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ぽかぽか春庭「はらぺこあおむしが食べる花」

2017-07-04 00:00:01 | エッセイ、コラム


20170704
ぽかぽか春庭日常茶飯事>2017十七音日記梅雨的花束(4)はらぺこあおむしが食べる花、エリック・カール展in 世田谷美術館

 「アンデルセンになりたい」と、思っていた子供の頃に作った自作の童話のひとつを思い出します。全部は覚えていないのだけれど。

 葉っぱの裏にひっそり産み落とされた卵から生まれた小さな虫。青虫がきれいなアゲハチョウになるのを見て、自分も美しい蝶になると夢見て、少し苦い葉っぱも我慢してもぐもくと食べ続けます。やっとさなぎになり、ある日さなぎから出てみると。
 夢見ていたのとはまるで違う、汚れた色の蛾になっていたのでした。

 このお話を10歳の私が作ったのは1960年ころですから、まだエリック・カールの『はらぺこあおむし』は発行されていません。
 おそらく、話のモトネタは「みにくいアヒルの子」でしょう。もし、みにくいアヒルの子が白鳥ではなく、アヒルよりもっとみにくい鳥に成長したら、、、、というひねこびた10歳の、「自分は大人になっても、人が振り向くような美女とはならない」と気づいてしまった女の子の作った、少々苦い葉っぱのお話。

 今なら「蛾は蛾として生きて行く」というような最後のページを書くのでしょうが、10歳の私のお話では、自分がみにくい蛾だと気づいたあと、どういうラストシーンをつけたのか、覚えていません。オチを考えあぐねて放棄したのだったか。

 実家を取り壊してアパートにしたとき、妹から「必要なものは取りに来て」と言われたけれど、息子が生まれたばかりで、それどころではなかったので、すべての処分を妹にまかせました。その結果、大好きだった絵本「青い鳥」もなくなり、小学生の私が書きためたお話ノートも、処分となりました。ま、しかたがない。妹にまかせたのだから。
 お話は、手元においておいた一部が残っているだけです。だから、見にくい蛾のお話も、結末わからず。

 母が私のお話ノートを喜んでくれたので、母を喜ばせたい一心で、せっせとお話を作っていました。アンデルセンになるつもりでした。母は、幼稚園に入る前の私に「青い鳥」を与え、小学校に入ると「樋口一葉伝」を買ってきました。

 エリック・カール展を見てきました。
 友人のA子さんのお誘いで、世田谷美術館へ。



 前回世田谷美術館へ行ったのは、2012年1月の松本俊介展、2006年「ルソーの見た夢、ルソーに見る夢」展など。
 美術館へは用賀駅からバスに乗って行ったと記憶していましたが、今回はバスに乗る前に、モロッコ料理店でランチしてから。

 モロッコ料理は、クスクス&チキンと無花果の煮込み。ルイボス茶とセットで1350円。A子さんと食べながらのおしゃべり。

 仕事先のさまざまな問題点、思うようにはいかない子ども達の進路など。
 私の話、先日バスに乗ったときのこと。コミュニティバスの段差がいつものバスとは違っていたためか、足が上がらなくなっていたためか、バスの入り口の段差を上がりきれずにつまずいて膝をすりむいた話など。老化話が続くようではまずいと思うのですが、もっかのところ、自分自身の体調と老化が一番気にかかることなので。

 病院の待合室などで、老女同士が互いの病気の話題をかわしているのを隣で聞く気はなくとも耳に入り、「我が身の不調の話の他に話題がなくなるんだなあ。年を取るいうのはこういうことなんだ」と思ってきたことが、確実に我が身にも起こっています。

 エリック・カールは1929年生まれ。88歳。我が家に残してあるのは『はらぺこあおむし』一冊だけですが、図書館で絵本を借りて読み聞かせをした絵本作家のひとりです。
 7月2日日曜日が最終日という会期の7月1日土曜日に行ったので、混み混みでした。親子連れが多いのがうれしい。

