白沢町高平は、沼田市役所の東約8kmのところ
国道120号線を片品・日光方面へ
白沢中学校の東側を北へ入ります
正面に雲谷寺が有ります
山門脇の
駐車場を利用させて頂きました

参道入口です

山門です

本堂です

墓地入口の新田義宗公慰霊詩碑です

南側墓地前から見ると一番奥に大きな幹が見えました



南西側から

天然記念物標柱です

説明版です
沼田市指定天然記念物
雲谷寺の大杉
指定年月日 平成8年2月28日
所在地 沼田市白沢町高平1511番地2
所有者 雲谷寺
目通り周囲 4,5m
樹高 約37,0m
新田義宗の墓といわれている五輪塔の後ろにそび
える大杉で、長い間、五輪塔を見守り続けている。
スギは一属一種の日本特産の針葉樹である。北は
青森県から南は屋久島まで広くみられるが、古くか
ら植栽されてきたので、本当の自生地域が判明しな
い。大変古い残存植物と考えられている。材の性質
から用途は広く、日本の代表的造林木である。
平成22年2月 沼田市教育委員会




南側から

五輪塔の文化財標柱です

説明版です
五輪塔
所在地 高平1511-2 雲谷寺
右 形状 高126×幅40×奥行40(cm)
銘文 長州禅門永禅応安三年庚戌
十月九日逆修〇敬白
中央 形状 高132×幅42×奥行42(cm)
無銘
左 形状 高123×幅32×奥行32(cm)
銘文 聖慶禅尼文和三甲午十月十一日
申剋死去
南北朝次代の主将新田義貞の嗣子新田義宗は、
いとこの脇屋義治と正平23(1368)【北朝
暦応安元】年上越国境で挙兵し、足利軍との戦い
で敗死、義治は出羽国に逃れる。
義宗の討死ご、義宗の執事であった船田長門守
経政(新田義貞の執事船田善昌の子)は、うつぶ
しの森の北方、ここ雲谷寺の高台に吉宗の墓を建
てた。
三基の内、中央無銘の塔が義宗の墓と伝えられ
ている。右の塔は、船田長門守経政の墓といわれ
る。逆修〇(〇は塔の古文字)と刻んであるとこ
ろから、経政は生き永らえたわが身の逆修に託し
て、故主や多くの同僚のためにその三回忌である
乾徳元(1370)【北朝暦応安3】年に、この
古戦場近く五輪塔を建てたものだと思われる。
左の塔には聖慶禅尼生年28とあるがいかなる
人物か定かでない。
塔は現在地より下手土中に埋もれていたものが
、墓地改修にあたり発見され、現在地に移された
。
(注)逆修 生者が生前に墓を建てること。
沼田市教育委員会




南東側から




北東側から




北西側から
では、次へ行きましょう

国道120号線を片品・日光方面へ
白沢中学校の東側を北へ入ります
正面に雲谷寺が有ります
山門脇の


参道入口です


山門です


本堂です


墓地入口の新田義宗公慰霊詩碑です


南側墓地前から見ると一番奥に大きな幹が見えました




南西側から


天然記念物標柱です


説明版です
沼田市指定天然記念物
雲谷寺の大杉
指定年月日 平成8年2月28日
所在地 沼田市白沢町高平1511番地2
所有者 雲谷寺
目通り周囲 4,5m
樹高 約37,0m
新田義宗の墓といわれている五輪塔の後ろにそび
える大杉で、長い間、五輪塔を見守り続けている。
スギは一属一種の日本特産の針葉樹である。北は
青森県から南は屋久島まで広くみられるが、古くか
ら植栽されてきたので、本当の自生地域が判明しな
い。大変古い残存植物と考えられている。材の性質
から用途は広く、日本の代表的造林木である。
平成22年2月 沼田市教育委員会




南側から


五輪塔の文化財標柱です


説明版です
五輪塔
所在地 高平1511-2 雲谷寺
右 形状 高126×幅40×奥行40(cm)
銘文 長州禅門永禅応安三年庚戌
十月九日逆修〇敬白
中央 形状 高132×幅42×奥行42(cm)
無銘
左 形状 高123×幅32×奥行32(cm)
銘文 聖慶禅尼文和三甲午十月十一日
申剋死去
南北朝次代の主将新田義貞の嗣子新田義宗は、
いとこの脇屋義治と正平23(1368)【北朝
暦応安元】年上越国境で挙兵し、足利軍との戦い
で敗死、義治は出羽国に逃れる。
義宗の討死ご、義宗の執事であった船田長門守
経政(新田義貞の執事船田善昌の子)は、うつぶ
しの森の北方、ここ雲谷寺の高台に吉宗の墓を建
てた。
三基の内、中央無銘の塔が義宗の墓と伝えられ
ている。右の塔は、船田長門守経政の墓といわれ
る。逆修〇(〇は塔の古文字)と刻んであるとこ
ろから、経政は生き永らえたわが身の逆修に託し
て、故主や多くの同僚のためにその三回忌である
乾徳元(1370)【北朝暦応安3】年に、この
古戦場近く五輪塔を建てたものだと思われる。
左の塔には聖慶禅尼生年28とあるがいかなる
人物か定かでない。
塔は現在地より下手土中に埋もれていたものが
、墓地改修にあたり発見され、現在地に移された
。
(注)逆修 生者が生前に墓を建てること。
沼田市教育委員会




南東側から





北東側から





北西側から

では、次へ行きましょう

