
2022017
ぽかぽか春庭シネマパラダイス>2022シネマ夏(1)ドリームプラン
3月に行われた第94回アカデミー賞授賞式で、主演男優賞を受賞したウィル・スミスが、プレゼンターのコメディアンを平手打ちした、という事件でより注目を集めた映画『ドリームプラン』
妻の容姿をからかう発言をしたクリス・ロックへは、なんのお咎めもなしなのに、ウィルスミスは今後10年間授賞式に出入り禁止。3度目のノミネートでようやく受賞したウィルスミスだが、アカデミー会員を辞退。今後ノミネートされても受賞式出席はなし。
ウィルスミスの妻は、脱毛症のため髪をベリーショート(日本式に言えば坊主頭)に刈り上げていました。その症状を知らなかったのでしょうが、クリス・ロックは笑いのタネにしてしまった。ウィルスミスは妻が不快そうな表情をしたことで怒り、クリスロックに平手打ちした、というわけ。
と長々平手打ち事件を報じたのは。ウィル・スミスが受賞した作品『ドリームプラン』が、アメリカの黒人問題とかかわる内容だったからです。
アメリカの公民権運動を指導したキング牧師。
女子テニス界に革命を起こし「パワーテニス」で10年間女王の座にあったビーナスとセリーヌのウィリアムズ姉妹。姉妹を育て上げた父をキングリチャードと呼ぶのは、キング牧師のように黒人社会に大きな影響を与えたこと、姉妹に対しては、王のように支配をつづけたこと、シェークスピア劇のリチャード王のように、自分のなすべきことに向かって突進し、周りから嫌われることなど歯牙にもかけなかった生き方そのもの。
今作は、キングリチャードの自伝『ブラック&ホワイト』を原作としていない。しかし、自伝に書かれているような内容は、リチャードがマスコミに向かってさんざん語りつくしてきたことなので、だれでも知っていること。脚本をまとめるにあたって、自伝は参考にすらならなかったかもしれないが、ウィリアム姉妹は、「この映画に出ていることは、全部ほんとうのこと」と認めている。
以下、ネタバレを含むあらすじ。
1 ウィリアムズ姉妹の父親リチャードは、1942年ルイジアナ州シュリーブポートに生まれました。差別の激しい地域で育ち、幼い時から白人に迫害されて育ったため、上昇志向を食べ白人不信を飲み物にして成長しました。1965年22才でベティ・ジョンソンと最初の結婚。5人の子どもを授かりました。
2 黒人が白人の上に行くには、スポーツしかない。自分はちゃんとしたトレーニングを受ける環境で育つことはできなかったが、我が子には選手として成功できるトレーニングを与える、と決意。
3 テレビでテニスに優勝した選手が4万ドル受け取るのを見て、我が子はテニス選手に育てようと決める。当時、黒人女性の陸上選手は出ていましたが、テニス界はまだ白人独占のスポーツでした。黒人女性初のプロテニス選手なら注目が集まる、と考えたのです。
4 5人の子を残して離婚。家を捨てる。この最初の結婚の子供たちは、そろってリチャードを非難しています。
5 「エホバの証人」に入信。なぜなら、カトリックもプロテスタントも白人優位の宗教で、黒人をまったく差別していないのは、新興宗教であり、多くの白人から差別されていた「エホバの証人」しかなかったから。
6 看護師として3人の女の子を育てていたオクシーナと結婚。結婚翌年ヴィーナス2年目にセリーナ誕生。治安のよいロングビーチから、スラム街が多いコンプトンに引っ越す。偉大な黒人選手はモハメッドアリもマイケルジョーダンもスラムから這い上がってきたのだから、ビーナスとセリーナも治安最悪の地区で育つべきだと考えたのです。。
オクシーナは、夫に従うだけの女性ではなかったものの、子育てについては協力しました。
7 テニスの経験がなかったリチャードは、テレビの試合録画とテニス教本により指導法を研究し、セリーナ4歳のころからトレーニング開始。通常のテニス訓練とは異なるやり方での特訓を続けました。
8 宗教の違いから近所の人々とは交際せず、近所の人々はリチャードの特訓法を「児童虐待」ととらえて警察に通報する。ビーナスとセリーナは父をかばい、父が大好きだと証言しました。なぜか。
エホバの証人の教えでは、「外部の人とは非暴力主義で付き合う。神の教えが絶対で、子供が輸血を必要とする手術を受けるときも、他者の血を親が拒否、家の中では、夫&父親が神のかわり。父は絶対的な存在です。ビーナスもセリーナも父親の絶対性を疑ったことはありませんでした。
9 テニスコーチに売り込みをかけ、よいコーチのいるフロリダに転居。しかし、ジュニア大会への出場を拒否。ジュニア時代の優勝経験が子供を天狗にさせ、周りの大人の金づるになってダメになる例が多かったから。ジュニア大会に出ても、大人になって一人前になれないのを見てきたので、ジュニア大会で有名になる必要はないと考えました。
10 ビーナスが14歳のとき、はじめてプロとして試合に臨むとき、ナイキから100万ドルという新人選手には破格の契約金をしめされましたが、リチャードは拒否。
最初の試合でビーナスは勝てませんでしたが、予想以上に健闘しました。2時間の試合を戦い抜き、試合終了時には「黒人少女の星」となっていました。試合後に決定した契約金は1200万ドル。12億円。
「ドリームプラン」は、リチャードが書き留めていた「姉妹を世界一の選手に育てる計画ノート」です。プラン通りにヴィーナスとセリーナは世界一の選手になりました。
キングの物語はここで終わるので、姉妹のこの後のテニス界君臨は描かれません。姉妹がクイーンとしてテニス界をリードしている間に、オクシーナが結局はリチャードと離婚しました。オクシーナの長女は、母と同じく看護師の資格を得て、セリーナとビーナスのマネジャー格として姉妹を支えたのに、育ってきた治安の悪いコンプトンで不良分子に射殺されるという運命にみまわれます。(このエピソードの前に映画のストーリーは終了していますが)
キングリチャードは、40歳年下の孫のような女性と再再婚しますが、その若い妻にも離婚されます。
そんな物語は語られず、ビーナスが黒人少女の星になるところで「偉大な暴君リチャード王」の話は終わり。
ここまでの話だと、ドリームプランを成し遂げた偉大な父です。
キングリチャードのふるまいに、非難も集まっています。しかし、この狂信
的な行動がとれる王だったから、テニス界の女王が育ったのだとも言えます。
幼いころのビーナスセリーナ姉妹とリチャード

ヴィーナスとセリーナの活躍を見て育った少女がいます。カリブ海ハイチ出身の父と日本人母の間に生まれた大阪なおみです。
キングリチャードは、女子テニス界を塗り替え革新した革命王であった、という称号は正当なものだと言えます。
彼が暴君であり3人の妻がいずれも彼のもとでは結婚生活をまっとうできなかったという事実があるにせよ。
実話を映画にするとき、事実の中のどこを切り取るか、ということが肝要になります。ウィル・スミスがリチャード役になったという時点で、絶対にリチャードを悪い人には描かない、ということは決定したと思う。いいとこどりして、リチャードはテンポ良い運びの中、娘の将来を信じてプラン通りにことを運ぶ、しっかりした父親に描かれていました。
妻に対して暴力をふるった、なんていう妻側からの主張はカット。現実のスミスが「妻を侮辱されたと感じたら有無を言わさず、相手を平手打ちする」という姿をアカデミー授賞式でみせたこと、私はこの映画にはプロモーションになったとおもうけどな。
<つづく>