 他の絵の展覧会と異なり、親子が絵を見ておしゃべりしていても、係員がすっ飛んできて「お静かに!」と、犯罪者をとがめるような調子で注意するということもないので、楽しく見て回りました。



 小林頼子のブログに出ていたエピソード。「おそろしい美術館」という話。
 ある高名な作家が、美術評論重鎮の高階秀爾さんといっしょに絵を見る機会に恵まれた。高階さんは、小声ではあるが、1級の美術評論家のことばでさすがの解説をしてくださる。しかし、数点も見ないうちに係員がすっとんできて、「他のお客様のご迷惑ですから、館内でお話はなさらないでください」と、こっぴどく注意した、という話。

 まあ、なんと、だれであれ館内のおしゃべり観覧者をたしなめる平等主義の館内監視者だこと、ということでもあろうが、美術館の監視員アルバイトをしているのに、高階秀爾の顔も知らないでつとまっているのだ、と、小林頼子はブログに書いていた。もしも、その場に美術館の館長や学芸員がいたら、高階さんに平身低頭だったことだろうけれど。そうか、美術館の監視係員って、絵が好きで美術館につとめているってわけでもないんだ、ということがわかったエピソードでした。

 もしも、どこかの絵が好きな親が子供をつれて「我が子に情操教育を!」なんて思っても、ちょっとでも声を出して子供と話をしたら「館内の迷惑になるから!」と、大犯罪者扱いをされるようなら、子供には「美術館は恐ろしいところだ」という印象しか残らないであろう、と小林頼子は案じていました。

 私はいつもひとりで見て回り、幼いころの子供を連れてきたことはほとんどなかったけれど、子供が絵を好きになるためには、絵を見るのは楽しいこと、美術館は楽しいところ、と思わせる教育が必要。美術館で静かに鑑賞できるような子は、めったにいない。おおさわぎも困るけれど、親子で語り合いながら絵を見て回るのは楽しいでしょう。

 エリックカール展。ものすごい混みようで、その分、親子はおしゃべりしながら気楽に見ていました。
 『はらぺこあおむし』の出版、日本が最初だったと初めて知りました。ページに穴をあけておく工夫など、規格外の印刷だと絵本の売り上げに比べて制作費がかさみ、アメリカでは出版を引き受けるところがなかった。日本の偕成社がようやく出版を引き受けたのだそうです。
 偕成社にとって、エリック・カール絵本は、「ドル箱」になりました。



 『パパ、お月さまとって!』(1986年)『くもさん おへんじ どうしたの』(1985年)
『だんまり こおろぎ』(1990年)などの原画。和紙を使用したコラージュ作品、エリックカールのパレットと絵筆、などが展示されていました。
 思いがけずお誘いいただいて、やってきた世田谷美術館でしたが、見応えのある展覧会でした。

 世田谷美術館の中のカフェ「せたび」でコーヒーを飲んでまたおしゃべり。都議選のこと、A子さんが参加した憲法集会のようす、などなど。憲法集会は、高齢者が多く、若者が楽しんで参加したくなる雰囲気ではなかった、若者にもっと自分たちの問題としてとらえてもらうにはどうしたらよいのだろうかとA子さんは心配していたけれど、私は、「我が身に火の粉がふりかかるまでは熱いとも感じないでしょうよ」と。徐々に熱せられていくフライパンの上にいる蛙のように、こんがりいい焼け具合になるまで焼かれていることに気づかないようなら、はい、それまでよ。

 はらぺこあおむしは、いちごもりんごもモリモリ食べて、最後はあざやかな色の蝶になりました。
 7月2日の都議選。新しもん好きの都民は、都民ファーストに心機一転を求めました。
 私の区は私が予想したとおりの展開でした。これからの地方選挙そして国政選挙がどうなるのか、苦い葉を食べて育つ芋虫、あでやかな蝶に生まれ変わるのか、それとも蛾?



<つづく>
コメント (2)
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