20201005
ぽかぽか春庭にっぽにあニッポン語教師日誌>再録日本語教師日誌ニジの授業(2)外務省のnijiと文部省のnizi
春庭の日本語教師日誌を再録しています。
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2008/05/25
ぽかぽか春庭ニッポニアニッポン語教師日誌>虹をかける授業(3)外務省のnijiと文部省のnizi
では、「日本語学イントロダクション」を。
といっても、何度か同じことを書いてきたことの、今回は「にじバージョン」ということで、これまで春庭コラムを読んできてくださった方には、新しい情報はありません。ま、同じ落語でも、演じる場所と客によって語り口を変えるのだ、と思ってお読みください。
日本語教師を志望するひと、まず、日本語のどこが難しいのか知ってください。
つまり、対照言語学を知り、日本語と他の言語のちがいを知る必要があります。対照言語学というのはふたつの言語を比べて異同を研究する分野です。
「比較言語学」は、同じ系統の言語、たとえば、サンスクリット語と英語、ペルシャ語とドイツ語などを比較し、共通祖先の言語をさぐっていく分野。
「対照言語学」は、まったく系統のことなる言語ふたつ、たとえば英語と日本語、中国語とフランス語などを並べて研究していきます。
母語は、自然に身についてしまったから、あなたたちにとって、どこも難しいところはありません。でも、学習者にとって、どこが難しいのか意識することは、大切です。そこをきちんと意識するために、日本語学をならうのですよ」
「高低アクセントとイントネーションについては、またあとで詳しく学びます。今は、日本語には高低アクセントがあるってことだけ頭の隅においといて。つぎに、ローマ字表記とひらがなカタカナを見てみましょう」
「ローマ字で書いたひと、niji、nizi、nidiの3種類の書き方がでてきました。このことから分かることは何?」
まず、niziと nidiの違いは、さきほどひらがなの、にじ、にぢ、の違いの話と同じなので、省略。では、nijiとniziの違いは何?」
学生たち「??」
小学校の時にならったローマ字と、パスポートに書く氏名ローマ字表記が違っていることに、気づいていない人が多い。
梶山次郎Kajiyama Jiroとか、福島ふたばFukushima Futabaのように、学校では、Ziro、 Hukusimaと習ったのに、パスポートではFukushimaと、異なる表記になっている人ならちがっていることに気づくけれども。
ローマ字表記に、外務省が採用したヘボン式ローマ字と、文部省が採用した「訓令式」があることを話します。
日本語教科書がローマ字表記で編集されている場合は、どちらかひとつを採用しています。表記の方式、文部省と外務省がそれぞれ自分たちで決めた表記方式をゆずらず、二種類の表記があります。
何を共通語標準語とするか、どの文字をつかって自国語を書き表すかなど、コトバに関する決め事は、国が決定します。「言語政策」と言います。これは、「社会言語学」の分野で扱うことなので、この授業では扱いませんけれど、簡単に言語政策の一端を紹介しておきますね。
国民の共通語をどう決めていくかというのは、近代国家成立にとって、国の基本となる大事なことです。
国民意識というのは、共通のコトバ、共通の宗教などを基盤として成立するからです。日本の場合、共通の宗教というのはありません。宗教は自由。だから、「日本語を使って生活している」ということは、国民にとって、たいへん重要な共同体形成意識となっています。
2008/05/30
ぽかぽか春庭ニッポニアニッポン語教師日誌>虹をかける授業(6)私たちの国語=日本語?
