20181023
ぽかぽか春庭アーカイブ>「(え)永六輔『遠くへいきたい」
2003年のアーカイブです。
~~~~~~~~~~~
at 2003 09/29 07:53 編集
春庭千日千冊 今日の一冊No.4(え)永六輔『遠くへいきたい』
六輔さんは、テレビラジオに出ている人の中で、一貫した姿勢を保ち、その姿、考え方生き方に、ずっと変わりなく共鳴できる、数少ない人のひとり。
===========
at 2003 09/29 07:53 編集 マスターズ100歳100m
2003/9/28のニュースから
24回マスターズ陸上に、大会最高齢97歳石川喜一さんが参加。100M39.66で完走。次の目標は100歳で100m完走だという。
いいですねぇ。私も100歳まで走りいや走るのは苦手だから、歩き続けたい。遠くへどこまでも遠くへ。
テラインコグニダ!10歳の頃から、私の一貫して変わりない「姿勢」は「遠くへ行きたい」でした。
今いるここからどこかへ。私はいつもここではないどこか遠くへ行きたかった。
今も、次の旅立ちを夢見ています。旅立ちは何度あってもいい。
==========
2
010/01/13
『遠くへいきたい』4チャンネルの旅番組でした。1970(昭和45)年に、永六輔の単独出演で放送を開始。開始当初のタイトルは「六輔さすらいの旅・遠くへ行きたい」。
主題歌は、今でもいろいろな歌手がカバーしていて時々テレビで聞ける。
♪知らない街を歩いてみたい どこか遠くへ行きたい
知らない海をながめていたい どこか遠くへ行きたい
遠い街 遠い海 夢はるか 一人旅
愛する人とめぐり逢いたい どこか遠くへ行きたい
愛し合い 信じ合い いつの日か 幸せを
愛する人とめぐり逢いたい どこか遠くへ行きたい
本棚にある『遠くへ行きたい』は文春文庫版奥付は1974年発行です。今は講談社から文庫が出ています。
~~~~~~~~~~
20181023
永六輔さんも、亡くなって久しくなりました。永さんが作詞した曲を集めたコンサートなど、テレビで見て楽しんでいます。私の世代にとって、青春時代のなつかしい曲が多かったです。
ちょっと遠くへ。
明日から京都へいってきます。近代建築と庭園を見る12日間。前半一人旅、後半は、友人の母娘といっしょに。京都に研究滞在中の母ハンさんとは、1994年私が最初に中国に赴任したとき出会いました。その娘のシンちゃんとは10年ぶりに会います。10年前に会ったときは小学生でしたが、大学生になって、日本に短期留学中。母と娘がいっしょに京都で過ごすことができるなんて、うらやましい。
<つづく>
ぽかぽか春庭アーカイブ>「(え)永六輔『遠くへいきたい」
2003年のアーカイブです。
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at 2003 09/29 07:53 編集
春庭千日千冊 今日の一冊No.4(え)永六輔『遠くへいきたい』
六輔さんは、テレビラジオに出ている人の中で、一貫した姿勢を保ち、その姿、考え方生き方に、ずっと変わりなく共鳴できる、数少ない人のひとり。
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at 2003 09/29 07:53 編集 マスターズ100歳100m
2003/9/28のニュースから
24回マスターズ陸上に、大会最高齢97歳石川喜一さんが参加。100M39.66で完走。次の目標は100歳で100m完走だという。
いいですねぇ。私も100歳まで走りいや走るのは苦手だから、歩き続けたい。遠くへどこまでも遠くへ。
テラインコグニダ!10歳の頃から、私の一貫して変わりない「姿勢」は「遠くへ行きたい」でした。
今いるここからどこかへ。私はいつもここではないどこか遠くへ行きたかった。
今も、次の旅立ちを夢見ています。旅立ちは何度あってもいい。
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010/01/13
『遠くへいきたい』4チャンネルの旅番組でした。1970(昭和45)年に、永六輔の単独出演で放送を開始。開始当初のタイトルは「六輔さすらいの旅・遠くへ行きたい」。
主題歌は、今でもいろいろな歌手がカバーしていて時々テレビで聞ける。
♪知らない街を歩いてみたい どこか遠くへ行きたい
知らない海をながめていたい どこか遠くへ行きたい
遠い街 遠い海 夢はるか 一人旅
愛する人とめぐり逢いたい どこか遠くへ行きたい
愛し合い 信じ合い いつの日か 幸せを
愛する人とめぐり逢いたい どこか遠くへ行きたい
本棚にある『遠くへ行きたい』は文春文庫版奥付は1974年発行です。今は講談社から文庫が出ています。
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永六輔さんも、亡くなって久しくなりました。永さんが作詞した曲を集めたコンサートなど、テレビで見て楽しんでいます。私の世代にとって、青春時代のなつかしい曲が多かったです。
ちょっと遠くへ。
明日から京都へいってきます。近代建築と庭園を見る12日間。前半一人旅、後半は、友人の母娘といっしょに。京都に研究滞在中の母ハンさんとは、1994年私が最初に中国に赴任したとき出会いました。その娘のシンちゃんとは10年ぶりに会います。10年前に会ったときは小学生でしたが、大学生になって、日本に短期留学中。母と娘がいっしょに京都で過ごすことができるなんて、うらやましい。
<つづく>