20190818
ぽかぽか春庭ことばの知恵の輪>再録感じる漢字(19)慣用読みと誤読てんぷ?ちょうふ?貼付
春庭コラムの中から、漢字について書いたものを再録しています。
~~~~~~~~~~~
2005/02/01 (火)
ニッポニアニッポン語>みんなで間違えばこわくない・誤読→慣用読み①
留学生のための漢字教育。非漢字圏(漢字教育を学校で行わない地域)の学生にとっても漢字は日本語学習の壁のひとつ。
複雑な形と表意文字であることに興味をもって「漢字フリーク」となり、どんどん覚える学生もいるし、「私の頭には複雑すぎる」と、拒絶反応を起こしてしまう学生もいる。
春庭の漢字クラスのようすは、2003/12/22に「漢字クイズ」2004/01/15に「今年最初の漢字の勉強」というクラススケッチを掲載したので、日本語教育での漢字クラスに興味がある方は、過去ログのカレンダーをクリックしてみてください。
私が担当しているクラスでは、ゼロスタート(ひらがなも知らないまったくの入門クラス)の学生が3ヶ月で300字の漢字を覚える。(30歳前後の大学院留学生、大人相手だから詰め込み教育でもなんとかなり、学生はよくがんばっています)
漢字教育というのは、「日本語の語彙教育」でもある。日本語の語彙は、和語の総数よりはるかに多くが漢字熟語なのだから。
留学生にとってだけでなく、日本の子どもにも漢字学習はたいへんだ。
文部科学省所管の「総合初等教育研究所」が2005/01/27に公表した「漢字の読み書き調査」。
読みは89%の正答率。書きは72%が正しく書けている。ただし、学年が進むにつれ誤答が増え、「漢字は苦手」という子が増えてくる。
小学校6年で1000字ほど、中学高校で1000字弱の漢字を覚えれば常用漢字の読み書きはカバーできるはずだが、国語教師にとっても、漢字教育は泣き所のひとつ。漢字書取り毎日出したりすれば「詰め込み教育」と不評を受け、やらなければ「漢字の書き方ひとつ定着させられない無能教師」と責められる。
さて、今週は漢字の誤読についての話から。みんなが間違えれば、誤読が慣用読みとなり、やがて、慣用読みが正規の読みを圧倒していくという話。
漢字に自信がある方、ない方。次の漢字読み方クイズ、おためしを。
(1)漏洩(2)稟議(3)捏造(4)貪欲(5)貼付
ワープロを使い始めてから、手書きで書こうとすると、あれっ?となる私でも、読む方は自信があるとおもっているのですが、、、、
答え、 漏洩:ろうせつ→ろうえい 稟議:ひんぎ→りんぎ 捏造:でつぞう→ねつぞう 貪欲:たんよく→どんよく 貼付:ちょうふ→てんぷ
→の左が元の読み方。右側が現在通用している読み方。左側の読みをした方がいただろうか。
「日本語が乱れている」と嘆いても「私は使いたくない」と抵抗しても、変わるものは変わってゆくことの例として、慣用読みが定着した熟語例をあげてみた。
消耗の元の読み方はショウコウだったが、現在はショウモウと読まれるようになった。
元は「誤読」だったのに、その読み方が定着していく漢字熟語。大半の人が誤読のほうを使うようになれば、辞書に掲載され「慣用読み」として通用するようになる。
経理に消耗品費を請求して、「ショウモウヒンではだめです。ショウコウ品でないと、お金は出せません」と、つっぱねられることもない。
新聞のふりがなも「捏造ねつぞう」となっている。元の読み「でつぞう」と、誰も読まなくなったのだ。<誤読→慣用読み 続く>
2005/02/02 (水)
