20210722
ぽかぽか春庭にっぽにあニッポン語教師日誌>2021日本語学校夏(8)読解試験問題
私の世代もそうですが、戦後長い間、日本の英語学習は中学校1年生スタートでした。これは、言語習得理論のなかで、7歳前後に母語の基礎的な表現が身に付き、13歳前後で母語による思考能力がついてくる、という母語獲得能力の研究によるものからきています。人間の子供は生まれた環境から言語を学びます。両親が手話で会話していれば、生まれた子供は自然に手話を覚えます。個人差はありますが、だいたい12歳くらいで母語によって「ものごとを考える」能力が備わるのです。
しかし、昨今の英語学習ブームにより、英語は小学校から始めることになっています。母語によってしっかりと自分の考えを表現し、他者の考え方を認識できる能力がつかないうちに英語を学ぶことにしたのです。小学校の英語教育は「英語に親しみ、英語になれさせる」ということがおもな教育内容ですから、母語による思考能力を損なう、ということにはなっていないと思いますが、なかには、考えをまとめあげる能力がないまま、母語以外の言語にふれることになる子供もいることでしょう。
バイリンガルに育てたい、という場合、両親のどちらかが、子供の育つ環境(社会環境)で使用されている言語と異なる言語による表現が完全にでき、子供の思考能力を養うことができること。そうでないと、中途半端な2言語使用者、すなわち、どちらの言語でも中途半端な思考能力しか身につかず、ものごとを深く考えることができなくなります。日常会話のなかでふたつの言語をつかうことができるのは「便利」という程度ですが、人間の存在そのものに深くかかわるのは、「言語によって思考することができる」ということです。われ思う、ゆえに我あり。
さて、私が今教育にかかわっているのは、すでに自国で「思考言語」としての母語を完成させている18歳以上の青年たちです。2020年12月に入学し、3月にはコロナ禍にかかわる1週間の休校の期間がありましたが、2021年7月まで約8か月間、初級中級の日本語を受講しました。
12月にゼロから日本語を習い始めたゼロスタート組、この7月にようやく初級教科書を仕上げました。
「あいうえお」の練習、「わたしは〇〇です」という自己紹介で「N(名詞)=N(名詞)」の文型を習い始めて、7か月間、毎日毎日単語を覚え、文法を理解し、自分で日本語の文が表出できるようになってきたのです。
日本語母語話者の子供たちは、中学校3年を終えるまでに約300時間の英語の授業を受けて初級英語を習得します。(英語の授業が週に3コマ、年間25~30週の授業期間で1年90時間×3年間=270時間)
それと同じ300時間の日本語教育で、初級日本語が終了します。
一日45分×4コマ=3時間 ×5日間(月~金)。一週間で15時間。10週間で150時間。20週で300時間。
初級英語は、単語を1000語覚えれば、日常会話が十分にこなせます。英語は日常生活に使う単語数が少ないからです。初級日本語では約1500語の日本語単語を覚えます。しかし日本語は単語数をたくさん覚えないと日常会話も読解にも十分にできません。
日本語能力試験2級で6000語、1級で1万語の単語習得を要求されますが、まだまだ不足。一般的な日本語母語話者の高校生は、高校卒業時に2万~3万語の日本語単語が頭の中に入っているのですから。大学生は3万~4万語、一般的社会人は4万~5万語の日本語語彙を理解しているとされています。
日本語には和語も漢語も外来語もあります。「縞柄の上着が流行する」も、「ストライプのジャケットがはやる」も両方ともおぼえなければ、なりません。
初級1課~50課の内容のうち、最後の2課は、日本語の丁寧な表現と敬語の学習です。
漢字2文字の熟語を丁寧に表現するとき、「お」「御(ご)」がつきます。
和語には基本的に「お」がつきます。お水、お酒、お茶、お肉、お車、お買い物、、、。漢字2文字の熟語には、「御(ご)」ご理解、ご両親、ご家族、ご相談、ご当地、ご機嫌、、、。
漢字2文字でも「お」がつくときもあります。お電話、お仕事、お元気、お勘定、お返事、お弁当など、生活に密着している語には「お」。
「お」も「ご」もつかない、電車、試験、鉛筆、消しゴム、などなど。カタカナの語には「お」も「ご」もつかないのが原則ですが、レストランなどの接客業では、「おビール、おジュース」など、「お」をつけて言う。ルールには例外がつきもの。
学生から「結婚は、ご結婚おめでとう、と言うのに、どうして離婚はご離婚と言わないのか」という質問が出ました。離婚はみなでお祝いしないから、丁寧に言う必要がない、と答えました。が、みなで儀礼をおこなうには、「このたびのご不幸、まことにご愁傷様」のように「ご」をつけて丁寧にいうし。
ご成功は、いいが、ご失敗はない。
さて、留学生が混乱なく丁寧な表現ができるようになるには、どのような指導法が効果的か。
初級日本語の学習者が、半年でどれほどの日本語を読めるようになるのか、初級期末試験の読解問題を例にしてみます。中学3年生のとき、どの程度の英語を読みこなせたか思い出してください。中3の英語力と同じ、日本語学習300時の留学生は、以下の文を読みこなさなければなりません。
「みんなの日本語」49課の「山中伸弥紹介」という文をアレンジした読解問題、非漢字圏学生のため、問題文は全文フリガナ付き、分かち書き(文節ごとにスペースを入れる)です。49課は、敬語を習う課なので、敬語を理解しているかどうかで学生によっては難度が高くなります。
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読解問題
2018年のノーベル医学生理学賞は、ジェームズ・アリソン博士と 本庶佑博士に おくられました。 本庶博士は、長年 免疫の 研究を 続けてこられました。私たちの 免疫システムに ブレーキを かける やり方を 発見し、それを がん治療に 応用することで、これまでとは 違う タイプの 第4の がん治療法を 考えました。 がんを 治すことは、人類にとって 大きな 目標です。アリソン博士・本庶博士、お二人の 研究によって、癌の 研究は 大きく 進みました。 本庶先生は1942年、京都で お生まれになりました。京都大学医学部で 学ばれたあと、アメリカに 留学なさいました。帰国後は、京都大学で 研究を お続けになり ついに 免疫の 研究によって ノーベル賞を 受賞なさったのです。 また、2012年の ノーベル医学生理学賞の受賞者、山中伸也博士の 研究も、病気を 治していこうとする 人類にとって 大きな 意味が ありました。 山中先生は、1962年に 大阪で お生まれになりました。 1987年に 大学の 医学部を 卒業して 医者に なられましたが、 研究者を めざして 大学院に 進まれました。そして、1993年に アメリカの 研究所へ 留学されました。その後は 日本へ帰ってから、iPS細胞を 開発する 研究を 始められました。2006年に マウスで iPS細胞を 作り、2007年には ヒトでも 成功しました。 ![]() そして、2012年に ノーベル賞を 受賞されました。山中博士は、今、京都大学の 研究所で 研究を 続けていらっしゃいます。 本庶博士も、山中博士も 医学だけでなく、人類のために いろいろな 研究を 続けていらっしゃいます。 本庶博士も、山中博士も、留学によって 成功への 第一歩を 踏み出すことが できました。 あなたも、大きな 目標のために 留学して 第一歩を はじめませんか。 |
(注) 応用(おうよう)(应用 applicate) 治療法(ちりょう)ほう)(治疗法 cure) マウス(鼠标 mouse) |
これと同程度の英語文章が出題されても、中3のころ、英語が苦手だった春庭には読みこなせなかったのではないかと、55年前を思い出します。
<つづく>