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中世彩飾写本の展示室
20200716
ぽかぽか春庭アート散歩>2020緑陰アート散歩(6)中世彩飾時祷書 in 西洋美術館
中世の彩飾時祷書の実物をはじめて見たのは、実践女子大の講演会に出かけた「ついで」の見学のおりでした。ちょうどクリスマス時期だったので、大学が所有する時祷書が展示してあったのです。
このときは、講演会のあいまに見学したため、時祷書はささっと通り過ぎながら目にする程度で、じっくり見る時間を持たなかったのはもったいないことでした。同じ部屋に展示されていたクリスマスツリーやオーナメントのほうを熱心に見たのです。
ロンドンナショナルギャラリー展を見た日、やはり「ついで」に見た展示がありました。
「内藤コレクション展Ⅱ中世からルネサンスの写本 祈りと絵」
2019年に「内藤コレクションⅠゴシック写本」の展示があり、13世紀の彩飾写本が展示されました。このとき、私はこの貴重なコレクションの展示に気づきませんでした。中世キリスト教美術より近代絵画現代絵画に目が行きがちで、狭い範囲にしか目が届かない。
ロンドンナショナルギャラリー展を見て、常設展も見て帰ろうと寄った新館。2階の版画素描展示室で企画展示「内藤コレクション展」をやっていました。
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コレクター内藤裕史博士は、「中毒学」の権威として知られた医師。医学研究の合間にコレクターとして、長年時祷書写本の収集を続けてきました。ときには大学勤務の年収分をそっくりつぎ込んで「惚れ込んだ一枚」を買い求めました。写本枚数は150枚に達し、日本で有数のコレクションとなりました。
定年退職後は、これをオークションに出せば、妻との老後が不安なく過ごせるほどのまとまった金額になるはずでした。しかし、オークションに出せば、せっかくまとまってきたコレクションは各地に散逸してしまう。
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内藤博士は、西洋美術館に一括寄付することを決意。その決意に、夫人はこころよく賛成したのだそう。わぉ、すごい奥さんだわ。
大学勤務医は開業医とちがい、そうそうお金を貯めることもできない。「つましい暮らしに耐えた妻」と内藤博士は「コレクションへの道のり」に書いています。夫妻は、オークションでまとまったお金を手に入れるより、コレクションをまとめて残し、コレクターとして名を残すことを選んだのです。
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ありがたいこと。おかげでキリスト教美術にうとい私も、思いがけず美しい写本の世界にふれることができました。
内藤裕史「中世彩飾写本の世界」
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以下、写本の解説。
いまだ印刷技術がなかった西欧中世のキリスト教世界においては、修道院を中心に制作された手写本が、ひとびとの信仰と知を担う特権的なメディアでした。ただしそれは、もっぱら言葉だけを保存し、運搬する媒体ではありませんでした。獣皮紙に書かれた中世の写本には、さまざまな挿絵が描かれ、テクストの頭文字やページの余白は、しばしば豊かな装飾なり紋様で彩られたからです。写本ページの小さな平面は、より大きな画面を備えた壁画や板絵になんら劣ることのない、中世の絵画芸術のまぎれもなく最重要な舞台でした。
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そんな中世の彩飾写本に強く魅せられた日本人のひとりに、中毒学を専門する学者/医師として知られる内藤裕史氏(筑波大学・茨城県立医療大学名誉教授)がいます。数十年にわたって一枚ものの写本零葉を蒐集してこられた氏は、ご自身のコレクション約150点を、2016年春に一括で当館にご寄贈くださいました。日本のミュージアムには、西欧中世のコレクションが欠けているとの思いからでした。以降、当館では館外の研究者のかたがたに多大なご協力をいただきつつ、従来のコレクションの範囲を押し拡げるそれら寄贈作品の調査をしてきました。またその後も、内藤氏に賛同なさった長沼昭夫氏から寄付金を頂戴し、写本葉のさらなる蒐集をおこなってもきました。
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寄贈されたコレクションは、専門の研究者たちが探求し、内藤博士には調べが行き届かなかった制作年代やもとの時祷書などが突き止められて、写本の出自がわかってきました。
コレクター内藤裕史。私は、内藤博士の医学上の業績をまったく知ることははなかったですが、医学への貢献は後輩の研究者にとって記憶されていくでしょう。
でも、こうして写本コレクションの絵を見て、美術の世界においても大きな貢献をした人として覚えていきたいと思います。
中世の祈りの世界。不確かな世の中にあって、一葉の絵によって心静まり、祈りの世界に導かれる。
内藤博士に感謝。
内藤裕史
1932年 東京都生まれ。1960年 札幌医科大学卒業。筑波大学教授。1995年茨城県立医療大学副学長、筑波大学名誉教授。
<おわり>