ニッポニアニッポン語>みんなで間違えばこわくない・誤読→慣用読み②
「撒水(さっすい)」の誤読についてコメントをいただいた。(投稿者:a****** (2005 1/25 18:25))
『昔、ある漢文の先生に教わった言葉を思い出しました。
「水を撒(ま)く」の名詞:撒水(さっすい)を「散らす」の音と間違えて(さんすい)と読み出したことから、「散水」という語句も生まれ、混同されたまま「散水-水をまく」となってしまった、ということです。
「まく」も「ちらす」も同じようなことだと思われる人もいるでしょうが、コンプレッサーもスプリンクラーもホースもない時代に、手で草花に水を遣っている姿を想像して風情を感じました。』
「水を撒く=撒水」を「さんすい」と誤読したために、今では水をまく場合、「散水(さんすい)」のほうが多く使われるようになり、「撒水」はあまり使われなくなった。近所の道路に散水車はやってくるが、「さっすい車」は使われない。
「まきちらすこと」を「さんぷ散布・撒布」というのも「撒布(さっぷ)」の慣用読み「さんぷ」が定着し、漢字も「散布」の方が一般的になった。
洗滌(せんでき)→洗滌(せんじょう)→洗浄 のように、元々の「せんでき」はもはや使われず、「洗浄」が一般的な熟語になったものもある。「胃を洗浄しましょう」というお医者さんはいても、「胃をセンデキする」という医者は、現代のお医者さんにはいないだろう。
慣用読みの例をA:B:Cのグループ別にあげてみる。
A:慣用読みが定着している熟語例
情緒:じょうしょ→じょうちょ
消耗:しょうこう→しょうもう
漏洩:ろうせつ→ろうえい
稟議:ひんぎ→りんぎ
捏造:でつぞう→ねつぞう
貪欲:たんよく→どんよく
貼付:ちょうふ→てんぷ
憧憬:しょうけい→どうけい
独擅場:どくせんじょう→どくだんじょう→独壇場
攪拌:こうはん→かくはん(かきまぜること)
呂律:りょりつ→ろれつ(ろれつが回らぬ、など)
B:慣用読みと元の読みが両方使われている熟語例
早急:さっきゅう→そうきゅう
発足:ほっそく→はっそく
固執:こしゅう→こしつ
重複:ちょうふく→じゅうふく
味気ない:あじきない→あじけない
出生率:しゅっしょうりつ→しゅっせいりつ
世論:よろん→せろん
C:これから先、慣用読みが広まっていくだろうと思われる熟語
凡例:はんれい→ぼんれい
一朝一夕:いっちょういっせき→いっちょういちゆう
「ぼんれい」と入力しても「凡例」と変換されるので、おそらくこちらが広まっていくだろう。凡は、「平凡」「非凡」「凡人」など、ボンという読みのほうがポピュラーに使われるが、ハンという読み方は「凡例」以外に使わないから。
「夕」の音読みは「セキ」。しかし、夕刊(ゆうかん)夕刻(ゆうこく)などの湯桶読みや、和語の夕立(ゆうだち)などの方が生活になじんだ語であるので、夕映(セキエイ・ゆうばえ)夕影(セキエイ・ゆうかげ)も「ゆう」の読み方が優勢となり、一夕も(イッセキ→いちゆう)の読みが広まっていくのではないか。
D:漫画の吹き出しセリフや歌謡曲などのフリガナから、慣用読みが広まるかもしれないと思われる熟語。(こちらは元の読みも併用されると思うのだが)
宇宙(うちゅう&そら) 幸福(こうふく&しあわせ) 瞬間(しゅんかん&とき) 電脳(でんのう&パソコン)など。
どうですか?さすがにDやCは使っていないという人も多いでしょうが、Aは「えっ、この読み方は、昔は誤読だったの?」と思う方もいるのではないでしょうか。「会議の稟議書」を「ひんぎしょ」と読む人は、いないのでは?
