、「環境リスク本位制時代」に入り本田宗一郎の開発した原付バイクが消えるという。二輪
車を含めたその市場規模は、約5~6兆円、年間生産台数5~6千万台(超概算)のなか、電動スク
ータ/バイクが急速に代替普及していく。折しも、台湾で電動スクーターのシェアリングサービスを
手がけるGogoro社が、日本での同サービス参入を発表している。サービス名称は『GoShare』。2017
年中に沖縄県の石垣島でパイロット展開を行ない、2018年には他の都市などにも広げる予定。合わせ
て同社は、住友商事と提携、2017年度内に沖縄県石垣島でシェアリングの実証実験を開始する。これ
を足がかりとして、日本市場に合わせた車両や運用の仕組みづくりを急ぐ。約6秒で電池の交換が完
させ、約110キロメートル走行できる。これで落ち込む2輪市場の“起爆剤”となるのか注目され
ている。


  

同社が開発したEVバイクは2種類。モーター出力が高く、アルミニウム(Al)ボディーの「Gogoro1
と、コストを下げて普及を狙った「Gogoro2」である。日本での実証実験で使うのは普及モデルのGo-
goro2
とみられている両車両は、座席下に交換式のリチウムイオン電池を2個搭載。電池残量の減少
をインストルメントパネル(インパネ)の表示で確認したら、電池交換ステーションに向かい満充電
の電池と交換する仕組。台湾ではすでに400カ所以上に電池交換ステーションの設置が進み、同仕
組みを採用したEVバイクの累計販売台数は3万4千台以上に達する。競争力の源泉は、搭載する車載
電池と使いやすさを高めた電池交換ステーションである。2個搭載車載電池の1個あたりの電池容量
は約1.3キロワットアワー。パナソニック製の「18650」電池セルを数〜数10個組み合わせて電池
モジュールとし、これを12個繋げ電池パックに仕上げている。このように、ゼロエネルギーハウス
とドッキングすることで、下図のバッテリーの高性能化により便利/温暖化ガスゼロ/セフティ・フ
ァーストな電気二輪車のさらに廉価な、長距離運転社会が実現しそうだ。


Jul. 17, 2016    

❏ 特開2017-191662  ソニー株式会社
  二次電池、電池パック、電動車両、電力貯蔵システム、電動工具及び電子機器

【概要】

優れた電池特性を有する二次電池の提供すにあたり、正極活物質を少なくとも含む正極と、負極活物
質を少なくとも含む負極と、を備え、正極活物質が、少なくとも、リチウムコバルト複合酸化物と、
リチウムニッケルコバルトマンガン複合酸化物とを含有し、1サイクル目で充電した後の、リチウム
ニッケルコバルトマンガン複合酸化物のリチウム基準極に対する1サイクル目の放電時の開路電圧曲
線において、3.5Vの放電容量と3.8Vの放電容量との差が30mAh/g以上であり、負極活
物質が、少なくとも、S(0.2<X<1.4)またはS合金を含有する、二次電池を提供す
る(詳細は下図クリック) 。


【符号の説明】

11…電池缶、20,30…巻回電極体、21,33…正極、21A,33A…正極集電体、21B,
33B…正極活物質層、22,34…負極、22A,34A…負極集電体、22B,34B…負極活
物質層、23,35…セパレータ、36…電解質層、40…外装部材。

【特許請求の範囲】  

  1. 正極活物質を少なくとも含む正極と、  負極活物質を少なくとも含む負極と、を備え、該正極
    活物質が、少なくとも、リチウムコバルト複合酸化物と、リチウムニッケルコバルトマンガン
    複合酸化物とを含有し、1サイクル目で充電した後の、該リチウムニッケルコバルトマンガン
    複合酸化物のリチウム基準極に対する1サイクル目の放電時の開路電圧曲線において、3.5
    Vの放電容量と3.8Vの放電容量との差が30mAh/g以上であり、 該負極活物質が、
    少なくとも、S(0.2<X<1.4)又はS合金を含有する、二次電池。
  2. 前記リチウムコバルト複合酸化物が、下記式(1)で表される平均組成を有する化合物である、
    請求項1に記載の二次電池。

      LCo1-n      (1)

     (該式(1)中、mは0.9<m<1.1であり、nは0≦n<0.1であり、Mは、Ni、
    Mn、Al、Mg、B、Ti、V、Cr、Fe、Cu、Zn、Mo、Sn、Ca、Sr、W、
    Bi、Nb、及びBaから成る群より選ばれる少なくとも1種の元素を含む。)
  3. 前記リチウムニッケルコバルトマンガン複合酸化物が、下記式(2)で表される平均組成を有
    する化合物である、請求項1に記載の二次電池。

      LNi1-y-zCoMn      (2) 

    (該式(2)中、xは0.9<x<1.1であり、yは0.1<y<0.4であり、zは0.
    15<z<0.4)である。)
  4. 前記リチウムコバルト複合酸化物と前記リチウムニッケルコバルトマンガン複合酸化物との混
    合比率(質量比)が、70:30~95:5である、請求項1に記載の二次電池。
  5. 前記負極活物質が炭素材料を更に含有し、前記SiOX(0.2<X<1.4)又は前記Si
    合金と該炭素材料との混合比率(質量比)が、5:95~30:70である、請求項1に記載
    の二次電池。
  6. 正極活物質を少なくとも含む正極と、負極活物質を少なくとも含む負極と、を備え、該正極活
    物質が、少なくとも、リチウムコバルト複合酸化物と、下記式(3)で表される平均組成を有
    するリチウム含有化合物とを含有し、リチウム基準極に対して1サイクル目を4.5V以上で充
    電した後の、該リチウム含有化合物のリチウム基準極に対する1サイクル目の放電時の開路電
    圧曲線において、3、5Vの放電容量と3.8Vの放電容量との差が30mAh/g以上であ
    り、該負極活物質が、少なくともSiOX(0.2<X<1.4)又はSi合金を含有する、
    二次電池。

      Li1+a(CobNicMd Mne)1-aO2-f      (3)

     (該式(3)中、Mは、マンガン(Mn),コバルト(Co)およびニッケル(Ni)のい
    ずれとも異なる1種以上の金属元素である。aは0.05<a<0.2であり、bは0.45≦
    b<0.7であり、cは0<c≦0.1であり、dは0≦d≦0.1であり、e≦bを満たし、
    b+c+d+e=1を満たし、fは-0.1≦f≦0.2である。)
  7. 前記リチウムコバルト複合酸化物が、下記式(1)で表される平均組成を有する化合物である、
    請求項6に記載の二次電池。

      Lim1-n MnO      (1)

     (該式(1)中、mは0.9<m<1.1であり、nは0≦n<0.1であり、  Mは、Ni、
    、Al、Mg、B、Ti、V、Cr、Fe、Cu、Zn、Mo、Sn、Ca、Sr、W、
    、Nb、及びBaから成る群より選ばれる少なくとも1種の元素を含む。)
  8. 前記リチウムコバルト複合酸化物と前記リチウム含有化合物との混合比率(質量比)が、70:
    30~95:5である、請求項6に記載の二次電池。
  9. 前記負極活物質が炭素材料を更に含有し、前記SiOX(0.2<X<1.4)又は前記Si
    合金と該炭素材料との混合比率(質量比)が、5:95~30:70である、請求項6に記載
    の二次電池。

           
読書録:村上春樹著『騎士団長殺し 第Ⅱ部 遷ろうメタファー編』   

 

    第60章 もしその人物がかなり長い手を持っていれば

  さて、これからどうすればいいのだろう? 彼女にはまったく考えが浮かばなかった。家の中
 に入ることはできないし、かといって塀の外に出ることもできない。免色が今現在、この家の中
 にいることは間違いない。彼がスイッチを押して門を開け、宅配使の品物を受け取ったのだから。
 彼以外にこの家に仕んでいる人間はいない。週一回ハウス・クリーニングが入る以外は、原則的
 に家の中に他人は入ってこない。前にこの家を訪れたとき、免色はそう言っていた。

  家の中に入る手立てがない以上、どこか外に隠れ場所を見つける必要がある。家のまわりをう
 ろうろしていたら、いつその姿を見られてしまうかもしれない。あちこち探しているうちに、裏
 手の庭園の隅に、資材をしまっておくための小屋のようなものが見つかった。扉には健はかかっ
 ていなかった。中には庭仕事をするための器具やホースが置かれ、肥料の袋が積み上げられてい
 た。彼女はその中に入り、肥料の袋の上に腰を下ろした。居心地の良い場所とはもちろん言えな
 い。でもとにかくここにじっとしていれば、姿をカメラに写されるようなこともない。誰かがこ
 こまで様子を見に来るようなこともあるまい。そのうちにきっと何か動きがあるはずだ。それを
 待つしかない。

  身動きのとれない状況ではあったけれど、それでも彼女はむしろ健全な高揚感のようなものを
 身のうちに感じていた。その朝、シャワーを浴びたあと裸で鏡の前に立って、乳房がほんの少し
 だけ盛り上がっていることに気がついたのだ。そのことも高揚感に少しは寄与していたかもしれ
 ない。もちろんそれはただの錯覚かもしれなかった。そうであってほしいという気持ちが生んだ
 思い違いかもしれない。でもいろんな角度からずいぶん公平に眺めてみても、手で触ってみても、
 これまではなかった柔らかな膨らみがそこに生まれているように彼女には感じられた。乳首はま
 だまだ小さかったが(オリーブの種を思わせる叔母さんのそれとは比べようもない)、そこには
 萌芽の兆しらしきものが漂っていた。

  彼女は胸の小さな膨らみのことを考えながら、資材小屋で時間を潰した。その膨らみがどんど
 ん大きくなっていく様子を彼女は頭の中で想像した。豊かに膨らんだ乳房を持って暮らすという
 のはどんな気持ちのするものなのだろう? 叔母さんがつけているような、しっかりとした本物
 のブラジャーを自分がつけるところを想像した。でもそれはまだかなり先のことになるだろう。
 何しろ生理だって、今年の春に始まったばかりなのだから。

  少し喉が渇いたような気がしたが、まだしばらくは我慢できそうだった。彼女は分厚い腕時計
 に目をやった。Gショックは三時五分過ぎを指していた。今日は金曜日で絵画教室のある日だが、
 それは最初から休むつもりでいた。画材を入れたバッグも持ってきていない。としても、このま
 ま夕食までに家仁房れなかったら、きっと叔母さんは心配することだろう。あとでそれらしい言
 い訳を考えなくてはならない。少し眠ったかもしれない。こんな場所でこんな状況で、自分がた
 とえ僅かでも眠れるなんて、 彼女にはとても信じられなかった。でもどうやら知らないうちに
 眠り込んでしまったようだった。

 短い眠りだ。十分か十五分、そんなものだろう。もっと短いかもしれない。でもそれなりに深い
 眠りだ。はっと目が覚めたとき、意識が分断されていた。自分か今どこにいるのか、何をしてい
 るところなのか、一瞬わからなくなった。そのとき彼女は何かとりとめのない夢を見ていたよう
 だった。豊かな乳房とミルク・チョコレートが関係した夢だった。目の中に唾が溜まっていた。
 それから彼女はすぐに思い出した。私は免色の家に忍び込んで、庭の資材小屋の中に身を隠して
 いるのだ。

  何かの音が彼女を目覚めさせたのだ。それは継続的な機械音だった。もっと正確に言えば、ガ
 レージのドアが関きつつある音だった。玄関の脇にあるガレージのシャッターががらがらという
 音を立てて上がっているのだ。免色が車に乗って、これからどこかに出て行こうとしているのか
 もしれない。彼女はすぐに資材小屋を出て、足音を忍ばせて家の表側に向かった。シャッターが
 上がりきって、モーター音が停まった。それから車のエンジンがかかり、銀色のジャガーがゆっ
 くりとそのノーズを先に突き出した。運転席には免色が座っていた。運転席の窓ガラスは下ろさ
 れ、真っ白な髪が午後の陽光を受けて鮮やかに光っていた。まりえはその様子を植え込みの陰か
 らうかがっていた

  もし免色が右手の植え込みに顔を向ければ、その陰に潜んでいるまりえの姿がちらりと見えた
 かもしれない。それは完全に身を隠すには小さすぎる植栽だったから。しかし免色はまっすぐ正
 面に顔を向けたままたった。彼はハンドルを握りながら、何ごとかを真剣に考えているように見
 えた。ジャガーはそのまま前に進み、ドライブウェイのカーブを曲がって見えなくなった。ガレ
 一ジの金属シャッターはリモコン操作で再びゆっくり下に降り始めていた。彼女は植え込みの陰
 から駆けだし、そのほとんど閉まりかけたシャッターの隙間に素早く身体を滑り込ませた。映画
 『レイダース』でインディアナ・ジョーンズがやっていたみたいに。それもまた一瞬の反射的な
 行動たった。ガレージに入り込むことができれば、そこからきっと中に入れるはずたというとっ
 さの判断のようなものが彼女にはあった。ガレージのセンサーは何かを感じて一瞬戸惑ったが、
 シャッターは再び下降を始め、やがてぴたりと閉まった。

 
 Raiders of the Lost Ark (1981)

  ガレージの中にはもう一台の車が置いてあった。ベージュの幌のついたスマートな紺色のスポ
 ーツカー、このあいだ叔母さんが感心して見とれていた車だ。彼女は車には興味がないので、そ
 のときはほとんど目もくれなかった。ノーズがひどく長く、やはりジャガーのマークがついてい
 る。それが高価なものであることは、車の知識を待たないまりえにも容易に想像がついた。おそ
 らく貴重なものでもあるのだろう。

  ガレージの奥に、家の中に通じるドアがあった。おそるおそるノブを回してみると、鍵がかか
 っていないことがわかった。彼女はほっと▽息ついた。少くとも昼間のうち、人はガレージ内か
 ら家に通じるドアの鍵はまずかけないものだが、なにしろ免色は用心深く慎重な人間だ。だから
 彼女はそこまで期待していなかった。よほど何か大事な考えごとがあったのだろう。幸運としか
 言いようがない。

  彼女はそのドアから家の中に足を踏み入れた。靴をどうしたものかと迷ったが、結局脱いで于
 に待っていくことにした。ここに残していくわけにはいかない。家の中はしんと静まりかえって
 いた。すべての事物が息を殺しているみたいに。免色がどこかに出かけてしまった今、この家の
 中には誰もいないという確信が彼女にはあった。今この屋敷の中にいるのは私一人きりなのだ。
 しばらくのあいだは、どこに行くのも何をするのも私の自由だ。

  彼女はこの前ここに来たとき、免色に家の中を簡単に案内された。そのときのことをよく覚え
 ていた。家の中の位置間係はだいたい順に入っている。彼女はまず一階の大半を占めている大き
 な居間に行った。そこから広々としたテラスに出られる。テラスにはスライド式の大きなガラス
 戸がついていた。そのガラス戸を開けていいものかどうか、ひとしきり迷った。免色は出て行く
 ときに警報装置のスイッチを入れていったかもしれない。もしそうなら、ガラス戸を開けたとた
 んにベルが鳴り出すだろう。そして警備会社の警報ランプが点滅を始めることだろう。警備会社
 はこちらにまず電話をかけてきて状況を確かめる。そのときには相手にパスコードを教えなくて
 はならない。まりえは黒いスリッポン・シューズを手にしたまま思案した。



  でも、おそらく免色は警報装置のスイッチを入れていないだろうという結論にまりえは達した。
 ガレージの奥のドアの鍵を掛けなかったくらいだから、遠出をするつもりはないはずだ。たぶん
 近くに買い物に行ったか、そんなところだ。まりえは思いきってガラス戸のロックを外し、中か
 ら開けた。そのまま少し待ったが、ベルは鳴らなかったし、警備会社からの電話もかかってこな
 かった。彼女は胸を撫で下ろし(警備会社の人々が車で駆けつけてきたら冗談ごとではすまなく
 なる)、テラスに出た。そして靴を床に置き、プラスチックのケースに入っていた大型の双眼鏡
 を取り出した。双眼鏡は彼女の手には大きすぎたので、テラスの手すりを台がわりにしてみたが、
 あまりうまくいかなかった。あたりを見回すと、双眼鏡の専用台らしきものが壁に立てかけてあ
 るのが見つかった。カメラの三脚に似ており、色は双眼鏡と同じくすんだオリーブ・グリーンだ。



  そこに双眼鏡をねじでとめるようになっている。彼女はその専用台に双眼鏡を固定しその近く
 にあった低い金属製のスツールに座って、そこから双眼鏡を覗いた。それで楽に視界が確保でき
 た。向こうからはこちらの姿が見えないようになっている。おそらく免色はいつもそうやって谷
 の向かい側を見ているのに違いない。

  彼女の家の内部の様子が驚くほどありありと見えた。レンズを通した視野には、すべての光景
 が実際よりも一段明るく、クリアに浮かびあがっていた。双眼鏡にはたぶんそういうことを可能
 にする特殊な光学的機能が具わっているのだろう。谷間に而したいくつかの部屋のカーテンは引
 かれていなかったので、すべてが細かいところまで手に取るようにうかがえた。テーブルの上に
 置かれた花瓶や雑詰まで見てとることができた。今、家には叔母さんがいるはずだ。でも彼女の
 姿はとこにも見えなかった。

  遠い距離を隔てたところから自宅の内側を細かく眺めるというのはずいぶん不思議な気持ちの
 するものだった。まるで自分がもう死んでしまっていて(事情はよくわからないのだが、気がつ
 いたらいつの間にか死者の仲間入りをしていて)、あの世からかつて自分の往んでいた家を眺め
 ているような気持ちだった。そこは自分か長いあいだ属してきた場所なのだが、もうそこに自分
 の居場所はない。よく知っている親密な場所なのに、そこ仁戻れる可能性は失われてしまってい
 る。そんな奇妙な乖離の感覚があった。

  それから彼女は自分の部屋を見た。部屋の窓はこちら側に而しているが、窓にはカーテンが引
 かれている。ぴたりと隙間なく。見慣れた柄のオレンジ色のカーテンだ。日焼けしてオレンジ色
 はかなり穏せてしまっている。そのカーテンの奥は見えなかった。しかし夜になって明かりを灯
 せば、中にいる人の影くらいはぼんやり見えるかもしれない。どれほど見えるものか、実際に夜
 にここにやってきて、双眼鏡で見てみないことにはわからない。まりえは双眼鏡をゆっくり回転
 させてみた。その家のどこかに叔母さんがいるはずだ。しかし彼女の姿はとこにも見えなかった。
 奥の台所で夕食の支度をしているのかもしれない。あるいは自室で休んでいるのかもしれない。
 いずれにせよ、家のその部分はこちらからは見えない。

  その家に今すぐ戻りたいと彼女は思った。そういう気持ちが彼女の中に急に激しくわき起こっ
 てきた。そこに戻って、座り馴れた食堂の椅子に座り、いつものティーカップで熱い紅茶を飲み
 たい。そして叔母さんが台所に立って、食事の支度をしているところをぼんやり眺めていたいそ
 うできたらどんなに素晴らしいだろう。彼女はそう思った。自分かいつかその家を懐かしく思う
 ことかあるうなんて、それまで一瞬たりとも考えたことはなかった。彼女はずっと、自分の家
 がらんとした、醜い家だと思っていた
。そんな家に暮らしていることが嫌でたまらなかった。

 早く大人になって家を出て、自分の好みにあった住居に一人で住みたいと願っていた。でもこの
 今、谷間を隔てた向かい側から、双眼鏡の鮮明なレンズを通して内部を眺めながら、なんとして
 もその家に戻りたいと彼女は願った。そこはなんといっても私の場所なのだから。そして私が護
 られている場所なのだから。




  そのとき軽い唸りのようなものが耳元に聞こえたので、彼女は双眼鏡から目を離した。そして
 空中を何か黒いものが飛んでいるのを目にした。蜂だった。大型の体長が長い蜂、たぶんスズメ
 バチだ。彼女の母親を死なせた攻撃的な蜂、とても鋭い針を持っている。まりえはあわてて家の
 中に駆け込み、ガラス戸をぴたりと閉め、ロックした。スズメバチはそれからもしばらくのあい
 だ、彼女を牽制するようにガラス戸の外を飛び回っていた。何度かガラスに体あたりさえした。

 それからやっとあきらめたのか、どこかに飛んで行ってしまった。まりえはほっと胸を撫で下ろ
 した。まだ呼吸が荒く、胸がどきどきしていた。スズメバチは彼女がこの世界でもっとも恐れる
 もののひとつたった。スズメバチがどれほど恐ろしいものか、父親から何度も話を聞かされてい
 た。図鑑で何度もその姿かたちを確かめた。そして自分の母親と同じように、いつかスズメバチ
 に剌されて死ぬのではないかという恐怖を、彼女はいつしか抱くようになった。自分の母親から
 同じ、蜂の毒に対するアレルギー体質を受け継いでいるかもしれない。いつか死ぬのは仕方ない
 にしても、それはもっとずっと先のことであるべきだ。豊かな乳房と、しっかりとした乳首を持
 つというのがどういうことなのか、彼女はその気持ちをコ皮でいいから昧わってみたかった。そ
 の前に蜂に刺されて死んでしまうのは、いくらなんでも惨めすぎる

  Invention 9 Bach

  どうやらしばらく外には出ない方がよさそうだとまりえは思った。あの凶暴な蜂はまだこのあ
 たりを飛び回っているに違いない。そして蜂はまるで彼女に個人的に標的を定めているみたいに
 見えた。だから外に出るのはあきらめて、家の中をもっと詳しく調べてみることにした。
  彼女はまず広い居間を一周して点検した。その部屋は、前に見たときととくに変わりはなかっ
 た。大きなスタインウェイのグランド・ピアノがあった。ピアノの上には楽譜がいくつか載って
 いた。バッハのインヴェンション、モーツアルトのソナタ、ショパンの小品、そんなものだ。技
 術的にはそれほどむずかしいものでもなさそうだった。でもそれだけ弾けるというのは大したも
 のだ。その程度のことはまりえにもわかった。彼女も以前ピアノを習っていたことがあった(あ
 まり上達はしなかった。音楽よりは絵画の方に心を惹かれていたから)。

 Chopin Etude Op.25 No.12 "Ocean"


  大理石のトップがついたコーヒーテーブルの上には、封冊かの本が積んであった。読みかけの
 本だ。ページのあいだに栞が挟んである。哲学舎が一冊、歴史の本が一冊、そして小説が二冊(
 そのうちの一冊は英語の本だった)。彼女はどの本のタイトルも目にしたことがなかったし、著
 者の名前を間いたこともなかった。そっとページをめくってみたが、彼女が興味を持てそうな内
 容の本ではなかった。この家の主人は難解な本を読み、古典音楽を愛好している。そしてその合
 間に、高性能の双眼鏡を使って谷間の向こう側にある彼女の家をこっそり覗いている。

  彼はただの変質者なのだろうか? それともそこには何か筋の通った理由なり目的のようなも
 のがあるのだろうか? 彼は叔母さんに興味を持っているのだろうか? それとも私に? ある
 いは両方に(そんなことかあり得るだろうか)?

  彼女は次に階下の部屋を探ってみることにした。階段を下りてまず彼の書斎に行った。書斎に
 は彼の肖像画がかかっていた。まりえは部屋の真ん中に立って、その絵をしばらく眺めていた。
 その絵は前にも見たことがあった(その絵を見るためにここにやってきたのだ)。しかしあらた
 めてじっと眺めていると、まるで免色がその部屋に実際にいるような気持ちにだんだんなってき
 た。だから絵を眺めるのをやめた。できるだけそちらに目をやらないように努めながら、彼のデ
 スクの上にあるものをひとつひとつ点検した。アップルの高性能のデスクトップコンピュータ
 あったが、スイッチは入れなかった。厳重なブロックがかかっていることはわかりきっていたか
 らだ。彼女にそれが突破できるはずはない。机の上にはほかにそれほど多くのものは置かれてい
 なかった。日めくり式の予定表があった。しかしそこにはほとんど何も書き込まれていなかった。
 よくわからない記号と数字がところどころに記入されているだけだ。おそらく本格的なスケジュ
 ールはコンピュータに打ち込まれて、いくつかの機器に共有されているのだろう。もちろんすべ
 てにしっかりセキュリティーがかけられているはずだ。免色さんはとても用心深い人物だ。簡単
 には痕跡を残したりはしない。
  
  デスクの上にはそのほかには、普通どこの書斎の机の上にもあるような、ごく当たり前の文房
 具が置かれているだけだった。鉛筆はどれもほとんど同じ長さで、先端はとても美しく尖ってい
 る。ペーパークリップはサイズごとに細かく仕分けられている。純白のメモ用紙は何かを書き込
 まれるのをじっと待ち受けている。卓上ディジタル時計は律儀に時を刻んでいる。とにかく何も
 かもが恐ろしいほど整然と保たれていた。「もしよくできた人造人間でないのだとしたら」とま
 りえは心の中で思った。「免色さんという人には、間違いなく何かしらおかしなところがある」
 机の抽斗にはもちろんすべて鍵がかかっていた。当たり前だ。彼が机の抽斗に鍵をかけておか
 ないわけがないのだ。ほかに書斎にはとくに見るべきものはなかった。ずらりと本が並んだ書棚
 もCDの棚も、いかにも高価そうな最新のオーディオ装置も、ほとんど彼女の注意を引かなかっ
 た。それらはただ彼の嗜好の傾向を示しているに過ぎない。彼という人間を知る助けにはならな
 い。彼の(おそらく)抱えている秘密には結びつかない。


いまさら、気づいたといのも変だけれど、ピース又吉の『火花』のような「猥雑な雑踏」が彼の小説
にはなく、透明で理性的で緻密で、まるでドイツ人気質(あるいは北欧気質)に似た淡々とした描写
の文体に驚く。「免色の秘密」とは何か? さて、この続きは次回に。
                                       この項つづく

 Oct. 18, 2017
【石英脈の形成が地震の発生周期に関係】

10月18日、産業技術総合研究所らの研究グループは、プレート境界付近の巨大分岐断層沿いに形
成され
る岩石の亀裂内で石英析出時間を算出する新しい計算モデルを開発し、岩石の亀裂を埋める石
英の析出反
応が巨大分岐断層の活動に影響を与える可能性を提唱している。このことで、地下で岩石
亀裂が閉じる現象
は、岩石中の水の分布や圧力上昇に寄与し、地震を引き起こす断層周辺での水の圧
力上昇は地震につなが
と推測されている。地下の熱と水を源とする地熱エネルギーの持続的な利用は、
岩石中の熱水溜りや量を知
ることで、❶石英析出反応による地下深部環境の時間変化の見積もりが可
能になる。この成果は、❷地震の活動
周期の予測や❸地熱エネルギーの持続的利用につながる。



Title : Silica precipitation potentially controls earthquake recurrence in seismogenic zones,
doi:10.1038/s41598-017-13597-5

  ● 今夜のアラカルト

【世界で一番美味いひとり宅めし Ⅳ】

● 安らぎとパワーをつけるミルクセーキ

牛乳に甘味料などを加えて作る乳飲料の種類のミルクセーキ(milk shake)には、シェイカー、ミキサ
ー、泡立て器とボウルによる3つの製法から分類する方法と、牛乳、卵黄、砂糖、バニラ・エッセン
スを混ぜるフレンチスタイル、牛乳、アイスクリーム、砂糖、バニラエッセンスを混ぜるアメリカン
スタイル、これにはチョコレートシロップや果物のシロップを混ぜるシェーキ(シェーク、シェイク)
の3種類あるがそのほかに、加熱する、ホットミルクセーキや、チョコレートやストロベリーの固形
物をくわえるもの、あるいは、などがある。卵、砂糖、練乳にかき氷を入れてシャーベットでつくる
長崎県のミルクセーキなどがある。作り方は、①マグカッブに牛乳200㍑、バター10g、砂糖小さ
じ山盛り2を入れてスプーンで混ぜる。②電子レンジ(500W}で3分ほど加熱、③加熱後拡販す
る。材料費約40円。



滋養強壮にターメリックミルクセーキ

ココナッツミルク1缶、アーモンドミルク1/2カップ、冷凍バナナ1本、ウコン茶さじ2杯、アー

アーモンドバター大さじ1、
ココナッツ1/4カップ、バニラのエキス小さじ2、シナモン適量
、黒コ
ショウ適量。

 

コメント
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最新テンプルモータ技術

2017年10月21日 | 環境工学システム論

       

                                 
                      梁恵王篇 「仁とは何か」  /  孟子  

                                                    

