20170418
ぽかぽか春庭ことばの知恵の輪>春の辞書(4)シロズキンヒヨドリ・若冲『牡丹小禽図』と『観文禽譜』
前回、60年間疑問に思っていたことが、解決したことをお話ししました。もやもやして解決できなかったことがスッキリ解決したり、疑問に思っていたことが「ワカッタ!」状態になったとき、脳にいろいろな脳内物質(ノルエピネリン、ノルアドレナリン、オキシドパミンなど)が関わって、幸福感を得られるのだそうです。
人には、それぞれの欲望があり、それがアルコールである人もギャンブルでも、性行為でも食欲でも、その欲望が満たされれば幸福感を得られます。
私の場合、なんでも疑問に思ったら、知りたい、わかりたい、という欲望が一番大きくて、知らなかったことを知り、わからなかったことを解決すると、うれしく感じます。幸福感は人それぞれですが、私はわたし。
牧野富太郎が監修した「桜花図譜」を紹介し、日本では特に江戸時代に博物誌の出版が盛んになった、と述べました。花、鳥、虫、魚など、生き物を克明に描いたさまざまな図譜が出版されました。
4月15日に観覧した松濤美術館「今様展」に、喜多川歌麿の『画本虫撰(えほんむしえらみ)』が、参考図版として出展されていて、江戸時代の昆虫図譜の一端を見ることができました。歌麿、美人画もいいけれど、細密な描写の虫の絵もとてもすばらしかった。
毎月10枚の絵はがきを青い鳥さんに送る春庭の「I'm still aliveまだ生きている」シリーズ。河原温の絵はがきシリーズのまねっこですが、この4月30日で730枚目になります。5月に出そうと思っている伊藤若冲の「動植綵絵」の絵はがき、皇居東御苑の三の丸尚蔵館の所蔵で、36枚そろった絵はがきを、休憩所売店で売っています。私は2セットを買い、ひとつは自分用、ひとつは、他の絵はがきと混ぜながら、順次青い鳥さんに送っています。
5月に出す「動植綵絵」絵はがきは、伊藤若冲(1716-1800)の「牡丹小禽図」です。
この絵、一面の牡丹が見事なので、小禽のほうに目をとめる人は少ないかもしれません。私は特別バードウォッチャーでもないし、鳥に詳しくもないので、このこの絵の中の小禽とは何か。何という鳥なのか、わかりませんでした。
ネットなどで検索しても、画面の小鳥について「牡丹の中に小禽が2羽いる」というような解説だけで、鳥の名前が書かれているサイトはありませんでした。
昨年東京都美術館で「若冲展」が開催されたとき、見に行こうとして、あまりの長蛇の列にびっくりして、観覧をあきらめました。10年前に息子と一緒に「プライスコレクション展」で若冲を見たときは、これほどの列じゃありませんでしたが、10年の間に若冲人気はすごいことになっていた。
この若冲人気を当て込んで、昨年2016年に『若冲の描いた生き物たち』という本が学研プラスから出版されていました。小林忠、小宮輝之、湯浅浩史、佐々木猛智、本村浩之ら、第1級の動物学者植物学者の執筆です。私は、この本が出版されたこと、1年たつ今まで気づきませんでした。4500円もする大型本なので、本屋にいっても目にとまらず、手に取ることもなかった。
ありがたいことに、私と同じ「この牡丹小禽図の小禽とは何か」という疑問を持った知りたがり屋がネットの中にいたんです。『若冲の描いた生き物たち』に解答がありました。
「ヒマラヤ-東南アジア-中国南部-台湾に分布する、クロヒヨドリ。その内の中国亜種である、シロズキンヒヨドリ白頭巾鵯」が描かれていたのです。徳川期には「島鵯(シマヒヨドリ)」と呼ばれていたそうです。
長いこと、この鳥の名前が判明せず、「若冲は想像力を駆使して、見たこともない鳥を描いた」と書かれた作品解説もありました。若冲は想像力も大きかったでしょうが、動植物については、きちんと観察して描いたと思い、納得できませんでした。
若冲は動植物の観察に命をこらし、庭の虫や花を一日眺めていた、という人です。観察を続けて、それを画面にリアルに再現できた若冲が、「想像で描いた」という解説にうなづけずにいました。
江戸の博物学、すごいです。
鈴木道男編集「江戸鳥類大図鑑-よみがえる江戸鳥学の精華『観文禽譜』:2006平凡社.