現役世代は、すでに「ねつぞう」「りんぎ」として語彙を獲得してきた。
私もAグルーープの熟語はすべて慣用読みのほうです。Bは半々。
熟語の読み方も、大多数の人が誤読すれば、誤読が「慣用読み」として定着し、誤読のほうが優勢になる。
<つづく>
ぽかぽか春庭ことばの知恵の輪>再録感じる漢字(19)慣用読みと誤読てんぷ?ちょうふ?貼付
春庭コラムの中から、漢字について書いたものを再録しています。
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2005/02/01 (火)
ニッポニアニッポン語>みんなで間違えばこわくない・誤読→慣用読み①
留学生のための漢字教育。非漢字圏(漢字教育を学校で行わない地域)の学生にとっても漢字は日本語学習の壁のひとつ。
複雑な形と表意文字であることに興味をもって「漢字フリーク」となり、どんどん覚える学生もいるし、「私の頭には複雑すぎる」と、拒絶反応を起こしてしまう学生もいる。
春庭の漢字クラスのようすは、2003/12/22に「漢字クイズ」2004/01/15に「今年最初の漢字の勉強」というクラススケッチを掲載したので、日本語教育での漢字クラスに興味がある方は、過去ログのカレンダーをクリックしてみてください。
私が担当しているクラスでは、ゼロスタート(ひらがなも知らないまったくの入門クラス)の学生が3ヶ月で300字の漢字を覚える。(30歳前後の大学院留学生、大人相手だから詰め込み教育でもなんとかなり、学生はよくがんばっています)
漢字教育というのは、「日本語の語彙教育」でもある。日本語の語彙は、和語の総数よりはるかに多くが漢字熟語なのだから。
留学生にとってだけでなく、日本の子どもにも漢字学習はたいへんだ。
文部科学省所管の「総合初等教育研究所」が2005/01/27に公表した「漢字の読み書き調査」。
読みは89%の正答率。書きは72%が正しく書けている。ただし、学年が進むにつれ誤答が増え、「漢字は苦手」という子が増えてくる。
小学校6年で1000字ほど、中学高校で1000字弱の漢字を覚えれば常用漢字の読み書きはカバーできるはずだが、国語教師にとっても、漢字教育は泣き所のひとつ。漢字書取り毎日出したりすれば「詰め込み教育」と不評を受け、やらなければ「漢字の書き方ひとつ定着させられない無能教師」と責められる。
さて、今週は漢字の誤読についての話から。みんなが間違えれば、誤読が慣用読みとなり、やがて、慣用読みが正規の読みを圧倒していくという話。
漢字に自信がある方、ない方。次の漢字読み方クイズ、おためしを。
(1)漏洩(2)稟議(3)捏造(4)貪欲(5)貼付
ワープロを使い始めてから、手書きで書こうとすると、あれっ?となる私でも、読む方は自信があるとおもっているのですが、、、、
答え、 漏洩:ろうせつ→ろうえい 稟議:ひんぎ→りんぎ 捏造:でつぞう→ねつぞう 貪欲:たんよく→どんよく 貼付:ちょうふ→てんぷ
→の左が元の読み方。右側が現在通用している読み方。左側の読みをした方がいただろうか。
「日本語が乱れている」と嘆いても「私は使いたくない」と抵抗しても、変わるものは変わってゆくことの例として、慣用読みが定着した熟語例をあげてみた。
消耗の元の読み方はショウコウだったが、現在はショウモウと読まれるようになった。
元は「誤読」だったのに、その読み方が定着していく漢字熟語。大半の人が誤読のほうを使うようになれば、辞書に掲載され「慣用読み」として通用するようになる。
経理に消耗品費を請求して、「ショウモウヒンではだめです。ショウコウ品でないと、お金は出せません」と、つっぱねられることもない。
新聞のふりがなも「捏造ねつぞう」となっている。元の読み「でつぞう」と、誰も読まなくなったのだ。<誤読→慣用読み 続く>
2005/02/02 (水)