      ※ なんじの行ないは、なんじにかえる上の防衛策:鄒(すう)と魯(ろ)が戦
        ったときのこと、鄒の穆公が孟子にたずねた。「「こんどの戦でわが軍の部
        将が三十三人も戦死した。だが、人民はだれひとり部将のために命を投げ出
        さなかった。いっそ殺してやりたいくらいだが、全部を殺すわけにはゆかな
        い。といって捨てておけば、これからも平気で上官を見殺しにするだろう。
        一体、どうしたものであろう」「飢饉の年にあなたの国では、多くの年寄り
        や子供がのたれ死にし、何千とも知れない若者が逃げ出しました。しかも、
        王室の穀倉、金倉には五穀財宝が満ちあふれていました。部将たちはそれを
        見て見ぬふりをしていました。自分の職務を怠けて、人民を見殺しにしたの
        です。曽子(孔子の弟子)が言っています。
        『心せよ、心せよ。なんじの行ないは、なんじにかえる』、いま人民はよう
        やく怨みを晴らしたのです。その人民をとがめるのは筋違いというものです。
        あなたが仁政を行なえば、当然、人民は上官のために一命を投げ出すでしょ
        う」

       〈鄒〉 現在の山東省都県にあった小国。孟子の出生地。
       〈穆公〉古書には、孟子の進言をいれて仁政を行ない、人民の信望を得たとい
           う伝記がみられる。 

【ベアリングレス最新テンプルモータ技術】

❏  特開2017-192295  電磁回転駆動装置及び回転装置

                  レヴィトロニクス ゲーエムベーハー 社

【概要】

テンプルモータ(temple motor)の構成された電磁回転駆動装置が知られている。本発明は、この実施
例に関する。テンプルモータは、図1及び図2の斜視図にそれぞれ示すように、2つの実施例が従来
知られている。より良く理解するため、図2のテンプルモータの軸線方向の断面を図3に示す。図1
~図3が先行技術の装置を図示。ここでは、符号にそれぞれ逆コンマ/ダッシュを付す。テンプルモ
タは、全体として、符号1’で特徴付けられる。テンプルモータの特徴として、ステータ2’が、軸
線方向A’と平行に延在する棒形状の長手方向リム41’をそれぞれ備える複数のコイルコア4’を
有する。なお、その方向は、ロータ3’の所望の回転軸線、つまり、ロータ3’が、軸線方向に直交
配設された径方向面で、ステータ2’に対して中心且つ傾斜しない位置条件の動作状態の回転軸線に
より定義される軸線方向A’を意味する。図1~図3では、のロータ3’の円盤状の永久磁石でそれ
ぞれ構成した、ロータ3’の各磁気有効コア31’のみを示す。永久磁石の磁化は、それぞれ、符号
なし矢印で示す。


さらに、電磁回転駆動装置は、ベアリングレスモータの原理に従い構成/動作する。なお、ベアリン
グレスモータという用語は、磁気ベアリングが別途設けられることなく、ロータがステータに対し完
全に磁気支持される電磁回転駆動装置をさす。このため、ステータ(固定子)は、ベアリング駆動ス
テータとして構成され、電気駆動のステータ(固定子)と磁気支持のステータとの両方を兼ね備える。
回転磁場は、電気巻線を用い作り、一方では、ロータにその回転を生じさせるトルクを与え、他方
では、ロータの径方向位置を能動的に制御/調整が可能となるようロータに要望通りに設定可能な、
せん断力を与える。ロータの完全な磁気支持を伴う別個の磁気ベアリングの不在が、ベアリングレス
モータ
の名付けられる特性を有す。

機械ベアリングレスモータは、例えば血液循環ポンプ等の敏感な物質を搬送する装置、または、例え
ば製薬業界やバイオテクノロジー業界のごとく高純度要求が課される装置、または例えば半導体産業
向けのスラリーポンプやミキサ等の、機械ベアリングを短期間で破壊する研磨物質を搬送する装置と
いった、ポンプ装置、混合装置、撹拌装置に適し、また、半導体製造において、例えばフォトレジス
トや他の物質でコーティング処理を行う際に、ウェハの支持回転にも用いられる。圧送、撹拌、混合
用途のベアリングレスモータの原理の利点は、電磁駆動装置のロータと、ポンプ、攪拌機、ミキサロ
ータを兼ね備えた統合ロータの設計に由来し、非接触磁気支持に加えて、ここでは、非常にコンパク
トで場所を取らない構成による利点もある。

また、ベアリングレスモータの原理は、ロータをステータから容易に分離できる。例えばロータを1
回きりの使用のための使い捨て部分として設計できる。使い捨ての適用は、高い純度要求から、処理
中に取り扱う物質と接触する全ての部品を、例えば蒸気滅菌による複雑で高負担費用法で事前に洗浄・
殺菌作業をなくし、1回きりの構成で使い捨て可能である。ここでは、例として製薬業界/バイオテ
クノロジー業界向けに適し、溶液及び懸濁液の調製が行われ、物質の配合/搬送には注意を要する。
図1~図3に示すテンプルモータ1’の実施例において、コイルコア4’、ここでは例えば6個のコ
イルコア4’は、棒形状の長手方向リム41’と共に、ロータ3’(内部ロータ)の周りに円状/等
距離に配置され、外部ロータとしての実施例において、リング形状を有し、コイルコアは、ロータに
対して内向きに配設され、軸線方向A’に延在し、寺院の柱を連想させる複数の棒形状の長手方向リ
ム41’が、テンプルモータの名前の由来
である。

棒形状の長手方向リム41’は、それぞれ、図示の下部における第1端部から図示の上部における第
2端部まで、軸線方向A’に延在する。第1端部は、隣接する2つのコイルコア4’間にそれぞれ配
置された複数のセグメントを備えるリフラックス5’により、径方向に互いに接続される。永久磁石
ロータ3’は、長手方向リム41’の第2端部間に配置され、動作状態において軸線方向A’を中心
に回転する。ロータ3’は、ステータ2’に対して非接触に磁気駆動され、非接触に磁気支持され、
ロータ3’の径方向位置は、長手方向リム41’の第2端部間の中心位置に位置付調節する。

長手方向リム41’は、ロータ3’の磁気駆動や磁気支持に必要な電磁回転磁場を発生させる巻線
を有する。図1~図3に示す実施例では、巻線は、個別のコイル61’が各長手方向リム41’に巻
き付けられるように、つまり各コイル61’のコイル軸線がそれぞれ軸線方向A’に延在するように
構成される。なお、テンプルモータは、コイル61’のコイル軸線が所望の回転軸線と平行に延在し
ていたり、コイル61’又は巻線が磁気ロータ面C’内に配置されていなかったりする。磁気ロー
タ面C’は、ロータ3’の磁気有効コア31’の磁気中心面である。この、軸線方向A’に直交する
面において、ロータ3’又はロータ3’の磁気有効コア31’が動作状態に支持。原則的に、図1~
図3に示す円盤としてのロータ3’の磁気有効コア31’の実施例において、磁気ロータ面C’は、
軸線方向A’に直交するロータ3’の磁気有効コア31’の幾何学的中心面である。図1~図3に示
すように、コイル61’は、磁気ロータ面C’の下、好ましくは、ロータ3’の磁気有効コア31’
の下に配置。

よく実施されるテンプルモータの実施例を図2及び図3に示す。この実施例において、各コイルコア4
’は、長手方向リム41’に加えて、長手方向リム41’の第2端部にそれぞれ設けられ、長手方向
リム41’に略直角の径方向に延在する横リム42’を備えている。この実施例では、各コイルコア
4’はL字形状を有し、横リム42’がそのL字形の短いリムを形成している。ロータ3’は、横リ
ム42’の間に配置される。テンプルモータとしてのこの実施例の利点の1つは、磁気ロータ面C’
に、ステータの巻線又は巻線ヘッドが存在しないことである。これにより、例えば遠心ポンプにテン
プルモータを適用する場合に、ステータの巻線による干渉なしに、遠心ポンプの出口をポンプロータ
のインペラが回転する面内に設けることができる。出口を軸線方向A’に対してポンプロータの羽根
と同じ高さに設けることが可能となる。このようにポンプ出口を中心/中央に配置することは、流体
力学的に、傾斜に対するロータの受動的支持及び安定化にも好ましい。

下図5のように、非接触に磁気駆動可能であり、コイルフリー且つ永久磁石フリーに構成された、磁
気有効コア31を有するロータ3と、動作状態でロータ3を所望の回転軸線の周りで非接触式に磁気
駆動可能にするステータ2とを有するテンプルモータとして構成された電磁回転駆動装置が提供され
る。ステータ2は、所望の回転軸線に平行な方向に第1端部43から第2端部44まで延びる棒形状
の長手方向リム41をそれぞれ有する複数のコイルコア4を有し、全ての第1端部43がリフラック
ス5によって接続されている。電磁回転磁場を発生させるための複数の巻線6,61が設けられ、各
巻線が長手方向リム41の1つを包囲する。複数のコイルコア4は、予磁化永久磁束を生成可能な複
数の永久磁石45,46を有する。


【図1】従来技術に係るテンプルモータの斜視図
【図2】従来技術に係る他のテンプルモータの斜視図
【図3】図2のテンプルモータの軸線方向の断面
【図4】本発明に係る電磁回転駆動装置の第1実施例の斜視図
【図5】本発明に係る電磁回転駆動装置の第2実施例の斜視図
【図51】混合装置図50の第2実施例の軸線方向の断面
【図52】使い捨て装置と再利用可能装置とを備える、本発明に係る回転装置の第3実施例の軸線方
     向の断面
【図53】使い捨て装置と再利用可能装置とを備える、本発明に係る回転装置の第4実施例の軸線方
     向の断面

          
読書録:村上春樹著『騎士団長殺し 第Ⅱ部 遷ろうメタファー編』   



   第59章 死が二人を分かつまでは   

  私は肯いた。その光景をありありと思い浮かべることができた。植え込みの陰に隠れて、まり
 えがこっそりとスタジオの中を覗いている。雨田典彦がスツールに腰掛け、意識を集中して絵筆

 をふるっている。誰かが自分を眺めているかもしれないというような考えは彼の頭をよぎりもし
 ない。

 「わたしに手伝ってほしいことがあると、先生はさっき言った」と秋川まりえが言った。
 「そうだった。そのとおりだ。君にひとつ手伝ってもらいたいことがあるんだ」と私は言った。
 「この二枚の絵をしっかり包装して、人目に触れないように屋根裏に隠してしまいたい。『騎士
 団
長殺し』と『白いスバル・フオレスターの男』を。ぼくらはもうこれらの絵を必要とはしない
 と思うから。できれば君にその作業を手伝ってもらいたい」

  まりえは黙って肯いた。実のところ、私は一人だけでその作業を行いたくなかった。作業を実
 際に手伝ってもらうというだけではなく、私は目撃者と立会人を必要としていた。秘密を分かち
 あえる、口の堅い誰かを。
  台所から紙紐とカッターナイフを持ってきた。そして私とまりえは二人で『騎士団長殺し』を
 しっかりと梱包した。もとあった茶色の和紙で丁寧に包み、組紐をかけ、その上から白い布をか
 ぶせ、その上からもまた紐をかけた。簡単にははがされないよう、とても厳重に。『白いスバ
 ル・フオレスターの男』はまだ絵の具が乾ききっていなかったので、簡単に包装するだけにとど
 めた。そしてそれらを抱えて、客用寝室のクローゼットに入った。私は脚立に乗って天井の蓋を
 開け(考えてみれば、それは顔ながが押し開いていた四角い蓋によく似ていた)、屋根裏に上が
 った。屋根裏の空気はひやりとしていたが、むしろ心地の良い冷ややかさだった。まりえが下か
 ら絵を差し出し、私はそれを受け取った。まず『騎士団長殺し』を受け取り、次に『白いスバ
 ル・フオレスターの男』を受け取った。そしてその二つを壁に並べて立てかけた。

  そのときに私ははっと気がついた。その屋根裏にいるのが私一人だけではないことに。そこに
 は誰かの気配があった。私は思わず息を呑んだ。誰かがここにいる。でもそれはみみずくだった。
 最初にここに上がったときに見たのとおそらく同じみみずくだ。その夜の鳥は、前と同じ梁の上
 で、同じようにひっそりと身体を休めていた。私か近くに寄っても、とくに気にはしないようだ
 った。それも前と同じだった。

 「ねえ、ここに来てごらん」と私は下にいるまりえに小さく声をかけた。「素敵なものを見せて
 あげる。音を立てないようにそっとあ加ってきて」

  彼女はなんだろうという領で脚立に乗り、開口部から屋根裏に上がってきた。私は両手で彼女
 を上に引っ張り上げた。屋根裏の床にはうっすらと白く埃が積もっていたから、ウールの新しい
 スカートが汚れるはずだったが、彼女はそんなことは気にもかけなかった。私はそこに腰を下ろ
 し、みみずくのとまっている梁を指さして示した。まりえは私の隣に膝をついて、魅入られたよ
 うにその姿を眺めた。その鳥はとても美しいかたちをしていた。まるで翼のはえた描のようだ。

 「このみみずくは、ずっとここに往み着いているんだ」と私は小さな声で彼女に言った。「夜は
 森に出て行って餌をとり、朝になるとここに帰ってきて体む。あそこに出入り口がある」

  私は金網が破れた過風口を示した。まりえは肯いた。彼女の浅く静かな息づ加いが私の耳に届
 いた。

  私たちはそのまま何も言わずにじっとみみずくを眺めていた。みみずくは私たちのことをとく
 に気にも加けず、そこで静かに思慮深く身体を休めていた。私たちは暗黙のうちにこの家を分か
 ち合っているのだ。昼に活動するものと夜に活動するものとして、そこにある意識の領域を半分
 ずつ分かち合っている
  まりえの小さな手加私の手を握った。そして彼女の頭が私の肩に載せられた。私は手をそっと
 握り加えした。私は妹のコミとも、このようにして一緒に長い時間を過ごしたものだった。私た
 ちは仲の良い兄と妹だった。いつも自然に気持ちを通い合わせることができた。死が二人を分か
 つまでは
  まりえの身体から緊張が抜けていくのがわかった。彼女の中で堅くこわばっていたものが、少
 しずつ続んでいった。私は私の肩に載せられた彼女の頭を撫でた。まっすぐな柔らかい髪たった。
 頬に手を触れると、彼女が涙をこぼしているのがわかった。まるで心臓から溢れ出る血のように
 温かい涙だった。私はそのままの姿勢でしばらく彼女を抱いていた。その少女は涙を流すことを
 必要としていたのだ。でもうまく泣くことができなかった。おそらくはずいぶん前から。私とみ
 みずくは、そんな彼女の姿を何も言わずに見守っていた。

  金網の破れた通風口からは午後の光が斜めに射し込んでいた。私たちのまわりにあるのは、沈
 黙と白い埃だけだった。遥か古代から送り込まれてきたような沈黙と埃だった。風の音も聞こえ
 ない。そしてみみずくは梁の上で、森の叡智を無言のうちに保持していた。その叡智もまた遠く
 古代から引き継がれてきたものだった
  秋川まりえは長いあいだまったく声を出さずに泣いていた。でも彼女が泣き続けていることは
 身体の細かい震えでわかった。私はその髪を優しく撫で続けた。時間の川を上の方まで遡ってい
 くみたいに。

    第60章 もしその人物がかなり長い手を持っていれば

  「わたしは免色さんのうちにいたの。四日のあいだずっと」と秋川まりえは言った。ひとしきり
 涙を流したあとで、彼女はようやく口をきくことができるようになっていた。
  私と彼女はスタジオの中にいた。まりえは作業用の丸いスツールに腰掛け、スカートからのぞ
 いている両膝をぴたりとあわせていた。私は窓の敷居にもたれて立っていた。彼女はとてもきれ
 いな脚をしていた。厚いタイツの上からでもそれはわかった。もう少し成熟すれば、その脚はお
 そらく多くの男たちの目を惹きつけるに違いない。その頃には胸もある程度膨らんでいることだ
 ろう。しかし今のところ、彼女はまだ人生の入り口で戸惑っている一人の不安定な少女に過ぎな
 かった。

 「免色さんのうちにいた?」と私は尋ねた。「よくわからないな。もう少し詳しく説明してくれ
 ないか」
 「わたしが免色さんの家に行ったのは、彼のことをもっと知らなくてはならなかったから。まず
 だいいちに、あの人がなぜ毎晩わたしの家を双眼鏡でのぞいているのか、そのわけを知りたかっ
 た。彼はそのためだけにわざわざあの大きな家を買ったのだと思う。谷の向かいにあるわたした
 ちの家を見るために。でもどうしてそんなことをしなくてはならないのか、わたしにはとても理
 解できなかった。だってあまりにも普通ではないことだから。そこには何か深いわけがあるはず
 だと思った」

 「だから免色さんの家を訪ねていったの?」

  まりえは首を振った。「訪ねていったわけじゃない。忍び込んだの。こっそりと。でもそこを
 出られなくなってしまった」
 「忍び込んだ?」
 「そう、泥棒みたいに。そんなことをするつもりはなかったのだけど」

  金曜日の午前中の授業が終了すると、彼女は裏口から学校を抜けだした。朝から連終もなしに
 学校を休むと、すぐに家に連絡が行く。しかし昼休みのあと、こっそり抜け出して午後の授業を
 すっぽかしても、家には連絡は行かない。なぜかはわからないが、そういう仕組みになっている。
 これまでそんなことをしたことは一度もないから、あとで先生から注意を受けても、なんとでも
 言い逃れられる。バスに乗って家の近くまで戻った。しかし家には帰らず、自宅があるのとは反
 対側の山を登って免色の家の前まで行った。

  まりえにはもともとその屋敷に黙って忍び込もうというようなつもりはなかった。そんな考え
 はちらりとも頭をよぎらなかった。でもだからといって、玄関のベルを押して彼に正式に面会を
 申し込むつもりもなかった。どんな計画も持だなかった。彼女はただ鉄片が強力な磁石に吸い寄
 せられるように、その白い屋敷に惹きつけられたのだ。塀の外側から家を見たところで、免色に
 聞する謎が解き明かされるわけではない。それくらいのことはわかっていた。でもどうしても好
 奇心を抑えることができなかった。足が勝手にそちらに向いてしまった。

  その屋敷に着くまでには、ずいぶん長い坂道を上らなくてはならなかった。振り返ると、山と
 山とのあいだに海がまぶしく光っているのが見えた。屋敷のまわりには高い塀がめぐらされ、入
 り口には電動式の頑丈な門扉がついていた。その両側に防犯用の監視カメラがついていた。警備
 会社のステッカーが門柱に貼ってあった。下手に近づくことはできない。彼女は門の近くの茂み
 に身を隠し、しばらく様子をうかがっていた。でも屋敷の中にも周囲にも、動きはまったく見ら
 れなかった。入の出入りもなかったし、中から何かの物音が聞こえるというようなこともなかっ
 た。

  三十分ほどそこであてもなく時間をつぷし、そろそろあきらめて引き上げようと思っていたと
 きに、一台のヴァンが坂道をゆっくりと上ってきた。宅配使会社の小型ヴァンたった。ヴァンは
 門の前で停まり、ドアが間いて、クリップボードを持った若い制服姿の男が中から降りてきた。
 彼は門の前に行って、門柱についたベルを押した。そして中にいる誰かとインターフォンで短く
 話をしていた。しばらくしてから大きな本の扉がゆっくりと内側に開き、男は急いでヴァンに乗
 り込み、車を運転して門の中に入っていった。

  細かいことを考えている余裕はなかった。車が中に入るとすぐに彼女は茂みを飛び出し、閉ま
 りかけた門扉の中に全速力で走り込んだ。ぎりぎりのタイミングだったが、門が閉じる前になん
 とかうまく中に入り込むことができた。監視カメラには写されたかもしれない。でも見とがめら
 れることはなかった。それよりは彼女は大を恐れた。塀の中には番犬が放し飼いになっているか
 もしれない。走り込んだときにはそんなことは考えもしなかった。塀の中に入って門が閉まった
 あとで、はっとそのことに思い当たった。これくらいの大きな家なら、庭にドーベルマンかシェ
 パードを放し飼いにしていても不思議はない。もし大型大がいたら、とても困ったことになる。

 彼女は大が苦手だった。しかしありかたいことに大はやってこなかった。鴫き声も聞こえなかっ
 た。前にここに来たときにもたしか大の話は出なかったと思う。
 彼女は塀の内側にある植え込みの陰に隠れて様子をうかがった。喉の奥がひどくかさかさして
 いた。私は泥棒のようにこの家に忍び込んだのだ。住居侵入――私は間違いなく法律に反したこ
 とをしている。カメラの映像がその動かぬ証拠になるだろう

  自分のとった行動が適切なものだったかどうか、今となっては確信が持てなかった。宅配使会
 社のヴァンが門扉の中に入っていくのを見て、彼女はほとんど反射的にその中に走り込んだのだ。
 それがどんな結果をもたらすことになるのか、いちいち考えている余裕もなかった。こんなチャ
 ンスはまたとない、やるなら今しかない、彼女はそう思って瞬時に行動を起こしたのだ。筋道立
 てて考えるより先に身体が動いてしまった。でもなぜか後悔の念は湧いてこなかった。

  植え込みの陰に隠れていると、やがて宅配使のヴァンがドライブウェイの坂道を上ってきた。

 門扉がもうコ皮ゆっくりと内側に向けて開き、ヴァンは外に出て行った。退出するなら今しかな
 い。その門扉が閉まりきらないうちに走り出ていくのだ。そうすればもとの安全な世界に戻るこ
 とができる。犯罪者になることもない。しかしそうはしなかった。ただ植え込みの陰に身を隠し、
 門扉がゆっくりと閉まるのを内側から眺めていた。唇をじっと噛みながら。



  それから十分待った。腕にはめたカシオの小型サイズのGショックで正確に十分を計り、それ
 から植え込みの陰から出た。カメラに写りにくいように姿勢を低くして、玄関に通じる緩やかな
 坂道を足早に降りていった。時刻は二時半になっていた。
  免色に見つかったときにはどうすればいいのだろう? 彼女はそれについて考えた。でももし
 そうなっても、なんとかうまくその場を切り抜けられるという自信が彼女にはあった。免色は彼
 女に対して何かしら深い関心(あるいはそれに似たもの)を抱いているようだった。自分はここ
 に一人で遊びに来た、でもたまたま門が関いていたからそのまま中に入ってきた。あくまでゲー
 ムみたいな感じで。いかにも子供っぽい顔をしてそう言えば、きっと免色は信じてくれるに違い
 ない。あの人は何かを信じたがっているのだ、私が言うことならきっとそのまま信じてくれるは
 ずだ。彼女に判断できないのは、その「深い関心」がどのような成り立ちのものなのか――彼女
 にとって善きものなのか悪しきものなのか――ということだった。

  カーブしたドライブウェイの坂道を下ったところに、屋敷の玄関があった。ドアの脇にはベル
 がついていた。しかしもちろんそれを押すわけにはいかない。彼女は玄関前の車寄せのサークル
 を避けるように大きく回り込み、あちこちの木立や植え込みに身を隠しながら、屋敷のコンクリ
 ートの側壁に沿って時計回りに進んだ。玄関のわきには車二台分のガレージがあった。ガレージ
 のシャッターは閉じられていた。少し進むと、家から少し離れたところにコテージのような洒落
 た建物があった。それは客用の別棟のように見えた。その向こうにはテニスコートがあった。テ
 ニスコートがついている家を見るのは彼女にとって初めてだった。免色さんはここでいったい誰
 とテニスをするのだろう? しかしそのテニスコートはどうやらもう長いあいだ使用されていな
 いように見えた。ネちていたし、引かれた白線もすっかり色あせていた。

  屋敷の山側の窓は小さく、どれもぴたりとブラインドかおるされていた。だから窓から家の中
 をうかがうことはできなかった。相変わらず家の中からはどのような音も聞こえなかった。犬の
 鳴き声も聞こえなかった。ときおり高い彼の上から鳥のさえずりが聞こえてくるだけだった。し
 ばらく遊むと、家の裏手にもうひとつ別のガレージがあった。それも二台分のガレージだった。
 あとがら建て増したものらしい。たくさんの自動車を保管できるようになっている。

  家の裏手は由の斜面を利用した広い日本風の庭園になっていた。階段があり、大きな石が配さ
 れ、遊歩道がそのあいだを縫うように続いていた。つつじの植え込みもやはり美しく剪定され、
 明るい色合いの松の本が頭上に彼を伸ばしていた。その先には四阿のようなものもあった。四阿
 にはリクライニング式の寝椅子が置かれ、そこに休んで読書ができるようになっていた。コーヒ
 ーテーブルも置いてあった。あちこちに灯龍があり、庭園灯があった。
  それからまりえは家屋をぐるりとまわり込むようにして、谷利に出た。屋敷の谷側は広いテラ
 スになっていた。前にこの家を訪れたとき、彼女はそのテラスに出た。そこから免色は彼女の家
 を観察しているのだ。テラスに立った瞬間に、彼女にはそれがわかった。その気配をはっきり感
 じ取ることができた。

  まりえは目をこらして自分の家のある方を眺めた。彼女の家は谷を隔ててすぐそこにあった。
 空中に手を伸ばせば(そしてもしその人物がかなり長い手を持っていれば)、ほとんど届いてし
 まいそうなところに。こちらから見ると、彼女の家はいかにも無防備に見えた。彼女の家が建て
 られた当時は、谷のこちら利には家なんて一軒も建っていなかった。建築規制がいくらか緩和さ
 れ、谷のこちら側の造成が始まったのはかなり鍛近になってからだ(といってももう十年以上前
 のことだが)。だから彼女の往んでいる家には、谷のこちら側からの視線を防ごうというような
 工夫はまったくなされていない。ほとんど開けっぴろげだ。高性能の望遠鏡や双眼鏡を使えば、
 家の内部がそっくり見て取れることだろう。彼女の部屋の窓だって、そうしようと思えばかなり
 はっきりと見えるはずだ。彼女はもちろん用心深い少女だった。だから服を着替えるようなとき
 は、必ず窓のカーテンを閉めるようにしている。しかしうっかりすることだってまったくないと
 は言えない。免色はこれまでにいったいどんなものを目にしてきたのだろう?

