20201008
ぽかぽか春庭にっぽにあニッポン語教師日誌>再録・日本語教師日誌(3)ニジの授業3公用語
春庭コラムの中、日本語教室の記録を再録しています。
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ぽかぽか春庭ニッポニアニッポン語教師日誌>虹をかける授業(5)公用語って?
2008/05/29
ぽかぽか春庭ニッポニアニッポン語教師日誌>虹をかける授業(5)公用語って?
たいていの国は自国内にふたつか三つ以上の言語を話す国民を有しています。
公用語または公用語とみなされていることばを、一国一言語にしているのは、世界のなかで、日本と韓国くらいです。
たとえば、インド。
全国的な公用語(連邦公用語)はヒンディ語と英語のふたつですが、州ごとの公用語は、20以上がそれぞれの州で認められています。実際に使われている言語は、インド一国内に、300言語あるといわれていますから、公用語20でも少ないのかも。
公用語として認めるというのは「公用語で教育を受ける権利」「公用語を使って不便なく生活する権利」を付与するということです。
単純な例でいえば、国が発行するお札に、公用語での表記を併記する必要があります。義務教育教科書を、公用語別に発行し、その言語での教師育成をはかるなど、教育水準がどの公用語も不利にならないようにしなければなりません。
インドのお札には13種類の文字で金額を表記してあります。
チベット民族問題にゆれているお隣中国のお札には、現在、漢字とならんで、ウイグル文字(アラビア語をもとにしたウイグル語の表記文字)、チベット文字、モンゴル文字が表記されています。
漢字以外の表記をもつ少数民族は、他にもいますが、人口や、どれだけ漢族に同化しているか、などのさまざまな問題があり、お札表記文字は漢字を入れて4種類。
前代の支配者だった満州族は、ほぼ完全に漢族に同化し、満州文字は研究者以外には読めない文字になっているので、表記されていませんし、東北に多く住む朝鮮族の使うハングル文字も書かれていません。
この漢字以外の3種類の文字をよくみると、チベット、新疆ウイグル自治区など、中国内で、独立または自治権拡大を望んでいる民族であることがわかります。
人口11億5千万人(注:)という圧倒的な多数派である漢族にとって、チベット、ウイグル、モンゴルは、「少数民族」のなかでも、とりわけ扱い方に注意を払う必要がある民族なのでしょう。
支配民族となったことがあるモンゴル族(元王朝)、満州族(清王朝)に対して、ウイグル族、チベット族にとっては、漢族と同化することはないし、自治権を与えられていると言っても、結局は漢族共産党政権の支配下に置かれていることが、なにかと抑圧感を強める結果となるのでしょう。
少数民族には優遇策もとられていて、表面上は、どの民族も仲良しに見えるのですが。
去年私が赴任していた中国政府直轄の学校にも、「新疆班」という特別クラスがありました。選ばれたウイグル人が日本語を学ぶクラスです。
彼らにとって、母語はウイグル語。小学校中学校で中国語を習い、さらに日本語も学んでいる。「多言語共生」を生きている人々です。
元気な若者たちのクラスで、「校内綱引き大会」をしたとき、新疆班は、圧倒的な強さで優勝しました。「民族の底力」を見せてやろう、という迫力を感じました。
(綱引き大会。ちなみに、私が担任した博士2班は一回戦敗退。教職員対決では、事務職>日本語教師>中国語教師でした。)
さて、中国語の話者は13億人。国連公用語のひとつ。それからみたら少ないですが、日本語は、1億3千万人の話者がいて、世界のなかでは、多い方から10番目前後に位置する「メジャー言語」のひとつです。
3000以上あるという世界の言語のなかでは、「多数派言語」のひとつですが、日本語を「マイナー言語」と思いこんでいる人も多い。
これは、国連公用語になっていないせいもあるでしょう。
国連公用語は、英語、中国語、アラビア語、スペイン語、フランス語、ロシア語
ここで、問題、日本国内の「公用語」はなに?
答えは「日本語=日本の公用語」ではありません。
「え?日本語じゃないの?」
事実上、社会生活や教育で使われている言語は日本語ですが、法的に「日本語を公用語とする」という明文化されたものはありません。
「日本語=日本の社会に生きているみなが、公に使われる言語として認めていることば」ということであり、事実上の公用語ではありますが。
「日本の法廷で裁判官検事らが使う言語は、日本語とする」という裁判所の規定はありますが。(そのため、法廷通訳の役割は重要です)
2008/05/30
ぽかぽか春庭ニッポニアニッポン語教師日誌>虹をかける授業(6)私たちの国語=日本語?
