
20220721
ぽかぽか春庭シネマパラダイス>2022シネマ夏(3)大河への道
夫は読み終わった本をときどき私に回してきます。
春庭は「私は古本屋で100円で買うから一人で読んでもいいけど、タカ氏は新刊で買うのだから、家族で読んで、元とらなきゃ」という「元とる精神」により、回された本はたいてい読みます。タカ氏が「妻も好むはず」と思いこんでいる本が勘違い!のこともありますが、カズオイシグロとか東野圭吾などはよくまわってきます。最近読んだ東野圭吾本は『クスノキの番人』。ハードカバーなので、電車に持ち込むには重く、「布団の中で寝転んで読書」でしたが、土日で一気読み。
タカ氏は落語が好きでひとりで池袋演芸場などに聞きに行き、落語家の著作もよく読みます。立川談志の芸談など。
タカ氏が最近読んだ立川志の輔『大河への道』を回してきました。志の輔の落語「伊能忠敬物語‐大河への道」をノベライズした本なので、それほど長くもないし、ノベライズした人の文体が私の気に障るような文をつづらないライターだったので、電車の中で軽くすぐに読めました。アニメや劇画からのノベライズ本、文体が気に入らないことが多いのですが。

伊能忠敬「大日本沿海輿地図」が重要文化財から国宝に格上げされました。その前だったかあとだったか忘れましたが、伊能忠敬没後200年にあたる2018年、東京国立博物館ミュージアムシアターで、高精細VR作品『伊能忠敬の日本図』が上映されました。東博入館料は入館料のほか、シアターは別料金。さんざん迷ってシアター入場して、半分居眠りしながら見た覚えが、、、、。延々地図がうつされるので、高校地理の時間にずっと寝て過ごしたくせがブリ返した。別料金、もったいなかった。
教科書に必ず載っていて、だれでも知っている偉人伊能忠敬。しかし、井上ひさしの『四千万歩の男』は大部。文庫版でも厚めの文庫で1巻から5巻まであります。小説は一気読みするのが私の読書なので、ついつい後回しにしていました。NHKのドラマにもなったのですが、見逃しました。
『大河への道』は、文庫も薄いし、電車内と「布団の中読書」一気読みできました。
文庫の帯に「映画化決定」と出ていたので、検索すると、とっくに映画は完成。5月から上映されていました。知らなかった。
私は、原作のある映画の場合、どちらかというと映画を先に見るほうです。原作を先に読むと、イメージした顔と俳優の風貌が合わないときがっかりするからです。原作先に読んでイメージ通りだったのは、『風と共に去りぬ』のレットバトラーくらい。これは、原作者がクラーク・ゲーブル をイメージしてバトラーの人物像を作り上げたのだから、合っていてあたりまえ。
原作を先に読んじゃったし、映画はどうしよう。飯田橋ギンレイにくるかテレビ放映されるまで待つか、思案のしどころ。
ぜひ見たいと思って、木場のシネコンまで「レミゼラブル」見に行ったら、3か月後には飯田橋ギンレイにかかった、というようなこともあったので。
『大河への道』ギンレイのラインナップにあがりそうな作品です。
でも、思い立ったが吉日。二子玉川の109シネマに見に行きました。6月22日、ひさしぶりのひとりでの映画、そして、ごくごくひさしぶりのシネコンでの自腹チケット映画鑑賞です。
シネコン100席くらいの一番小さいところで、11時から一日一回だけの上映。90人くらいは入っていました。平日は高齢者ばかりのギンレイと異なり、けっこう若い人も来ています。そうか、私が「このままじゃ映画は文楽歌舞伎やクラシックコンサートのように、高齢者御用達コンテンツになっていくのだな」と心配することもなく、若い人に受ける映画なら若い人も見るのか。
『大河への道』は、中井貴一が志の輔の落語にほれ込み、映画化を申し出たそう。
公式サイトの口上
千葉県香取市。市役所の総務課に勤める池本保治(中井貴⼀)は、市の観光振興策を検討する会議で意見を求められ、苦し紛れに⼤河ドラマ制作を提案。思いがけずそれが通り、郷土の偉人、伊能忠敬を主人公とする大河ドラマの企画が立ち上がってしまう。ところが企画を進めるうちに、⽇本地図を完成させたのは伊能忠敬ではなかった!?と判明する。
伊能は地図完成の3年前に亡くなっていた!
という驚きの事実が明らかに……。江戸と令和、2つの時代を舞台に明かされていく⽇本初の全国地図誕生秘話。
そこには地図を完成させるため、伊能忠敬の弟子たちが命を懸けて取り組んだとんでもない隠密作戦があった――。
という驚きの事実が明らかに……。江戸と令和、2つの時代を舞台に明かされていく⽇本初の全国地図誕生秘話。
そこには地図を完成させるため、伊能忠敬の弟子たちが命を懸けて取り組んだとんでもない隠密作戦があった――。
以下、ネタバレ含む紹介です。
スタッフ
原作:立川志の輔「伊能忠敬物語―大河への道―」
監督:中西健二
脚本:森下佳子
キャスト
・中井貴一:総務課主任・池本保治 / 高橋景保
・松山ケンイチ市役所総務課員・木下浩章 / 高橋景保の助手・又吉
・北川景子:観光課の課長・小林永美 / 伊能忠敬の元妻・エイ
・岸井ゆきの:観光課職員・安野富海 / 下女・トヨ
・和田正人:各務修 / 忠敬の測量隊員・修武格之進
・田中美央:吉山明 / 忠敬の測量隊員・吉之助
・溝口琢也:山本友輔 / 忠敬の測量隊員・友蔵
・立川志の輔:梅さん / 医師・梅安:
・西村まさ彦・ 神田三郎 /勘定方密偵・山神三太郎
・平田満:和田善久 / 忠敬の測量隊員・綿貫善右衛門
・草刈正雄:千葉県知事 / 徳川家斉
・橋爪功:大物脚本家・加藤浩造 / 源空寺和尚
香取市出身「郷土の偉人」伊能忠敬を大河ドラマの主人公にして町おこしをしよう、というプロジェクトのてんやわんや。
ノベライズ本と違うのは、脚本家がまだこれといった作品のない若手ではなく、20年間筆をとっていない大御所、という設定と、江戸パートに「幕府密偵」をまどわすための祈祷師というのが出てくるところ。ラストエピソードの、中井貴一主任が脚本家めざして橋爪功老作家に弟子入り、というところ。