  彼女は斜面についた階段を降りて、書斎のある下の階に行ったが、その階の窓はすべてしっか
 りとブラインドが降りていた。中をうかがうことはできない。だから彼女はそのまた下の階に降
 りた。その階は主にユーティリティー室になっていた。洗濯室があり、アイロンをかけるための
 スペースかおり、往み込みのメイドのための居室らしきものがあり、その反対側がかなり広いジ
 ムになっていた。筋肉を鍛えるためのマシンが五つか六つ並んでいる。こちらの方はテニスコー
 トとは遠って、どうやらかなり頻繁に利用されているようだった。機械はどれもきれいに磨かれ
 油を差されているみたいに見える。ボクシング用の大きなサンドバッグも吊されていた。その階
 の側面は見たところ、ほかの階の側面ほど厳しく警戒はされていないようだ。多くの窓にはカー
 テンがかかっておらず、外から中をそのままうかがうことができた。しかしそれでもすべてのド
 アやガラス戸は内側からしっかりロックされていて、中に入ることはできなかった。ドアにはや
 はり警備会社のステッカーが貼られていた。泥棒に侵入をあきらめさせるためのものだ。無理に
 ドアを開けると警備会社に警報が入るようになっている。

  ずいぶん大きな家屋だった。こんな広いスペースに人がたった一人で住んでいるなんて、彼女
 にはとても信じられなかった。その生活はきっと孤独なものであるに違いない。家屋はコンクリ
 ートでとても頑丈に作られており、あらゆる装置を用いて厳重にブロックされていた。大型犬こ
 そ見当たらないが(あるいは大があまり好きではないのかもしれない)、侵入を防ぐための、手
 に入るすべての防犯手段が用いられている。

                                     この項つづく


 

 ● 今夜のアラカルト
 

【世界で一番美味いひとり宅めし Ⅲ】

● タダごとではない旨さのアボカドの食べ方

夕食は彼女が奮起し、グリンピースと山芋の真薯と獣肉と水菜和えを頂くが、味も見栄えも良かった
ので、デ
ジカメしようとしたところバッテリー切れで(携帯電話では撮らない主義)、そのまま食べ
てしまうが、胃腸の調
子も良くなったとのの牛肉を除き胃腸にやさしいものとなっていた。ところで
「アボガドの宅めし」のレシピの
話。アボガボの料理方法かなり奥行きが深いと考えられるの、時間
があれば、考えつかないような食品としてみようと思いつき一旦残件扱いとする。 ①まず、アボカ
ド1個に縦に包丁を入れて1周し切リロを軸にして両手でアボカドの左右それぞれを逆方向にひねる
。スプーンで種をくりぬき、手で丁寧に皮を剥く。②アボカドを崩さないように優しく一ロ大に切っ
てボウルに入れる。③、②に、にんにくチューブー㎝、ごま油大さじ1、醤油大さじ1、砂糖大さじ
1を加えて混ぜる――1人分の材料:アボカド1個(150円)、ごま油…大さじ1、醤油…大さじ
1、砂糖…大さじ1、にんにくチューブ…1cm――簡単に言えば「醤油-バター」うまくないはずが
ない。よく考えている。一色150円程度、やはりアボガドは値が高い。

 Salmon Avocado Stack

 STM-304

● 今夜の寸評:AI時代と言うけれど

中長期のフィルター洗浄や台所の油汚れ落とし、浴室の殺菌を目的に、アイリスオーヤマ株式会社製
のスチ
ームクリーナWP二週間前に通販で買ったものっだが、タイミング悪く絶不調中、それじゃ日
曜にと考えたが、
選挙と台風で潰れてしまうが問題ないだろう。ところで、例の『コンピューターゲ
ームのトライアスロン』だが、囲碁・将棋は最高レベルでも連勝できるようになっているが、チェス
だけは、駒がなくなって行くほど緻密な駆け引きの勝負となり肝・腧がつまめていない(押しと引き
の駆け引き=フェイクがポイントということはわかってきたが)。今日の将棋勝負は、後手ではじめ
15、6手で早々とコンピュータが負けを認めたが、こちらは少し有利にあることを感じていたが、
その理由がわからない(こういうことは初めての経験)。わたしがAIを仕事で初めてセミナ受講し
たのは1984年ごろでCIM(computer integrated manufacturing)構築のためだったのだが、中途半
端に終わってしまうが、優れた宇宙物理学者や純粋数学者などのシステムエンジニアを中心にして金
と時間をかければなんとかなったが事業機会的に総合的な判断の結果であるが、当然、技術には光と
陰があるわけで「深刻な倫理問題」が必ず待ちかまえている。

 

 

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死が二人を分かつまでは

2017年10月20日 | 時事書評

       

                                 
                      梁恵王篇 「仁とは何か」  /  孟子  

                                                    

      ※ 最上の防衛策:斉が燕を併合したので、諸侯たちは燕の救援を計画した。斉の宣
                王は孟子に相談をもちかけた。

        「諸侯のなかに、わたしを討とうと計画する者が多いが、どんな対策を講じた
        ものだろう」孟子が宣王に謁見して言った。

        「七十里目方しかない小国の君主でありながら、天下に号令した人があるのです。
        湯王(殷の王)です。千里四大きな家を建てようと方もある大国の君主でありな
        がら、他国の侵攻におびえるお方があろうとは。書経に、『湯王は、葛(かつ)
        から征伐を始め給う』と、あります。そのころ天下の人民は湯玉に非常な信頼を
        寄せておりました。征伐軍が東へ進めば、西の蛮族が残念がり、南へ進めば、北
        の蛮族が残念がり、『なぜ、わたしたちのほうをあとまわしになさるのか』と、
        旱天に慈雨を祈る気持で湯王を待ち望んだものです。湯王は、人民の日々の仕事
        を妨げることなく、暴君を殺して、人民を苦しみから款いました。まるで慈雨で
        も降ったように、人民は喜びあったものです。書経には、『君のおいでを待ちわ
        びる おいでになればよみがえる』と歌っています。

        いまあなたは、人民を虐げていた燕を征伐なさった。燕の人民は、これこそ水火
        の苦しみから救ってくださるお方だ、と思い、食べ物、飲み物を用意してあなた
        の軍隊をもてなしたのです。それなのにかれらの父兄を殺し、若者を捕え、宗廟
        を壊し、財宝を奪うようなことがどうして許されましょう。
        いうまでもなく、天下の諸侯はお国の強大化を恐れています。そこへあなたは領
        土を二倍にされ仁。しかも仁政を行なおうともなさらぬ。天下の諸侯があなたに
        兵を向ける原因はこれです。
        王よ、いますぐ命令を出し、年寄り子供を国に帰し、財宝をもとへもどしなさい。
        燕の人々と協議のうえ、君主を立てて、こちらの軍を撒退させなさい。そうすれ
        ばいまからでも危機が回避できます」

      ※ 土井淑平著『小国と連邦の思想-スイスの歴史に学ぶ-』(The Thought of Small 
                               State and  Federation)にも引用されている。また、殷の湯王の精神は二千五百年後
        の『日本国平和憲法』にも活きている。 




【世界で一番美味いひとり宅めし Ⅰ】

昨日は、気がつけば正午過ぎで、めんどくささと、食欲も全面回復しておらず、ご飯に卵かけとふり
かけは花鰹と生醤油でなく、普段はおにぎりに使う丸美屋食品工業株式会社の『混ぜ込みわかめ海じ
そ』振りかけ頂く、これが、小食とはいえ、たった40円たらずで絶妙の美味しい超特急の宅飯とな
る。お米、生卵、ふりかけ、生醤油、そして象印の炊飯器と、美まし国「日本の誰でも極旨ランチ」
である。ただし、加工食品を構成する材料が純国産かどうかは不詳。

 ● 今夜のアラカルト
牛角風温玉やっこ 
トロトロの半熟卵とピリ辛のちょっと前ブームとなった食べるラー油をマッチさせた癖となる。
①器に豆腐1/2丁(17円)を入れて電子レンジ(500W)で1分加熱する。②別の器に水大さ
じ1を入れて卵1個(18円)を割り入れ、電子レンジで30秒ほど加熱したら、大さじで卵を押さ
えながら器に残った水を捨てる。③卵をのせやすくするためJの豆腐の上部中央をスプーンで一口分
すくう.へこんだ部分に食べるラー浦小さじ2と②の卵をのせる。

          
読書録:村上春樹著『騎士団長殺し 第Ⅱ部 遷ろうメタファー編』   

   第58章 火星の美しい運河の話を聞いているみたいだ

  「いいですよ。会って話をしましょう」と私は言った。「それで、ぼくはどこにうかがえばい
 い
のでしょう?」
 「いいえ、いつものように私たちがおたくにうかがいます。その方がいいと思うんです。もちろ
 ん先生の方がそれでよるしければということですが」
 「けっこうです」と私は言った。「ぼくの方にはとくに予定はありません。いつでもご都合のい
 
いときにいらしてください」
 「今これからでもかまいませんか? 今日ほとりあえず学校を休ませていますから。もちろん、
 もしまりえがそちらに行くことを承知すればですが」
 「君は何もしやべらなくていい。ぼくの方から話したと伝えてください」と私は言った。

 「承知しました。正確にそのように伝えます。いろいろとご迷惑をおかけします」とその美しい
 叔母は言った。そして静かに電話が切れた。
 二十分後にまた電話のベルが鴫った。秋川笙子だった。
 「今日の午後三時頃にそちらにうかがわせていただきます」と彼女は言った。「まりえもそのこ
 とを承知しました。といっても、いことがいくつかあるんだと、彼女にそう一度小さく肯いただ
 けですが」

  三時に待っていると私は言った。

 「ありがとうございます」と彼女は言った。「いったい何か起こっているのか、これからどうす
 ればいいのか、何もわからなくて、ただ途方に暮れているんです」
 ぼくだってそれは同じだと言いたかったが、言わなかった。彼女が求めているのはそういう返
 事ではないはずだ。
 「できるだけのことはやってみます。うまくいくかどうか自信はありませんが」と私は言った。
 そして電話を切った。

  受話器を置いてから私はまわりをそっと見回した。どこかに騎士団長の姿が見えないものかと
 思
って。しかしどこにもその姿は見えなかった。私は騎士団長のことを懐かしく思った。その姿
 や、その風変わりなしゃべり方のことを。しかしもう二度と彼の姿を見ることはあるまい。私が
 この手でその小ぷりな心臓を刺し貫いて殺害したのだ雨田政彦がうちに持ってきた鋭い出刃包
 を使って。秋川まりえをどこかから救出するために。その場所がどこであったのかを、私は知
 らなくてはならない。

 Nov. 4, 2013


   第59章 死が二人を分かつまでは 

  秋川まりえがやってくる前に、私はもう少しで完成するはずの彼女の肖像画をあらためて眺め
 た。それが完成したときどのような画面になるかを、私は鮮やかに思い浮かべることができた。
 しかしその画面が完成させられることはない。それは残念ではあるが、やむを得ないことだった。
  なぜその肖像画を描き上げてはならないのか、私にはまだ正確に説明することはできなかった。
 もちろん論理立てて証明なんてできない。ただそうしなくてはならないと感じるだけだ。でもそ
 の理由はおいおいわかってくるだろう。とにかく私は大きな危険を含んだものを相手にしている
 のだ、どこまでも注意深くならなくてはならない。


  私はそれからテラスに出て、デッキチェアに座り、向かいにある免色の白い屋敷をあてもなく

 眺めた。色を免れた白髪のハンサムな免色さん。「少し玄関で話をしただけだが、なかなか興味
 深い人物のようだ」と政彦は言った。「とても興味深い人物だよ」と私は控えめに訂正した。と
 い人物だよ、と私は今、あらためて言い直した。 
  三時少し前に、見慣れたブルーのトヨタ・プリウスが坂道を登ってきて、家の前のいつもと同
 じ場所に停止した。エンジンが止まり、運転席のドアが間いて秋川笙子が降りてきた。両膝を揃
 えて、身体をくるりと回すようにして優雅に。それから少し時間をおいて、助手席から秋川まり
 えが降りてきた。いかにも面倒くさそうにのっそりとした動作で。朝までは空を覆っていた雲は
 とこかに吹き払われ、あとにはきっぱりとした初冬の青空が広がっていた。冷ややかさを含んだ
 山からの風が二人の女性の柔らかな髪を不規則に握らせていた。秋川まりえは額に落ちた前髪を
 煩わしげに手で払った。

  まりえは珍しくスカートをはいていた。膝までの長さの紺のウールのスカートだった。その下
 にくすんだブルーのタイツをはいている。そして白いブラウスの上にVネックのカシミアのセー
 ターを着ていた。セーターの色は深い葡萄色だった。靴は焦げ茶のローファー。そういう格好を
 していると彼女は、上品な家庭で大事に育てられた、ごく当たり前の健全で美しい少女のように
 見えた。エキセントリックなところはうかがえない。ただしやはり胸の膨らみはほとんどなかっ
 た。

  秋川笙子は今日は、淡いグレーのぴったりとしたパンツをはいていた。良く磨かれた黒いロー
 ヒブールの靴。そして丈の長い白のカーディガンを着ていた。腰のところにベルトがついている。
 そしてしっかりとしたその胸の膨らみは、カーディガンの上からも明らかにうかがえた。手には
 黒いエナメルのパースのようなものを持っていた。女性はいつも何かしらそういうものを手にし
 ている。中にどんなものが入っているのか、見当もつかないけれど。まりえは何も手にしていな
 かった。いつものように両手を突っ込むポケットがないので、手持ちぶさたのように見えた。

   若い叔母と姪の少女、年齢の違い、成熟の度合いの差こそあれ、どちらも美しい女性だった。
 私は彼女たちの姿を窓のカーテンの隙間から観察していた。二人が並ぶと、世界が少しだけ明る
 さを増したような気配があった。クリスマスと新年がいつも連れだってやってくるみたいに。
  玄関のベルが鳴り、私はドアを開けた。秋川里子が私に丁寧に挨拶をした。私は二人を中に入
 れた。まりえはまっすぐ唇を結んだまま、ひとことも目をきかなかった。誰かに上下の唇をしっ
 かり縫い合わされてしまったみたいに。意志の堅い少女なのだ。一度こうと決めたらあとに引か
 ない。
  私は二人をいつものように居間に案内した。秋川里子は今回のことではいろいろとご迷惑をお
 かけして、と長々しく詫びかけたので、私はそれを止めた。社交的な会話を交わしているような
 時間の余裕はない。

 「もしよるしければ、しばらくまりえさんと二人だけにしていただけますか?」と私は単刀直入
 に言った。「その方がいいと思うんです。二時間ほどしたら、ここに迎えに来てください。それ
 でかまいませんか?」
 「ええ、もちろん」と若い叔母は少し戸惑ったように言った。「まりちゃんがそれでかまわなけ
 れば、私の方はもちろんかまいません」

 
 まりえはとても小さく一度肯いた。それでかまわないということだ。
  秋川笙子は小さな銀色の腕時計に目をやった。
 「五時前にまたここにおうかがいします。そのあいだ自宅に待機しておりますので、もし何かご
 用がありましたらお電話をください」  

   何か用事があったら電話をする、と私は言った。

  何か心にかかることがあるように、秋川笙子は黒いエナメルのパースを手に握ったまましばら
 くそこに無言で立っていた。それから思い直したように息をつき、にっこりと微笑み、玄関に向
 かった。プリウスのエンジンがかかり(音はよく聞き取れなかったが、たぶんかかったのだろ
 う)、車は坂道の方に消えていった。そして家の中にいるのは、秋川まりえと私の二人だけにな
 った。

  少女はソファに腰掛け、唇をまっすぐに結び、自分の膝をじっと見ていた。タイツに包まれた
 膝はひとつにしっかりと合わされていた。ひだのついた白いブラウスはとてもきれいにアイロン
 がかけられていた。





  しばらくのあいだ深い沈黙が続いた。それから私は言った。「ねえ、君は何も話さなくていい。
 黙っていたいのなら、好きなだけ黙っていればいい。だからそんなに緊張することはない。ぼく
 がI人でしやべるから、君はただそれを関いていればいいんだ。わかった?」

  まりえは顔を上げて私を見た。しかし何も言わなかった。肯きもしなかったし、首を横に振り
 もしなかった。ただじっと私を見ていた。そこにはどのような感情も浮かんでいなかった。彼女
 の顔を見ていると、大きくて真っ白な冬の月を見ているみたいな気がした。彼女はたぶん自分の
 心を一時的に月のようにしているのだろう。空に浮かぶ堅い岩のかたまりのように。
 「まず鍛初に君に手伝ってもらいたいことかあるんだ」と私は言った。「スタジオに来てくれな
 いか?」

  私か椅子から起ち上がってスタジオに入って行くと、少女も少ししてソファから起ち上がり、
 私のあとをついてきた。スタジオの中はひやりとしていた。私はまず石油ストーブをつけた。窓
 のカーテンを開けると、明るい午後の陽光が山肌を照らしているのが見えた。イーゼルの士には
 描きかけの彼女の肖像画が置かれていた。それはほぼ完成に近づいていた。まりえはその絵にち
 らりと目をやり、それから見るべきではないものを見たように、すぐに視線を逸らせた。
  私は床に屈み込んで、雨田典彦の『騎士団長殺し』をくるんでいた布をはがし、その線を壁に
 かけた。そして秋川まりえをスツールに座らせ、その絵をまっすぐ正面から見せた。

 「この絵は前に見たことがあるね?」

  まりえは小さく肯いた。

 「この絵のタイトルは『騎士団長殺し』っていうんだ。少なくとも包みの名札にはそう書かれて
 いた。雨田典彦さんが描いた絵で、いつ描かれたのかはわからないが、完成度はきわめて高い。
 構図右京晴らしいし、技法も完璧だ。とりわけ一人ひとりの人物の描き方がリアルで、強い説得
 力を待っている」

  私はそこで少し間を置いた。私の言ったことがまりえの意識に落ち着くのを待った。それから
 続けた。

 「でもこの絵はこれまでずっと、この家の屋根裏に隠されていた。人目につかないように紙にく
 るまれたまま、おそらくは長い年月そこで埃をかぶっていた。で右ぼくがたまたま見つけて、運
 び下ろしてここに待ってきた。作者以外にこの絵を目にしたことがあるのは、たぶんぼくと君だ
 けだろう。君の叔母さんも最初の日にこの絵を見たはずだが、なぜかまったく興味を惹かれなか
 ったようだ雨田典彦がどうしてこの絵を屋根裏に隠していたのか、その理由はわからない。こ 
 んなに見事な絵なのに、彼の作品の中でも傑作の部類に属する作品なのに、なぜわざわざ人目に
 触れないようにしておいたのだろう?」

  まりえは何も言わず、スツールに腰掛けて、『騎士団長殺し』を真剣な目でただじっと見つめ
 ていた。
  私は言った。「そしてぼくがこの絵を発見してから、それが何かの合図であったかのように、
 いろんなことが次々に起こり始めた。いろんな不思議なことが。まず免色さんという人物がぼく
 に積極的に接近してきた。谷の向こう側に往む免色さんだ。君は彼の家に行ったことがあるよ
 ね」

  まりえは小さく肯いた。

 「その穴を開くと、中から出てきたのは騎士団長だった。この絵の中にあるのと同じ人だよ」
  私は絵の前に行って、そこに描かれた騎士団長の姿を指さした。まりえはその姿をじっと見て
 いた。しかし表情に変化はなかった。
 「これとそっくり同じ顔をして、同じ服装をしている。ただし体長は六十センチほどしかない。
 とてもコンバクトなんだ。そしてちょっと風変わりなしゃべり方をする。でも彼の姿はどうやら、
 ぼく以外の人の目には見えないらしい。彼は自分のことをイデアだと言う。そして自分はあの穴
 の中に閉じこめられていたんだと言った。つまりぼくと免色さんが彼を、穴の中から解放したわ
 けだ。君はイデアというのが何か知っているかな?」

  彼女は首を振った。

 「イデアというのは、要するに観念のことなんだ。でもすべての観念がイデアというわけじゃな
 い。たとえば愛そのものはイデアではないかもしれない。しかし愛を成り立たせているものは間
 違いなくイデアだ。イデアなくして愛は存在しえない。でも、そんな話を始めるときりがなくな
 る。そして正直言って、ぼくにも正確な定義みたいなものはわからない。でもとにかくイデアは
 観念であり、観念は姿かたちを持だない。ただの抽象的なものだ。でもそれでは人の目には見え
 ないから、そのイデアはこの絵の中の騎士団長の姿かたちをとりあえずとって、いわば借用して、
 ぼくの前にあらわれたんだよ。そこまではわかるかな?」

 「だいたいわかる」とまりえは初めて目を間いた。「その人には前に会ったことがあるから
 「会ったことがある?」、私はびっくりして、まりえの顔を正面から見た。しばらくのおいた言
 葉が出てこなかった。それから騎士団長が伊豆高原の療養所で私に言ったことをはっと思い出し
 た。 

 少し前に会っできたところだ、と彼は言っていた。短く話もしてきたと

 「君は騎士団長に会ったことかあるんだね?」

  まりえは肯いた。

 「いつ、どこで?」
 「メンシキさんのうちで」と彼女は言った。
 「彼は君に何を言ったんだろう?」

  まりえは再び唇をまっすぐ合わせた。今はそれ以上話したくないという意思表示のようだった。
 
だから私は彼女から何かを聞き出すことをあきらめた。
 
 「この絵からは、ほかにもいろんな人物が現れて出てきた」と私は言った。「両面の左下のとこ
 ろに、型もじやの変な顔をした男の姿が見えるだろう。これだよ」

  私はそう言って、顔ながを指さした。

 「ぼくはこいつのことを仮に〈顔なが〉と呼んでいるんだけど、とにかく異形のものだ。大きさ
 はやはりコンパクトで、体長七十センチほどだった。彼もやはり両面から抜け出すようにしてぼ
 くの前に現れ、絵と同じように蓋を持ち上げて穴を開き、ぼくをそこから地底の国に導いてくれ
 た。とはいっても、手荒く無理強いして案内させたようなものだけど」

  まりえは長いあいだ顔ながの姿を見ていた。しかしやはり何も言わなかった。
  私は続けた。「それからぼくはその薄暗い地底の国を歩いて抜け、丘を越え、流れの速い川
 
渡り、そしてここにいる若くて綺麗な女性に出会った。この人だ。モーツァルトの歌劇『ドン・
 
ジョバンニ』の彼にあわせて、彼女をドンナ・アンナと呼ぶことにする。やはり背丈は小さい。

 彼女はぼくを洞窟の中の横穴に導き入れてくれた。そして死んだ妹と一緒に、ぼくがそこをくぐ
 り抜けるのを励まし、肋けてくれた。もし彼女たちがいなかったら、ぼくはあの横穴をくぐり抜
 けることができず、そのまま地底の国に閉じこめられていたかもしれない。そしてひょっとした
 ら(もちろんこれは推測に過ぎないわけだけど)、ドンナ・アンナは雨田典彦さんが若くしてウ
 ィーンに留学していたときの恋人だったかもしれない。彼女は七十年近く前に、政治犯として処
 刑された」

  まりえは絵の中のドンナ・アンナを見ていた。まりえの眼差しはやはり白い冬の月のように表
 情を欠いていた。
  あるいはドンナ・アンナはスズメバチに刺されて亡くなった、秋川まりえの母親であるかもし
 れない。彼女がまりえの身を護ろうとしていたのかもしれない。ドンナ・アンナは同時にいろん
 なものを表象しているのかもしれない。でももちろん私はそのことは口に出さなかった。

 「それからここにもう一人の男がいる」と私は言った。そして床に裏返しに置かれていたもう一
 枚の緒を表向きにした。そしてそれを壁に立てかけた。描きかけの「白いスバル・フォレスター
 の男」の肖像画だ。普通に見れば、キャンバスがただ三色の緒の典で塗りつぶされているように
 しか見えない。しかしその厚い緒の典の奥には、白いスバル・フォレスターの男の姿が描かれて
 いる。私にはその姿が見える。しかしほかの人の目には映らない。

 「この緒は前にも見たね?」

  秋川まりえは何も言わずにこっくりと肯いた。

 「君はこの絵 はもう完成していて、このままでいいと言った」

  まりえはも一度肯いた。

 「ここに描かれているのは、あるいはここにこれから描かれなくてはならないものは、〈白いス
 バル・フォレスターの男〉と呼ばれる人物だ。ぼくはこの男に宮城県の小さな海岸の町で出会っ
 た。二度出会った。とても謎めいた、意味ありげな出会いだった。彼がどういう人物なのかぼく
 は知らない。名前も知らない。でもぼくはあるときその男の肖像画を描かなくてはと思った。と
 ても強くそう思った。それで彼の姿かたちを思い出しながら描き始めたんだけど、どうしても描
 き終えることができなかった。だからこうして終の色で塗りつぶされたままになっている」
 まりえの唇は相変わらず一直線に結ばれていた

  それからまりえは首を横に振った。

 「その人はやはり怖い」とまりえは言った。

 「その人?」と私は言った。そして彼女の視線を追った。まりえは私の描いた『白いスバル・フ
 ォレスターの男』を見つめていた。
 「それはこの絵のこと? 白いスバル・フォレスターの男のこと?」

  まりえはこっくりと肯いた。彼女は怯えながらも、その終から視線をそらせることができない
 ように見えた。

 「君にはその男の姿が見えるんだ?」
  まりえは骨いた。「塗られた結の其の奥にその人がいるのが見える。そこに立ってわたしのこ
 とを見ている。黒い帽子をかぶって」

  私はその絵を床から取り上げ、もう一度裏返しにした。「君にはこの絵の中の、白いスバル・
 フォレスターの男の姿が見える。普通の人には見えないはずのものが」と私は言った。「でもも
 うこれ以上彼のことは見ない方がいい。君にはたぶん、まだ見る必要のないものだと思うから」
 まりえは同意するように肯いた。
  <白いスバル・フォレスターの男〉がこの世界に本当に存在するものなのかどうか、それもぼ
 くにはわからない。あるいは誰かが、何かが、この男の姿かたちを一時的に借用しているだけか
 もしれない。イデアが騎士団長の姿かたちを借りたのと同じように。あるいはぼくはそこに、自
 分白身の投影を見ているだけなのかもしれない。でも本当の暗闇の中ではそれはただの投影なん
 かじやなかった。それは確かな触感を持つ、生きて動いている何かだった。その土地の人々はそ
 れを〈二重メタファー〉という名で呼んだ。ぼくはいつかその絵を完成させたいと思っている。
 でも今はまだ早すぎる。今はまだ危険すぎる。この世界には簡単に明るみに引き出してはならな
 いものがあるんだ。しかしぼくはあるいは……」

  まりえは何も言わず、じっと私の顔を見ていた。私はそのあとをうまく続けることができなか
 った。

 「……とにかくいろんな人の手助けを受けて、ぼくはその地底の国を横断し、挟くて真っ暗な横
 穴を抜けて、この現実の世界になんとか帰り着いた。そしてそれとほぼ同時に、それと並行して、
 君もどこかから解放されて戻ってきた。その巡り合わせはただの偶然とは思えないんだ。君は金
 曜日からおおよそ四日間どこかに消えていた。ぼくも士曜日から三日間どこかに消えていた。二
 人とも火曜日に戻ってきた。その二つの出来事はとこかできっと結びついているはずだ。そして
 騎士団長がそのいねば継ぎ目のような役目を果たしていた。しかし彼はもうこの世界にはいない。
 彼はもう役目を終えてどこかに去ってしまったんだ。あとはぼくと君と、二人だけでこの環を閉
 じるしかない。ぼくの言ってることを信じてくれる?」

  まりえは肯いた。

 「それが今ここでぼくの話したかったことだ。そのために君と二人だけにしてもらったんだ」
 
  まりえは私の顔をじっと見ていた。私は言った。

 「本当のことを話しても、ほかの誰にも理解してはもらえないと思った。たぶん頭がおかしくな
 ったと思われるだけだろう。なにしろ筋の通らない、現実離れした話だからね。でもきっと君に
 なら受け入れてもらえると思ったんだ。そしてまたこの話をするからには、相手にこの『騎士団
 長殺し』の終を見せなくてはならない。そうしないと話が成立しないからね。でもぼくとしては
 君以外のほかの誰にも、この終を見せたくなかった」

  まりえは黙って私の顔を見ていた。その瞳には少しずつ生命の光が戻ってきたようだった。

  「これは雨田典彦さんが精魂を傾けて描いた絵だ。そこには彼の様々な深い思いが詰まってい
 る。役は自ら血を流し、肉を削るようにしてこの終を描いたんだ。おそらく一生に一度しか描け
 ない種類の絵だ。これは彼が自分自身のために、そしてまたもうこの世界にはいない人々のため
 に描いた終であり、言うなれば鎮魂のための絵なんだ。流されてきた多くの血を浄めるための作
 品だ」

 「チンコン?」
 「魂を鎮め、落ち着かせ、傷を癒すための作品だ。だから世間のつまらない批評や賞賛は、ある 
 いは経済的報酬は、彼にとってはまったく意味を持たないものだった。むしろあってはならない
 ものだった。この経が描かれ、この世界のどこかに存在しているというだけで、彼にはもう十分
 だったんだ。たとえ紙にくるまれて、屋根裏に隠され、他の誰に見られなかったとしてもね。そ
 してぼくは彼のそういう気持ちを大事にしたいと思う」

  しばらく深い沈黙が続いた。

 「君は昔からよくこのあたりに遊びに来ていた。秘密の通路を通って。そうだね?」

  秋川まりえは肯いた。

 「そのときに雨田典彦さんに会ったことはある?」
 「要を目にしたことはある。でも会って話をしたことはない。こっそり隠れて遠くから眺めてい
 ただけ。そのおじいさんが経を描いていたところを。わたしはひとの土地に勝手にシンニュウし
 ていたわけだから」

  私は肯いた。その光景をありありと思い浮かべることができた。植え込みの陰に隠れて、まり
 えがこっそりとスタジオの中を覗いている。雨田典彦がスツールに腰掛け、意識を集中して絵筆
 をふるっている。誰かが自分を眺めているかもしれないというような考えは彼の頭をよぎりもし
 ない。

 「わたしに手伝ってほしいことかあると、先生はさっき言った」と秋川まりえが言った。
 「そうだった。そのとおりだ。君にひとつ手伝ってもらいたいことがあるんだ」と私は言った。
 「この二枚の経をしっかり包装して、人目に触れないように屋坦畏に隠してしまいたい。『騎士
 団長殺し』と『白いスバル・フオレスターの男』を。ぼくらはもうこれらの経を必要とはしない
 いは経済的報酬は、彼にとってはまったく意味を持たないものだった。むしろあってはならない
 ものだった。この経が描かれ、この世界のどこかに存在しているというだけで、彼にはもう十分
 だったんだ。たとえ紙にくるまれて、屋根裏に隠され、他の誰に見られなかったとしてもね。そ
 してぼくは彼のそういう気持ちを大事にしたいと思う」