「社会全体で共通して使用しており、みなが『国語』とは日本語だ」と、思いこんでいる言語として日本語があり、事実上は「国語=日本語」ですが、日本国内には、法律で定められた公用語はありません。
法的に公用語を定めるまでもなく、みなが日本語を母語としている、ということでもありますが。
近代国家というものは、ベネディクト・アンダーソンが述べているように、国民が「自分たちは、○○国の国民だ、国家に帰属している」と、思いこむことから始まる『想像の共同体』です。
この思いこみを形成するツールのひとつが言語です。
明治政府が近代国家を形成しようとしたとき、富国強兵殖産興業に加えて、「標準語の制定」を急いだのも、「ことば」が国家の要だったからです。
「私たちは日本語を話している」という意識も、実は「あたりまえ」のことではなく、「近代国家によって洗脳されてきた、すり込み」なのです。
「日本国内でも英語を公用語にしよう」と発言した人がいましたが、おそらく「公用語」の意味がわかっていないのだろうと思います。
英語を「公用語」と定めるのなら、お札も日本語と英語も表記が必要。英語で教育する公立学校を、英語話者のために公費設立すべきだし、英語話者が日常生活において、日本語母語話者に比べて、いささかの不利も被らないようにする法的な措置が必要です。
ビジネス社会で英語を使えるようになることと、国の言語政策として英語を公用語とする、ということの区別もつかないような人に、英語うんぬんの議論をしてほしくない。
140年前の近代国家成立時、 日本には、日本語を話す国民のほかにアイヌ語を話す国民がいました。しかし、アイヌ語は明治政府に認めてもらえませんでした。
明治政府は、アイヌ語を認めるどころか、弾圧し日本語を強制しました。このことは、日本がアジアに進出したときの日本語強制政策の手本となりました。日本語教育史にとって、残念な歴史のひとつです。
自分たちにとって残念な結果となった歴史をふりかえることは苦しいことですが、日本語教師がこれからの教育のために知っておくべき歴史がたくさんあります。
歴史的事実を掘り下げつつ、未来をめざす。
あらたに公用語を定めるのなら、英語ではなく、アイヌ語こそを公用語にすべきです。
アイヌ語は、国会内通用言語として認められています。
アイヌ出身の萱野茂(かやのしげる1926~2006年)が、国会議員として1994年から1998年までつとめたおかげ。
アイヌ語を公用語として認めるよう求める運動もこれから大きくなっていくことでしょう。弾圧の結果、アイヌ語母語話者が現在は消滅していますが、アイヌ語とアイヌ文化を守り、継承していこうという運動は広がっています。
アイヌの人々の文化を尊重し、権利を認める運動は、ようやくはじまったところです。
日本語概論を学ぶ上で、アイヌ文化を尊重し、アイヌ語を知っていくことは大事ですよ。
自分たちが生きている社会にどんな文化がありどんな歴史を有してきたのかも知らないで、異文化の中に生きてきた人々に日本語を教えようなんて、おこがましいことです。
<つづく>
2008/05/28
ぽかぽか春庭ニッポニアニッポン語教師日誌>虹をかける授業(4)世界のなかの日本語・モンゴル力士は日本語がじょうず
怪我はホント、怖いです。
怪我がこわい職業といえば、スポーツ選手。
格闘技の選手など、怪我との戦いの連続のようです。
怪我のため休場することが多い大相撲。相手に怪我をさせないよう取り組むのも技のひとつといいますが、それでも怪我をするし、取り組み以外での「ぶつかりあい」も多いみたい。
にらみ合いが話題となった、大相撲の両横綱。どちらもモンゴル出身で、ライバル意識もそうとう激しいようです。土俵上でのにらみあいは、「両成敗」という判断になりましたが、土俵外のにらみあいは続くでしょうね。西と東の差はあっても、横綱でいる間は、ふたりの立場に差はありません。
しかし、引退したとき、分かれ道ができる。
横綱は5年間は一代横綱として親方になれるけれど、親方株を買って相撲協会に残るためには、日本国籍の取得が条件とされているからです。
モンゴル人女性と結婚した朝青龍は、引退後は帰国し、モンゴルで実業家か政治家になるのではないかとうわさされています。朝青龍はモンゴルでの大英雄だし、実家はモンゴルで手広く商売をしているので。