本の最後も、輿地図披露の場面では涙ぐみましたが、ストーリー知っているのに、将軍への輿地図披露場面では泣けてしまう。
四千万歩、日本全国あるきに歩いた伊能忠敬は冒頭で顔に白絹がかけられて登場しただけで、画面には一度も顔が出てこない。
江戸パートの測量シーンは「伊能がまだ生きていると幕府方に思わせるための測量」です。
17年間海辺を歩き続けた伊能隊の苦労が「伊能死後の測量」でもわからないことはないですが、東北や北海道の測量、九州四国の測量、各地のようすが1秒ずつでもカットバックして17年間を駆け抜けるのも見たかった。たぶんそれはNHKドラマでやっているでしょうから、そのうちアーカイブで見ます。
現代パートは落語らしく笑させシーンです。私がいちばん、「そうそうその通り」と笑いつつ共感したのは、松山ケンイチ扮する観光課職員木下が、課長の中井貴一や老脚本家とシナリオハンティングで出かけたシーン。
まだ風呂からあがってこない木下について脚本家加藤が課長にたずねると、課長は「元とるまで温泉入ってくるんだそうです」と言う。笑えるセリフとして出てくるのですが、「元とる精神」横溢のHALとしては、お台場の大江戸温泉で「元とるまで温泉につからなきゃ」と思ったことを思い出して、木下君に深く共感したのであります。
すなわち、この「元取るまで精神」がわからない人には、老脚本家が「(ひとりの偉人の陰に)歴史に残らなかった大勢の名もなき人々がいた。偉人を支えてその名も知られず歴史に埋もれていった人を書きたい」と述懐することばが身に沁みないに違いない。
「元取らなきゃ」と思うような大勢の名もなき人の心がわからずして、名もなき人の偉大さは書けないと思われる。
ひさしぶりに、チケット1200円払って見た「大河への道」、笑えたし泣けたし、たぶん「元とった」と思います。
ひとつ心残り。大日本沿海輿地図の完成を見届けた高橋景保は、国禁を冒してシーボルトに日本地図を渡しました。シーボルトが持っていた世界各地の地図が欲しくて、交換したかったからです。高橋は、罪を負って獄死しています。
シーボルトの日本にかかわる著作のおかげで、浮世絵だけでなく、日本の科学力も西欧によく知られるところになり、伊能図のうつしを見たイギリスも、「これほど精細な地図がすでに作られていたのか」と、イギリス人の手による日本測量を断念したという歴史的事実があります。イギリスが中国にアヘン戦争をしかけて香港を分捕ったように、日本にも進出しようとしたことを断念したのは、伊能図があったればこそと言うこともできる。
伊能隊が決死の覚悟で17年+3年かけて-仕上げた地図は、日本の独立を守った、と言えます。
東京国立博物館所蔵の「大日本沿海輿地図」中図の北海道東側

将軍家斉が感嘆したように、地図をながめて「美しい、この国の形は美しい」とつぶやく人がひとりでもいるなら、地図の完成を見ることなく亡くなった伊能忠敬も満足することでしょう。
わたしは、東博の上映会でこの美しい地図を見ながら寝ちまったけれど。チューケーさん、すまぬ。
、、、、あのミュージアムシアターは、元とれなかった。
<つづく>