  しばらく深い沈黙が続いた。

 「君は昔からよくこのあたりに遊びに来ていた。秘密の通路を通って。そうだね?」

  秋川まりえは肯いた。

 「そのときに雨田典彦さんに会ったことはある?」
 「要を目にしたことはある。でも会って話をしたことはない。こっそり隠れて遠くから眺めてい
 ただけ。そのおじいさんが経を描いていたところを。わたしはひとの土地に勝手にシンニュウし
 ていたわけだから」



In pictures: Germany begins publishing list of works found in Nazi art stash

 
それにしても秋川まりこは白いバル・フォレスターの男>の何におびえたのだろうか。このにきて
この作品のコアを予感させるものである。


                                      この項つづく
 

 ● 今夜の一曲

プロ薬も悲願の日本シリーズ優勝に王手をかけ熾烈な戦いが繰り広げられている。『涙の敗戦投手』 
楽天の則本昂大投手が泣き崩れている写真が飛び込む。と、同時に舟木一夫の『涙の敗戦投手』が
よみがいる。

  ∮ みんなの期待 背にうけて
    力のかぎり 投げた球
    汗にまみれた ユニフォーム

    だけど敗れた 敗戦投手
    落ちる涙は うそじゃない

    味方と敵に 別れても
    斗いすめば 友と友
    勝つも負けるも 時の運
    肩をたたいて 手に手をとろう
    いっか笑顔で また逢おう ♪

                      作詞 丘 灯至夫  作曲 戸塚三博 

 

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世界で一番美味いひとり宅めし

2017年10月18日 | 時事書評

      

                                 
                      梁恵王篇 「仁とは何か」  /  孟子 

  
                                                   

      ※ 建築と政治:孟子が宣王に謁見して言った。「大きな家を建てようと
        すれば、あなたは当然棟梁に大木を探しに行かせるでしょう。それを
        見つけて来れば、よく職責を果たしてくれたと満足される。しかしそ
        の木を大工たちが小さく切ってしまえば、職責の果たせぬ奴だと腹を
        お立てになる。ところで、幼少から先王の道を学び、学成っていよい
        よ実践したいと思っている者に対して、『その学識はしまっておけ、
        わたしの言うとおりにしろ』というのは、いかがなものでしょうか。
        ここに粗玉(あらたま)があるとします。それがたとえ万鎰(まんい
        つ:一説は金約二十両)に愉しようと、それを磨くときには玉の専門
        家にまかせるでしょう。ところがこと政治となると、『おまえの学識
        はしまっておけ、わしの言うとおりにしろ』とおっしゃる。まるで玉
        の専門家に向かって玉の磨き方を講釈するようなものではありません
        か」 

 

 

 

          砲弾の表面ざらりと触れるときよみがえりくる命のかるさ

           
バスガイドばかりのツアー華やぎて赤い帽子はみんなお揃い

           
みすずかる諏訪大社の巫女それぞれが鉄の輪っかの簪をする
        

                   青沼 ひろ子 『鉄輪(てつかぎ)の簪(かんざし』 


わけがあって(定休日と知らず)、一週間遅れていつもの理髪店へいくと、折り悪く自動車の接触事
故直後で、店の駐車場の車の止め方が悪く、同じように車でとめようとしてたら「ニッサンノート」
で来店してきた元上司のNさんが別の場所に駐車することで落着することがあったが。高宮町周辺の
宅地化が進み様変わりしてきているののこういったトラブルが頻繁するのでは予感。店内で近況を
語り合い店をでて、帰り道に本とレンタルビデオを手に入れ、さっそく、『歌壇』11月号に目を通
し、特集「旅の途次を詠む」の上の三首が目にとまる。作者の添え書がある。、


 仏法僧を聴きに行こうと誘われてその電車に一本遅れた私は、鳳来寺まで一人旅をすることにな
 ってしまった。飯田線で落雷にあい目的の駅に降りたときには既にあたりは暗い。駅前でタクシ
 ーに乗ったのだが甲府から来た。と言うと敵方だな、と運転手さんが言う。ここがあの長篠なの
 かと思いながら心配して山門の前で待っていてくれた同級生に足元を照らされ暗い石段を上った。
 翌朝、録音のテープから流れる仏法僧の声を聴いて帰って来た。


まず、いきなり第一首めに突き放されたかのような違和感が漂う。これは「反戦歌」あるいは「反安
部」「右翼竜アベノサウルス」(同雑誌の高野公彦の『空狐』――”くうこ”とは日本に伝わる神獣
または妖狐。狐が年を経たものであると考えられている。江戸時代に、天狐に次ぐ狐として名が挙げ
られている――と関係あるのかと頭を一瞬過ぎるものの、そもそも、砲弾表面ざらりと触れるときよ
みがえりくる「砲弾」とは、「鳳来寺」に保存されているものか、それとも、「長篠の戦い」のメタ
ファなのか、1935年に、日本放送協会(NHK名古屋放送局)が愛知県南設楽郡鳳来寺村(現在の
新城市)の鳳来寺山で「ブッ・ポウ・ソウ」と鳴く鳥の鳴き声の実況中継をし、鳴き声の主を探した
者が、山梨県神座山で「ブッ・ポウ・ソウ」と鳴く鳥(実歳は、コノハズク)打ち落とした話しの鉄
砲弾のことか迷う。 



第二首は、一転カラフルで艶やかやかな印象画を見せられる。あるいは" 仏法僧”のメタダファとし
て詠われる。第三首”のみすずかる諏訪大社”の水篶刈る・三篶刈るの意で、”篶”のすずは篠竹(
すずたけ)のこととで篠竹の産地であるところから「信濃(しなの)」にかかる(枕詞)、であり、
現在では「みこもかる」と読む『万葉集』の「水(三)薦刈」の表記を、近世の国学者が「みすずか
る」と読んだことから慣用化した語。「み」は接頭語である。るいは「長篠」にかかる「ダブルメタ
ファ」かもしれない。また、”鉄の輪っかの簪”というものを実物を目にしたことはない。あるは、
見過ごしているのかもしれないが、「カチューシャ簪」かもしれない。このように歌の舞台の「鳳来
寺山」は紅葉の名所として名高い、“声の仏法僧”とも呼ばれる愛知県の県鳥・コノハズクが棲息し
ていることでも知られ、山全体が国の名勝・天然記念物に指定されている自然の宝庫。1300年前
に利修仙人の開山と伝わる霊山で、中腹には古刹・鳳来寺が位置。麓から1425段の石段が続く長
い鳳来寺の参道には、樹齢800年、現存するものとしては日本一となる高さ60メートルを誇る
などの見どころ。石段を上るごとに広がりを見せる奥三河の自然の風景は癒し効果絶大。徳川家光
公によって1654年に建立された仁王門は国の重要文化財である。

この他、命を狙われた井伊直虎と虎松は、城を出て龍潭寺に身を寄せるが、龍潭寺にも危険が及び、
直虎は、南渓和尚の進言もあり虎松を鳳来寺に預ける。鳳来寺は、古くから「殺生禁断の地」として
知られており、平安末期には源頼朝が3年間匿われた場所でもある。こうして8歳から14歳まで鳳
来寺で過ごした虎松は、寺の僧侶達によって武将として必要な教養を学んでいる。また、シンセサイ
ザーの世界的権威、冨田勲(故人)が“幻の鳥ブッポウソウ”の声を、少年時代に愛知県鳳来寺山で
聴いた体験を持つ。“、今その声は全く聴くことができなくなlる。ブッポウソウ”の復活を願って
、合唱団の美しい二部合唱のNHKが制作した「みんなのうた」でも70年代より20作品以上手が
けてきたコンピューター・グラフィックスの匠、大井文雄担当して放映されている。  

     石笛を吹き鳴らしていた夢のなか鏡のように水溜りあり

歌を忘れた鳥が 、救いを求め手にした青沼ひろ子の三首。彼女サンクチュアリーに足を踏み入れ、
トリニーティ(秘められたトリプルメタファ:安寧、共生、尊厳)の言葉の珠玉を手にする。歌はか
くあるべしと。

   No.85

【エネルギータイリング事業篇:ソーラーファサードの風 Ⅲ】

● 積水ハウス ネット・ゼロ・エネルギー・高級分譲マンション

積水ハウスは名古屋で、3階建て12戸規模の邸宅型マンションを2017年夏に着工し、2019年春に完
成させる。戸建住宅におけるZEH化が進みつつある中、住宅着工戸数の約半数を占め、住宅の二酸化
炭素CO2排出量の約3割を排出している集合住宅において、ZEH化の動きが求められている。時代を先
取りし、いち早くこれに取り組む。同社分譲マンション「グランドメゾン」は、単なる建物としての
「集合住宅」ではなく、住まい手一人ひとりのライフスタイルを重視し、住まいが集まめたタイプの
「住宅集合」というコンセプトとする。また、地域の生態系再生を目指す「5本の樹」計画に基づく
緑豊かな植栽帯を配し、年月を経るごとにより魅力的な住まいとなる「経年美化」を象徴する住環境
づくりとして、外構には自然石による石積みを施し、住まいのみならず周辺環境との調和にも寄与し
する。本計画では、都心に近い利便性や居住環境に優れた住宅街に「グランドメゾン」の基本思想に
加え、国内で初めてZEH基準を達成する快適性を備えた環境配慮型の分譲マンションを目指す。

本マンション計画では、「省エネ」の観点からLED照明等の各種省エネ設備を採用し、また窓のア
ミ・樹脂複合サッシにアルゴンガス封入複層ガラスの採用等によって開口部の断熱性能を従来比2倍
に高め、住戸単位の断熱性能を1.3倍~1.6倍まで高める。また、「創エネ」では全住戸において、
平均4kWの太陽光発電システムと、燃料電池「エネファーム」を搭載。これらにより全住戸でネット・
ゼロ・エネルギーを達成。さらに停電時には太陽光発電システムとエネファームの停電時発電機能(
発電継続)による電力供給や、共用部に備える防災備蓄倉庫などの防災対策、エレベーターのフロア
制御などの防犯対策により、安全・安心にも配慮した住まいを目指す。これまでも、業界をリードす
る取り組みを環境大臣に約束する「エコ・ファースト企業」として、「グリーンファースト」ブラン
ドで戸建や賃貸住宅での環境対策を推進してきました。高級分譲マンションの「グランドメゾン」ブ
ランドにおいても、今後可能な物件のZEH化をはじめ、環境対策のレベルアップをより一層推進する。

 ● 2025年度の住宅太陽光14.4%増の23.8万戸 富士経済



10月18日、富士経済は、2016年度の太陽光発電設置住宅数は20.8万戸だったとの調査結果を発表。
うち、新築戸建住宅は44.7%の9.3万戸、ネット・ゼロ・エネルギー・ハウス(ZEH)は2.8万戸で新
築戸建住宅の30.1%を占めた。2025年度は、2016年度比14.4%増の23.8万戸、うち新築戸建住宅は
同44.1%増の13.4万戸、ZEHは同2.5倍の7.1万戸に拡大すると予測する。固定価格買取制度(FIT)の
買取価格低下により2013年度をピークに減少が続いていたが、今後ハウスメーカーやビルダーのZEH
への取り組みが本格化する。

また、全国規模で事業展開する大手ハウスメーカー8社の2016年度のZEH販売個数は1.7万戸で、ZEH
市場全体の60.7%を占める。同年度のZEH補助金交付件数の約2倍となり、補助金交付を受けずにZEH
基準をクリアする住宅が販売されている。一方で、ZEH採用率はハウスメーカーによって1~58%
と開きがある。さらに、大手ハウスメーカーにおける太陽光発電システムの採用率は3~8割を占め、
HEMS(住宅エネルギー管理システム)を標準搭載とする事業者が増加しているいるという。今後は、
ZEH販売戸数の拡大に向けて太陽光設置率の向上が課題とする事業者が増加している。また、LPガス
エリアではZEH熱源機器として、電気駆動のヒートポンプとガスを使う「ハイブリッド給湯器」を提
案するメーカーも見られると報告している。

ZEHの熱源選択においては、一次エネルギーの削減目標は設定されているものの、高効率機器である
こと以外の条件はない。大手以外のビルダーでは、販売価格が100万円を超える燃料電池コージェネ
レーション(熱電併給)システム「エネファーム」を提案するのは一般的ではなく、ヒートポンプ式
給湯機「エコキュート」を採用するケースが多いと予想している。


● 今夜の寸評:自公政権下で日本の武器輸出ビジネス拡大?!

9月13日、スイスの調査機関「スモール・アームズ・サーベイ」は、書を発表、2014年の取引
額は少なくとも60億ドル(約6千6百億円)に上り、13年より約2億ドル増加。日本は輸出額約
1億2百万ドル(約112億円)で国別順位で15位。また、北朝鮮が国連などの武器禁輸下、アフ
リカや中東諸国にロケット砲などの小火器の密輸を続けているとみられると指摘。小火器は拳銃や機
関銃など一人で操作できるものを指し、携帯用のロケット砲なども含まれる。輸出国のトップは米国
で輸出額は約11億ドル。イタリア、ブラジル、ドイツ、韓国と続いた。日本は14年4月に安倍政
権が「防衛装備移転三原則」を閣議決定、「武器輸出三原則」に基づいたそれまでの禁輸路線から輸
出拡大へかじを切っている。 北朝鮮の武器取引は第三国を仲介するなどしており実態は不明だが、
スモール・アームズ・サーベイの担当者は「輸出先には従来のウガンダ、リビアなどに加え、シリア
も入っているようだ」とした。市場価格より安く提供しているのが特徴で、サハラ砂漠以南のアフリ
カ諸国では小火器の製造を支援しているとみられるいう。日本は拳銃やライフル銃などを輸出してお
り、最大の輸出先は米国で60%を占め、次いでベルギー、カナダ(東京新聞、2017.09.14)。

※ 今夜のところ、裏付けデーターがとれなかったの壇件扱い。

 

  ● 今夜の一枚の絵

「発見!ナチス略奪絵画 執念のスクープの舞台裏」2012年、ドイツのマンションの一室で、ナ
チスによって強奪された1200点もの絵画が発見された!中にはピカソ、ルノワール、マティスな
ど世界的巨匠の名画が!世紀の発見のきっかけはある老人のささいな疑惑。これは大変面白かった。


   Oct. 10, 2017

【世界で一番美味いひとり宅めし】

体調も復調したのはいいのだが、やたらと腹が空く。暴飲(酒)暴食を避けながら、めんどくさがらずおいしい
ランチを作れないかと本を買って帰ってきた。『世界一美味い煮卵の作り方』(光文社で著者ははらぺこグリ
ズリーとペンネーム。曰く「人気レシピブログを運営する著者が行き着いた哲学は、「適当で楽で安く済んで、
でも美味しい料理こそ、本当に必要な料理じゃないだろうか?」ということだった。「ひとりぶん」レシピで、材料
はスーパーで手に入るもの、かつ一円単位で値段も明記。「適量」や「少々」という表記I切なし!簡単で美味
しいからこそ、料理のモチベーションが湧いてくる。「ひとりで食事をする時間」を最高に楽しくて美味しい時間
にするための最高の一冊、ここに誕生!」とあり、だまされてもともとと実践することに。このように第一弾は、
煮卵のつくりかた。①中米6分にて(個数は3個となっているが1個で調理する)。氷水につける流水で殻を剥
き、密封用事にゆで卵と麺つゆ百ミリミリを入れる。卵にキッチンペーパーのせ麺つゆ50ミリりっトルかけ、容
器を冷蔵庫半日つけ込む。(3個分費用は54円かかると前提でかかれている。これは面白そうだ。

 

 

 

コメント
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イエローストーンの地熱発電

2017年10月16日 | 開発企画

    

                                 
                    梁恵王篇 「仁とは何か」  /  孟子 
  
                                     

      ※ 他国併合の可否:斉が燕との戦いに勝った。そこで斉の宣王は孟子にたずねた。
        「燕の併合については賛否両論があります。大国同士の戦いでわずか五十日の
        うちに敵を打ち破ったのですから、わたしはこの勝利には人力以外の力がはた
        らいたのだと思っています。もし併合しなければ、それこそ天罰を受けるとい
        うものです。併合すべきだと思いますが、いかがでしょう」
        「燕の人民が歓迎するなら、併合してよろしいでしょう。古くは武王にそのよ
        うな例があります。しかし燕の人民が歓迎しないようなら、おやめなさい。古
        くは文王の例があります。このたびの戦いで、燕の人民が食べ物、飲み物を用
        意して、あなたの軍隊をねぎらったのは、ほかビもない、水火の苦しみから救
        われたいと願ったからです。あなたがそれを裏切って、さらに暴政を重ねれば、
        燕の人民はあなたに背を向けるでしょう。

        〈文王 武王の例〉 文王が天下の三分の二を掌握しながら、殷王朝を討たず、
        民心の帰服を待ち、その子の武王の代になって、殷を征伐して民衆の期待にこ
        たえた。
               <食べ物、飲み物を用意して……〉「筑食壷漿して王師を迎う」軍隊の到着を大
                歓迎すること。ふつう、外部から侵入して来た軍隊は、民衆の最も嫌がるもの
                であるが、それが、圧政令を打倒し、仁政を行なうものである烏合は、飲食物
        まで用意して迎えるのである。簞は竹製のまるい飯入れ、食は飯、梁は飲み物。

        【解説】 前315年、燕では、国王の噲が位を宰相の子之に譲ったことから、
        人民の不満を招き、内乱が起こった。隣接する斉の宣王はそれにつけこんで攻
        略し、楽勝した。『史記』によれば、燕の人民に抗戦の意がなく城門も開けた
        ままであったという。相談をもちかけられた孟子は条件つきで併合に賛成する。
        しかし宣王はその条件を無視して占領政策を行なったため、次章のような事態
        がおこる。



【イエローストーンのマグマ 予想以上に速く溜まる】

● 超巨大火山のマグマ、休眠から数十年で巨大噴火も

10月16日、今はおとなしい米イエローストーン国立公園のスーパーボルケーノ(超巨大火山)だ
が、これまで考えられていたよりも急速にマグマが溜まり、噴火に発展する可能性があることが、新
たな研究で判明したという(「イエローストーンの調査で判明、予想以上に速く溜まる可能性」ナシ
ョナルジオグラフィック日本語版、2017.10.16)。それによると、このスーパーボルケーノが直近で
超巨大噴火を起こしたのは約63万年前、米アリゾナ州立大学の研究チームは、この噴火で吐き出さ
れた火山灰の化石に含まれる鉱物を分析し、マグマ溜まりに2度にわたってマグマが流れ込んだ結果
火山が目を覚まし、噴火に至ったと考える。

 Oct. 11, 2017

ところが、 しかも、不安なことに、鉱物の温度と組成の重大な変化は一連の変化は何世紀もかけて
起きるものだと考えられてきたが、不幸なことにわずか数十年の間に起きていることがわかったとい
う(わたしたちは、こういうことはしばしば体験していることではあるが)。例えば、2013年の研究
では、スーパーボルケーノの地下にあるマグマ溜まりはそれまでの推測より約2.5倍大きことや、マ
グマ溜まりが超巨大噴火が起きるたび、空っぽになるため、マグマが再び溜まるまでには長い時間を
要すると思われていたが、今回のアリゾナ州立大学の研究では、マグマ溜まりは急速に満たされ、地
質学的に一瞬と言えるほどの短期間で、スーパーボルケーノが再び噴火する可能性があると推測して
いる。

 Oct. 12, 2017

ただし、イエローストーンは、さまざまなセンサーや衛星が常に変化を注視しているが、ただちに超
巨大火山が脅威をもたらすようには見えないといわれているが、今回調査研究担当者は、静かな火山
がれほど短期間で、いつ噴火してもおかしくない状態まで変化する――化石化した火山灰堆積物はこ
れまでも広く調べられており、このスーパーボルケーノは過去2百万年ほどの間に、少なくとも2回、
同等の超巨大噴火を起こしちる。幸い、南北アメリカ大陸に人類がやって来てからは、スーパーボル
ケーノがほぼ休止しているが、周期的に小規模な噴火や地震が起き、カルデラが溶岩や火山灰で満た
されることはあるが、それでも最後に起きたのは約7万年前のこと――というのはショッキングな事
実だという。さらに、2011年には、マグマ溜まりを覆っている地面が約7年ごとに最大25センチ隆
すると報告。イエローストーン国立公園の火山活動を研究するユタ大学の研究者は、これは驚くべ
き隆起で、範囲がとても広く、そのスピードも異常な速さだと報告している。

2012年には、別の研究チームが、過去に起きた超巨大噴火の少なくとも1つは、実際には2度の噴火
だったかもしれないと報告。この研究結果は、大規模な噴火がそれまで考えられていたより頻繁に起
きていた可能性を示唆する。

● 千年から数千年度に1度の地殻変動期?!

ノストロダムスの”グランドクロス”の――微弱電波と共鳴する携帯電話のチタバリ共振回路のよう
な――地殻変動期に入っているのではと老婆心ではないがと心配する。例えば、イエローストーンで
は昨年6月のマグニチュード4.5の地震と群発地震の発生、15日のカムチャッカのシベルチ山の
噴火、アラスカのボゴスロフ山の噴火がつづき、 イタリアのフレグレイ平野、メキシコのミチョア
カン・グアナファト、 日本の姶良カルデラ、エルサルバドルのドルイロパンゴ山、イタリアのヴェス
ヴィオ山、台湾の大屯(タトゥン)火山、エチオピアのコルベッティ・カルデラ、 エル・サルバドル
のコアテペケ・カルデラ、フィリピンのタール火山、グアテマラのサンタマリア火山、シチリアのエ
トナ山、インドネシアのアグン山、アイスランドのエイヤフィヤトラヨークトル、そして北朝鮮の白
頭山などなどの噴火が心配されている。

  No.86

● エネルギー革命ど真ん中 Ⅳ

【地熱発電篇:マグマ溜まり冷却式地熱発電事業の創生】

それでは、予防策はないのかというとNASAではイエローストーンのマグマ溜まり周辺に大量の水
を高圧抽水し、350℃程度になった蒸気として戻しゆっくりと冷却させるという極めてリスキーな
プラットフォーム(政策/戦略)を計画(予算3千億円)しているという。それじゃ、日米でで噴火
防止/地熱発電事業として乗り出したらどうかと考える。火の国日本の世界最強の技術を提供し「東
日本地震」の友達作戦の返礼として参画してみるのも面白い。

 

出典:富士電機株式会社

 

          
読書録:村上春樹著『騎士団長殺し 第Ⅱ部 遷ろうメタファー編』     

    第58章 火星の美しい運河の話を聞いているみたいだ

  「社会倫理なんかどうたっていい」と政彦は言った。「でも、ひとつだけ教えてくれないか?」
 「どんなことだろう?」
 「土曜日の午後、どうやってあの伊豆高原の施設から抜け出したんだ? あそこはとても出入り
 の警戒が厳しいんだ。入居者には有名人が少なくないから、個人情報の流出にはずいぶん気を追
 っている。入り目には受付があるし、セキュリティー会社の警備員が二十四時開門を見張ってい
 るし、監視カメラも作勤している。でもおまえは真っ昼間に、誰にも目撃されないまま、監視力
 メラにもぜんぜん写らないまま、あそこから忽然と消えてしまった。どうしてだ?」
 「ひとつ抜け道があるんだ」と私は言った。

 「抜け道?」

 「誰にも見られないで出て行ける通路だよ」
 「しかし、どうしてそんなものがあることがおまえにわかったんだ? あそこに行ったのは初め
 てだったんだろう?」
 「君のお父さんが教えてくれたんだ。示唆してくれたというべきか。あくまで間接的にだけどね」
 「親父が?」と政彦は言った。「言ってることの意味がわがらんな。親父の頭は今ではほとんど
 茹でたカリフラワーと変わりないんだぜ」
 「それもうまく説明できないことのひとつだよ」
 「しょうがないな」と政彦はため息をついて言った。「相手が普通の人間なら『おい、からかう
 な』と腹を立てるところだが、まあおまえだからあきらめるしかないみたいだ。所詮は油絵を描
 いて一生を送るようなやくざな、的外れな人間だ」
 「ありがとう」と私は礼を言った。「ところでお父さんの具合はどうなんだ?」
 「土曜日、電話を終えて部屋に戻ってきたら、おまえの姿はとこにもないし、父親は眠り込んだ
 きり目を覚ます気配もないし、呼吸もすっかり弱くなっているし、おれもさすがにパニクったぜ。
 いったい何か起こったんだろうってな。おまえが何かしたとは思わないが、そう思われても仕方
 ないところだぞ」

 「申し訳なかったと思う」と私は言った。それは本当の気持ちだった。しかしそれと同時に騎士
 団長の刺殺死体や、床の血の海があとに残されていなかったことについて、私はほっとしないわ
 けにはいかなかった。
 「申し訳なかったと思うのが当たり前だ。で、おれは近くにあるペンションに部屋をとって付き
 添っていたんだが、呼吸も安定して、なんとか小康状態を取几戻したようだから、翌日の午後東
 京仁戻ってきた。仕事も溜まっているしな。週末にはまた付き添いに行くと思うけど」

 「大変だな、君も」

 「しょうがないさ。前にも言ったけど、人が一人死んでいくというのは大がかりな作業なんだ。
 いちばん大変なのはなんといっても本人なんだし、文句は言えない」
 「何か手伝えることがあるといいんだが」と私は言った。
 「手伝えることなんてもう何もないさ」と政彦は言った。「ただ余計な面倒を増やさないでいて
 くれるとありかたいかもしれない……ああ、それはそうと、東京に帰る途中でおまえのことが心
 配でそちらに寄ってみたんだが、そのときに例のメンシキさんが訪ねてきたぜ。素敵な銀色のジ
 ャガーに乗た白髪のハンサムな紳士だ」

 「うん、そのあとで免色さんには会ったよ。君がうちにいて、話をしたと彼も言っていた」
 「少し玄関で話をしただけだが、なかなか興味深い人物のようだ」
 「とても興味深い人物だよ」と私は控えめに訂正した。
 「何をしている人なんだ?」
 「何もしてない。お金が余るほどあるから、べつに働く必要がないんだ。インターネットで株や
 為替の取引をやっているみたいだけど、それはあくまで趣味というか、実益を兼ねた暇つぷしな
 んだそうだ」
 「それは素敵な話だな」と政彦は感心したように言った。
 「なんだか、火星の美しい運河の話を聞いているみたいだ。そこでは火星人たちが黄金の擢を使
 って、船先の尖った細長い舟を漕いでいるんだ。耳の穴から蜂蜜煙草を吸いながら。聞いている
 だけで心が温かくなる。……そうだ、ところでおれがこのあいだ置いていった出刃包丁は見つか
 ったか?」
 「悪いけど見つからなかった」と私は言った。「どこにいったのかわからない。新しいものを買
 って返すよ」
 「いや、そんな心配はしないでいい。おまえと同じで、どこかに行ったきり記憶喪失にでもなっ
 いたんだろう。そのうち戻ってくるさ」
 「たぶん」と私は言った。あの包丁は雨田典彦の部屋の中には残されていなかったのだ。騎士団
 長の死体や血の海と同じように、どこかに消えてしまった。政彦の言うとおり、そのうちにここ
 に戻ってくるのかもしれない。

  そこで話は終わった。近いうちにまた会おうと言い合って、我々は電話を切った。

  私はそれから埃まみれのカローラ・ワゴンを運転して山を下り、ショッピング・センターに買
 い物に出かけた。スーパーマーケットに行って、近所の主婦たちに混じって買い物をした。昼前
 の主婦たちはみんな、あまり楽しそうな顔をしていなかった。おそらく彼女たちの生活にはそれ
 ほどスリリングなことは起こらないのだろう。メタファーの国で渡し舟に乗ったりするようなこ
 ともないのだろう。



  肉と魚と野菜、牛乳と豆腐、目についたものを片端からカートに放り込んで、レジに並んで勘
 定を払った。トートバッグを持参し、レジ袋はいらないと告げることによって五円を節約した。
 それから安売りの酒屋に寄って、サッポロ缶ビール上十四本入りのケースを買った。家に帰って、
 買ってきたものを整理して、冷蔵庫にしまった。冷凍すべきものはラップをかけて冷凍した。ビ
 ールを六本だけ冷やした。それから大きな鍋に湯を彿かし、アスパラガスとブロッコリをサラダ
 用に茄でた。ゆで卵もいくつか作った。とにかくそのようにして、なんとかうまく時間をつぶす
 ことはできた。少し時開か余ったので、免色にならって車を洗うことも考えてみたが、どうせす
 ぐに埃だらけになるのだと思うと、その気もすぐに失せた。まだ台所に立って野菜を茹でている
 方が有益だ。

  時計が十二時を少しまわったところで、私はユズの働いている建築事務所に電話をかけた。本
 当はもう少し日にちを置いて、気持ちが一段落してから彼女と会話を交わしたかったのだが、私
 は自分かあの暗い穴の底で心に決めたことを、とにかく一日でも早く彼女に伝えておきたかった。
 そうしないと、何か私の気持ちを変えてしまうかわからない。でもこれからユズと話をするのだ
 と思うと、受話器は心なしかひどく重く感じられた。電話には明るい声音の若い女性が出たので、
 私は自分の姓名を告げた。そしてユズと話がしたいと言った。

 「ご主人ですか?」と彼女は明るく尋ねた。

  そうだと私は言った。正確に言えばもう彼女の夫ではないはずだが、いちいちそんな事情を電
 話で説明するわけにもいかない。
 「少しお待ちください」と相手は言った。
  私はかなり長い時闘詩だされることになった。しかしとくに用事があったわけではないので、
 キッチンのカウンターにもたれて受話器を耳にあて、ユズが出てくるのをじっと待った。一羽の
 大きなカラスが窓のすぐそばを羽ばたきながら横切っていった。その艶やかな真っ黒な翼が、陽
 光を浴びてぎらりと光った。

 「もしもし」とユズが言った。

  我々は簡単な挨拶を交わした。つい最近離婚したばかりの夫婦がどのような挨拶をすればいい
 のか、どれはどの距離を置いて会話すればいいのか、私には見当もつかなかった。だからとりあ
 えずできるだけ簡単な、通り一遍の挨拶にとどめた。元気にしている? 元気にしている。あな
 たは? 我々の口にする短い言葉は夏の盛りの通り雨のように、乾いた現実の地面にあっという
 間に吸い込まれていった。

 「一度君に会って、ちゃんと顔を合わせて、いろんなことを話したいと思っていたんだ」と私は
 思い切って言った。
 「いろんなことって、どんなことを?」とユズは質問した。そんな質問が返ってくるとは予想し
 ていなかったので(なぜ予想しなかったのだろう?)、私は一瞬言葉に詰まった。いろんなこと
 って、いったいどんなことなのだろう?
 「まだ細かい内容まではよく考えていないんだけど」と私は少し口ごもって言った。
 「でもいろんなことを話したいのね?」
 「そうだよ。考えてみたら、何もきちんと話さないままに、ただこんな風になってしまった」

  彼女はしばらく考えていた。それから言った。「ねえ実は私、妊娠しているの。会うのはかま
 わないけど、おなかがもう膨らみはじめているから、見ても驚かないでね」
 「知ってるよ。政彦に聞いた。ぼくにそのことを伝えてくれと君に頼まれたと、政彦は言ってい
 た」
 「そうだった」と彼女は言った。
 「おなかのことはよくわからないけれど、でも迷惑じゃなければ、一度会ってくれると嬉しい」
 「少し待ってくれる?」と彼女は言った。



  私は待った。彼女は手帳を取り出し、ページを捲ってスケジュールを調べているようだった。
 そのあいだに私はゴーゴーズがどんな曲を歌っていたかを思い出そうと努めた。雨田政彦が主張
 するほど優れたバンドだとも思えなかったが、あるいは彼の方が正しくて私の世界観が歪んでい
 るのかもしれない。

 「来週の月曜日の夕方ならあいている」とユズは言った。

  私は頭の中で計算した。今日は水曜日だ。月曜日は水曜日の五日後にあたる。免色が空き瓶と
 空き缶をゴミ集積所まで待っていく日だ。私が絵画教室に教えに行かなくてよい日だ。いちいち
 手帳を絵るまでもなく、私には何の予定も入っていない。しかし免色はいったいどんなかっこう
 をしてゴミを出しにいくのだろう?