に、「嶋ひよどり」の項がありました。頭部が白く、他の羽が黒い鳥の画が載っています。
現和名:クロヒヨドリ Hypsipetes madagascariensis マダガスカル-インド-中国西部に分布。亜種のひとつで、頭部が白い亜種をシマヒヨドリ島鵯と呼ぶ。
白頭巾ひよどり(嶋鵯)
『観文禽譜』は、江戸時代の博物学愛好家大名のひとりであった堀田正敦(1755-1832)が編集した本です。堀田正敦は、陸奥仙台藩主・伊達宗村の八男で、堀田家養子となり佐倉藩主6代目となる。栗本丹洲・大槻玄沢・小野蘭山・岩崎灌園らと交流し、自身優れた博物家となりました。1794年に『観文禽譜』を出版。
『観文禽譜』は、若冲晩年の出版になりますが、おそらく、若冲は、中国渡来の博物学の本や、もしかしたら剥製などを手元に置いていた可能性もあります。中国や南蛮渡来の動物や植物の輸入も盛んだった江戸後期なので。
牡丹小禽図の制作年は、1761-1765年頃とされているので、『観文禽譜』の図を見て描いたというより、長崎経由で江戸に運ばれた中国博物図(本草学)などを見ていたのではないだろうと思うのです。
以上、半日の検索あそびをで、疑問のひとつを解決することができました。
ワカッタ!
若冲の『牡丹小禽図』の小鳥は、想像力によって描いたのではなく、「シロズキンヒヨドリ」を、図譜や剥製の観察によってリアルに描いたものである。
好奇心が満たされて、一文の得にはならず、腹の足しにもならぬが、脳内活性化してめでたしめでたし。
<おわり>
(画像はすべて借り物です)
ぽかぽか春庭ことばの知恵の輪>春の辞書(4)シロズキンヒヨドリ・若冲『牡丹小禽図』と『観文禽譜』
前回、60年間疑問に思っていたことが、解決したことをお話ししました。もやもやして解決できなかったことがスッキリ解決したり、疑問に思っていたことが「ワカッタ!」状態になったとき、脳にいろいろな脳内物質(ノルエピネリン、ノルアドレナリン、オキシドパミンなど)が関わって、幸福感を得られるのだそうです。
人には、それぞれの欲望があり、それがアルコールである人もギャンブルでも、性行為でも食欲でも、その欲望が満たされれば幸福感を得られます。
私の場合、なんでも疑問に思ったら、知りたい、わかりたい、という欲望が一番大きくて、知らなかったことを知り、わからなかったことを解決すると、うれしく感じます。幸福感は人それぞれですが、私はわたし。
牧野富太郎が監修した「桜花図譜」を紹介し、日本では特に江戸時代に博物誌の出版が盛んになった、と述べました。花、鳥、虫、魚など、生き物を克明に描いたさまざまな図譜が出版されました。
4月15日に観覧した松濤美術館「今様展」に、喜多川歌麿の『画本虫撰(えほんむしえらみ)』が、参考図版として出展されていて、江戸時代の昆虫図譜の一端を見ることができました。歌麿、美人画もいいけれど、細密な描写の虫の絵もとてもすばらしかった。
毎月10枚の絵はがきを青い鳥さんに送る春庭の「I'm still aliveまだ生きている」シリーズ。河原温の絵はがきシリーズのまねっこですが、この4月30日で730枚目になります。5月に出そうと思っている伊藤若冲の「動植綵絵」の絵はがき、皇居東御苑の三の丸尚蔵館の所蔵で、36枚そろった絵はがきを、休憩所売店で売っています。私は2セットを買い、ひとつは自分用、ひとつは、他の絵はがきと混ぜながら、順次青い鳥さんに送っています。
5月に出す「動植綵絵」絵はがきは、伊藤若冲(1716-1800)の「牡丹小禽図」です。