「社会全体で共通して使用しており、みなが『国語』とは日本語だ」と、思いこんでいる言語として日本語があり、事実上は「国語=日本語」ですが、日本国内には、法律で定められた公用語はありません。
法的に公用語を定めるまでもなく、みなが日本語を母語としている、ということでもありますが。
ベネディクト・アンダーソンのことばを紹介します。国民が「自分たちは、○○国の国民だ、国家に帰属している」と、思いこむことから始まる『想像の共同体』が、近代国家というものです。
この思いこみを形成するツールのひとつが言語です。
明治政府が近代国家を形成しようとしたとき、富国強兵殖産興業に加えて、「標準語の制定」を急いだのも、「ことば」が国家の要だったからです。
「私たちは日本語を話している」という意識も、実は「あたりまえ」のことではなく、「近代国家によって洗脳されてきた、すり込み」なのです。
「日本国内でも英語を公用語にしよう」と発言した人がいましたが、おそらく「公用語」の意味がわかっていないのだろうと思います。
英語を「公用語」と定めるのなら、お札も日本語と英語も表記が必要。英語で教育する公立学校を、英語話者のために公費設立すべきだし、英語話者が日常生活において、日本語母語話者に比べて、いささかの不利も被らないようにする法的な措置が必要です。
ビジネス社会で英語を使えるようになることと、国の言語政策として英語を公用語とする、ということの区別もつかないような人に、英語うんぬんの議論をしてほしくない。
140年前の近代国家成立時、 日本には、日本語を話す国民のほかにアイヌ語を話す国民がいました。しかし、アイヌ語は明治政府に認めてもらえませんでした。
明治政府は、アイヌ語を認めるどころか、弾圧し日本語を強制しました。このことは、日本がアジアに進出したときの日本語強制政策の手本となりました。日本語教育史にとって、残念な歴史のひとつです。
自分たちにとって残念な結果となった歴史をふりかえることは苦しいことですが、日本語教師がこれからの教育のために知っておくべき歴史がたくさんあります。
歴史的事実を掘り下げつつ、未来をめざす。
あらたに公用語を定めるのなら、英語ではなく、アイヌ語こそを公用語にすべきです。
アイヌ語は、国会内通用言語として認められています。
アイヌ出身の萱野茂(かやのしげる1926~2006年)が、国会議員として1994年から1998年までつとめたおかげ。
アイヌ語を公用語として認めるよう求める運動もこれから大きくなっていくことでしょう。弾圧の結果、アイヌ語母語話者が現在は消滅していますが、アイヌ語とアイヌ文化を守り、継承していこうという運動は広がっています。
アイヌの人々の文化を尊重し、権利を認める運動は、ようやくはじまったところです。
日本語概論を学ぶ上で、アイヌ文化を尊重し、アイヌ語を知っていくことは大事ですよ。
自分たちが生きている社会にどんな文化がありどんな歴史を有してきたのかも知らないで、異文化の中に生きてきた人々に日本語を教えようなんて、おこがましいことです。
<つづく>
ぽかぽか春庭にっぽにあニッポン語教師日誌>再録・日本語教師日誌(3)ニジの授業3公用語
春庭コラムの中、日本語教室の記録を再録しています。
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ぽかぽか春庭ニッポニアニッポン語教師日誌>虹をかける授業(5)公用語って?
2008/05/29
ぽかぽか春庭ニッポニアニッポン語教師日誌>虹をかける授業(5)公用語って?
たいていの国は自国内にふたつか三つ以上の言語を話す国民を有しています。
公用語または公用語とみなされていることばを、一国一言語にしているのは、世界のなかで、日本と韓国くらいです。
たとえば、インド。
全国的な公用語(連邦公用語)はヒンディ語と英語のふたつですが、州ごとの公用語は、20以上がそれぞれの州で認められています。実際に使われている言語は、インド一国内に、300言語あるといわれていますから、公用語20でも少ないのかも。
公用語として認めるというのは「公用語で教育を受ける権利」「公用語を使って不便なく生活する権利」を付与するということです。
単純な例でいえば、国が発行するお札に、公用語での表記を併記する必要があります。義務教育教科書を、公用語別に発行し、その言語での教師育成をはかるなど、教育水準がどの公用語も不利にならないようにしなければなりません。
インドのお札には13種類の文字で金額を表記してあります。
チベット民族問題にゆれているお隣中国のお札には、現在、漢字とならんで、ウイグル文字(アラビア語をもとにしたウイグル語の表記文字)、チベット文字、モンゴル文字が表記されています。
漢字以外の表記をもつ少数民族は、他にもいますが、人口や、どれだけ漢族に同化しているか、などのさまざまな問題があり、お札表記文字は漢字を入れて4種類。
前代の支配者だった満州族は、ほぼ完全に漢族に同化し、満州文字は研究者以外には読めない文字になっているので、表記されていませんし、東北に多く住む朝鮮族の使うハングル文字も書かれていません。
この漢字以外の3種類の文字をよくみると、チベット、新疆ウイグル自治区など、中国内で、独立または自治権拡大を望んでいる民族であることがわかります。
人口11億5千万人(注:)という圧倒的な多数派である漢族にとって、チベット、ウイグル、モンゴルは、「少数民族」のなかでも、とりわけ扱い方に注意を払う必要がある民族なのでしょう。
支配民族となったことがあるモンゴル族(元王朝)、満州族(清王朝)に対して、ウイグル族、チベット族にとっては、漢族と同化することはないし、自治権を与えられていると言っても、結局は漢族共産党政権の支配下に置かれていることが、なにかと抑圧感を強める結果となるのでしょう。
少数民族には優遇策もとられていて、表面上は、どの民族も仲良しに見えるのですが。
去年私が赴任していた中国政府直轄の学校にも、「新疆班」という特別クラスがありました。選ばれたウイグル人が日本語を学ぶクラスです。
彼らにとって、母語はウイグル語。小学校中学校で中国語を習い、さらに日本語も学んでいる。「多言語共生」を生きている人々です。
元気な若者たちのクラスで、「校内綱引き大会」をしたとき、新疆班は、圧倒的な強さで優勝しました。「民族の底力」を見せてやろう、という迫力を感じました。
(綱引き大会。ちなみに、私が担任した博士2班は一回戦敗退。教職員対決では、事務職>日本語教師>中国語教師でした。)
さて、中国語の話者は13億人。国連公用語のひとつ。それからみたら少ないですが、日本語は、1億3千万人の話者がいて、世界のなかでは、多い方から10番目前後に位置する「メジャー言語」のひとつです。
3000以上あるという世界の言語のなかでは、「多数派言語」のひとつですが、日本語を「マイナー言語」と思いこんでいる人も多い。
これは、国連公用語になっていないせいもあるでしょう。
国連公用語は、英語、中国語、アラビア語、スペイン語、フランス語、ロシア語
ここで、問題、日本国内の「公用語」はなに?