 「月曜日の夕方でぼくはかまわない」と私は言った。「どこでもいい、何時でもいい、場所と時
 刻を指定してくれればそこに出向くよ」

  彼女は新宿御苑前駅の近くにある喫茶店の名前を口にした。懐かしい名前だった。その喫茶店
 は彼女の仕事場の近くにあって、我々がまだ夫婦で一緒に生活している頃、何度かそこで待ち合
 わせをした。彼女の仕事が緒わったあと、二人でどこかに食事をしに行こうというようなときに。
 そこから少し離れたところに小さなオイスター・バーがあって、新鮮な牡蝸を比較的安く食べさ
 せてくれた。よく冷えたシャブリを飲みながら、ホース・ラディッシュをたくさんかけて、小ぷ
 りな生牡頬を食べるのが彼女は好きだった。あのオイスター・バーはまだ同じ場所にあるのだろ
 うか?

 「六時過ぎにそこで待ち合わせるということでいいかしら?」

  かまわない、と私は言った。

 「たぶん遅れずに行けると思うけど」
 「遅れてもかまわない。待っている」

  じやあ、そのときに、と彼女は言った。そして電話が切れた。
  私は手に待った受話器をしばらくじっと眺めていた。私はこれからユズに会おうとして
 いる。
  まもなくほかの男の子供を産もうとしている別れた妻に。待ち合わせの場所と時刻も決まった。
 問題は何もない。でも自分か正しいことをしたのかどうか、今ひとつ自信が持てなかった。受話
 器は相変わらずひどく重く感じられた。まるで石器時代に作られた受話器のように。
 でもまったく正しいこととか、まったく正しくないことなんて、果たしてこの世界に存在する
 ものだろうか? 我々の生きているこの世界では、雨は30パーセント降ったり、70パーセン
 ト降ったりする。たぶん真実だって同じようなものだろう。30パーセント真実であったり、7
 0パーセント真実であったりする。その点カラスは楽でいい。カラスたちにとっては雨は降って
 いるか降っていないか、そのどちらかだ。パーセンテージなんてものが彼らの頭をよぎることは
 ない。

  ユズと話をしたあと、私はしばらく何をすることもできなくなった。私は食堂の椅子に腰を下
 ろし、主に時計の針を眺めながら一時間ほどを過ごした。来週の月曜日に私はユズと会う。そし
 て「いろんなこと」を話すことになる。二人が顔を合わせるのは三月以来だ。それは静かな雨の
 降る、冷ややかな三月の日曜日の午後だった。彼女は今では妊娠七ケ月になっている。それは大
 きな変化だ。そして一方の私は相変わらずただの私だ。数日前にメタファーの世界の水を飲み、
 無と有とを隔てる川を渡ったけれど、それで私の中の何かが変わったのか、それとも何ひとつ変
 わらなかったのか、自分でもよくわからない。

  それから私は受話器を取り、もう一度秋川笙子の家に電話をかけてみた。しかしやはり誰も出
 なかった。留守番電話のメッセージに切り替わっただけだ。私はあきらめて、居間のソファに腰
 を下ろした。何本かの電話をかけてしまうと、そのあともうやるべきことは残ってなかった。久
 しぷりにスタジオに入って終を描いてみたいという気持ちはあったが、何を描けばいいのか思い
 つけなかった。



  私はブルース・スプリングスティーンの『ザ・リヴァー』をターンテーブルに載せた。ソファ
 に横になり、目を閉じてその音楽にしばし耳を澄ませていた。一枚目のレコードのA面を聞き終
 え、レコードを裏返してB面を聴いた。ブルース・スプリングスティーンの『ザ・リヴァー』は
  そういう風にして聴くべき音楽なのだと、私はあらためて思った。A面の「インディペンデン
 ス・デイ」が終わったら両手でレコードを持ってひっくり返し、B面の冒頭に注意深く針を落と
 す。そして「ハングリー・ハート」が流れ出す。もしそういうことができないようなら、『ザ・
 リヴァー』というアルバムの価値はいったいどこにあるだろう? ごく個人的な意見を言わせて
 もらえるなら、それはCDで続けざまに聴くアルバムではない。『ラバー・ソウル』だって『ペ
 ット・サウンズ』だって同じことだ。優れた音楽を聴くには、聴くべき様式というものがある。
 聴くべき姿勢というものがある。

  いずれにせよ、そのアルバムにおけるEストリート・バンドの演奏はほとんど完璧だった。バ
 ンドが歌手を鼓舞し、歌手はバンドをインスパイアしていた。私は現実の様々な面倒をしばらく
 のあいだ忘れ、音楽のひとつひとつの細部に耳を傾けた。
  一枚日のLPを聴き終えて、針を上げたところで、免色にも電話をしておいた方がいいのでは
 ないかと私は思った。昨日、穴から助け出してもらって以来、話をしていない。でもなぜか気が
 返まなかった。免色に対して私はたまにそういう気持ちになることがあった。だいたいは興味深
 い人物なのだが、ときどき彼に会ったり、話をしたりするのがひどく億劫に感じられることがあ
 る。その差がけっこう大きいのだ。どうしてかはわからないけれど。そして今はとにかく、彼の
 声を聞きたいという気持ちにはなれなかった。



  結局、私は免色に電話をすることをやめた。もっとあとにしよう。まだ一日は始まったばかり
 だ。そして『ザ・リヴァー』の二枚目のLPをターンテーブルに載せた。しかしソファに横にな
 って「キャディラック・ランチ」を聴いているところで(「僕らはみんないつかキャディラッ
 ク・ランチで願を合わせることになるんだ」)電話のベルが鳴った。私はレコードから針を上げ、
 食堂に行って受話器をとった。たぶん免色だろうと私は予想した。しかし電話をかけてきたのは
 秋川笙子だった。

 「ひょっとして今朝、何度かお電話をいただきましたでしょうか?」と彼女はまずそう言った。
  何度か電話をかけた、と私は言った。「まりえさんが戻ってきたという話を、免色さんから昨
 日うかがったものですから、どうなったかと思って」
 「ええ、まりえは確かに無事にうちに戻ってきました。昨日の昼過ぎのことです。そのことをお
 知らせしようと、おたくに何度か電話をかけてみたのですが、いらっしやらないようでした。そ
 れで免色さんに連絡してみたのです。どこかにお出かけだったのですか?」
 「ええ、どうしてもすませなくてはならない用件があって、遠くまで出かけていました。昨日の
 夕方に帰ってきたばかりです。電話をしたかったのですが、電話のないところだったし、携帯電
 話も持っていないものですから」と私は言った。それはまったくの嘘というわけではない。

 「まりえは一人で昨日の昼過ぎに、泥だらけになってうちに戻ってきました。でもありかたいこ
 とに、とくに大きな怪我みたいなものはありませんでした」
 「いなくなっていたあいだ、彼女はいったいどこにいたのですか?」
 「それはまだわかりません」と彼女は押し殺した声で言った。まるで誰かに盗聴されることを恐
 れるみたいに。「何か起こったのか、まりえは話をしてくれないのです。警察に捜素願を出して
 いたので、警察の方もうちに見えて、あの子にいろいろと質問したのですが、何ひとつ返事をし
 ません。ただ沈黙を守っているだけです。だから警察の方もあきらめて、もう少し時間を置いて、
 気持ちが落ち着いたらあらためて事情を聴こうということになりました。とりあえずはうちに帰
 ってきて、身の安全は確保されたわけですから。とにかく私が尋ねても、父親が尋ねてもぜんぜ
 ん返事をしないのです。ご存じのように、頑ななところのある子ですから」

 「でも泥だらけだったんですね?」

 「ええ、身体は泥だらけになっていました。着ていた学校の制服も擦り切れて、手足には軽い擦
 り傷のようなものもありました。病院の手当を必要とするような傷ではありませんが」

  私の場合とまったく同じだ、と私は思った。泥だらけで、服は擦り切れている。ひょっとして
 まりえもやはり、私がくぐり抜けてきたのと同じような決い横穴をくぐって、この世界に戻って
 きたのだろうか?

 「そしてひとことも口をきかない?」と私は尋ねた。
 「ええ、うちに戻ってきてから、まだただのひとことも口をきいていません。言葉どころか、声
 そのものをまったく出さないのです。まるで誰かに舌を盗まれてしまったみたいに」
 「何かでひどいショックを受けて、それで口をきけなくなったとか、言葉を失ったとか、そうい
 うことなのでしょうか?」
 「いいえ、そういうことではないと思います。それよりは、口をきくまいと自ら心を決めて、た
 だ沈黙をまもり続けているように私には思えます。これまでにもそういうことは何度かありまし
 た。何かでひどく腹を立てるとか、そういう場合に。いったんこうしようと心を決めると、何か
 あってもそれを貫く子供なんです」
 「犯罪性みたいなのはないんですね?」と私は尋ねた。「たとえば誰かに誘拐されていたとか、
 監禁されていたとか?」
 「それもよくわかりません。なにしろ本人がまったく口をきかないものですから、もう少し落ち
 ついてから警察で事情を聴くということになっていますが」と秋川笙子は言った。「それで勝手
 なことを申すようですが、先生にひとつお願いがあるんです」
 「どんなことでしょう?」
 「もしよるしければ、まりえと会って話をしてみてくれませんか? 二人だけで。あの子は先生
 にだけは、心を許している部分があるように私には思えます。だから先生が相手なら、何か事情
 を打ち明けるかもしれません」

  私は受話器を右手に握ったまま、そのことについて考えてみた。秋川まりえと二人きりになっ
 て、いったいどこまでをどのように話ればいいのか、私にはまったく考えが浮かばなかった。私
 は私自身の謎を抱えているし、彼女は彼女自身の謎を抱えている(はずだ)。ひとつの謎ともう
 ひとつの謎を持ち寄って重ね合わせ、そこに何かしらの答えが浮かび上がってくるものだろう
 か? しかしもちろん彼女に会わないわけにはいかない。話さなくてはならないことがいくつか
 ある
                                     この項つづく 


    

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エネルギー革命ど真ん中 Ⅲ-Ⅰ

2017年10月15日 | 環境工学システム論

    

                                 
                    梁恵王篇 「仁とは何か」  /  孟子 
  
                                     

       ※ 暴君は主君ではない:宣王が孟子にたずねた。「湯王は桀王を追放し、武王
         は紂王を討伐したというが、本当であろうか」「そう伝えられております」
         「臣下でありながら、主君を殺していいものだろうか」「仁をそこなうこと
         を賊といい、義をそこなうことを残といいます。残であり賊であるような男、
         これはすでに主君ではなく、なみの人間にすぎません。なみの人間である紂
         を詠殺したという話は聞いたたことがありますが、主君を殺したという話は、
         いっこう聞き及びません」

         〈湯王〉 夏王朝に仕えていたが、桀王の暴政に反対してこれを打倒し、殷
              王朝を
開いた。
         〈武王〉 殷王朝に仕えていたが、紂王の暴政を打倒し、周王朝を開いた。
              この二人はともに儒家
の理想とする古代の聖王。

         【解説】 有名な湯武放伐論で、これが中国「革命」思想に根拠を与えるこ
         とになった。天子としての義務を果たさず、天下の人民に見放されたものは、
         もはや天子ではない。天命が革(あらだ)まったのだ。わが国で、『孟子』
         が「人臣たらん者の読むべき書にあらず」と危険思想あつかいされ、また
         「孟子の書を積んでくる船は途中で必ず遭難する」という言い伝えがあった
         というのも、この革兪思想がわが国の国体に合致せぬと考えられたために起
         こったものであろう。  
 

    No.85

● エネルギー革命ど真ん中 Ⅲ-Ⅰ


前回のバイオマスシリーズでの掲載洩れを補足しておく。

【バイオマス発電篇:最新特許事例】


❏ 特開2017-169505 植物廃材料分解用菌叢、植物廃材料分解方法及び発酵植物性オイル

 

バイオマスなどの植物廃材料を分解して発酵植物性オイルをつくる技術、植物廃材料分解用菌叢、植物廃
材料分解方法。

【概要】

木材の残材、切り屑、籾殻、サトウキビやテンサイの絞りかすなどの植物廃材料は、多くが焼却処分され、
一部がバイオマスとして再利用されているが、植物廃材料のバイオマスの再利用は、2種以上の木質分解
性菌を用いる木質分の分解方法が提供されていたが、植物廃材料は堅牢な高分子繊維のセルロース質を多
く含み、従来の木質分解性菌による分解方法では、分解(発酵)時間を要し、効率的に植物廃材料を分解
できない。このように、より短時間で植物廃材料を分解(発酵)可能な植物廃材料分解用菌叢と植物廃材
料分解方法の提供にあって、植物廃材料分解用菌叢が、木質分解性菌のクロノスタキス属と真性細菌のロ
ドコッカス属を使用する。クロノスタキス属が植物廃材料に含まれるセルロース質を分解することができ
るものであり、クロノスタキス属とロドコッカスとが菌叢(コンソーシア)を形成することによりセルロ
ース質を短時間で分解(発酵)することができるものとなる(下図/表参照)。

 

❏  特開2017-178810  メタノール合成システム  東京瓦斯株式会社

【概要】

メタノールは、これまで繊維、医薬品などの化学原料として用いられており、また、メタノール燃料電池、
バイオディーゼルなどに利用開発が行われ、今後も高い需要が見込まれている。現在工業的に行われてい
るメタノール製造方法は、天然ガス、液化石油ガスなど主成分として炭化水素を含むものを原料とした水
蒸気改質法により水素を製造し、その水素を用いてメタノールを合成する方法が主流。

まず、原料となる天然ガス及び液化石油ガス中には、主成分である炭化水素以外に窒素、二酸化炭素、塩
素分、硫黄分などが含まれているため、例えば、脱硫器に供給して硫黄分を除去する、あるいは、その他
分離手段を用いて他の不純物を除去して原料を精製する。不純物を除去した炭化水素にスチーム(水蒸気)
を加え、高温/触媒存在下で反応させて水素、一酸化炭素及び二酸化炭素を取り出す。この過程は、吸熱
反応で外部から熱を供給――例えば、炭化水素の水蒸気改質は、700℃~800℃程度の高温条件下で
行う。

  C2n+2+nHO⇔nCO+(2n+1)H
  CO+HO⇔CO+H
  CO+3H⇔CH+H

合成ガスである水素、一酸化炭素及び二酸化炭素が圧縮され、触媒存在下で反応させてメタノールを合成
させる。またメタノールから水、高級アルコールなどの不純物を蒸留して除去し、一定濃度以上の高純度
のメタノールを得る。以上のような水蒸気改質を経由し、天然ガス、液化石油ガスなどの化石燃料からメ
タノールを製造する方法が普及しているが、製造工程にて二酸化炭素が排出されるという問題がある。そ
こで下図のように、二酸化炭素の排出が抑制されたメタノール合成システムの提供にあっては、再生可能
エネルギーを利用して発電する発電装置と、この発電装置での発電により生じた電力と再生可能エネルギ
ーに由来する熱エネルギーを供給、高温で水蒸気を電気分解して水素を生成する水蒸気電解装置と発電装
置での発電により生じた電力と再生可能エネルギーに由来する熱エネルギーが供給され、高温で二酸化炭
素を電気分解して一酸化炭素を生成する二酸化炭素電解装置とこの水蒸気電解装置にて生成された水素と
二酸化炭素電解装置で生成された一酸化炭素が供給され、メタノール合成を行うメタノール合成装置とを
備えるメタノール合成システムとする。


【符号の説明】

1  発電装置 2 水蒸気電解装置 3  工場 4 分離膜(分離手段) 5 二酸化炭素電解装置 6  
メタノール合成装置 10  メタノール合成システム

❏ 特開2017-184722  生成物阻害耐性および基質阻害耐性を有するβ-グルコシダーゼ
           それをコードする遺伝子  
国立研究開発法人産業技術総合研究所


【概要】

植物由来バイオマスはセルロースや、キシランやキシログルカンなどのヘミセルロースから成り、その効

率的利用は循環型社会の実現に重要である。 現在、植物由来バイオマスを単糖やオリゴ糖に分解する反
応(糖化)は、微生物が生産する糖質分解酵素を用いた酵素糖化により行われているが、一般に❶セルロ
ースは、セルラーゼを合成できる微生物(細菌、真菌、粘菌、原生動物、昆虫等)で分解され、❷セルラ
ーゼは、セルロースのβ-1,4-グルカン又はβ-D-グルコシド結合を加水分解して、セロオリゴ糖、
セロビオース及び/又はβ-D-グルコースを生成する酵素の総称であり、その作用形式により3つの型
に大別されている。すなわち、①エンドグルカナーゼ(EG;EC3.2.1.4)、②エキソグルカナーゼ(セロ
ビオハイドロラーゼ;CBH;EC3.2.1.91)、③及びβ-グルコシダーゼ(β-D-グルコシドグルハイドラー
ゼ;BG;EC3.2.1.21)である。エンドグルカナーゼは、主としてセルロース繊維の非結晶部分に作用して
セルロース糖鎖の内部を切断する(非特許文献3)。また、エキソグルカナーゼは、結晶性セルロースに
作用してセルロース糖鎖の末端を分解し、セロビオースを産生する(非特許文献4)。一方、β-グルコシ
ダーゼは、エンドグルカナーゼ及び/又はエキソグルカナーゼの作用によって生じたセロビオース及び/
またはセロオリゴ糖等から最終産物であるβ-D-グルコースを遊離させる働きをもつ。したがって、
ルロースの糖化には、エンドグルカナーゼ、エキソグルカナーゼ及びβ-グルコシダーゼの3つの酵素の
存在とそれらの効率的な活性組み合わせにより、それらの酵素の活性が効率的に発揮されることが必要
されるが、

一方で、バイオマスの酵素糖化に関わる多くの酵素はその酵素反応の生成物や高濃度の基質によって酵素
反応が阻害される(生成物阻害と基質阻害)――エンドグルカナーゼやセロビオハイドロラーゼはその生
成物であるセロビオースにより阻害される――が知られている。その一方、β-グルコシダーゼは、この
のように、植物由来バイオマスを糖化する際に、エンドグルカナーゼやセロビオハイドロラーゼにより生
産されたセロビオースなどのセロオリゴ糖をグルコースに分解する重要な酵素であるが、その生成物であ
るグルコースによって劇的に阻害され(生成物阻害)、また、基質であるセロビオースが高濃度で存在す
る際も活性が低下する(基質阻害)ことが知られている。したがって、植物由来バイオマスの酵素糖化を
効率的におこなうためには、生成物阻害や基質阻害に耐性を持つ高機能なβ-グルコシダーゼが不可欠
なる。

以上理由から 高濃度の基質および/または生成物の存在下においても酵素活性を保持できる酵素、生成
物阻害耐性と基質阻害耐性のβ-グルコシダーゼの提供にあたっては。土壌由来メタゲノムライブラリー
からのスクリーニングによって得られたβ-グルコシダーゼであって、5mM以上のセロビオース存在下ま
たは50mM以上の高濃度のグルコースの存在下におけるβ-グルコシダーゼ活性およびフコシダーゼ活
性が、セロビオース非存在下もしくはグルコースの非存在下の夫々ににおけるβ-グルコシダーゼ活性お
よびフコシダーゼ活性と比較して100%を超えた相対活性をもつβ-グルコシダーゼが不可欠となる(
詳細、下図ダブクリ参照)。



【図1】MeBglD2の至適pH」の試験結果を示すグラフ
【図2】MeBglD2の至適温度」の試験結果を示すグラフ

❏ 特開2017-183249  燃料電池システム  本田技研工業株式会社


【概要】

従来、燃料ガスとして、改質ガスを使用する燃料電池システムがある。この改質ガスは、炭化水素を原燃
料に下記式(1)で示される水蒸気改質反応で得られるものや、下記式(2)で示される部分酸化反応で
得られるものが挙げられる。

    -CH-  +  HO    →  CO  +  2H    ・・・式(1)
    -CH-  +  1/2O  →  CO  +  H     ・・・式(2)

このような燃料電池システムにおいては、水蒸気改質反応よりも反応速度が速い部分酸化反応を使用する
改質ガス供給装置を備えるもののほうがガ
  ところが、比較的改質ガスに多く含まれるCO(一酸化炭素)
は、下記式(3)が示すように、炭素(C)を析出する。

    2CO⇔CO+C    ・・・式(3)

析出した炭素は、燃料電池スタック内でコーキング(炭素析出付着)生じる。そこで、改質ガスを供給す
る燃料電池スタック内での炭素析出を防止する燃料電池システムを提供することにある。ス処理効率に優
れる点で、燃料電池システムの小型化を図ることができる。そこで、下図のように、改質ガスを供給する
燃料電池スタック内での炭素析出を防止する燃料電池システムの提供にあっては。燃料電池システム10
Aが、炭化水素を含む原燃料を部分酸化して一酸化炭素と水素とを生成する部分酸化改質器22と、一酸
化炭素と水蒸気とをシフト反応させて二酸化炭素と水素とを生成するシフト反応器23と、この部分酸化
改質器22とシフト反応器23の少なくともいずれかで生成される水素と、酸化剤ガスとの電気化学的反
応により発電する燃料電池スタック20と、この燃料電池スタック20の排ガスに含まれる水蒸気をシフ
ト反応器23に供給する排ガス還流配管P6とで構成する。



※ その他関連特許事例

・特開2017-141451  バイオマスの加工方法 キシレコ インコーポレイテッド 2017年08月17日
・特開2017-136067  バイオマスの処理 ザイレコ,インコーポレイテッド 2017年08月10日
・特開2017-136016  エタノールの製造方法 新日鉄住金エンジニアリング株式会社 他 2017年08月10日 


  
上写真は、アスファルト-グラフェンナノリボンとリチウム正極(左)、同正極でリチウムを含まない(
右)の走査型電子顕微鏡画像を表示(
DOI: 10.1021/acsnano.7b05874 )。

【蓄電池篇:超高速充電アスファルト-リチウム金属電池

10月2日、ライス大学らの研究グループは、アスファルトナノリボン陽極がより効率的で、樹状突起に
抵抗性であることを見出す。市販のリチウムイオン電池よりも10~20倍速い大容量のリチウム金属電
池の秘密かもしれない。500回以上の充放電サイクル後に優れた安定性を示したアスファルト製の多孔
質炭素を含むアノードを開発。1平方センチメートル当たり20ミリアンペアの高電流密度は、高出力密
度を必要とする急速充放電装置で使用可能。この材料をで開発、市販のリチウムイオン電池よりも20倍
も高速に充電できる大容量のリチウム電池の開発に成功する。これらの電池の膨大な容量で、従来の蓄電
池の充電時間が2時間以上要していたが、この研究成果では5分でゼロ充ら完全充電できるとのこと。


Title:Ultrafast Charging High Capacity Asphalt–Lithium Metal Batteries, DOI: 10.1021/acsnano.7b05874, Publicati-
on Date (Web): September 27, 2017, Copyright © 2017 American Chemical Society

今回、アスファルトを導電性グラフェンナノリボンとの複合材料を電気化学的にリチウム金属で堆積被覆。
実験では、陽極と硫化炭素陰極を組み合わせて試作。この電池は、1ポンド当たり1,322ワットの高出
力密度と1キログラムあたり943ワット時間の高エネルギー密度を示す。また、実験のアスファルト由
来炭素では、
炭素はリチウムデンドライト――苔状沈着物が蓄電池のの電解質に侵入し伸長し、樹枝状結
晶生成を引き起こし、陽極と陰極を短絡させ、バッテリーの故障や発火・爆発させる危険性がある――を
抑制する効果も確認している。また、リチウム金属の理論的限界の漸近するが、新しいアスファルト由来
の炭素は単位面積当たりのリチウム金属をより多く吸収し、それは故、シンプルにで廉価となる。

 ● 今夜の寸評:後出しジャンケンとウインチェスタ家の呪い

倫理は(科学技術の)後からやってくるとは吉本隆明の言葉だが、大国である米国(あるいはロシアが)
が核兵器を廃絶(※その工程表を明示)と明言し核兵器はなくなるとも言明しているとおり、大国が「
後出しジャンケン」を止めればすむことである。それができないのは”哀しき移民銃社会”の呪縛が精
神に深くまっわりついているからだ。アメリカは広いから警察に通報してもすぐにやってこないからと
のコメントを耳にするが、日本の僻地でも同じことだが「銃規制」すればラスベガスのような事件は日
本でも起きない。これはアプリオルで自明である。

    

 

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エネルギー革命ど真ん中 Ⅲ

2017年10月14日 | びわこ環境

    

