山田清水は、福島市役所の南西約6kmのところ
県道148号線を南へ、東北自動車道の下を潜って直ぐを西へ
道なりに進むと、山田清水が左手に見えて来ます
前の道路脇に車を止めさせていただきました
山田清水です
由来記です
山田清水の由来
山田清水は古くから口碑にのこり、信達一統志や、信達二郡村史にも古跡と記されています。
信達二郡村史は明治13年に編纂されたもので、山田村の古跡の頂には、
「大清水、東部清水山の下の路傍に在り、三間四面ばかり、深さ二尺四寸ばかり、南の岸に
老杉一株あり、周囲二丈、その陰池を覆う、昔、欽明帝の石姫皇后、本村に暫く留まり給う
時、この池にて、手洗う給う、後に信夫山に行かれて住み給うと伝う・・ 」(一部要約)
とあります。
大清水の傍らにある「羽黒山」碑の側面にも、信夫大清水として、その由緒が有志者20数
人の名とともに刻まれ、明治27年6月に建立されています。
石姫皇后は、信夫山に行かれてお亡くなりになり、黒沼神社の祭神として祀られたと「黒沼
神社縁起奥書」にあります。
今も懇懇と湧く山田大清水は、古くから拓かれてきた福島の地に、伝説として脈脈と生きて
います。
平成9年3月 福島市
池の側に大杉があります
三間四面の池ですね
羽黒山の石碑です
大亀神の石碑です
道路側から見上げました
では、次へ行きましょう
県道148号線を南へ、東北自動車道の下を潜って直ぐを西へ
道なりに進むと、山田清水が左手に見えて来ます
前の道路脇に車を止めさせていただきました
山田清水です
由来記です
山田清水の由来
山田清水は古くから口碑にのこり、信達一統志や、信達二郡村史にも古跡と記されています。
信達二郡村史は明治13年に編纂されたもので、山田村の古跡の頂には、
「大清水、東部清水山の下の路傍に在り、三間四面ばかり、深さ二尺四寸ばかり、南の岸に
老杉一株あり、周囲二丈、その陰池を覆う、昔、欽明帝の石姫皇后、本村に暫く留まり給う
時、この池にて、手洗う給う、後に信夫山に行かれて住み給うと伝う・・ 」(一部要約)
とあります。
大清水の傍らにある「羽黒山」碑の側面にも、信夫大清水として、その由緒が有志者20数
人の名とともに刻まれ、明治27年6月に建立されています。
石姫皇后は、信夫山に行かれてお亡くなりになり、黒沼神社の祭神として祀られたと「黒沼
神社縁起奥書」にあります。
今も懇懇と湧く山田大清水は、古くから拓かれてきた福島の地に、伝説として脈脈と生きて
います。
平成9年3月 福島市
池の側に大杉があります
三間四面の池ですね
羽黒山の石碑です
大亀神の石碑です
道路側から見上げました
では、次へ行きましょう