ニッポニアニッポン語>みんなで間違えばこわくない・誤読→慣用読み②
「撒水(さっすい)」の誤読についてコメントをいただいた。(投稿者:a****** (2005 1/25 18:25))
『昔、ある漢文の先生に教わった言葉を思い出しました。
「水を撒(ま)く」の名詞:撒水(さっすい)を「散らす」の音と間違えて(さんすい)と読み出したことから、「散水」という語句も生まれ、混同されたまま「散水-水をまく」となってしまった、ということです。
「まく」も「ちらす」も同じようなことだと思われる人もいるでしょうが、コンプレッサーもスプリンクラーもホースもない時代に、手で草花に水を遣っている姿を想像して風情を感じました。』
「水を撒く=撒水」を「さんすい」と誤読したために、今では水をまく場合、「散水(さんすい)」のほうが多く使われるようになり、「撒水」はあまり使われなくなった。近所の道路に散水車はやってくるが、「さっすい車」は使われない。
「まきちらすこと」を「さんぷ散布・撒布」というのも「撒布(さっぷ)」の慣用読み「さんぷ」が定着し、漢字も「散布」の方が一般的になった。
洗滌(せんでき)→洗滌(せんじょう)→洗浄 のように、元々の「せんでき」はもはや使われず、「洗浄」が一般的な熟語になったものもある。「胃を洗浄しましょう」というお医者さんはいても、「胃をセンデキする」という医者は、現代のお医者さんにはいないだろう。
慣用読みの例をA:B:Cのグループ別にあげてみる。
A:慣用読みが定着している熟語例
情緒:じょうしょ→じょうちょ
消耗:しょうこう→しょうもう
漏洩:ろうせつ→ろうえい
稟議:ひんぎ→りんぎ
捏造:でつぞう→ねつぞう
貪欲:たんよく→どんよく
貼付:ちょうふ→てんぷ
憧憬:しょうけい→どうけい
独擅場:どくせんじょう→どくだんじょう→独壇場
攪拌:こうはん→かくはん(かきまぜること)
呂律:りょりつ→ろれつ(ろれつが回らぬ、など)
B:慣用読みと元の読みが両方使われている熟語例
早急:さっきゅう→そうきゅう
発足:ほっそく→はっそく
固執:こしゅう→こしつ
重複:ちょうふく→じゅうふく
味気ない:あじきない→あじけない
出生率:しゅっしょうりつ→しゅっせいりつ
世論:よろん→せろん
C:これから先、慣用読みが広まっていくだろうと思われる熟語
凡例:はんれい→ぼんれい
一朝一夕:いっちょういっせき→いっちょういちゆう
「ぼんれい」と入力しても「凡例」と変換されるので、おそらくこちらが広まっていくだろう。凡は、「平凡」「非凡」「凡人」など、ボンという読みのほうがポピュラーに使われるが、ハンという読み方は「凡例」以外に使わないから。
「夕」の音読みは「セキ」。しかし、夕刊(ゆうかん)夕刻(ゆうこく)などの湯桶読みや、和語の夕立(ゆうだち)などの方が生活になじんだ語であるので、夕映(セキエイ・ゆうばえ)夕影(セキエイ・ゆうかげ)も「ゆう」の読み方が優勢となり、一夕も(イッセキ→いちゆう)の読みが広まっていくのではないか。
D:漫画の吹き出しセリフや歌謡曲などのフリガナから、慣用読みが広まるかもしれないと思われる熟語。(こちらは元の読みも併用されると思うのだが)
宇宙(うちゅう&そら) 幸福(こうふく&しあわせ) 瞬間(しゅんかん&とき) 電脳(でんのう&パソコン)など。
どうですか?さすがにDやCは使っていないという人も多いでしょうが、Aは「えっ、この読み方は、昔は誤読だったの?」と思う方もいるのではないでしょうか。「会議の稟議書」を「ひんぎしょ」と読む人は、いないのでは?
現役世代は、すでに「ねつぞう」「りんぎ」として語彙を獲得してきた。
私もAグルーープの熟語はすべて慣用読みのほうです。Bは半々。
熟語の読み方も、大多数の人が誤読すれば、誤読が「慣用読み」として定着し、誤読のほうが優勢になる。
<つづく>