                                 
                    梁恵王篇 「仁とは何か」  /  孟子 
  
                                       

       ※ 民の声に聞け:孟子が宣王に謁見して言った。「由緒ある国というのは、
                  大木があることを意味するのではない。譜代の臣がいることを意味する
         のです。ところがあなたには、信頼のおける臣下さえありません。登用
         したばかりの臣下が、次の日には知らない間にいなくなっております」
         「では人物を見抜くには、どうすればよいというのか」
         「人材の登用には、万全を期さねばなりません。身分の賤しい音を抜擢
         したり、血縁の薄い人間を重用したりする場合もあるのですから、よほ
         どの慎重さが必要です。
          側近全部の推薦があったとしても不十分、大臣の推薦があってもまだ
         不十分です。人民がこぞって推薦する人物で、ご自分でもよく見きわめ、
         この人物なら大丈夫と思えば登用することです。
         しりぞける場合も同じこと、側近全部が進言したからといってすぐ取り
         あげてはなりません。大臣の進言があってもまだ取りあげてはなりませ
         ん。人民が異口同音によくないと認め、ご自分でもよく調べて、これは
         よくないと思ったとき、はじめてしりぞけるのです。死刑の場合も同様
         です。側近がすすめ、大臣がすすめたからといっても間きいれてはなり
         ません。人民がこぞって賛成し、ご自分でもよく調べて、死刑にするの
         が当然だと確信したとき、はじめて刑を執行するのです。『人民が処刑

         する』とはこれをいうのです。以上のようにすれば、人民はあなたを父
         母のように慕うことでしょう」

         【解説】 側近政治は権力者の陥りやすい弊害である。民衆の総意、こ
              の無形の意志を正しく汲みとることが真の意味の政治性であ
              る。自己の権力を、この無形の意志でチェックできるか否か
              が、政治屋と政治家とを区別する最大の要件である。これは
              民主主義の現代でも変わりはない。のです。

    No.84

● エネルギー革命ど真ん中 Ⅲ

Feb. 23, 2017

【オールバイオマス事業篇:原料処理とエネルギ変換工学課題と技術事例】


ここでは、バイオマス政策あるいはバイオマス事業のプラットフォーム(=政策/戦略)については上下
の図表をダブクリし出典資料を参照していただき割愛し、再生可能エネルギーの現時点の普及著しい風力
発電及び太陽光発電#top比較して国内のバイオマス発電あるいはバイオマスボイラーの普及が進まないこ
とに焦点を当て小考してみる。例えば太陽光エネルギーもしくは太陽光発電はは、太陽光(人工光)さえ
あれば直ちに熱/電気エネルギーに変換でき、後者は「デジタル革命基本則」に従って、分散自律、ダウ
ンサイジング、デフレーション効果が働き変換効率に至っては変換効率30%超パネルの実用化や、フレ
キシブル薄膜型ソーラーはモバイル/ウエアブル器機の実用化段階に入りつつある。そこで。今夜は、❶
バイオマス発電/ボイラー原料の伐採/切り出し搬送/前処理の煩雑さそのにかかる費用効果/エネルギ
ー消費の大きさ/設備プラントの巨大化――もっとも、大規模風力発電も巨大であるがーさらには、工期
の長さなどの課題があり、❷バイオマスボイラーは構造も簡単で設備コストも燃料のペレット搬送/貯蔵
の嵩張りと給湯/蓄熱液等の熱媒体配管の引き回しがあるが、電線の引き回しと比べても大きい問題はな
さそうであるが、その他のエネルギ変換方式、①熱電変換素子(=サーマルタイリング事業)、②一酸化
炭素水蒸気反応ガスを用いた、ガスタービン/内燃機関式発電、③一酸化炭素水蒸気反応ガスを用いた燃
料電池などあるが、①対費用効果(=発電コスト)はいまだ試用段階で不詳、②は装置規模と保全性の悪
さが発電コスト逓減の隘路となる。これ意外に❸バイオマスをメタン発酵させ、燃料電池/ボイラーもあ
るが実用化が進んでおり、ガス配管の引き回し/ボンベ搬送の流通負荷が地上電線比べさほど問題はない
ものと思える(要試算/出典)。以上のことを踏まえ、最新の特許事例を小考してみよう。 

  Jan. 15, 2015

 

 Mar. 3, 2017


❏ 特開2017-169526  リグニンを分解する方法   国立研究開発法人理化学研究所

本件は、"シンデレラのカボチャのワゴン"のように切り出したバイオマスを放置保管しておくだけで”燃
料原料”に加工されているアプローチ法のヒントとして取り上げる。

【概要】

リグニンを分解する方法に関する。特に、本発明は、針葉樹材のような木本系バイオマス材料に含有され
るリグニンを分解する方法について取り上げる。リグニンに関しては「80℃以下でリサイクル可能なヒ
イドロトロープ酸にによる木質リグニンの迅速溶解」( Rapid and near-complete dissolution of wood lignin at
80°C by a recyclable acid hydrotrope, DOI: 10.1126/sciadv.1701735)(「美しすぎる直虎」2017.09.17|オー
ルバイオマスシステム篇:木質リグニン)で有喜酸による分画分離(≒パルプ産業での叩解工程)で紹介
したものではなく、リグニンは、その構造的特徴から、植物の細胞壁の主要な構成成分であるセルロース
を分解する条件では容易に分解されない。このため、植物系バイオマスに含有されるリグニンを効率的に
分解する手段が必要とされた。リグニンは、植物によって基本骨格となるフェニルプロパノイド単位の構
造が異なることが知られている。リグニンを構成するフェニルプロパノイド単位としては、通常、3-メト
キシ-4-ヒドロキシフェニル基を有するグアイアシル型(以下、「G型」と記載)、3,5-ジメトキシ-4-ヒ
ドロキシフェニル基を有するシリンギル型(以下、「S型」とも記載する)、及び4-ヒドロキシフェニル
基を有する4-ヒドロキシフェニル型(以下、「H型」とも記載する)が存在する。例えば、広葉樹リグニ
ンの場合、G型及びS型のフェニルプロパノイド単位を主要な構成成分として含む。これに対し、針葉樹リ
グニンの場合、G型のフェニルプロパノイド単位のみを主要な構成成分として含む。

 Sep. 28, 2017

※ リグニンは、植物の細胞壁の構成成分の一つであって、芳香環及びC3脂肪族炭化水素鎖を有するフェ
ニルプロパノイドの酸化重合体である。リグニンは、植物系バイオマスの約20~30%を占めており、立木
の伐採時に生じる枝葉若しくは梢端、又は間伐材のような林地残材においては、その約30%を占める。



植物系バイオマスにおいて、リグニンは、セルロースと並ぶ主要な構成成分。植物系バイオマスに含有さ
れるセルロース利用には、リグニン分解法は、セルロース利用効率向上する前処理工程が重要。また、リ
グニンは、フェニルプロパノイド単位の構成成分が含まれ、芳香族モノマー原料に利用できる可能性があ
る。このように、微生物を用いるリグニン分解法の微生物中でも、白色腐朽菌は、細菌等に比べリグニン
分解能力が高いが、針葉樹リグニンは容易に分解されない。この分解特性の違いは、リグニンの構造的な
違いに起因と推測されている。このように、針葉樹材のような植物系バイオマス材料のリグニンを、微生
物を用いて効率的に分解する手段の提供にあっては、リグニンを含有する材料と、マツノタバコウロコタ
ケ(ヒメノケーテ・ヤスダイ)、シワタケ(フレビア・トレメローザ若しくはフレビア属VL297)、コフ
キサルノコシカケ(ガノデルマ・アウストラーレ若しくはガノデルマ・ギボサム)、チャカワタケ(ファ
ネロケーテ・ベルチーナ)、マスイロカワタケ(ファネロケーテ・サングイネア若しくはファネロケーテ・
シトリノサングイネア)、マゴジャクシ(ガノデルマ・ネオジャポニカム)、ササクレコメバタケ(フィ
フォドンチーナ・ブレビセタ若しくはシゾポーラ cf. ラデュラ)、シックイタケ(アントロディエラ・ジ
プシ若しくはディプロミトポーラス・リモサス)、イボコメバタケ(スクボルゾビア・フルフレーラ若し
くはヒメノケータレス属KUC20131001-10)、ヘテロバシジオン・エクルストサム(若しくはヘテロバシジ
オン・アラウカリアエ)、ツリガネタケ(ホメス・ホメンタリス)、スギノハヒメホウライタケ(マラス
ミウス・クリプトメリアエ若しくはストロビルラス・エスクレンタス)、フミヅキタケ(アグロチベ・プ
ラエコックス)、及びサケツバタケ(ストロファリア・ルゴソアヌラータ)からなる群より選択される少
なくとも1種の微生物とを接触させる工程を含むことを前提とする。


【リグニン分解物進行度の測定結果】

リグニン分解物のバニリン生成量を計測し評価――抽出物の低磁場領域のスペクトルで――するとバニリ
ン以外のリグニン分解物に由来するシグナルが新たに観測された。また、バニリンに由来するシグナルの
相対強度割合は、いずれの抽出物の場合も対照の場合と比較して有意に減少した。この結果から、本実験
に使用したリグニン分解微生物により、バニリンだけでなく、様々な芳香族低分子化合物がリグニン分解
物として生成したことが示唆されている。



※ このように徐々に成果は上がっているようではあるが実用化にはまだ遠い。


❏ 特開2017-113719  部分酸化触媒及びそれを用いた一酸化炭素の製造方法
                           
国立大学法人北海道大学他 

従来であれば山林より未利用材として切り出されて廃棄処分されていた廃木材や間伐材等の木質系バイオ
マスをチップ化処理し、これをバイオマス燃料としてボイラで燃焼させ、それによって発生させた高圧蒸
気でもって蒸気タービンを回転させて発電を行うバイオマス発電システムに木質系バイオマスを還元雰囲
気下で間接加熱することにより炭化処理する。

【概要】

従来装置では、炭化処理対象物が食品廃棄物や下水汚泥等の湿潤系バイオマスでは、高含水状態のままで
炭化処理し、また従来一般的に行われていた比較的高温域で炭化処理すると発生するタール量が乏しく、
それを全て燃焼分解させて熱風を生じさせても炭化炉の間接加熱源として利用するには熱量的に不足する。

その不足分の是正に好気性発酵し乾燥処理しつつ、低温域炭化処理でタール成分を多く発生させる一方、
炭化処理対象物が木質系バイオマスには、バイオマス中のタール含有量が元々く、炭化処理温度域等に関
係なくタール成分が多量発生しやいために熱量不足が起きにくいが、多量のタール成分を燃焼炉で燃焼分
解させると熱量過多のため、炭化炉へ間接加熱源供給用木質系バイオマスの炭化処理温度が高くなり過ぎ、
結果的にタール成分の揮発により残らず炭化物回収――例えば比較的高い着火性を求められるバーナ用の
木炭燃料等としてはあまり適さない――用途が限られてしまう。なお、燃焼炉から炭化炉へ供給される熱
風中へ、例えば外気等を導入して強制的に冷却することにより熱風温度を所望の炭化物を炭化処理できる
が、熱エネルギー的に見れば無駄である。

このように、木質系バイオマスの炭化処理に伴って発生するタール成分を熱風発生炉にて燃焼分解させ、
その際に生じる熱風を炭化炉の間接加熱源として有効利用しつつ、熱風発生炉に供給されるタール成分か
ら余剰熱量分を分離回収してタール燃焼量を調整し、所望性状の炭化物を炭化処理に適合する熱風温度に
コントロール可能とした木質系バイオマス炭化処理装置の提供するにあって 下図1のように炭化炉2と熱
風発生炉3との間に空冷熱交換器31を備え、炭化炉2には炭化物温度センサ43を、熱風発生炉3の下
流には熱風温度センサ47を備え、前記各温度センサ43、47にて検出される炭化物温度または熱風温
度が予め設定されるそれぞれの上限温度よりも高ければ、外気供給ファン35を稼働させて空冷熱交換器
31に外気を供給し、木ガスからタール成分の一部を分離回収して熱風発生炉3でのタール燃焼量を減じ
るように調整制御するタール燃焼量制御器49を配置する。


【符号の説明】

1…木質系バイオマスの炭化処理装置 2…炭化炉  3…熱風発生炉 4…木ガス導出ダクト 5…熱風
供給ダクト 6…排気ダクト  7…乾燥炉(砂ドライヤ) 13…内筒  25…外筒 31…空冷熱交換
器  33…鋼管 35…外気供給ファン   36…回収タンク 40…燃焼用空気供給ダクト  41…外気
導入口 42…開閉ダンパー  43…炭化物温度センサ 47…熱風温度センサ 48…酸素濃度センサ
49…タール燃焼量制御器


❏ 特開2017-132969 バイオマス発電システムおよび熱分解炉のリターンシステム
                                       株式会社高橋製作所 

本件はバイオマス(廃木材等有機廃棄物)を熱分解・ガス化し、得られた水性ガスを用いてガスエンジン
等で効率よく発電するバイオマス発電システム及び熱分解炉のリターンシステムの考案である。

【概要】

木質系材料を熱分解ガス化するには、原料となる木質バイオマスを炭化炉温度1000~1200℃で、
炭化物を回収し、次に炭化物を熱分解炉にて高温加熱して高温水蒸気と水性反応させ水性ガスを生成する。
また、バイオマスや廃棄物から熱化学的手法によってエネルギーを回収する方法が注目されボイラー設備
を用いたスチームタービン発電の他に生成ガスを燃料ガスとして発電効率の高いガスエンジンで発電し
35%を超える発電効率が得られる。また、ガス化で得られる合成ガスはメタノールや合成軽油、混合ア
ルコールといった液体燃料の原料ともなることから石油代替燃化技術の一つとしてガス化技術が注目され
ている。

バイオマス発電においては、ガスエンジン、ガスタービンエンジン、スチームタービンエンジン等が用い
られる。中でもガスエンジンはエンジンの構造がガソリンエンジンと同様であり、他のエンジンに比較し
てコンパクト(50~4000kW程度)で発電効率が高くバイオマス発電に適する。しかし、熱分解ガ
ス(水性ガス)はガス中の可燃ガス(CO、H)の含有割合によって発熱量が決まる。即ち、水性ガス
中の水素(H)、一酸化炭素(CO)及び二酸化炭素(CO)の組成比にブレがあると発熱量が変化し、
発電機を回転するエンジンの回転数に影響するために安定した電力が得られないばかりでなくオーバーヒ
ート等で故障原因ともなり問題である。また、従来のボイラーで発生した水蒸気を直接熱分解ガス化装置
に供給することも考えられるが、熱量過不足によりガス化領域の温度分布にブレが生じ或いはメタンガス
等余分なガスが発生する可能性が生じる問題がある。

バイオマスの燃焼効率を安定ろ改善を行い、熱分解を実現する。また、燃焼ガスの流出等を防ぎ、下流側
の装置へ供給する水性のスとして組成比率の変動のない、安全で効率の良いバイオマス発電システムの提
供にあたり、下図のように、バイオマスを炭化する炭化炉と、炭化炉で得られた炭化物および燃焼排ガス
により熱分解ガスを発生させる熱分解炉と、熱分解ガスを洗浄し得られた水性ガスを用いて電力を得る発
電装置とを備え、炭化炉に供給する空気の供給量を制御する空気供給制御部を設け、この空気の供給量に
より温度制御された燃焼ガスを熱分解炉に供給を特徴とするバイオマス発電構成とする。


【図3】実施形態に係る炭化炉の縦断面図

【符号の説明】

20a…間隙  21…本体部  22…円筒部  23…有機廃棄物投入部  24…炭化物排出部 25…1
次空気供給部  26…2次空気供給部  27…燃焼ガス排出部  28a、28b、28c…温度センサ(
温度検出部)28d…レベルセンサ(堆積量検出部)29…炭化炉制御部(制御部)

※ 関連特許 特開2017-132676  水素供給システム 株式会社高橋製作所 2017年08月03日


❏ 特開2016-150890 エネルギー貯蔵輸送方法およびエネルギーキャリアシステム
                                   国立大学法人岐阜大学 

本件は窒素酸化物から硝酸を製造し、製造した硝酸からアンモニアを製造し、さらにそのアンモニアを原
料として水素を製造することを特徴とするエネルギー貯蔵輸送方法およびエネルギーキャリアシステムの
技術事例。

【概要】

エネルギーキャリアシステムを具現化する技術として、①太陽光で発電した電力で水素を製造する方法が
ある。②また、水素と窒素からアンモニアを合成するための方法。③また、Pt,Rh,Pd,Ruなど
の貴金属触媒を用いて400℃以上の加熱条件で、アンモニアから水素を製造する技術がある。①の方法
と②の方法と③の方法を組み合わせることによって、太陽光で発電した電力を水素に変換し、その水素を
原料としてアンモニアを合成して液化アンモニアとして貯留し、液化アンモニアをエネルギー消費地に輸
送し、エネルギー消費地で液化アンモニアから水素に転換して、燃料電池車に供給したり、燃料電池発電
システムに供給することができる。しかしながら、これらの3つの技術を組み合わせた場合、再生可能エ
ネルギーから水素への総合変換効率は7パーセント程度である。そこで、より総合変換効率の高いエネル
ギーキャリアシステムが求められている。

このように、水素キャリアの一つであるアンモニアから水素を製造技術の検討を行っている(④⑤)。④
の水素製造方法は、アンモニアガスを含有する水素源ガスに、常温で波長200nm以下の光を含む紫外
線を照射して水素ガスを発生させる。また、⑤の水素製造装置は、プラズマ反応器と、高電圧電極と、接
地電極とを備えており、常温大気圧の条件下で高電圧電極と接地電極との間で放電を行ってアンモニアを
プラズマとし、水素を生成する。これらの水素製造方法は、従来よりも高効率に水素を生成可能であり、
最適なアンモニア製造方法と組み合わせエネルギー貯蔵輸送方法とエネルギーキャリアシステムを実現で
きる。

下図のように、アンモニアを高効率に製造し、最終的にはアンモニアから水素を製造してエネルギーとし
て用いるエネルギーキャリアシステムとそれを用いたエネルギー貯蔵輸送方法の提供にあたり、エネルギ
ーキャリアシステムは、硝酸製造手段と、アンモニア製造手段と、水素製造手段とを備えている。硝酸製
造手段は、光反応器と、光反応器に窒素酸化物と水と酸素とを含む被処理ガスを供給する被処理ガス供給
手段と、光反応器内に配置されており175nmよりも短い波長の紫外線を含む光を発生させる光源とを
備えている。このエネルギー貯蔵輸送法は、窒素酸化物から硝酸を製造する硝酸製造工程と、硝酸を還元
してアンモニアを製造するアンモニア製造工程と、アンモニアを分解して水素を製造する水素製造工程と
で製造される。

 

【関連特許】 

① 特開2014-203274 水素製造手段を備えた太陽光発電システム   

【概要】 

太陽光発電エネルギを有効に利用して高効率の電力供給が可能な太陽光発電システムの提供にあって、下
図のように太陽光発電装置1と、太陽光発電装置1からの直流電力を交流電力に変換し且つ最大電力を得
るための出力制御機能を有する電力変換制御器3と、太陽光発電装置1からの直流電力を用いて水素を製
造する水素製造手段2と、太陽光発電装置1と電力変換制御器3および水素製造手段2の電気的な接続構
成を切替える切替手段4と、切替手段4に制御信号を伝達する制御部6とを備え、太陽光発電装置1の定
格出力電力が電力変換制御器3の定格出力電力よりも大きく、制御部6は太陽光発電装置1で発電可能な
発電予測電力W0と出力電力W1または出力電力W2との比較結果、及び、電力変換制御器3の変換効率特性
に応じて切替手段を制御することを特徴とする太陽光発電システムである。

 

② 特開2013-209685 アンモニア製造用電気化学セル及びこれを用いたアンモニア合成方法

本件は、アンモニア製造用の電気化学セルであり、カソード支持型電気化学セル(カソードサポート型電気化学セ
ル,CSC)である。さらに、このセルを用いたアンモニア合成法である。

【概要】 

アンモニア合成は、従来、ハーバーボッシュ法が確立され、肥料の原料となり化学工業/農業発展の原動力とな
った」。ハーバーボッシュ法は、鉄を主成分とする触媒を用いて水素と窒素とを400~600℃、20~40MPaの高
圧条件で反応しアンモニアを得るものである。工業触媒としては、鉄にアルミナと酸化カリウムとを加えることで鉄
の触媒性能を向上させた触媒が用いられる。また、他の技術として、Ru系の触媒を用いることが提案されている例
もある)。最近ては資源枯渇、地球温暖化を防止する技術が求められハーバーボッシュ法は、原料として化石資源
を用いる、また、高温高圧のプロセスで、その製造工程でも多くのエネルギーを消費し、多量の資源を用い地球温
暖化ガスを多量に排出する。この技術に代えて、限られた資源を有効活用し、より持続的技術が望まれている。

 この様な背景から、アンモニアの新規合成法の一つとして、プロトン導電性酸化物を固体電解質に使用し、水素と
窒素あるいは水蒸気と窒素を供給し、更にセルに電圧を印加することにより、アンモニアを合成する方法が提案さ
れている。事例のアンモニアの電解合成法は、水蒸気と窒素からアンモニアを合成する方法であり、ハーバーボッ
シュ法の様に炭化水素を用いて水素ガスを製造するひつようがないため、多量の炭酸ガスを排出する問題はない。
下図のようにプロトン導電性酸化物を電解質に用いたカソード支持型電気化学セルに、電圧を印加で、従
来の電解質支持型電気化学セルより効率的にアンモニアを合成できる構造/構成の提案にあって、プロト
ン導電性固体電解質の一面にアノードを配し他面にカソード配し、かつカソードにより支持されたている
特徴をもつ水素含有ガスまたは水蒸気含有ガスと窒素含有ガスからアンモニアを得るために用いる電気化
学セルである。


【符号の説明】

1:アノード 2:固体電解質(プロトン導電性電解質) 3:カソード支持体 4:カソード触媒


③ 特開2003-040602  燃料電池用水素製造   

本事例は燃料電池へ供給される水素を製造する装置で、燃料電池自動車用に最適な水素製造装置の新機構案である。

【概要】 

自動車用の燃料電池は、燃料水素の供給手段が課題となる。例えば水素ガス自体を供給には、水素を圧縮
/液化して搭載する必要があるが、現在のガソリンタンクの内容積に相当する内容積50Lの圧力容器に 2
百気圧で充填した場合の水素量は僅か 0.4kgであり、内容積50Lの断熱圧力容器に液化水素充填しても水
素量は 3.5kgである。したがって長距離の移動の場合などには頻繁に水素を補給せざるを得ず、水素スタ
ンドなどインフラの整備が課題になる。
またシクロヘキサンを分解して水素生成法は1モルの分解により
3モルの水素が生成し、内容積50Lの容器に充填された液体シクロヘキサンからは 2.8kgの水素を生成。
またシクロヘキサンは、室温で液体であるので自動車への搭載が容易である。
しかしシクロヘキサンの分
解反応では、有害なベンゼンが副生するという問題があり、シクロヘキサンとベンゼンとの沸点が近接し
ているために分解ガスから両者を分離することも困難である。

また、水素吸蔵合金を用いる方法でも合金の単位重量当たり 1.5~2%の水素を吸蔵できるだけであり、
水素化ホウ素ナトリウムや金属ナトリウムと水を反応させても水素を生成できるものの、副生物のリサイ
クルが困難であるという問題がある。
そこでアンモニアを分解して水素を生成する方法が注目されている。
アンモニア1モルの分解により、 1.5モルの水素が生成する。またアンモニアは室温において液化状態で
貯蔵することが可能であるので、断熱圧力容器が不要となるという利点もある。そして内容積50Lの圧力
容器に充填された液化アンモニアからは 7.2kgの水素を生成することができ、体積当たり及び重量当たり
最も多くの水素生成するので、水素源として有望である。


このように、アンモニアなどの水素源を分解して生成した水素を燃料電池に供給するとともに、燃料電池
からの排ガスをさらに利用することで有害物質の排出も防止することができるため、下図のごとく、
水素
源を窒素と水素とに分解して燃料電池に供給する分解器2と、触媒反応により燃料電池4からの排ガスを
燃焼させる燃焼器3と、燃焼器3に燃焼用空気を供給する空気供給手段5と、燃焼器3からの排ガス中の
酸素濃度を検出する酸素センサ34と、検出された酸素濃度値に応じて空気供給手段5を制御する制御装置
6と、から構成した。燃料電池からの排ガスに含まれるアンモニアなどの有害物質は燃焼器3で燃焼除去
されるため、有害物質の排出を防止することができる。また燃焼器3の熱を分解器2に供給すれば、分解
器2を加熱するための熱源が不要となりエネルギー効率が向上する新規技術が提供されている。

 【符号の説明】

1:アンモニアボンベ  2:分解器 3:燃焼器 4:燃料電池  5:空気供給手段  6:制御装置
10:供給器   34:温度センサ   41:触媒

【図1】本発明の一実施例の水素製造装置のブロック図
【図2】本発明の一実施例の水素製造装置に用いた分解器と燃焼器の模式的断面図

 

 

     

 

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帰ってきたドクターX

2017年10月12日 | 環境工学システム論

    

                                 
                         梁恵王篇 「仁とは何か」  /  孟子        

                                

       ※ 顧みて他を言う:孟子が宣王に言った。「あなたの臣下に、妻子を友
         人にあずけて楚に旅立った老があったとします。いざ帰ってみると、
         友人は妻子を飢えと寒さに泣かせていました。こんな薄偕老をあなた
         はどうなさいますか」「追放します」「司法長官が部下を統率できな
         かったとしたら?」「免職です」「では、お国がうまく冶まっていな
         いとしたら?」 宣王は側近をかえりみて、別の話をはしめた。

         【解説】 つごうの悪いときに、ごまかしたりテレかくしをしたりす
              ることを「かえりみて他を言う」というのは、ここから出
              ている。 

 

 

    No.83

 【蓄電池篇:最新技術事例】 

国際再生可能エネルギー機関(IRENA)による2030年には定置型蓄電池市場が現状から17~38倍
に急伸すると予測(上図クリック)されており、リサイクル事業(下表クリック)など様々な事業が拡大
基調にある。そこで、この『エネルギーフリー社会を語ろう!』シリーズでも最新技術動向を独自目線で
取り上げていこことにする。

❏ 特開2014-170741  電気化学デバイスの駆動方法  株式会社半導体エネルギー研究所

この特許事例は多少時間が警戒しているが、「リチウムイオン電池などを構成するセパレータの目詰まりすると、バ
ッテリーのサイクル特性劣化防止/性能維持時間の外延技術について考えてみる。尚、この特許は米国にも申請
請航海されている(US 9787126 B2, Driving method of electrochemical device. Oct. 10. 2017)。

【概要】

リチウムイオン二次電池などのバッテリーは、充電/放電を繰り返すことで劣化し、電池容量が徐々に低
下する。
劣化したバッテリーを分析すると、一対の電極( 正極と負極) 間に設けているセパレータの変
質/目詰まりが原因である
。セパレータは、一対の電極が短絡しないように隔壁を機能する。また、電解
液中でも安
定な素材で構成される。さらに、充電や放電の際にリチウムイオンが一対の電極間を往き来す
るための通路確保に微細な穴を複数有す。リチウムイオン二次電池などのバッテリーのセパレータの目詰
まりによる劣化を抑制または回復する手段を提供することを課題とする。または、リチウムイオン二次電
池などのバッテリーにおいて、セパレータの目詰まりを低減する手段を、または、バッテリー内部抵抗の
増加を抑える手段を、さらに、バッテリー出力の低下を抑える手段を、提供にあたり、充電中に逆パルス
ス電流を複数回流すことにより、セパレータの目詰まりを防止し、充電時の電圧上昇(内部抵抗の増加)
を抑え、正常な充電を繰り返し行うことで問題解決できる。