相撲界の「タニマチ」有力者の娘と結婚した白鵬は、帰化して日本国籍をとるかもしれません。親方株を得て、相撲協会に残るだろう、と憶測されています。
かって、アメリカハワイ出身の高見山、曙、小錦、武蔵丸が帰化しました。モンゴル出身の旭天鵬も、師匠大島親方の養子となって帰化した、という例があります。
たいていの国で、外国人が国籍を変更して自国民になることを認めています。
外国人が帰化申請して国籍変更が認められるには。
生活能力のあるなしの審査などで比較的簡単に国籍変更が認められる国もある一方、なかなか帰化申請が通らない国もあります。
日本は、難しいほうのひとつ。
審査基準の項目のひとつとして、経済的自立などのほかの条件として、
1、思想要件:日本国に被害を及ぼす等の思想を持っている場合は帰化許可されない。
2、言語要件:日本語の読み書きができること。最低限度の読み書きが必要とされている。
また、日本で働く専門労働者の受け入れについて、日本政府は「日本語を習得していること」を条件にあげたので、労働者を送り出している側の国からは「厳しすぎる」という声も出ています。
IT産業などで働く場合、日本語より英語を使って仕事をすることのほうが多い場合もあるのに、日本語を「就労条件」にすると、受け入れ間口を狭めることになるから。
しかし、IT産業などの「直接、社会で人とコミュニケーションをとる必要のない仕事」以外で、日本社会の就労状況を見ると、日本語の話せない人を、たとえば、介護や看護の現場などに受け入れることは、難しいでしょうね。
ちなみに、モンゴル出身力士がすばやく日本語を覚えるのは、モンゴル語と日本語は、ともにウラルアルタイ語系に属す言語とされ、語順がおなじだから。
単語を覚えるだけで、文法を覚える必要がないので、ハワイ出身で英語を話した力士たちより、上達が早い。
たいていの国は自国内にふたつか三つ以上の言語を話す国民を有しています。
公用語または公用語とみなされていることばを、一国一言語にしているのは、世界のなかで、日本と韓国くらいです。
たとえば、インド。
全国的な公用語(連邦公用語)はヒンディ語と英語のふたつですが、州ごとの公用語は、20以上がそれぞれの州で認められています。実際に使われている言語は、インド一国内に、300言語あるといわれていますから、公用語20でも少ないのかも。
<つづく>
ぽかぽか春庭にっぽにあニッポン語教師日誌>再録日本語教師日誌ニジの授業(2)外務省のnijiと文部省のnizi
春庭の日本語教師日誌を再録しています。
~~~~~~~~~~~~~
2008/05/25
ぽかぽか春庭ニッポニアニッポン語教師日誌>虹をかける授業(3)外務省のnijiと文部省のnizi
では、「日本語学イントロダクション」を。
といっても、何度か同じことを書いてきたことの、今回は「にじバージョン」ということで、これまで春庭コラムを読んできてくださった方には、新しい情報はありません。ま、同じ落語でも、演じる場所と客によって語り口を変えるのだ、と思ってお読みください。
日本語教師を志望するひと、まず、日本語のどこが難しいのか知ってください。
つまり、対照言語学を知り、日本語と他の言語のちがいを知る必要があります。対照言語学というのはふたつの言語を比べて異同を研究する分野です。
「比較言語学」は、同じ系統の言語、たとえば、サンスクリット語と英語、ペルシャ語とドイツ語などを比較し、共通祖先の言語をさぐっていく分野。
「対照言語学」は、まったく系統のことなる言語ふたつ、たとえば英語と日本語、中国語とフランス語などを並べて研究していきます。
母語は、自然に身についてしまったから、あなたたちにとって、どこも難しいところはありません。でも、学習者にとって、どこが難しいのか意識することは、大切です。そこをきちんと意識するために、日本語学をならうのですよ」
「高低アクセントとイントネーションについては、またあとで詳しく学びます。今は、日本語には高低アクセントがあるってことだけ頭の隅においといて。つぎに、ローマ字表記とひらがなカタカナを見てみましょう」
「ローマ字で書いたひと、niji、nizi、nidiの3種類の書き方がでてきました。このことから分かることは何?」