この絵、一面の牡丹が見事なので、小禽のほうに目をとめる人は少ないかもしれません。私は特別バードウォッチャーでもないし、鳥に詳しくもないので、このこの絵の中の小禽とは何か。何という鳥なのか、わかりませんでした。
ネットなどで検索しても、画面の小鳥について「牡丹の中に小禽が2羽いる」というような解説だけで、鳥の名前が書かれているサイトはありませんでした。
昨年東京都美術館で「若冲展」が開催されたとき、見に行こうとして、あまりの長蛇の列にびっくりして、観覧をあきらめました。10年前に息子と一緒に「プライスコレクション展」で若冲を見たときは、これほどの列じゃありませんでしたが、10年の間に若冲人気はすごいことになっていた。
この若冲人気を当て込んで、昨年2016年に『若冲の描いた生き物たち』という本が学研プラスから出版されていました。小林忠、小宮輝之、湯浅浩史、佐々木猛智、本村浩之ら、第1級の動物学者植物学者の執筆です。私は、この本が出版されたこと、1年たつ今まで気づきませんでした。4500円もする大型本なので、本屋にいっても目にとまらず、手に取ることもなかった。
ありがたいことに、私と同じ「この牡丹小禽図の小禽とは何か」という疑問を持った知りたがり屋がネットの中にいたんです。『若冲の描いた生き物たち』に解答がありました。
「ヒマラヤ-東南アジア-中国南部-台湾に分布する、クロヒヨドリ。その内の中国亜種である、シロズキンヒヨドリ白頭巾鵯」が描かれていたのです。徳川期には「島鵯(シマヒヨドリ)」と呼ばれていたそうです。
長いこと、この鳥の名前が判明せず、「若冲は想像力を駆使して、見たこともない鳥を描いた」と書かれた作品解説もありました。若冲は想像力も大きかったでしょうが、動植物については、きちんと観察して描いたと思い、納得できませんでした。
若冲は動植物の観察に命をこらし、庭の虫や花を一日眺めていた、という人です。観察を続けて、それを画面にリアルに再現できた若冲が、「想像で描いた」という解説にうなづけずにいました。
江戸の博物学、すごいです。
鈴木道男編集「江戸鳥類大図鑑-よみがえる江戸鳥学の精華『観文禽譜』:2006平凡社.
に、「嶋ひよどり」の項がありました。頭部が白く、他の羽が黒い鳥の画が載っています。
現和名:クロヒヨドリ Hypsipetes madagascariensis マダガスカル-インド-中国西部に分布。亜種のひとつで、頭部が白い亜種をシマヒヨドリ島鵯と呼ぶ。
白頭巾ひよどり(嶋鵯)
『観文禽譜』は、江戸時代の博物学愛好家大名のひとりであった堀田正敦(1755-1832)が編集した本です。堀田正敦は、陸奥仙台藩主・伊達宗村の八男で、堀田家養子となり佐倉藩主6代目となる。栗本丹洲・大槻玄沢・小野蘭山・岩崎灌園らと交流し、自身優れた博物家となりました。1794年に『観文禽譜』を出版。
『観文禽譜』は、若冲晩年の出版になりますが、おそらく、若冲は、中国渡来の博物学の本や、もしかしたら剥製などを手元に置いていた可能性もあります。中国や南蛮渡来の動物や植物の輸入も盛んだった江戸後期なので。
牡丹小禽図の制作年は、1761-1765年頃とされているので、『観文禽譜』の図を見て描いたというより、長崎経由で江戸に運ばれた中国博物図(本草学)などを見ていたのではないだろうと思うのです。
以上、半日の検索あそびをで、疑問のひとつを解決することができました。
ワカッタ!
若冲の『牡丹小禽図』の小鳥は、想像力によって描いたのではなく、「シロズキンヒヨドリ」を、図譜や剥製の観察によってリアルに描いたものである。
好奇心が満たされて、一文の得にはならず、腹の足しにもならぬが、脳内活性化してめでたしめでたし。
<おわり>
(画像はすべて借り物です)