【図1】充電中に逆パルス電流を流す方法の一例を説明するための模式図
【図2】リチウムイオン二次電池の充電時の概念図

【符号の説明】

10:バッテリー 12:正極 13:電解液 14:負極 15:セパレータ

【特許請求範囲】 

  1. バッテリーを含む電気化学デバイスを使用して、初期値から少なくとも10%以上容量が劣化した
    バッテリーに対して、充電中に逆パルス電流を複数回流すことにより劣化を回復させて、逆パルス
    電流を複数回流した後において初期値からの容量の劣化を5%未満にすることを特徴とする電気化
    学デバイスの回復方法。
  2. バッテリーを含む電気化学デバイスを使用して、急速充電をして容量が初期値から劣化したバッテ
    リーに対して、充電中に逆パルス電流を複数回流すことにより劣化を回復させて、逆パルス電流を
    複数回流した後において初期値からの容量の劣化を5%未満にすることを特徴とする電気化学デバ
    イスの回復方法。
  3. バッテリーを含む電気化学デバイスを使用して、充電と放電を300回以上繰り返し行って初期値
    から容量が劣化したバッテリーに対して、充電中に逆パルス電流を複数回流すことにより劣化を回
    復させて、逆パルス電流を複数回流した後において初期値からの容量の劣化を5%未満にすること
    を特徴とする電気化学デバイスの回復方法。
  4. 請求項1乃至3のいずれか一において、前記バッテリーは、正極、負極、セパレータ、及び電解液
    を含む電気化学デバイスの回復方法。
  5. 請求項1乃至4のいずれか一において、前記バッテリーは、リチウムを含む電気化学デバイスの回
    復方法。
  6. バッテリーを含む電気化学デバイスを使用して、初期値から少なくとも10%以上容量が劣化した
    バッテリーに対して、充電中に流す電流とは、逆方向に流れるような電流を1回の充電期間中に複
    数回流すことにより劣化を回復させて、前記電流をバッテリーに複数回流した後において初期値か
    らの容量の劣化を5%未満にすることを特徴とする電気化学デバイスの駆動方法。

 

❏ 特開2017-189099  蓄電システム  古河電気工業株式会社

需要地で消費される電力を貯蔵すると共に、必要に応じて電力を供給する蓄電システムが普及しつつある。
例えば、停電の発生により、蓄電システムを構成する電子機器に対して商用電源からの給電が停止された
場合、バックアップ用としての蓄電池から給電する技術――例えば、商用電源から供給される電力を変換
する第1電力変換部(AC/DC変換器)と、蓄電池から供給される電力を変換する第2電力変換部(D
C/DC変換器)とが出力側で接続されており、第1電力変換部での出力電圧は、第2電力変換部での出
力電圧よりも高く設定されている蓄電システム――が提案されている。

【概要】

ところで、蓄電システム向けの蓄電池は、一般的には数百V程度の高い定格電圧を有すが、蓄電池全体の
電源電
圧がDC/DC変換器に入力される接続形態を採用すると、この電圧に耐え得る高電圧部品を搭載
する必要があるが、高電圧部品は、汎用的な電子部品と比べて高額で、耐久性・耐環境性の観点から高頻
度の部品交
換を必要とする。その結果、蓄電システムの製造・維持管理に関わるコストが高騰する。その
システムの一部を構成する電子機器に対し、商用電源からの給電が停止された後に引き続き給電可能であ
ると共に、高電圧部品の取扱いの観点から製造・維持管理に関わるコストを抑制可能な蓄電システムの提
供にあっては、下図のように商用電源30から供給される電力を変換する第1電力変換部20と、蓄電池
12から供給される電力を変換する第2電力変換部22の出力側接続点Pを経由して電力が出力される。
第1電力変換部20から出力される電力の電圧は、第2電力変換部22から出力される電力の電圧よりも
高く設定されている。蓄電池12は、複数の蓄電要素38が直列接続されてなり、第2電力変換部22は、
蓄電要素38の総数よりも少ない個数の蓄電要素38が入力側に接続された少なくとも1つのDC/DC
変換器40を含む構成することで対応できる。

【図1】第1実施形態に係る蓄電システムの電気ブロック図
【図2】図1に示す蓄電池及び第2電力変換部の電気回路図

 【符号の説明】

10、50、60‥蓄電システム  12‥蓄電池 14‥PCS(電子機器)  16‥BMU(電子機器) 18、56‥EMS
(電子機器、蓄電池制御部) 20‥第1電力変換部    22‥第2電力変換部  24、26‥リレー  28‥分電盤
30‥商用電源    32‥AC/DC変換器  34、42‥逆流防止ダイオード   36‥スイッチ

❏ 特開2017-189089  低温環境でのリチウムバッテリー保護システム
                       イファハイテク カンパニーリミテッド 

本件は、リチウムバッテリー保護システムで、リチウムバッテリーの状態を管理するBMS(Battery Management Sy-
stem)
の電源をコントローラから供給して、バッテリーの充電が不可能な冬季の低温環境でリチウムバッテリーが完
全放電を防止する冬季の低温環境でのリチウムバッテリー保護システム技術。

【概要】

主電源が喪失したときに、設備または負荷が持続的に動作できるように電源を供給する装置として、無停
電電源供給装置(USP;Uninterruptible Power Supply)がある。また、電力を貯蔵しておき、電力消耗の多い
ピーク時間帯に貯蔵された電力を供給して使用できるようにする装置として、エネルギー貯蔵装置(ESS
Energy Storage System)があり、このような無停電電源供給装置及びエネルギー貯蔵装置は、非常または
遊休電力を用いて電力を安定に供給できるようにするという点で、最近注目されている装置の一つである。
このような無停電電源供給装置やエネルギー貯蔵装置は、一般に、インバータや切り替えスイッチなどの
電力変換モジュール、変圧器、フィルター、コントローラ、および、蓄電池部などで構成。従来は、電力
を貯蔵する蓄電池として鉛蓄電池が主に用いられたが、最近は、寿命、重量、大きさなどで大きな利点が
あるリチウムイオンやリチウムポリマーなどのリチウム系バッテリーが用いられる。

リチウム系列のバッテリーは、通常、5℃~40℃の条件で充電が行われ、零下での充電は、電池内のリ
チウムイオンの化学反応性が著しく低下するため、バッテリーの老化をもたらす。したがって、冬季や寒
い地域では、氷点下の気温でバッテリーの充電が可能なように、バッテリーの温度を充電可能な温度に維
持するためのヒーター装置をシステムに追加するようになり、ヒーティング装置の追加は、システム構成
を複雑にし、作製コストがかかり、システムの信頼性が低下する。

下図1は、このような従来のBMSが適用されたバッテリーシステムの構成図であって、外部から入力さ
れる交流電源は、コントローラ10の制御によってインバータ20を介してバッテリー30を充電する。
また、バッテリー30の電源供給が必要な場合、バッテリー30に充電されたDC電源は、コントローラ
10の制御によってインバータ20を介し交流に変換され、負荷に交流電源を供給する。一方、BMS40
は、コントローラ10のIGNTION信号に応じ駆動され、バッテリー30の充電可能な温度範囲を設定した
後、温度範囲を外れた場合、充放電 B/D25に充電停止信号を伝送してバッテリーの充電が停止する
ように制御。また、BMS40は、充電及び放電時に複数のセルで構成されたリチウムバッテリーのセル
間電圧の偏差が最小化するように制御、このようにバッテリー30のセル間電圧、電流、温度の管理及び
充放電を管理するBMS40は、バッテリー30から電源供給されて動作する。


しかし、低温環境で長時間にわたりBMS40の充電停止命令によりバッテリーが充電されない場合にも、
充放電  B/D25の充電/放電リレーの駆動電力が継続消耗される。このような充電/放電リレーの消
耗電力とBMS40の消耗電力により、バッテリー30は継続放電し、低温状態が長期間続くと、バッテ
リー30が過放電現象が発生し、バッテリー電圧動作停止電圧以下に放電されると、充電可能な条件に
なっても再起動が不可
能となりめ、バッテリーを交換したり、再生させなければならない。このように、
冬季の低温環境が続く場合にも、リチウムバッテリーが完全放電されることを防止することが可能な、低
温環境でのリチウムバッテリー保護システムの提供にあたっては、下図2のごとく、低温環境でリチウム
バッテリーの充放電を制御して保護するシステムであって、外部から供給される電源を介して充電され、
充電された電源を放電させて外部に出力するリチウム系列のバッテリーモジュールと、バッテリーモジュ
ールを充電させ、バッテリーモジュールの放電時にバッテリーモジュールの電源を交流電源に変換して出
力する充電及び放電機能を行うインバータと、バッテリーモジュールの充電及び放電動作を制御するBMS
と、BMSの制御信号に応じインバータの動作を制御してバッテリーモジュールの充電及び放電動作を制御
するコントローラとで構成されるリチウムバッテリー保護システムを提供する。


 【符号の説明】

100  コントローラ 
110  中央制御部 120 設定部 130 表示部 140 警報提供部
150  インバータ動作制御部   160   電源部 161 電源入力モジュール 61a  AC INP
UT電源入力 
161b AC OUTPUT電源入力 161c  インバータ電源入力 161d  バッ
テリーモジュール電源入力 
170  動作電源変換モジュール 180 BMS電源供給モジュール 
90  メモリ部 200  インバータ 300  バッテリーモジュール 400 BMS

          
読書録:村上春樹著『騎士団長殺し 第Ⅱ部 遷ろうメタファー編』   

     第57章 私がいつかはやらなくてはならないこと

   それでもいつか私は彼の姿をそこにしっかり描き上げることだろう。その男をその闇の中から
  引きずり出すだろう。相手がどれほど激しく抵抗しようと。今はまだ無理かもしれない。しかし
  それは私がいつかは成し連げなくてはならないことなのだ。

   そして私はもう一度『秋川まりえの肖像』に視線良民した。彼女をもう実際のモデルとして必
  要としないところまで、私はその線を描き上げていた。あとは一連の技術的な仕上げをすればい
  いだけだ。そうすれば線は完成の域に達する。それはあるいは、私がこれまでに描いた線の中で
  は、もっとも得心のいく作品になるかもしれない。少なくともそこには、秋川まりえという十三
  歳の美しい少女の姿が生き生きと鮮やかに浮かび上がってくるはずだった。私にはそれだけの自
  負かあった。しかし私かその線を完成させることはあるまい。彼女の何かを護るために、その線
  は未完成のままに留めておかなくてはならない。私にはそのことがわかっていた。

   なるべく早いうちに片付けなくてはならないことがいくつかあった。ひとつは秋川笙子に電話
   をかけて、まりえが家に戻ってきた経緯を彼女の口から聞くことだった。そしてもうひとつはユ
   ズに電話をかけて、君に会って一度ゆっくり話をしたいんだと告げることだった。そうしなくて
   はならないと、あの真っ暗な穴の底で私は心を決めたのだ。そういう時期が来ている。それから
   もちろん、雨田政彦にも話をしなくてはならない。私がなぜあの伊豆高原の施設から突然姿を消
   して、この三日間行方不明になっていたのかという説明をする必要かおる(それがどんな説明に
   なるのか、なり得るのか、見当もつかなかったが)。

    しかし言うまでもなく、こんな夜明け前の時刻に彼らに電話をかけることはできなかった。も
   う少しまともな時刻がやってくるのを待たなくてはならない。その時刻はたぶん――時間が普通
   どおりに動いていれば――そのうちにやってくるはずだ。私はミルクを鍋で温めて飲み、ビスケ
   ットをかじりながら、ガラス窓の外を眺めていた。窓の外には暗闇が広がっていた。星の見えな
   い暗闇だった。夜明けまでにはまだ時間がある。一年のうちでいちばん夜が長い季節なのだ。

    とりあえず何をすればいいのか、私には見当がつかなかった。一番まともなのはもう一度ベッ
   ドに入って寝てしまうことだったが、もう眠くはなかった。本を読む気にはなれなかったし、仕
   事をする気にもなれなかった。するべきことを何ひとつ思いつけなかったので、とりあえず風呂
   に入ることにした。バスタブに湯をはり、湯がたまるまで私はソファに横になって、ただあても
   なく天井を眺めていた。

    なぜ私はあの地底の世界を通り抜けなくてはならなかったのだろう? あの世界に入っていく
   ために、私はこの手で騎士団長を刺殺しなくてはならなかった。彼が犠牲となって命を落とし、
   私が闇の世界でいくつかの試練を受けることになった。そこにはもちろん理由がなくてはならな
   い。その地底の世界には紛れもない危険があり、確かな恐怖があった。そこではどんな異様なこ
   とが持ち上がっても不思議はなかった。そしてその世界をなんとかくぐり抜けることによって、
   そのプロセスを通過することによって、私は秋川まりえをどこかから解放することができたよう
   だった。少なくとも秋川まりえは無事に家に帰ってきた。騎士団長が予言したように。でも私か
   地底の世界で体験したことと、秋川まりえが帰還したこととのあいだに具体的な並行関係を見い
   だすことが、私にはできなかった。

    あの川の水が何かしら重要な意味を持っていたのかもしれない。あの川の水を飲んだことで、
   おそらく私の体内の何かが変質を遂げたのかもしれない。論理づけて説明はできないけれど、そ
   れが私の身体が抱いている率直な実感だった。その変質を受け入れることによって、私はどう考
   えても物理的には抜けられないはずの狭い横穴を、向こう側までくぐり抜けることができたのだ。

    そして閉所に対する根深い恐怖を克服するにあたって、ドンナ・アンナと妹のコミが私を導き、
   励ましてくれた。いや、ドンナ・アンナとコミはひとつのものだったのかもしれない。彼女はド
   ンナ・アンナであり、それと同時にコミでもあったのかもしれない。彼女たちが私を闇の力から
   護り、同時に秋川まりえの身をも護ってくれたのかもしれない。
    しかしだいたい秋川まりえはとこに幽閉されていたのだろう? だいいち彼女は本当にどこか
   に幽閉されていたのだろうか? 私が渡し守である〈顔のない男〉にペンギンのお守りを与えた
   ことは(与えないわけにはいかなかったのだが)、彼女の身の上に好ましくない影響を及ぼした
   のだろうか? あるいは逆に、そのフィギュアは何らかのかたちで秋川まりえの身を護る彼に立
   ったのだろうか?

    疑問の数がただ増えていくばかりだ。

    ようやく姿を現した秋川まりえ自分の口から、前後の事情が多かれ少なかれ明らかになるかも
   しれない。私としてはそれを待つしかない。いや、先になっても事実はまったく判明しないまま
   終ってしまうかもしれない。秋川まりえは自分の身に起こったことを何ひとつ記憶していないか
   もしれない。あるいは覚えていたとしても、それについては誰にもしやべらないと心を決めてい
   るかもしれない(私自身がそうであるのと同じように)。

    いずれにせよ、私はこの現実の世界でもう一度秋川まりえに会って、二人きりでじっくり話し
   合う必要があった。この数日間にお互いの身に起こった出来事について情報を交換する必要があ
   った。もしそうすることが可能であれば。
    しかしここは本当に現実の世界なのだろうか?
    私は自分のまわりにある世界をあらためて見渡した。そこには拡の見慣れたものがあった。窓
   から吹き込む風にはいつもと同じ匂いがしたし、あたりからは聞き慣れた音が聞こえた。

    でもそれは一見現実の世界に見えるだけで、本当はそうではないのかもしれない。これは現実
   の世界だと、私がただ思い込んでいるだけかもしれない。私は伊豆高原の穴に入って、地底の国
   を通り抜け、三日後に間違った出口から小田原郊外の山の上に出てきたのかもしれない。私が戻
   ってきた世界が、拡が出て行ったのと同じ世界であるという保証はとこにもないのだ。
    私はソファから起き上がり、服を説いで風呂に入った。そしてもう一度身体の隅々まで石鹸で
  丁寧に洗った。髪も念人りに洗った。歯を磨き、綿棒で耳の掃除をし、爪を切った。髭も剃った
  (それほど仲びてもいなかったのだが)。下着をもう一度新しいものに代えた。アイロンをかけ
  たばかりの白いコットンのシャツを着て、折り目のついたカーキ色のチノパンツをはいた。私は
  少しでも礼儀正しく現実の世界に向き合おうと努めた。でもまだ夜は明けなかった。窓の外は真
  っ暗だった。このまま永遠に朝は来ないのではないかという気がしたほどだった。
 
   しかしほどなく朝はやってきた。私はコーヒーを新しくつくり、トーストを焼いてバターを塗
  って食べた。冷蔵庫にはもうほとんど食品は入っていなかった。卵が二個と、古くなった牛乳と、
  野菜がいくらか残っているだけだった。今日のうちに買い物に行かなくてはな、と私は思った。
   台所でコーヒーカップと皿を洗っているあいだに、年上の人妻のガールフレンドにしばらく会
  っていないことに気がついた。もうどれくらい顔を合わせていないだろう? 日記を見ないこと
  には正確な日にちは思いい出せない。でもとにかくかなり長くだ。私のまわりでここのところ立
  て続けにいろんなことが――いくつかの思いもかけぬ普通ではない出来事が――持ち上がったせ
  いで、彼女からしばらく連絡がなかったことに今まで思い当たらなかった。

   なぜだろう? これまで少なくとも週に二回くらいは電話をかけてきだのに。「どうしてる、
  元気?」と。でも私の方から彼女に連絡を取ることはできなかった。彼女は携帯電話の番号を敢
  えてくれなかったし、私は電子メールを使わない。だからもし会いたくなっても、彼女から電話
  がかかってくるのを待つしかない。
   でも朝の九時過ぎに、ちょうど彼女のことをぼんやり考えているときに、そのガールフレンド
  から電話がかかってきた。

  「話さなくてはならないことがあるんだけど」、彼女は挨拶も抜きでそう言った。
  「いいよ、話せばいい」と私は言った。

   私は電話をとり、キッチンのカウンターにもたれて話をしていた。それまで空にかかっていた
  厚い雲が少しずつ切れ始め、初冬の太陽がそのあいだからおずむずと顔をのぞかせていた。天候
  は回復しつつあるようだ。しかし彼女の話はどうやらあまり好ましい種類のものではなさそうだ
  った。
  「もうあなたに会わない方がいいと思うの」と彼女は言った。「残念だけど」
   彼女が本当に残念だと思っているのかどうか、声の響きからだけでは判断できなかった。彼女
  の声には明らかに抑揚が不足していた。
  「それにはいくつかの理由があるの」
  「いくつかの理由」と私は彼女の言葉をそのまま繰り返した。
  「まずひとつには、夫が少し私のことを疑い始めている。何か気配みたいなものを感じているみ
  たい」
  「気配」と私は彼女の言葉を繰り返した。
  「こういう状況になると、女の人にはそれなりの気配みたいなのが出てくるものなの。お化粧と
  か服装とかに前よりも気を遺うようになるとか、香水を変えるとか、熱心にダイエットを始める
  とか。そういうのが表に出ないように注意はしていたつもりなんだけど、それでも」
  「なるほど」
  「それにだいいち、こんなことを永遠に続けているわけにはいかない」
  「こんなこと」と私は彼女の言葉を繰り返した。
  「つまり、先のないこと。解決のしようのないこと」
   たしかに彼女の言うとおりだった。我々の関係はどう見ても「先のないこと」であり、「解決
  のしようのないこと」だった。そしてこのまま続けて行くにはリスクが大きすぎた。私の方には
  失うべきものはとくにないが、彼女にはいちおうまっとうな家庭があり、私立女子校に通う二人
  の十代の娘がいた。

  「もうひとつ」と彼女は続けた。「娘に面倒な問題が出てきたの。上の方の子に」
   上の方の娘。私の記憶に間違いがなければ、成績が良く、親の言うことをよくきき、これまで
  ほとんど問題を起こしたこともないおとなしい少女のことだ。
  「問題が出てきた?」
  「朝起きても、ベッドから出なくなったの」
  「ベッドから出なくなった?」
  「ねえ、私の言ったことをオウムみたいに繰り返すのはよしてくれない?」
  「悪かった」と私は謝った。「でもそれはどういうことなんだろう?ベッドから出てこないと
  いうのは?」

  「まったくそのとおりのことよ。二週間ほど前から、どうしてもベッドから出ようとしないの。
  学校にもいかない。パジャマを着たまま、一日中ベッドの中にいる。誰が話しかけても返事をし
  ない。食事をベッドまで運んでも、ほとんど口にしない」
  「カウンセラーみたいな人には相談した?」
  「もちろん」と彼女は言った。「学校のカウンセラーに相談した。でもまったく娘に立だなかっ
  た」

   私はそれについて考えてみた。しかし私に言えることは何もなかった。だいいちその女の子に
  会ったこともないのだ。

  「そんなわけで、もうあなたとは会えないと思う」と彼女は言った。
  「家にいて、彼女の面倒をみなくてはならないから?」
  「それもある。でもそれだけじゃない」
   それ以上何も言わなかったが、私には彼女の心の中にあることがおおよそわかった。彼女は怯
  えているし、母親として自分のおこないに責任を感じてもいるのだ。
  「とても残念だ」と私は言った。
  「あなたが残念がっているより、私の方がより残念がっていると思う」

   そうかもしれない、と私は思った。

  「最後にひとつだけ言いたいんだけど」と彼女は言った。そして深く短く息をついた。
  「どんなことだろう?」
  「あなたは良い絵描きになれると思う。つまり、今よりももっと」
  「ありがとう」と私は言った。「とても励まされる」
  「さよなら」
  「元気で」と私は言った。

   電話を切ったあと、私は居間に行ってソファに横になり、天井を見上げながら彼女のことを考
  えた。考えてみればこれだけ頻繁に会っていながら、彼女の肖像画を描こうと考えたことは一度
  もなかった。そういう気持ちになぜかなれなかったのだ。でもその代わりに何枚かのスケッチを
  描いた。小型のスケッチブックに2Bの鉛筆で、ほとんど一筆書きみたいにして。大抵はみだら
  な格好をした裸体の彼女の線だった。脚を大きく広げて性器を見せつけている姿もあった。性交
  をしているところを描いたこともある。簡単な線画だったが、どれもずいぶんリアルだった。そ
  してどこまでも頂雑たった。彼女はそのような絵をとても喜んだ。

  「あなたって、こういういやらしい線を描くのが本当に上手なのね。さらさらとこともなげに描
  いているのに、ものすごくエッチ」
  「ただの遊びだよ」と私は言った。
   それらの絵は描いては、片端から棄ててしまった。誰が見るかもしれないし、そんなものをと
  っておくわけにはいかないから。でも一枚くらいはこっそり保管しておくべきだったのかもしれ
  ない。彼女が本当に存在していたことを、私自身に向けて証明するためのものとして。
   私はソファからゆっくり立ち上がった。一日はまだ始まったばかりだ。そして私にはこれから
  話をしなくてはならない何人もの相手がいた。

  May 5, 2014


    第58章 火星の美しい運河の話を聞いているみたいだ

   私は秋川笙子に電話をかけた。時刻は午前九時半をまわっていた。世間のほとんどの人々が既
  に日々の活動を始めている時刻だ。しかし電話には誰も出なかった。何度かのコールのあとで、
  留守番電話のメッセージに切り替わってしまう。ただいま電話に出ることができません、ご用の
  ある方は信号のあとでメッセージを……私はメッセージを残さなかった。彼女は姪の突然の失踪
  と帰還に関連する様々なものごとの処理に追われて忙しいのかもしれない。時間をおいて何度か
  電話をかけてみたが、受話器をとるものはいなかった。

   私はそのあとユズに電話をしようかと思ったが、就業時間中に仕事場に電話をしたくなかった
  ので、それはあきらめた。やはり昼休みまで待つことにしよう。うまくいけば短く話はできるか
  もしれない。長く話さなくてはならないような用件ではない。近いうちにコ皮会いたいのだが会
  ってくれるだろうか、具体的にはただそれだけの話だ。返事はイエスかノーで済む。イエスなら
  日にちと時刻と場所を決める。ノーならそこで話は終わる。

   それから私は――気は重かったが――雨田政彦に電話をかけた。政彦はすぐに電話に出た。私
  の声を聞くと、彼は電話口で特大の深いため息をついた。「それで、今は家なのか?」
  そうだ、と私は言った。

  「少し後でかけ直すけどかまわないか?」

   かまわない、と私は言った。十五分後に電話がかかってきた。ビルの屋上かどこかから携帯電
  話でかけているみたいだった。

  「いったい今までどこにいたんだ?」と彼は珍しく厳しい声で言った。「施設の部屋から何も言
  わずに急に姿を消してしまって、どこに行ったのかもわからない。わざわざ小田原の家まで様子
  を見に行ったんだぞ」
  「申し訳ないことをした」と私は言った。
  「いつ戻ってきたんだ?」
  「昨日の夕方に」
  「土曜日の午後から火曜日の夕方まで、いったいどこをほっつき歩いてたんだ?」
  「実を言うと、そのあいだどこにいて何をしていたか、まるで記憶がないんだ」と私は墟をつい
  た。

  「何ひとつ覚えていないけど、ふと気がついたら自分の家に帰っていたって言うのか?」
  「そのとおりだ」
  「よくわからないけど、それは真面目に言ってるのか?」
  「他に説明のしようがないんだ」
  「しかしそいつは、おれの耳にはいささか墟っぽく聞こえるな」 
  「映画や小説にはよくあることじゃないか」
  「勘弁してくれよ。テレビで映画とかドラマを見ていて、記憶喪失の話になると、おれはすぐに
  スイッチを切る。道具立てとしてあまりにも安易だから」
  「記憶喪失はヒッチコックだってつかっている」
  「『白い恐怖』か。あれはヒッチコックの中じゃ二流の作品だ」と政彦は言った。「それで本当
  はどういうことだったんだ?」
  「今のところ、何か起こったのか自分でもよくわからないんだ。いろんな断片をうまくつなぎ合
  わせることができないでいる。もう少しすれば、記憶もおいおい戻ってくるかもしれない。その
  ときにきちんと説明できると思う。でも今はだめだ。悪いけどもう少し待つってくれ」

 Gregory Peck and Ingrid Bergman in Spellbound

   政彦はしばらく考えていたが、やがてあきらめたように言った。「わかった。今のところは記
  憶喪失ということにしておこう。でも麻薬とか、アルコールとか、精神疾患とか、たちの悪い女
  とか、宇宙人のアブダクションとか、その手のものは話に含まれていないんだろうね?」

                                       この項つづく 

● 今夜の一言:ドクターXが帰ってきた

第5作目のテレビ朝日系ドラマ『ドクターX~外科医・大門未知子~』が帰ってきた。体調不良がつづき、
回復基調にあるとはいえ鬱状態で元気がでないが、現場での緊迫したシーンが命がけの体験をよみがえら
せ、闘志の復元を後押ししてくれた。

    

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古色蒼然選挙

2017年10月11日 | 環境工学システム論

    

                                 
                         梁恵王篇 「仁とは何か」  /  孟子        

                                

       ※ 真の勇気:宣王が孟子にたずねた。「隣国と交わるのに、なにか取る
         べき道がありますか」。「あります。こちらが大国であっても、小国
         を見下さずに交わるのが、仁者の道です。たとえば湯王が葛伯(かっ
         ぱく)に対してとった態度、文王が昆夷(こんい)に対してとっこ態
         度がそれです。こちらが小国であっても、大国に交わって手出しをさ
         せないのが、智者の道です。たとえば大王が獯鬻(くんいく)に対し
         てとった態度、勾践(こうせん)が呉に対してとった態度がそれです。

         大国であっても小国を見下さずに交わる君主は”天を楽しむ”人です。
         小国であっても大国に交わって手出しをさせない君主は”天を畏れる”
         人です。”天を楽しむ”君主は天下を保ち、”天を畏れる″君主は国
         を保ちます。詩経に、『天の威光をかしこみ かくてよく国家を保つ』
         とあります」。「なるほど。しかしわたしには悪い癖があって、つい
         血気にはやってしまう」。「小勇はお慎みください。柄(つか)に手
         をかけ、目をいからせて『やれるものならやってみろ!』とどなるの
         は、しょせんは匹夫の勇、せいぜいひとりを相手にする勇気です。勇
         気を持つなら大勇をお持ちなさい。詩経には、『王はかっと怒り給い
         兵どもを整えて 菖(きょ)に行く軍をおしとどめ 周の幸いをあつ
         くして 天下の期待にこたえられる』と、ございます。これが文王の
         勇気です。その怒りによって、人民の生活の安定がもたらされたので
         す。 書経には、『天はこの世に民を降し給うた。君をたて、師をに
         て給うたは、上帝を助け、くまなく民を恵むため。罪ある者を懲らし、
         罪なき者を恵むこそ、わが責務。わが志を妨ぐる者は許さぬ』と、ご
         ざいます。天下に一人でも狼籍者がのさばることは、自分の恥と考え
         る、これが武王の勇気です。その武王の怒りは、人民の生活を安定さ
         せるものだったのです。あなたも怒るなら天下万民の生活を安定させ
         る怒りをお持ちになりなさい。それなら人民のほうでも、あなたが勇
         気を捨てることを心配するようになるでしょう」