答えは「日本語=日本の公用語」ではありません。
「え?日本語じゃないの?」
事実上、社会生活や教育で使われている言語は日本語ですが、法的に「日本語を公用語とする」という明文化されたものはありません。
「日本語=日本の社会に生きているみなが、公に使われる言語として認めていることば」ということであり、事実上の公用語ではありますが。
「日本の法廷で裁判官検事らが使う言語は、日本語とする」という裁判所の規定はありますが。(そのため、法廷通訳の役割は重要です)
2008/05/30
ぽかぽか春庭ニッポニアニッポン語教師日誌>虹をかける授業(6)私たちの国語=日本語?
「社会全体で共通して使用しており、みなが『国語』とは日本語だ」と、思いこんでいる言語として日本語があり、事実上は「国語=日本語」ですが、日本国内には、法律で定められた公用語はありません。
法的に公用語を定めるまでもなく、みなが日本語を母語としている、ということでもありますが。
ベネディクト・アンダーソンのことばを紹介します。国民が「自分たちは、○○国の国民だ、国家に帰属している」と、思いこむことから始まる『想像の共同体』が、近代国家というものです。
この思いこみを形成するツールのひとつが言語です。
明治政府が近代国家を形成しようとしたとき、富国強兵殖産興業に加えて、「標準語の制定」を急いだのも、「ことば」が国家の要だったからです。
「私たちは日本語を話している」という意識も、実は「あたりまえ」のことではなく、「近代国家によって洗脳されてきた、すり込み」なのです。
「日本国内でも英語を公用語にしよう」と発言した人がいましたが、おそらく「公用語」の意味がわかっていないのだろうと思います。
英語を「公用語」と定めるのなら、お札も日本語と英語も表記が必要。英語で教育する公立学校を、英語話者のために公費設立すべきだし、英語話者が日常生活において、日本語母語話者に比べて、いささかの不利も被らないようにする法的な措置が必要です。
ビジネス社会で英語を使えるようになることと、国の言語政策として英語を公用語とする、ということの区別もつかないような人に、英語うんぬんの議論をしてほしくない。
140年前の近代国家成立時、 日本には、日本語を話す国民のほかにアイヌ語を話す国民がいました。しかし、アイヌ語は明治政府に認めてもらえませんでした。
明治政府は、アイヌ語を認めるどころか、弾圧し日本語を強制しました。このことは、日本がアジアに進出したときの日本語強制政策の手本となりました。日本語教育史にとって、残念な歴史のひとつです。
自分たちにとって残念な結果となった歴史をふりかえることは苦しいことですが、日本語教師がこれからの教育のために知っておくべき歴史がたくさんあります。
歴史的事実を掘り下げつつ、未来をめざす。
あらたに公用語を定めるのなら、英語ではなく、アイヌ語こそを公用語にすべきです。
アイヌ語は、国会内通用言語として認められています。
アイヌ出身の萱野茂(かやのしげる1926~2006年)が、国会議員として1994年から1998年までつとめたおかげ。
アイヌ語を公用語として認めるよう求める運動もこれから大きくなっていくことでしょう。弾圧の結果、アイヌ語母語話者が現在は消滅していますが、アイヌ語とアイヌ文化を守り、継承していこうという運動は広がっています。
アイヌの人々の文化を尊重し、権利を認める運動は、ようやくはじまったところです。
日本語概論を学ぶ上で、アイヌ文化を尊重し、アイヌ語を知っていくことは大事ですよ。
自分たちが生きている社会にどんな文化がありどんな歴史を有してきたのかも知らないで、異文化の中に生きてきた人々に日本語を教えようなんて、おこがましいことです。
<つづく>