まず、niziと nidiの違いは、さきほどひらがなの、にじ、にぢ、の違いの話と同じなので、省略。では、nijiとniziの違いは何?」
学生たち「??」
小学校の時にならったローマ字と、パスポートに書く氏名ローマ字表記が違っていることに、気づいていない人が多い。
梶山次郎Kajiyama Jiroとか、福島ふたばFukushima Futabaのように、学校では、Ziro、 Hukusimaと習ったのに、パスポートではFukushimaと、異なる表記になっている人ならちがっていることに気づくけれども。
ローマ字表記に、外務省が採用したヘボン式ローマ字と、文部省が採用した「訓令式」があることを話します。
日本語教科書がローマ字表記で編集されている場合は、どちらかひとつを採用しています。表記の方式、文部省と外務省がそれぞれ自分たちで決めた表記方式をゆずらず、二種類の表記があります。
何を共通語標準語とするか、どの文字をつかって自国語を書き表すかなど、コトバに関する決め事は、国が決定します。「言語政策」と言います。これは、「社会言語学」の分野で扱うことなので、この授業では扱いませんけれど、簡単に言語政策の一端を紹介しておきますね。
国民の共通語をどう決めていくかというのは、近代国家成立にとって、国の基本となる大事なことです。
国民意識というのは、共通のコトバ、共通の宗教などを基盤として成立するからです。日本の場合、共通の宗教というのはありません。宗教は自由。だから、「日本語を使って生活している」ということは、国民にとって、たいへん重要な共同体形成意識となっています。
2008/05/30
ぽかぽか春庭ニッポニアニッポン語教師日誌>虹をかける授業(6)私たちの国語=日本語?
「社会全体で共通して使用しており、みなが『国語』とは日本語だ」と、思いこんでいる言語として日本語があり、事実上は「国語=日本語」ですが、日本国内には、法律で定められた公用語はありません。
法的に公用語を定めるまでもなく、みなが日本語を母語としている、ということでもありますが。
近代国家というものは、ベネディクト・アンダーソンが述べているように、国民が「自分たちは、○○国の国民だ、国家に帰属している」と、思いこむことから始まる『想像の共同体』です。
この思いこみを形成するツールのひとつが言語です。
明治政府が近代国家を形成しようとしたとき、富国強兵殖産興業に加えて、「標準語の制定」を急いだのも、「ことば」が国家の要だったからです。
「私たちは日本語を話している」という意識も、実は「あたりまえ」のことではなく、「近代国家によって洗脳されてきた、すり込み」なのです。
「日本国内でも英語を公用語にしよう」と発言した人がいましたが、おそらく「公用語」の意味がわかっていないのだろうと思います。
英語を「公用語」と定めるのなら、お札も日本語と英語も表記が必要。英語で教育する公立学校を、英語話者のために公費設立すべきだし、英語話者が日常生活において、日本語母語話者に比べて、いささかの不利も被らないようにする法的な措置が必要です。
ビジネス社会で英語を使えるようになることと、国の言語政策として英語を公用語とする、ということの区別もつかないような人に、英語うんぬんの議論をしてほしくない。
140年前の近代国家成立時、 日本には、日本語を話す国民のほかにアイヌ語を話す国民がいました。しかし、アイヌ語は明治政府に認めてもらえませんでした。
明治政府は、アイヌ語を認めるどころか、弾圧し日本語を強制しました。このことは、日本がアジアに進出したときの日本語強制政策の手本となりました。日本語教育史にとって、残念な歴史のひとつです。
自分たちにとって残念な結果となった歴史をふりかえることは苦しいことですが、日本語教師がこれからの教育のために知っておくべき歴史がたくさんあります。
歴史的事実を掘り下げつつ、未来をめざす。
あらたに公用語を定めるのなら、英語ではなく、アイヌ語こそを公用語にすべきです。
アイヌ語は、国会内通用言語として認められています。
アイヌ出身の萱野茂(かやのしげる1926~2006年)が、国会議員として1994年から1998年までつとめたおかげ。