         【解説】”怒り”は、欲求不満を燃料としたエネルギーである。それ
         は、対象を攻撃し、破壊する。したがって、怒りを発するには勇気が
         いる。その怒りが何にむけられ、何を破壊し、何をもたらすか、が問
         題なのだ。さて、Might is right(力は正義なり)は外交場裡の最高原理
         とされる。たしかに現実にはそれを証明する例が数限りなくある。し
         かしRight is might(正義は力なり)こそより高い原理ではないか。正
                  義とは天の道、その具体的表現は人民である。人民の心は、どんな武
                  力をも粉砕る。力だけに頼る外交は最後にはかならず失敗する、とい
                  うのだ。この道理に従えば、米朝の二人の指導者の言動は”子供の喧
         ”に見えてしまう。

 

    No.82

 【エネルギー革命ど真ん中 Ⅱ】

【風力発電篇:世界全体はひとつの深海風力発電所



● 3百万平方キロメートル海洋風力発電所で全世界の電力が賄える

10月9日、カーネギー科学研究所のグループの調査によれば、北大西洋の海洋風力発電は海上での平均
風速は理論上、陸上風力タービンの5倍以上のエネルギー変換が可能で、風力タービで再生可能エネルギ
ー創出できるが、これまで
実際に電気量増加できるか不明であった。陸上風力発電所の最大発電効率限
界が存在する。大西洋海洋の
大気が、内陸の大気よりも、より多くのエネルギーを取り出せることを実証
した。この原因は主に、大量の熱が北大西洋――特に冬の間大気に――放出され海洋環境の風力発電の方

が、地上の風力発電所より高い発電レートを維持することができる。



風力発電の風力タービンは、連続的に表面風の運動エネルギーを電気に変換、風力から運動エネルギーを
消費し、風力原則させ、風力発電の発電量を決定する。これまでのい研究では、大規模な風力発電での陸
上発電の割合は、1平方メートルあたり約1.5ワットであるが、海洋環境の潜在的な風力発電所の発電レ
ートをモデル化し、季節変動するのにもかかわらず、年間発電電力量が1平方メートル当たり6ワット超
の地域であることを特定する。また、シミュレーションでは、海洋の特定領域で、海洋上の大気循環パタ
ーンは、海洋表面で利用可能な限られた運動エネルギーとは対照的に、風力発電は、上層の対流圏の運動
エネルギーをも活用可能であることを示唆。内陸部で観測された風力発電量3倍の風力発電を維持してい
る。この成果から、商業規模の海洋風風力タービンで、約300万平方キロメートルの広範囲の海洋風力
発電は、現在の世界の年間エネルギー需要である18テラワットが供給できると推測している。因みに、
地球の総海洋面積は、約3億6106万平方キロメートル故、3百万平方キロメートルは、約0.83%
である。

【蓄電池篇:2030年蓄電池定置型市場は17~38倍】 

10月6日、国際再生可能エネルギー機関(IRENA)は、定置型蓄電池のコストが2030年までに最大
66%低下するとの見通しを発表している。下落する蓄電池の価格は、今後設置される定置型蓄電池の設
備容量を少なくとも17倍まで成長させ、多くの新しい事業機会や経済の活性化に繋がる可能性がある。
これは今月4日~5日に東京で開催された「Innovation for Cool Earth Forum(ICEF)」の会合で同機関が発
表した調査報告書「蓄電池と再エネ:2030年までのコストと市場」による、主要国の電力システムに
おける再生可能エネルギーの比率が2倍になれば、蓄電池の設備容量のグローバル合計は最大3倍まで成
長すると試算。



同書では、蓄電池でも特に定置型の用途に焦点を当て、全世界で設置されている蓄電容量の大半(96%
)を揚水発電が占めているものの、規模の経済や技術革新によりiイオン蓄電池やフロー電池といった代
替蓄電技術の開発や普及が急速に進む。また、蓄電池は、運輸交通分野などのセグメントにおいても低炭
素化をけん引する。代表例として、電気自動車(EV)の蓄電池の性能向上が著しい。2010年から16
年末までの間に、運輸交通用途でのLiイオン電池のコストは最大で73%下落。現在、蓄電池の課題の一
である寿命についても、30年までに、Liイオン電池のカレンダー寿命は最大で約50%、充放電回数(
サイクル寿命)は最大で930%向上すると予測。Liイオン以外の蓄電池技術も低コストかするとする。
体的には、ナトリウム硫黄(NAS)電池で最大60%、フロー電池で67%、300年までにコストが下
落すると予測。大容量フロー電池では初期投資コストが高額となるが、フルサイクルでの寿命が1万回を
超えるものも多く、使用期間中のエネルギー・スループットに見合ったコストになるしている。





● 温暖化ガスを大気圧常温プラズマで有用物質に変換

10月7日、リバプール大学の研究グループは、二酸化炭素とメタンを液体燃料や化学物質に直接変換し、
貴重な化学原料を生産しながら温室効果ガスの排出を削減する実験成果を公表。化学誌「Angewandte Che-
mie」
に掲載された論文(上図)によると、二酸化炭素とメタンガスを常圧、常温下でプラズマ処理するこ
とで、高価値の液体燃料や化学物質(酢酸、メタノール、エタノール、ホルムアルデヒドなど)を直接合
成することに成功する。従来法――触媒を使い、高温、高圧下のエネルギー集約的な合成ガス生産法より
を簡単、廉価な化学合成プロセスとなる。これらの結果は、非熱プラズマ処理すると、メタンフレアで二
酸化炭素が特定触媒を介し直接変換(=プラズマ化学反応)で、目的化学物質を選択的生産することが可
能となる。 

プラズマ処理により構成元素分離活性化(第4状態:非固体・液体・気体状態)し、電気的に帯電したガ
ス混合物となったプラズマは、燃料/化学物質合成化される。
非熱プラズマでは、気体温度は低く(室温
)、電子は、存在する不活性分子(二酸化炭素、メタンなど)は、風力/太陽光発電などの再生可能エネ
ルギーの1~10エレクトロンボルト(eV)で高エネルギーのラジカル、励起原子、分子およびイオンを
含む様々な化学反応種を生成し、これらのエネルギー種は、比較的低温で生成され、様々な異なる反応を
開始する。このプラズマ・システムは、拡大縮小可能な柔軟性をもちあわせ、プラズマプロセスの高い反
応速度/定常状態の迅速達成は、他の熱プロセスと比較して、全エネルギーコストを著しく低下させ、短
時間に効率的に生産できることが特徴である。この魅力的なプロセスは、メタン放出を貴重な液体燃料/
化学物質に変換し容易に貯蔵および輸送することで、石油/天然ガス田から放出される地球温暖化ガスの
削減に役立つ。因みに、世界の天然ガス供給量の 約3.5%(約1500億立方メートルのガス)、また
石油/ガス田からの3億5千万トン以上もの排出されている二酸化炭素を削減できるこもしれない。

 DOI: 10.1002/ange.201707131

Fig. 3  Effect of the CH4/CO2 molar ratio on the selectivity for oxygenates without a catalyst (total flow rate 40 mL 
           min−1, discharge power 10 W).

● 今夜の寸評:古色蒼然選挙

彼女が部屋にきて、今回の選挙の意味がわからないというひとが多いと言う。党利党略の解散で憲法第7
条に違反の可能性があり、欧米ではすでに解散権を禁止(歯止め)を高じているのに、権力専横がまかり
通るのはアジアや後進諸国ぐらいだよ。自公政権は何か前向きなことを掲げている様子もないし、古色蒼
然選球だよだねと返事をしておいた。

 

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私がいつかはやらなくてはならないこと

2017年10月09日 | 時事書評

    

                                 
                         梁恵王篇 「仁とは何か」  /  孟子        

                                

         ※ 狭くて広い話:宣王が孟子にたずねた。「文公の狩り場は七十里
           四方もあったそうですが」
           「そう伝えられています」
           「そんなに広いとは」
           「人民はそれでもまだ狭すぎると思っていました」
           「わたしの狩り場は四十里四方なのに、人民が、広すぎると非難
           するのは、なぜだろうか」
           「文王の狩り場は七十里四方もありましたが、きこりも利用すれ
           ば、猟師も利用するで、人民との共有でした。人民が狭すぎると
           思ったのも当然です。
            わたしは、国境へさしかかると、まずその国で厳しく取り締ら
           れているのは何かを確かめてから、入国しています。お国の場合、
           関所の内側に四十里四方の狩り揚があり、そこで鹿を殺した者は、
           人殺しと同罪に扱われるとのことでした。これは関内に四十里四
           方の陥し穴をつくっておくようなものです。これでは人民が広す
           ぎると思うのも当然ではありませんか」

        〈文王〉 周子朝を開いた武子の父。殷王朝に仕えていたが、暴君紅玉
             とは逆に、民衆をよくいたわったので、天下の三分の二まで
             が心服したという。儒家の理想とする聖王の一人。 

 

          
読書録:村上春樹著『騎士団長殺し 第Ⅱ部 遷ろうメタファー編』     

   第56章 埋めなくてはならない空白がいくつかありそうです 

  私にはそれ以上の説明はできなかった。そしてまた説明するつもりもなかった。「私かそこに
 降りていきましょうか?」と免色は言った。「いや、あなたはそこにいてください。ぼくが上が
 っていきます」やがてうっすらと目を開けることができるようになった。

  目の奥ではまだ謎めいたいくつもの図形が渦巻いていたが、意識の働きに問題はなさそうだっ
 た。私は梯子が壁に立てかけられた位置を見定め、その段に足をかけようとしたが、うまく足に
 力が入らなかった。それはもう自分の足ではないみたいに感じられた。だから時間をかけて足場
 を慎重に確かめながら、その金属の段をひとつひとつ上に登っていった。地面に近づくにつれて、
 空気はますます新鮮なものになっていった。今では鳥たちの聯る声も耳に届くようになっていた。

  地面に手をかけると、免色が手首をしっかり握って、私を地上に引っ張り上げてくれた。予想
 外に強い力だった。安心して身を任せられる力だ。私はその力に心から感謝した。そしてそのま
 ま倒れ込むように地面に仰向けになった。頭上にはうっすらと空か見えた。思った通り空は灰色
 の雲に覆われていた。時刻まではわからない。小さな堅い雨粒が頬と頭を打つ感触があった。私
 はその不揃いな感触をじっくりと楽しんだ。これまで気がつかなかったけれど、雨というのはな
 んと喜ばしい感触を持ったものなのだろう。なんと生命力に溢れたものなのだろう。たとえそれ
 が冬の初めの冷ややかな雨であってもだ。

 「ずいぶん腹が減っています。喉もからからです。そしてすごく寒い。身体が凍りついたみたい
 に」と私は言った。それが私に言えるすべてだった。歯がカタカタと音を立てていた。
  彼は私の肩を抱きかかえるようにして、雑木林の中の道をゆっくりと辿った。私はうまく歩調
 を合わせることができなかった。だから免色に引きずられるような格好になった。免色の筋力
 見かけよりずっと強かった。きっと自宅のマシンで毎日のように鍛えているせいだろう

 「家の鍵はお持ちですか?」と免色は尋ねた。
 「玄関の右側に鉢植えがあります。鍵はその下にあります。たぶん」、たぶんとしか私には言え
 ない。確信を持って断言できることなんてこの世界にはひとつもないのだ。私はまだ寒気に震え
 ていた。歯の根があわず、自分でも自分の言葉がうまく聞き取れなかった。
 「まりえさんは昼過ぎに、家に無事仁戻ってきたようです」と免色は言った。「ほんとによかっ
 た。私もほっとしました。一時間ほど前に秋川笙子さんから私に連絡がありました。お宅に何度
 か電話をしたのですが、ずっと誰も電話に出なかった。それでなんだか心配になって、ここまで
 足を連んでみたのです。すると雑木林の奥の方からあの鈴の音が微かに聞こえてきました。だか
 らひょっとしてと思って、シートをはがしてみたのです」



  我々は雑木林を抜け、開けた場所に出た。免色の銀色のジャガーが、いつものようにうちの前
 に静かに停まっていた。相変わらず曇りひとつない。

 「どうしていつも、あの車はこんなにも美しいのですか?」と私は免色に尋ねてみた。こんな状
 況にふさわしい質問ではないかもしれないが、それは前から尋ねてみたかったことだった。
 「さあ、どうしてでしょう」と免色はあまり興味なさそうに言った。「とくにやることがないと
 きには、自分で車を況うようにしています。隅々まできれいにします。そしてまた、月に一度は
 専門の業者がやってきて、ワックスをかけてくれます。もちろん車庫に入れて雨風が及ばないよ
 うにしています。それだけのことですが」

  それだけのこと、と私は思った。それを問いたら、半年間雨ざらしになっている私のカロー
 ラ・ワゴンはきっと肩を落とすことだろう。下手をすれば気を失ってしまうかもしれない。
 免色は鉢の下から鍵を取り出し、玄関のドアを開けた。

 「ところで今日は何曜日ですか?」と私は尋ねた。
 「今日? 今日は火曜日です」
 「火曜日? それは確かですか?」

  免色は念のために記憶を辿った。「昨日が月曜日で、瓶と缶のゴミを出す日でしたから、今日
 は間違いなく火曜日です」
  私が雨田典彦の部屋を訪れたのは土曜日だった。それから三日が経過したことになる。それは
 三週間であっても、三ケ月であっても、たとえ三年であっても決しておかしくはなかった。しか
 しとにかく経過したのは三日間なのだ。私はそのことを頭に刻み込んだ。それから私は掌で顎を
 こすってみた。でもそこには三日分の祭が生えている形跡はなかった。顎は不思議なほどつるり
 としていた。どうしてだろう?

  免包は私をまず浴室に連れて行った。そして熱いシャワーを浴びさせ、服を着替えさせた。着
 ていた衣服は何もかもが泥で汚れて、穴だらけになっていた。私はそれをまとめてゴミ箱に捨て
 た。身体のあちこちが擦れて赤くなっていたが、傷のようなものは見当たらなかった。少なくと
 も血は出ていなかった

  そのあと彼は私を食堂に連れて行って、食卓の椅子に座らせ、まずゆっくり少しずつ水を飲ま
 せた。私は時間をかけてミネラル・ウオーターの大きなボトルを一本空にした。私か水を飲んで
 いるあいだに、彼は冷蔵庫の中にリンゴをいくつか見つけ、皮を剥いてくれた。彼の包丁さばき
 はとても素連く、上手だった。私は感心しながら、その作業をぼんやりと眺めていた。皮を剥か
 れ、皿に盛られたリンゴはどこまでも上品で、美しく見えた

  私はそのリンゴを三個か四個食べた。リンゴとはこんなにうまいものだったのだと感動するほ
 どうまいリンゴだった。リンゴという果物をそもそも思いついてくれた創造主に、私は心から感
 謝した。リンゴを食べ終えると、彼はクラッカーの箱をどこかから見つけ出してくれた。私はそ
 れを食べた。少し湿気ていたものの、それも世界でいちばんうまいクラッカーだった。そのあい
 だに彼は湯を彿かし、紅茶を滝れて、そこに蜂蜜も加えてくれた。私はそれを何杯も飲んだ。紅
 茶と蜂蜜は私の身体を内側から温めてくれた。

  冷蔵庫の中にはそれほど多くの良材はなかった。それでも卵のストックだけはたくさんあった。
 「オムレツは食べたいですか?」と免色は尋ねた。
 「できれば」と私は言った。私は胃の中をとにかく何かで満たしたかった。
  免包は冷蔵庫から卵を四つ取り出し、ボウルの中に割り、箸で素遠くかき混ぜ、そこにミルク
 と塩と胡椒を加えた。そしてまた箸でよくかき回した。馴れた手つきたった。それからガスの大
 をつけ、小型のフライパンを熟し、そこにバターを薄く引いた。抽斗の中からフライ返しをみつ
 け、手際よくオムレツをつくった。

  予想したとおり、免色のオムレツの作り方は完璧だった。そのままテレビの料理番組に出して
 もいいくらいだ。そのオムレツの作り方を目にしたら、全国の主婦たちはきっとため息をつくこ
 とだろう。彼はオムレツ作りに関しては、あるいは関してもというべきか、見事にスマートであ
 り、手抜かりなく、また効率よく繊細だった。私はただ感心してそれを眺めていた。やがてオム
 レツは皿に移され、ケチャップと共に私の前に出された。

  思わず写生したくなるくらい美しいオムレツだった。しかし私は遠うことなくそれにナイフを
 入れ、素遠く口に運んだ。それは美しいばかりではなく、とても美味なオムレツだった。
 「完璧なオムレツだ」と私は言った。
  免色は笑った。「そうでもありません。もっとよくできたオムレツを前に作ったこともありま
 す」
  それはいったいどんなものだろう? 立派な翼をそなえて、東京から大阪まで二時間あれば空
 を飛んでいけるオムレツかもしれない。
  私かオムレツを食べてしまうと、彼はその皿を片付けた。それで私の空腹はようやく落ち着き
 をみせたようだった。免色はテーブルを挟んで私の向かい側に腰を下ろした。
 「少し話をしてもかまいませんか?」と彼は私に尋ねた。
 「もちろん」と私は言った。

 「疲れていませんか?」
 「疲れているかもしれません。でもいろんな話をしなくては」

  免色は肯いた。「この何日かについて、埋めなくてはならない空白がいくつかありそうです
  それがもし埋めることができる空白であるなら、と私は思った。
 「実は日曜日にもお宅にうかがいました」と免色は言った。「どれだけ電話をかけても連絡がつ
 かないので、ちょっと心配になって様子を見に来たのです。午後一時くらいですが」

  私は肯いた。その頃私はとこか別の場所にいたのだ。

  免色は言った。「玄関のベルを嗚らすと、雨田典彦さんの息子さんが出てこられました。政彦
 さんっておっしやいましたっけ?」
 「そうです。雨田政彦、古くからの友人です。この家の持ち主だし、鍵を持っていますから、ぼ
 くがいなくてもここに入れるんです」
 「彼はなんというか……あなたのことをとても心配しておられました。土曜日の午後に彼のお父
 さんの、雨田典彦さんの入っている施設を二人で訪問しているとき、お父さんの部屋からあなた
 が急にいなくなってしまったということでした」

  私は何も言わずただ肯いた。

 「政彦さんが仕事の電話をかけるために席を外しているあいだに、あなたは忽然と消えてしまっ
 たとか施設は伊豆高原の山の上にあって、最寄りの駅までは歩いてかなりあります。かといっ
 てタクシーを呼んだ形跡もない。またあなたが出て行ったところを、受付の人も、警備員も見て
 いません。そしてそのあとお宅に電話をかけてみても誰も出ない。だから雨田さんは心配になっ
 て、ここまでわざわざ足を連んで米られたんです。あなたの安否を真剣に案じておられました。
 あなたの身に何かよくないことが起こったんじやないかと」

  私はため息をついた。

 「政彦にはあらためてぼくから説明します。お父さんが大変なときに、

 余計な迷惑をかけてしまった。それで、雨田具彦さんの具合はいかがなのでしょうか?」
 「しばらく前からほとんど眠りこんだ状態にあるようです。意識は戻りません。息子さんは施設
 の近くに泊まっておられたということでした。東京仁戻る途中、ここに様子を見に来られたんで
 す」
 「電話をかけてみた方がよさそうだ」と私は首を振って言った。
 「そうですね」と免色はテーブルの上に両手を置いて言った。「でも政彦さんに連絡をするから
 には、この三日間あなたがどこで何をしていたのか、それなりに筋の過った説明が必要になると
 思いますよ。どうやってその施設から姿を消したかについても。ふと気がついたらここに戻って
 いた、というだけでは人はまず納得しないでしょう」
 「たぶん」と私は言った。「でも、あなたはどうなのですか、免色さん? あなたはぼくの話に
 納得されているのですか?」

  免色は遠慮がちに顔をしかめ、しばらくじっと考え込んでいた。それから口を間いた。「私は
 昔から一貫して論理的に思考する人間です。そのように訓練されています。でも正直に申し上げ
 て、あの祠の裏手の穴に関していえば、私はなぜかそれほどロジカルになることができません
 あの穴の中ではたとえ何か起こっても不思議ではない、そういう気がしてなりません。とくにあ
 の底で一人で一時間を過ごしてからは、そういう気持ちがいっそう強くなりました。あれはただ
 
の穴じゃない。でもあの穴を休験したことのない人には、そういった感覚はまず理解してもらえ
 ないでしょうね」

  私は黙っていた。口にするべきうまい言葉がみつからなかったからだ。

 「やはり何ひとつ覚えていないということで押し通すしかないでしょうね」と免色は言った。
 「どこまで信用してもらえるかはわかりませんが、それ以外に方法はないでしょう」

  私は肯いた。たぶんそれ以外に方法はないだろう。
  免色は言った。「この人生にはうまく説明のつかないことがいくつもありますし、また説明す
 べきではないこともいくつかあります。とくに説明してしまうと、そこにあるいちばん大事なも
 のが失われてしまうというような場合には」
 「あなたにもそういう経験があるのですね?」
 「もちろんあります」と免色は言って、小さく微笑んだ。「何度かあります」

  私は紅茶の残りを飲んだ。

  私は尋ねた。「それで秋川まりえは、怪我をしたりはしていなかったのですか?」
 「泥だらけで、軽い怪我はしているようですが、たいした傷ではありません。転んですりむいた
 程度のものみたいです。あなたの場合と同じように」
  私と同じように? 「彼女はこの何日か、どこで何をしていたのだろう?」
  免色は困った顔をした。「そういう事情について私はまったく何も知らないのです。ただ少し
 前にまりえさんが家に帰ってきた。泥だらけで軽い怪我をしている。それくらいのことしか聞い
 ていません。里子さんもまだ気持ちが混乱していて、電話で詳しい説明をするどころではないみ
 たいです。もう少しものごとが落ち着いてから、あなたが笙子さんに直接尋ねてみられた方がい
 いと思います。あるいは、もし可能であるなら、まりえさん本人に」

  私は肯いた。「そうですね。そうします」

 「そろそろ眠った方がいいのではありませんか」

  免色にそう言われて私は、自分かひどく眠いことに初めて気づいた。あれほど穴の中で深く
 昏々と眠っていたのに(眠っていたはずだ)、とても我慢できないほど眠い。

 「そうですね。少し限った方がいいかもしれない」と私は、食卓の上に重ねられた免色の端正な
 両手の甲をぼんやり眺めながら言った。
 「ゆっくり休んでください。それがいちばんです。私にほかに何かできることはありますか?」
  私は首を振った。「今のところ何も思いつきません。ありがとう」
 「それでは私はそろそろ引き上げます。もし何かあったら遠慮なく連絡をください。ずっと家に
 いると思いますから」、そう言って免色はゆっくりと食堂の椅子から立ち上がった。「でもまり
 え
さんが見つかってよかった。そしてあなたを助け出すこともできてよかった。実をいうと、私
 も
ここのところあまり限っていないのです。だからうちに帰って少し寝ようと思います」

  そして彼は帰っていった。いつものように車のドアが閉まる確固とした音が聞こえ、エンジン
 の深い音が響いた。その音が遠ざかって消えてしまうのを確かめてから、私は服を説いでベッド
 に入った。頭を枕につけ、古い鈴のことをほんの少しだけ考えたところで(そういえば鈴と懐中
 電灯をあの穴の底に置きっぱなしにしてきた)、深い眠りの中に落ちた。

※ このように、不思議な展開描写がつづく。

   第57章 私がいつかはやらなくてはならないこと

  目が覚めたのは二時十五分だった。私はやはり深い暗闇の中にいた。それで自分かまだ穴の底
 にいるような錯覚に一瞬襲われたが、そうではないことにすぐに気がついた。穴の底の完全な暗
 闇と、地上の夜の暗闇とでは質感が違う。地上においては、たとえどのような深い暗闇にもいく
 らか光の気配が含まれている。すべての光を遮られた暗闇とは違う。今は夜中の二時十五分であ
 り、太陽はたまたま地球の裏側に位置している。それだけのことだ。
  枕元の明かりをつけ、ベッドから出て台所に行って、冷たい水をグラスに何杯か飲んだ。あた
 りは静かだった。静かすぎるほど静かだった。耳を澄ませてみたが、どんな音も聞こえなかった。
 風も吹いていない。冬になったからもう虫も嗚いていない。夜の鳥の声も聞こえない。鈴の音も
 聞こえない。そういえば、初めてあの鈴の音を耳にしたのもちょうどこの時刻だった。普通では
 ないことがいちばん起こりやすい時刻なのだ。

  もう眠れそうにはなかった。眠気はすっかり消え去っていた。パジャマの上にセーターを着て、
 スタジオに行った。家に戻ってきてからまだコ及もスタジオに足を踏み入れていないことに気が
 ついたのだ。そこに置いてあるいくつかの絵がどうなったか、私は気になった。とりわけ『騎士
 団長殺し』が。免色の話によれば、私のいないあいだに雨田政彦がこの家にやってきたというこ
 とだ。ひょっとしたら被はスタジオに入って、あの絵を目にしたかもしれない。当然一目見れば、
 それが父親の描いた作品であることが被にはわかる。でも私はその絵に被いをかけていった。気
 になったので壁から外し、人目につかないように念のために白いさらしの布でくるんでいった。
 もしその被いを政彦がはがしていなければ、被はそれを目にしていないはずだ。



  私はスタジオに入り、壁についた電灯のスイッチを入れた。スタジオの中もやはりしんと静ま
 り返っていた。もちろんそこには誰もいなかった。騎士団長石いないし、雨田具彦石いない。そ
 の部屋の中にいるのは私一人だけだ。

 『騎士団長殺し』は被いをかけられたまま床に置かれていた。誰かがそれを触った形跡は見られ
 なかった。もちろん確証はない。でも誰にも触れられていないという気配のようなものがそこに
 はあった。被いをはがすと、その下には『騎士団長殺し』があった。それは以前に目にしたのと
 何ひとつ変わりのない絵だった。そこには騎士団長がいた。彼を刺し殺しているドン・ジョバン
 がいた。そばで息を呑んでいる従者のレボレロがいた。口許に手をやって呆然としている美し
 いドンナ・アンナがいた。それから画面の左隅には、地面に開いた四角い穴から顔をのぞかせて
 いる不気味な「顔なが」がいた。

  実をいえば私は心の隅で密かに危惧していたのだ。私のとった一連の行為によって、その絵の
 中のいくつかのものごとが変更されてしまったのではないかと。たとえば「顔なが」が顔を出し
 ていた地面の蓋が閉じられ、したがって顔ながの姿も画面から消えてしまっていることを。たと
 えば騎士団長が長剣ではなく包丁で殺されていることを。しかしどれだけ詳しく隅々まで見ても、
 絵には変化らしきものはひとつとして見受けられなかった。相変わらず顔ながは地面の蓋を押し
 上げて、その奇妙なかたちをした顔を地上に出していた。ぎょろりとした目であたりを見回して
 いた。騎士団長は鋭い長剣で心臓を刺し貫かれ、鮮血をほとばしらせていた。絵はいつもながら
 の完璧な構図をもった絵画作品としてそこにあった。私はその絵をしばらく鑑賞してから、もう
 一度さらしの被いをかぷせた。

  それから私は自分か描きつつある二枚の油絵を眺めた。どちらもイーゼルの上に載せられ、並
 べられている。ひとつは横長の『雑木林の中の穴』であり、もうひとつは縦長の『秋川まりえの
 肖像』だ。私はその二枚の絵を交互に注意深く見比べてみた。どちらの絵も最後に目にしたとき
 のままたった。まったく変化はしていない。ひとつの絵は既に完成し、もうひとつの絵は最後の
 手入れを待っていた。

  それから私は、裏返して璧に立てかけていた『白いスバル・フォレスターの男』を表向きにし、
 床に座ってその絵をあらためて眺めた。何包かの絵の具の塊の中から、「白いスバル・フォレス
 ターの男」はこちらをじっと見ていた。その姿は具体的には描かれていなかったが、そこに顔が
 潜んでいることは、私にははっきりと見て取れた。被はパレット・ナイフで厚く塗られた絵の具
 の背後にいて、そこから夜の鳥のような鋭い目で、私をまっすぐ見つめていた。その顔はとこま
 で も無表情だった。そしてその絵が完成させられることを――自らの姿が明らかにされること
 を――その男は拒否していた。彼は自分か闇から引きずり出され、明るみに立だされることを望
 んでいないのだ。

ここへきて筋書きと関連する絵が出そろうことになる(拍手?)。
                                        

                                     この項つづく

  

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