アイヌ語を公用語として認めるよう求める運動もこれから大きくなっていくことでしょう。弾圧の結果、アイヌ語母語話者が現在は消滅していますが、アイヌ語とアイヌ文化を守り、継承していこうという運動は広がっています。
アイヌの人々の文化を尊重し、権利を認める運動は、ようやくはじまったところです。
日本語概論を学ぶ上で、アイヌ文化を尊重し、アイヌ語を知っていくことは大事ですよ。
自分たちが生きている社会にどんな文化がありどんな歴史を有してきたのかも知らないで、異文化の中に生きてきた人々に日本語を教えようなんて、おこがましいことです。
<つづく>
2008/05/28
ぽかぽか春庭ニッポニアニッポン語教師日誌>虹をかける授業(4)世界のなかの日本語・モンゴル力士は日本語がじょうず
怪我はホント、怖いです。
怪我がこわい職業といえば、スポーツ選手。
格闘技の選手など、怪我との戦いの連続のようです。
怪我のため休場することが多い大相撲。相手に怪我をさせないよう取り組むのも技のひとつといいますが、それでも怪我をするし、取り組み以外での「ぶつかりあい」も多いみたい。
にらみ合いが話題となった、大相撲の両横綱。どちらもモンゴル出身で、ライバル意識もそうとう激しいようです。土俵上でのにらみあいは、「両成敗」という判断になりましたが、土俵外のにらみあいは続くでしょうね。西と東の差はあっても、横綱でいる間は、ふたりの立場に差はありません。
しかし、引退したとき、分かれ道ができる。
横綱は5年間は一代横綱として親方になれるけれど、親方株を買って相撲協会に残るためには、日本国籍の取得が条件とされているからです。
モンゴル人女性と結婚した朝青龍は、引退後は帰国し、モンゴルで実業家か政治家になるのではないかとうわさされています。朝青龍はモンゴルでの大英雄だし、実家はモンゴルで手広く商売をしているので。
相撲界の「タニマチ」有力者の娘と結婚した白鵬は、帰化して日本国籍をとるかもしれません。親方株を得て、相撲協会に残るだろう、と憶測されています。
かって、アメリカハワイ出身の高見山、曙、小錦、武蔵丸が帰化しました。モンゴル出身の旭天鵬も、師匠大島親方の養子となって帰化した、という例があります。
たいていの国で、外国人が国籍を変更して自国民になることを認めています。
外国人が帰化申請して国籍変更が認められるには。
生活能力のあるなしの審査などで比較的簡単に国籍変更が認められる国もある一方、なかなか帰化申請が通らない国もあります。
日本は、難しいほうのひとつ。
審査基準の項目のひとつとして、経済的自立などのほかの条件として、
1、思想要件:日本国に被害を及ぼす等の思想を持っている場合は帰化許可されない。
2、言語要件:日本語の読み書きができること。最低限度の読み書きが必要とされている。
また、日本で働く専門労働者の受け入れについて、日本政府は「日本語を習得していること」を条件にあげたので、労働者を送り出している側の国からは「厳しすぎる」という声も出ています。
IT産業などで働く場合、日本語より英語を使って仕事をすることのほうが多い場合もあるのに、日本語を「就労条件」にすると、受け入れ間口を狭めることになるから。
しかし、IT産業などの「直接、社会で人とコミュニケーションをとる必要のない仕事」以外で、日本社会の就労状況を見ると、日本語の話せない人を、たとえば、介護や看護の現場などに受け入れることは、難しいでしょうね。
ちなみに、モンゴル出身力士がすばやく日本語を覚えるのは、モンゴル語と日本語は、ともにウラルアルタイ語系に属す言語とされ、語順がおなじだから。
単語を覚えるだけで、文法を覚える必要がないので、ハワイ出身で英語を話した力士たちより、上達が早い。
たいていの国は自国内にふたつか三つ以上の言語を話す国民を有しています。
公用語または公用語とみなされていることばを、一国一言語にしているのは、世界のなかで、日本と韓国くらいです。
たとえば、インド。
全国的な公用語(連邦公用語)はヒンディ語と英語のふたつですが、州ごとの公用語は、20以上がそれぞれの州で認められています。実際に使われている言語は、インド一国内に、300言語あるといわれていますから、公用語20でも少ないのかも。
<つづく>